ジェイミー・ダイモン:失敗を隠さず、危機では資本を余分に積む理由
銀行の強さは、利益が大きい年だけでは分かりません。問題を見つけたときに誰が止めるのか。大きな買収をしたあとも、資本を薄くせずに済むのか。その二つを見ないと、危機への強さは測れません。
ジェイミー・ダイモンが繰り返しているのも、華やかな取引の話ではありません。失敗の理由を個人の能力に押し込めず、会議の設計、情報の流れ、資本の余力に戻して考えることです。ここに、長く銀行を経営してきた人らしい現実感があります。
取引が難しかったから、では済ませない
2012年の「ロンドン・ホエール」は、JPモルガン・チェースに数十億ドルの損失をもたらしました。2024年度の株主向け書簡でダイモンは、問題は取引の複雑さそのものではなかったと振り返っています。必要な監督、特にリスク委員会による十分な点検を受けなかったことが失敗だった、という整理です。
この見方は重いものです。市場で損をすると、たいていは「想定外の値動きだった」「商品が難しかった」という説明になりがちです。しかしダイモンは、その前の段階を問います。問題を知るべき人が会議に入っていたか。悪い情報が上に届く仕組みだったか。前提を疑う時間があったか。
JPモルガン公式の経営講義でも、失敗には共通した形があると説明しています。必要な人がその場におらず、材料が足りず、思い込みを置いたまま決めてしまう。ロンドン・ホエールは、そうした小さな欠落が大きな損失になる例として置かれています。
重要なのは、委員会を増やせば解決するわけではない点です。書簡では、委員会もただ同調するだけなら悪い妥協を生むと注意しています。必要なのは人数ではなく、反対意見を出せる材料と、その意見を受け止める責任者です。ここを取り違えると、手続きだけが増えて判断はむしろ遅くなります。
クラウドを外注だと思った
失敗は危機の取引だけではありません。ダイモンはクラウド技術の重要性を過小評価したことも、自分の誤りとして株主書簡に残しています。JPモルガン公式動画では、当初はクラウドを外注のように捉え、抵抗があったと話します。ところが経営陣とシリコンバレーを回り、考えを変えた。動画の語り口は率直で、「変えるべきだ」と決めたのは、技術を好きになったからではなく、自分の前提が現実に合わないと分かったからです。
投資でも会社経営でも、これは厄介な失敗です。誤った数字を一度入力しただけなら、訂正すれば済みます。ところが「自分でやるほうが安全だ」「外から来た技術は本質でない」という見方は、予算、人事、開発計画まで長く縛ります。間違いの修正が遅れるほど、失うのは一回の利益ではなく次の選択肢です。
ダイモンの話から学べるのは、流行を追えということではありません。むしろ逆です。大きな前提を置いたら、現場を見て、その前提を壊す情報を取りに行く。反対の証拠が出たときに、過去の発言を守るより判断を更新できるか。その習慣のほうが、技術投資の成否を分けます。
支店の小さな不便も、経営の失敗になる
バンクワン時代の話も印象に残ります。公式動画でダイモンは、支店の営業時間という基本的な問題を、自分がもっと早く見つけるべきだったと認めています。ここで大事なのは、支店の細かな運営をCEOが全部決めるべきだ、という話ではありません。
顧客に近い不便が、上まで届かないことが問題なのです。筆者は、営業時間以外にも同じ問題が起きると思います。たとえばATMが使えなかったり、設備の修繕が遅れたりすれば、顧客は不便を感じるはずです。ただ、顧客は毎日の不便で銀行を評価します。現場の小さなほころびを「大きな戦略ではない」と放置すれば、預金、来店、信頼が少しずつ削られます。
ダイモンは失敗を認めたあと、現場の担当者に謝ったと話しています。ここに組織運営の要があります。トップが失敗を認めなければ、部下は悪い知らせを上げにくくなります。上が謝れる会社のほうが、現場も早く問題を出せます。金融機関では、早い報告そのものが損失を小さくする防波堤になります。
危機の買収は、値段だけで測れない
一方で、ダイモンの成功談は「いつも慎重だった」という話でもありません。2008年の金融危機でJPモルガン・チェースはベアー・スターンズとワシントン・ミューチュアルを引き受けました。ベアー・スターンズの買収は2008年5月に完了し、同社の2008年年次報告では買収価格を15億ドルとしています。ダイモンは後年、火事の最中の家を買うようなものだったと表現しました。
ここを安値買いの成功談だけにしてはいけません。ベアー・スターンズには大きな資産があり、買収後に何が残るかは簡単に読めません。危機下では、安く見える資産ほど、後から損失や訴訟、資金繰りの負担を連れてくることがあります。ダイモンは、急いで決める中でも、調査と資本の余力を同時に考えたと振り返っています。「安く買えた」という結果だけでは、その判断の難しさは伝わりません。
ワシントン・ミューチュアルも同じです。JPモルガンの2008年年次報告によれば、同行は2008年9月25日に米連邦預金保険公社(FDIC)からワシントン・ミューチュアルの銀行事業を19億ドルで取得しました。取得したのは2,244の支店網だけでなく、預金、カード、住宅ローンなどの事業です。後年の年次報告は、結果が当初の想定より悪かった部分を認めながらも、取得自体には価値があったと振り返っています。
これは、成功を「予想どおりだった」と言い換えない姿勢です。危機の買収では、見込み違いが出るのは珍しくありません。それでも失敗にならないのは、悪い場合を引いても資本が耐え、統合後に顧客基盤を生かせる場合です。買値より先に、最悪のときにも生き残れるかを問う。ここに銀行の買収判断の順番があります。
株譜の見方
筆者がいちばん重要だと思うのは、ダイモンが失敗と成功を別の棚に置いていないことです。ロンドン・ホエールでは「情報を抱え込まないこと」、クラウドでは「前提を更新すること」、支店運営では「現場の不便を上げること」を学んだ。危機の買収では、それらを資本の余力と調査の手順に結び付けています。
銀行株を見るとき、買収価格や四半期利益だけでは足りません。損失が出たときに、取締役会やリスク部門へどれだけ早く届くのか。統合の進捗、貸倒れへの備え、預金の流出をどの数字で管理しているのか。そうした地味な点にこそ、次の危機での差が出ます。
今回の話は、ダイモン個人を手放しで称えるためのものではありません。むしろ、強い組織でも監督を外せば大きな損失を出す、という話です。だからこそ投資家は、経営者の強い言葉より、失敗をどう記録し、どう直したかを見たほうがよいと筆者は考えます。
出典
- ジェイミー・ダイモン、JPモルガン・チェース公式「Management Learnings」、2025年4月7日、23:43〜26:07(YouTube)
- ジェイミー・ダイモン、ノルウェー政府年金基金運用機関「In Good Company」、2026年4月29日、7:59〜8:10、17:14〜17:22、37:57〜38:03(YouTube)。自動字幕のため、細かな発言の引用には用いていません。
- ジェイミー・ダイモン、Acquired「How JP Morgan Became an $800 Billion Bank」、2025年7月16日、36:51〜45:39(YouTube)。自動字幕の数値は本文で採用していません。
- 2024年度株主向け書簡(2025年4月7日公表):JPMorgan Chase 2024 CEO Letter
- JPMorgan Chase 2008 Annual Report
- JPMorgan Chase 2010 Annual Report
投資を勧めるものではありません。