株譜
INVESTOR OUTLOOK

スティーブ・コーエン:SATの朝までポーカーをした高校生から、株価テープの修行、21歳の年100万ドル、1億ドルの損失、トレードをやめるまで

失敗と成功

大学進学を左右するSATの当日。その朝の5時30分まで、仲間とポーカーをしていた高校生がいました。のちにヘッジファンド、ポイント72を率いるスティーブ・コーエンです。

この人の失敗と成功の話は、どれも「勝った・負けた」で終わりません。コーエンが繰り返し語るのは、負けたあとの手順の直し方と、成功したあとの自分の役割の作り直し方です。 前身のSACキャピタルを1992年に立ち上げ、マルチストラテジー(複数の手法を組み合わせる運用)の大きな会社に育てた人が、何を直してきたのか。本人がインタビューや講演で語った九つの場面で追います。

最新の本人動画は2025年6月12日のゴールドマン・サックス主催のもので、それ以降の発言は資料にありません。「いまの見方」の節は、2025年前半の発言として読んでください。また、整理に使った資料では、年、金額、割合の数字の多くが「動画原文との照合が必要」とされています。年の表記が曖昧な場面や、どの動画の話かが不確かな場面もあります。以下は資料の表現のまま「本人がそう語った」ものとして紹介し、確かめられない詳細は載せません。

SATの朝5時30分まで、ポーカーをしていた

1970年代の前半、ニューヨーク州グレートネックの高校生だったコーエンは、裕福な家の出身ではなく、小遣いも十分ではなかったと語ります。日常的にポーカーをして、SATの当日の朝5時30分まで、仲間と遊んでいました。それでも受験はこなし、ポーカーで十分な収益も上げたそうです。

本人が強調するのは、勝たなければならない圧力の中で、感情やお金そのものに執着せず、いつ降り、いつ上げるかを確率で考えたことです。「投資の本質は確率だ」という趣旨の言葉は、この高校時代の経験に結びつけて語られます。2025年1月のポッドキャストでの話です。

受験の朝まで遊んでおいて、それでも勝っていたと胸を張る。筆者は、ここに少し脚色の匂いを感じました。ただ、確率で考えるという話の筋は、のちの場面ともよくつながります。

授業を休み、証券会社の窓の外でテープを見た

1970年代半ば、ウォートン校の学部生だったコーエンは、教室の講義より、実際の市場の動きのほうがはるかに価値のある教育だと判断しました。授業の多くを欠席し、天候に関わらず、フィラデルフィア中心街の証券会社のガラス窓の外に立って、株価のテープ(株価が流れる電光表示)を見つめます。毎日立っているうちに、ブローカーに室内へ招き入れられ、席を与えられたといいます。

父が授業料を、直接コーエンの口座に振り込んでくれていました。彼はその授業料をすぐ大学に払わず、自分の取引の資金に回します。結果は損得なしのトントンで、卒業のときには無事に授業料を払ったと語ります。2024年5月のポイント72の動画での話です。人に勧められる逸話ではありませんが、本人の言いたいことは「教科書より、現場の観察でパターンを見抜く力が育つ」でしょう。

窓の外に立ち続けた根気には、素直に感心します。ただし授業料を元手にする無茶は、真似してはいけない部類の話です。

グランタルで、ヘッジを外して株を選ばせてもらった

1977年12月に大学を早期に卒業し、1978年に21歳でグランタルに入社しました。最初はオプションの裁定取引の部門で、初日から利益を出していたと語ります。そこから一歩進めて、自分にはテープから割安な株を見抜く力があると確信し、経営陣にヘッジを外して自分の判断で株を選ばせてほしいと交渉しました。

入社時の基本給は年12,000ドルでした。株の選択に切り替えて数か月で年10万ドルを稼ぐと確信し、1978年の終わりには、21歳か22歳で年100万ドルの利益を出したといいます。そのままグランタルに14年在籍しました。教訓として挙げるのは、既存の型に縛られず自分の強みで勝負すること、そして、十分な権限と資金を与えられたときに、自分の洞察を信じて大きなポジションを取る力です。数字と年は要確認です。

新入社員が「安全装置を外させてくれ」と交渉する図は、なかなか痛快です。筆者は、この場面でコーエンが示したのは才能よりも、自分の役割を自分で作りにいく癖だったと思います。

1992年、SACキャピタルを立ち上げた

1992年、36歳のコーエンは、自分の取引規模がグランタルの自己資本の上限に達したと感じ、独立を決めました。初期資本は2,000万ドルで、そのうち自己資金が1,000万ドルだったと語ります。のちのポイント72は、運用資産が約370億ドル、世界18拠点、従業員3,200名、ポートフォリオ・マネージャー200名の規模になったそうです。

経営の信条として挙げるのが、「壊れていないなら、壊せ」という言葉です。うまくいっているときこそ、次の市場環境を見据えて、組織や手法を作り替える。80年代や90年代の手法に頼ることは破滅を意味する、というのが本人の整理です。この話の出典の割り当ては、資料で不確かとされています。

「壊れていないなら壊せ」という直訳どおりの意味です。成功の最中に自分でいじる勇気は、実際にはかなりむずかしいことだと、筆者は思います。

2002年、1日で1億ドルを失った

失敗として語られるのは、2002年のヘルスケア株の大きな買いポジションです。事前の分析に基づき、成長性に強い信念を持って、大きな資本を集中させていました。ところが、その企業が市場の予想を大きく外す発表をして株価が急落し、単一のポジションで1億ドルの損失を1日で計上したと、本人は語ります。

教訓は、どれだけ分析しても確実な取引はなく、市場にいる限り、予期せぬ失敗やスランプは必ず起きる、ということです。損失が出ても感情的にならず、自分の作業を直ちに再点検し、スランプのときこそ確立した手順に戻る。この金額は要確認で、その夜の家庭での逸話は、詳細が確かめられないため本稿では扱いません。損失を出した会社名も、資料にはありません。

1億ドルの失敗から出てきた教訓が、「手順に戻れ」という地味なものであることに、筆者は意外な感じを受けました。反省の言葉が派手になるほど、人は同じ失敗を繰り返しがちです。地味な結論のほうが、信用できます。

一日中のトレードをやめ、CEOに専念した

68歳のころ、コーエンは、ポイント72の経営、ニューヨーク・メッツの経営、自分の取引という三つの重責を抱えていました。画面の前で一日中取引する感覚を 「テレビゲームに没頭しているようなものだ」と表現し、70歳になってもスクリーンに張り付いているのは不合理だと考えます。その時間を、3,200名の社員と投資のプロの育成に使うほうが、ファンド全体の価値を高めると判断し、自分の取引の帳簿を止めたと語ります。

2024年のポイント72の旗艦ファンドの年間リターンは19%で、多くのポートフォリオ・マネージャーが、通常の平均を50%から75%上回る成績を上げたと、本人は述べます。教訓は、個人として卓越したトレーダーでも、組織が大きくなれば、自分の役割を作り直さなければならないということです。取引をやめた時期は、資料の中で年齢の表現に食い違いがあり、要確認です。

この場面が、筆者にはいちばん印象に残りました。いちばん得意なことを、自分の手でやめる。先ほどの「壊れていないものを壊せ」は、会社だけでなく、自分自身にも向けられていたわけです。

年間40名を採る、ポイント72アカデミー

2010年代の半ば、大手の投資銀行から経験者を引き抜く従来のやり方は、費用が急騰し、人材の質も薄まっていたと語ります。そこでコーエンは、大学新卒を直接採用して社内で一流のアナリストに育てる、ポイント72アカデミーを作りました。野球のファームシステム(二軍制度)と同じ発想だそうです。

年間わずか40名の枠に、世界中から30,000人(または14,000人)が応募するようになったと、本人は述べます。自前の育成は調達費用が安く、会社の文化を浸透させやすい。若手に焦って転職させず、計画的にキャリアを作らせるときに、「希望は戦略ではない」という言葉を引くそうです。応募者数は資料内で二通りあり、要確認です。

人を育てる仕組みまで、野球にたとえて説明できる。筆者は、スポーツ球団を持つ人らしい発想だと感じました。ただし応募者数が二通りある以上、倍率の大きさは割り引いて聞くべきでしょう。

コロナ禍で、ニューヨーク・メッツを買った

2020年11月、パンデミックの渦中で、コーエンはメッツの筆頭オーナーになりました。約24.7億ドルだったと語ります。球団を、長く十分な投資がされてこなかった「磨かれていない原石」と捉え、コロナによる動揺は一時的で、ワクチンが広がれば長期では人がスタジアムに戻ると見て、危機を好機として買収を進めたといいます。

買収後は、シティ・フィールドを接種会場として開放し、1日に7,000名の接種を可能にしたとも述べます。本人にとって、何百万人のファンを喜ばせる事業は、お金とは別の、心の満足という報酬をもたらすものでした。この話の出典の割り当ては資料で不確かとされており、買収の経緯の細部は、本稿では扱いません。

みんなが縮こまる時期に買う、という点では、いつもの逆張りです。筆者はそれを、球団という「趣味に近いもの」にまで貫いたのが面白いと思います。

退役軍人のためのクリニック網

最後に、事業とは別の場面です。本人によれば、退役軍人の心的外傷後ストレスなどに対して、無料で高い水準の治療を提供する「コーエン・ベテランズ・ネットワーク」を全米に25拠点作り、毎年2万人から2万5千人の退役軍人とその家族に提供しているそうです。ビジネスで培った経営手法を、社会貢献に当てはめた例として語られます。きっかけの家族の事情などの細部は未確認とされており、本稿では数字と概要のみ、本人の発言として紹介します。

いまの見方(2025年前半の発言を中心に)

最新の動画は2025年6月12日ですが、資料で確認できる市場の見方は、主に2025年1月から5月の発言です。

2025年2月の時点で、コーエンは「久しぶりに明確に弱気な見通し」を表明しました。関税、移民規制の強化、政府の歳出削減が同時に重なると見たからです。米国の成長率は2025年前半の2.5%から、後半は1.5%に減速し、失業率は4.1%から4.2%程度、インフレは2.5%から2.7%で粘着的に高止まりすると語りました。

2025年5月のソーン・カンファレンスでは、「市場は天井圏に感じる」と話し、上昇一辺倒の局面は終わり、レンジ相場(一定の幅で上下する相場)に入ったと診断しました。景気後退の確率を45%と試算し、関税の実効税率の見積もりは、当初の16%から20%を、14%から17%に引き下げています。市場が10%から15%下落する可能性はあっても、金融クラッシュのような大惨事には至らない、という見方でした。

一方で、AIは10年から20年続く構造変化で、まだ第1から第2イニングにあるとし、長期投資のファンドも立ち上げたと述べています。市場は効率的になったという通説には、「驚異的な成績を上げたのに」と反論しました。ポートフォリオ・マネージャーには、2024年の成績を前提に2025年に臨むなと警告しています。いずれも数字は要確認で、その後の実際の相場や経済指標との照合は、本稿では行っていません。

資産クラスごとの発言は少なく、出典と内容の対応が不確かなものが多くあります。暗号資産については、2018年には用途の発達が未熟で「危うい」と見ていました。その後、息子の強い勧めで関心を深め、2021年には一から徹底的に勉強していると語っています。中国には、起業家精神への評価と、政府による突発的な規制強化という政治リスクへの警戒を併せて述べました。金について、具体的な発言は資料にありません。ニューヨークからの人口流出を観察しつつも、「ニューヨークの活力をショートするつもりはない」と語っています。

筆者は、2月に「久しぶりの弱気」を語り、5月には試算を引き下げて見方を直した経過に注目します。予想を固定しない誠実さと読めるからです。個人投資家が参照するなら、予想の的中より、見方を修正した順序を見るのが安全でしょう。

株譜の見方

ここからは筆者の個人的な推測です。

コーエンの語りで一貫しているのは、確率と手順への信頼です。ポーカー、テープの観察、再点検の習慣は、結果の運不運を切り離し、手順を改善し続ける姿勢で結ばれています。冒頭に書いたとおり、この人の強みは、勝ち方そのものより、直し方にあると思います。

自分の役割を作り直す話も、その延長にあります。取引をやめてCEOに専念する判断は、成功した個人が、組織の天井になりうることを自覚した例として読めます。ただし、取引をやめた直後に旗艦ファンドが19%だったという語りは、本人の判断が正しかったという証明に使うには、期間も比較対象も限られます。

「いまの見方」は、慎重に読みたいところです。2025年2月に弱気を語り、5月には見方を修正した経過は誠実ですが、結論は「天井圏で、レンジ」という無難な線に収まっています。1年以上前の予想で、その後に何が起きたかは本稿の範囲外です。当たったか外れたかを、資料の外で確かめずに評価することは避けます。

個人投資家が使える点は三つあります。第一に、判断を確率の言葉で書くこと。第二に、うまくいった年の期待値を、そのまま翌年に持ち込まないこと。コーエンが自社のポートフォリオ・マネージャーに言った警告は、個人にもそのまま当てはまります。第三に、自分に向いた情報の取り方を持つこと。テープを見る修行は、今ならチャートや決算の読み込みに置き換えられます。逆に真似してはいけないのは、授業料を運用に回すような資金の使い方と、一つの銘柄に大きな資本を集中させる賭け方です。1億ドルの損失は、ファンドの規模だから耐えられました。

最後に、語られる逸話の多くが、成功に収まる形に整理されている点にも注意が必要です。ポーカーの朝、授業料の運用、グランタルの交渉は、どれも後から振り返れば勝ちの物語になります。語りの背後には、語られなかった負けがあったはずです。本人が語る失敗が、1億ドルの一件にほぼ絞られていること自体が、語りの偏りを示していると、筆者は考えます。

暗号資産への見方が、2018年の懐疑から2021年の勉強へ変わった経過は、見方を変えること自体を隠さない人の語りとして興味深いものです。ただし、関心を深めたことと、実際に資金を投じたことは別です。資料にあるのは前者だけで、後者を読み取ってはいけません。語られた言葉と実際の行動を分けて読むことは、公開発言を扱うときの基本だと思います。

出典

  • The 92nd Street Y, New York「Legendary Investor Steve Cohen with Glenn Fuhrman: On Investing, Philanthropy and Art」、2018年11月21日(YouTube)
  • The Humanitarian Collective「Interview with Founder and CEO of Point72 Steve Cohen」、2021年1月25日(YouTube)
  • On Brand with Donny Deutsch「Steve Cohen | Ep.9 | On Brand with Donny Deutsch」、2021年7月8日(YouTube)
  • Point72「Steven A. Cohen on a Career in Investing」、2024年5月14日(YouTube)
  • Generating Alpha Podcast「Episode 6: Steve Cohen - Founder and CEO of Point72 Asset Management」、2025年1月18日(YouTube)
  • iConnections「Fireside with Steven Cohen, CEO, Point 72 | Global Alts Miami 2025」、2025年2月4日(YouTube)
  • FII Institute「Steve Cohen & Richard Attias on Investing in Success: Lessons from Sports & Finance #FIIPRIORITY」、2025年2月21日(YouTube)
  • Sohn Conference Foundation「Steve Cohen and Jawad Mian at Sohn 2025」、2025年5月20日(YouTube)

本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。

この記事の投資家の実際の保有(13F)

13F は米国の運用会社が四半期ごとに開示する保有株の報告です。発言と並べて読むための参考で、現在のポジションを示すとは限りません。

← 著名投資家の市場見通し 一覧へ / 発言と実際の保有の突き合わせはヘッジファンド13Fで。