AIは物価を下げるのか、金利を押し上げるのか:生産性ブームの二つの顔
AIの話は、たいてい利益か雇用の話になります。しかし2026年の発言を集めると、もう一つの論点が見えてきました。AIは物価を下げるのか、それとも金利を押し上げるのか、という問いです。同じ技術が、生産性の向上を通じて物価を下げる面と、巨額の設備投資を通じて資金需要を増やし、金利を押し上げる面を併せ持っています。どちらが先に、どれほど強く効くのかで、債券も株も見方が変わります。
16人の発言を並べて、筆者はこう読みました。物価を下げる力は「AIが普及してから」、金利を押し上げる力は「AIを建てている今」効く。いまは建設の局面なので、先に出ているのは金利のほうだと思います。 理由は後で書きます。割れ目は三つあります。第一に、AIは物価を下げる方向に効くのか。第二に、設備投資の拡大は金利を押し上げるのか。第三に、生産性の果実は誰のものになるのか。
なお、本稿は公開発言の整理であり、投資助言ではありません。数字は発言時点のもので、二次情報は報道ベースとして扱いました。
問い1:AIは物価を下げるのか
構造的なデフレと見る人たち
キャシー・ウッドは、2026年5月の動画(二次)で、AIはインフレではなく構造的なデフレをもたらし、債券市場はそれを織り込み始めたばかりだと論じました。AIの学習コストと推論コストの急低下が根拠です。技術主導のデフレは、需要の崩壊ではなく、生産コストの低下による「良いデフレ」だといいます。6月の月次動画(二次)では、今回のサイクルは、失業率が下がると物価が上がるという従来の関係ではなく、生産性が主導し、インフレは下方向に折れて年内にマイナスもあり得ると説明しました。公式の消費者物価(4.2%)に対し、リアルタイムの物価指標「トゥルーフレーション」が1.75%にとどまる点を、根拠に挙げています。ただし、これらの数字は本人側の説明であり、公式統計との突き合わせは済んでいません。
エド・ヤルデニは、2026年10月6日に、「ロアリング2020年代」の提唱から7年だと振り返りました。生産性を押し上げる技術が成長と利益率を高める、という1920年代型の筋書きを維持し、2028年も利益の好調が続くと見ています。当初は「妄想に近い」と受け取られたが、ここまでは予想どおりに進んだ、というのが本人の評価です。
筆者は、ウッドの「良いデフレ」という発想自体には賛成です。ただ、その根拠が公式統計と食い違う別の指標である点は、割り引いて受け取りました。
短期は物価を押し上げうると見る人たち
ジェイミー・ダイモンは、2026年4月6日のJPモルガン年次株主レターで、AI投資は「投機的なバブルではなく、大きな便益をもたらす」と明言しました。同時に、長期的には生産性向上でインフレに好影響だが、短期的にはインフレ要因になる、とも書いています。大手IT企業5社の設備投資は、2025年の約4,500億ドルから2026年に約7,250億ドルへ増える見通しだそうです。PIMCOは、2026年6月10日の長期見通しで、AIは賃金圧縮と生産性で物価を下げる力もあるが、地政学ショックは物価を押し上げると整理しました。AI投資、防衛費、エネルギー安全保障で、世界の設備投資が5年で最大14兆ドル積み上がり得るとも見ています。
ジェフリー・ガンドラックは、2026年9月10日のウェビナーで、PCEデフレーター(個人消費の物価指数)が前年比3.7%(コア3.3%)で、6カ月年率はさらに高く、2%目標には遠いと指摘しました。輸出入物価の平均は約7%のインフレで、過去の1960年代〜80年代の形と似ているとも示しています。電力小売価格は8年で約50%上昇したそうです。ウッドの「デフレ」と、ガンドラックの「インフレの固着」は、同じ年の同じ物価を見て、逆の方向を指しています。
ブリッジウォーターの共同CIO、カレン・カルニオル=タンブールは、2026年5月3日のミルケン研究所のパネル(公式要約)で、現代の重商主義(自国の産業を守り、輸入を抑える考え方)は循環でなく構造的な力で、本質的にインフレ的だと述べました。足元はAI設備投資の建設局面が米成長を押し上げており、市場はまだ普及局面に移る前の段階にいる、という見方です。建設の局面と普及の局面は別で、物価を下げるのは普及の局面だ、という含みがあります。
筆者がこの節でいちばん引かれたのは、この「建設」と「普及」の区別です。冒頭に書いた私の読みは、ここから来ています。
両にらみの人たち
ジェレミー・シーゲルは、2026年3月9日に、2月の雇用統計が予想を大きく下回る一方で、製造業の景況感やGDPは堅調だったことについて、食い違いは生産性の急上昇で説明できると見ました。8月3日には、ウォーシュ議長が、原油高を一時的な供給ショックとし、生産性が基調インフレを抑えている、期待は安定している、といった枠組みを説明しなかったことを「避けられた失敗」と批判しています。8月10日には、労働時間が減っても産出が保たれれば生産性の加速であり、AIの成果が数字に出る前触れかもしれないと書きました。
ラファーは、2026年7月31日(二次)に、今後を二つのシナリオに分けました。AI設備投資のリターンが見直されれば、デフレ的な成長ショックとなり、債券の期間(デュレーション)に追い風になる。投資が続き、地政学的な混乱が再燃すれば、過熱とインフレ高進になる。どちらにも備えるのが同社の姿勢です。
問い2:設備投資の拡大は、金利を押し上げるのか
オ・ゴニョンは、2026年5月27日の京郷新聞のコラムで、米10年債が4.6%超、20年・30年債が5.0%超と2007年以来の高水準にあるとして、四つの要因を挙げました。物価の固着、FRBの分裂、財政赤字の拡大、そしてAI設備投資で、大手IT企業が現金の供給側から資金調達する側に回ったことです。過去の低金利には戻らず、高い金利が相当期間続くと予想しています。9月16日には、G20財務相・中銀総裁会議で、ウォーシュFRB議長が「長期停滞は終わり、構造的成長の時代になった」と発言したことに注目しました。コロナ後の財政・金融の大量供給で需要が爆発し、AI革命で大手IT企業の設備投資が復活した。投資が資金需要を増やすと金利が上がるので、議長の認識は「金利は過去より一段高い水準になる」ことを意味する、という解釈です。
佐々木融は、2026年9月4日に、世界的な長期金利上昇の主因は、日本の財政悪化懸念より、世界がデフレ・ディスインフレからインフレの時代に戻ったことだと見ました。リーマン後とコロナ後の財政出動と中銀の資金供給で、通貨価値が低下した結果だといいます。
モハメド・エラリアンは、2026年9月2日のプロジェクト・シンジケート寄稿で、AIの潜在的な成長力は巨大だが、予期せぬ副作用が普及の速さと深さに影響すると書きました。円滑な資金調達、堅調なリターン、世論の抵抗の少なさ、という日々は終わり、相場の道筋は荒くなるとみています。副題は、借入コスト、世論の抵抗、導入の浅さを挙げています。
ゴールドマン・サックスの9月23日の調査は、大手IT企業の設備投資が今年約8,000億ドル(前年比94%増)、2027年1.2兆ドル、2028年1.4兆ドルと予想しています。この規模の投資が、金利に影響しないと考える人はほとんどいません。割れているのは、その影響が、生産性による物価の低下を上回るかどうかです。
筆者は、この問いでは金利を押し上げる側に分があると見ています。理由は単純で、設備投資は「いま」お金を必要とし、生産性の果実は「あとで」出てくるからです。先に払って、後で取り戻す。その間の資金需要が、金利に出ます。
問い3:生産性の果実は、誰のものになるのか
サウラブ・ムカルジェアは、2026年10月8日のブログで、自動化は労働者を押しのけるが、貧しくするかは政治の選択だと論じました。米国は1979年以降、生産性が94%上昇したのに賃金は33%の上昇でした。ドイツは労使協議会が技術導入に関与し、ロボット密度が1万人当たり449台(米国は307台)でも雇用を失っていません。インドは1991年以降、資本を安くし、正社員を高くし、技術導入に労働者の声を認めませんでした。製造業の付加価値に占める賃金は29%から14%に下がり、利益は16%から43%に上がったといいます。投資家にとっては、「生産性ブームの果実は賃金ではなく資本の所有者に積み上がり続ける」という前提になる、と書いています。
藤野英人は、2026年9月13日の日経電子版(書籍の再構成)で、AI革命の時代には「株に投資していないこと」自体が大きなリスクになりうるとしました。米シトリニ・リサーチのレポートが「AIで企業利益は増えても、雇用・賃金・消費が弱る」ことを警告した例を紹介し、AIの恩恵が先に株価に出るなら、果実を受け取れるのは株の保有者だという論理を示しています。ダイモンは、前述の年次株主レターで、雇用は一部が確実に消え、新しい仕事も生まれるが、AI導入が人々の適応より速く進む可能性があり、再訓練や所得支援などが必要だと書きました。
ポール・チューダー・ジョーンズは、2026年5月7日(二次)に、AIの現在を、マイクロソフトが登場した1981年や、1990年代半ばのウィンドウズ95とインターネット商用化に重ねました。生産性の奇跡は4〜5年半続いたとされ、今回はその50〜60%を消化したと計算しています。レオン・クーパーマンは、2026年8月14日に、景気循環が終盤にあり、AIの熱が冷めれば株が打撃を受けると見て、1970年代前半の「ニフティ・フィフティ」(人気の大型優良株)を例に挙げました。
ムカルジェアの数字には、筆者も驚きました。米国で生産性が94%上がる間に賃金は33%しか上がっていない。果実が賃金に回らないことは、すでに起きた事実として語られています。
物価が高いままの生活者の側から
物価の議論は、生活者の側から見ると違って見えます。シーゲルは、2026年8月10日に、人口増の鈍化・移民抑制・高齢化で、月2〜4万人の雇用増加で失業率が安定する新しい均衡に入ったと見ました。雇用が増えなくても失業率が上がらない社会では、生産性の上昇は、働く人の数が増えない中での産出の増加を意味します。藤野英人は、2026年8月6日の日経電子版で、インフレでは資産を持つ人と持たない人の差が広がり、「持たない人」は生活費の上昇だけを受けると指摘しました。都心の賃料は、入居者の入れ替え時に10〜15%上がる例もあります。デフレ期は我慢が得だったが、インフレ期は黙って耐えるだけでは苦しくなるので、賃上げ交渉か転職で行動を変えるべきだ、というのが藤野の主張です。
ここでも、物価が下がるのか上がるのかという予想が、個人の備えを左右します。ウッドの見方が正しければ、金利の低下と成長の組み合わせが来ます。ガンドラックや藤野の見方が正しければ、資産を持たない人ほど不利になります。同じAIの話が、前提により、まったく違う家計の景色を描くのです。読む側は、どちらの前提で書かれた話なのかを、まず確かめる必要があります。
なぜ割れるのか
割れる理由は三つあります。
一つ目は、時間軸です。ダイモンやカルニオル=タンブールは、短期はインフレ要因、長期は物価を下げる要因と時期を分けます。ウッドは、すでにデフレが始まっていると見ます。同じAIでも、建設の局面と普及の局面のどちらにいるかの認識が違うのです。
二つ目は、物価の測り方です。ウッドはリアルタイム指標を使い、ガンドラックはPCEや輸出入物価を使います。シーゲルは、雇用統計の弱さを生産性の上昇で説明します。使う物差しが違えば、同じ月の同じ経済が違う姿に見えます。
三つ目は、果実の行き先です。ムカルジェアは制度が決めると考え、藤野は株の保有者のものになると考えます。どちらも、生産性が上がること自体は否定していません。割れているのは、その上昇が物価の低下になるのか、利益の増加になるのか、賃金の上昇になるのかです。
株譜の見方
以下は、公開された発言から筆者が推測した部分であり、確定した事実ではありません。
この論点では、強気と弱気の対立が通常と違う形で現れます。ウッドとヤルデニは強気で、AIが物価を下げて成長を高めると見ます。一方、オ・ゴニョンは弱気で、同じ成長が金利を押し上げると見ます。つまり、強気か弱気かではなく、AIの効果を物価の側から読むか、資金需要の側から読むかの違いです。
ウッドの数字は、本人側の説明に基づいており、公式値との突き合わせが済んでいません。この記事で挙げた物価に関する数字のうち、検証できているのは、ガンドラックが示したPCEのような公式統計に基づくものだと筆者は考えます。デフレ論の側に、公式統計で裏づけられた根拠が示される日が来るかどうかが、この論点の分かれ目になりそうです。
最後に、生産性ブームの果実の行き先という問いは、投資家の関心から外れやすいのですが、株の評価にも関わります。利益率の上昇が賃金の抑制に支えられているなら、その持続性は政治や制度に左右されます。ムカルジェアの論はインドと米国の数字に基づくもので、日本や欧州にそのまま当てはまるとは限りません。
読者が答え合わせに使えるのは、公式のPCEの推移、米長期金利、そして賃金の伸びと生産性の伸びの差の三つでしょう。普及の局面に入れば、物価の数字が先に変わるはずです。
注意
本稿は、公開された発言を整理したものであり、投資助言ではありません。数字は発言時点のもので、予想は外れうるものです。二次情報は報道ベースとして扱いました。個別の商品や取引を勧めるものではありません。
出典
- Cathie Wood、ARK 2026年5月の動画(検索要約、二次)、2026年5月。https://ark-invest.com/videos/
- Cathie Wood、ARK In The Know 2026年6月(検索要約、二次)、2026年6月。https://ark-invest.com/videos/
- Ed Yardeni、Yardeni Research QuickTakes、2026年10月6日。https://yardeni.com/research/quicktakes/2026/10/06/2028-should-be-a-good-year
- Jamie Dimon、JPMorganChase年次株主レター、2026年4月6日。https://www.jpmorganchase.com/ir/annual-report/2025/ar-ceo-letters
- PIMCO、長期見通し「Rupture and Resilience」、2026年6月10日。https://www.pimco.com/us/en/insights/rupture-and-resilience
- Jeffrey Gundlach、DoubleLine「Gundlach Unlocked」ウェビナー、2026年9月10日。https://www.youtube.com/watch?v=HVwbX7dcQWc
- Karen Karniol-Tambour、Bridgewater(ミルケン研究所パネルの公式要約)、2026年5月3日。https://www.bridgewater.com/research-and-insights/karen-karniol-tambour-on-investing-in-a-more-fragmented-world
- Jeremy Siegel、WisdomTree Weekly Siegel Commentary、2026年3月9日・8月3日・8月10日。https://resources.wisdomtree.com/weekly-siegel-commentary/archive-august-10-2026
- Ruffer、ラファー・インベストメント・カンパニー 2026年6月期レビュー(二次)、2026年7月31日。https://www.directorstalkinterviews.com/ruffer-investment-company-delivers-positive-2026-returns/4121257565
- オ・ゴニョン、京郷新聞、2026年5月27日。https://www.khan.co.kr/article/202605272010005
- オ・ゴニョン、京郷新聞、2026年9月16日。https://www.khan.co.kr/article/202609162007015
- 佐々木融、外為どっとコム マネ育チャンネル、2026年9月4日。https://www.gaitame.com/media/entry/2026/09/07/081048
- Mohamed El-Erian、Project Syndicate、2026年9月2日。https://www.project-syndicate.org/commentary/ai-bumpy-road-ahead-borrowing-costs-public-resistance-shallow-adoption-by-mohamed-a-el-erian-2026-09
- Goldman Sachs、米国株ストラテジスト調査要約、2026年9月23日。https://www.goldmansachs.com/insights/articles/can-ai-investment-drive-s-and-p-500-earnings-even-higher
- Saurabh Mukherjea、マーセラスのブログ、2026年10月8日。https://marcellus.in/blogs/big-winners-losers-from-indias-breakpoint/
- 藤野英人、日経BOOKプラス(日経電子版)、2026年9月13日。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB2191I0R20C26A8000000/
- Paul Tudor Jones、CNBC Squawk Box(investingLive要約、二次)、2026年5月7日。https://investinglive.com/stock-market-update/paul-tudor-jones-says-ai-bull-market-has-one-to-two-years-left-to-run-20260508/
- Leon Cooperman、CNBC(Business Insider報道、二次)、2026年8月14日。https://www.aol.com/articles/billionaire-investor-leon-cooperman-sees-171551000.html