株譜
INVESTOR OUTLOOK

ドーン・フィッツパトリック:ペソ危機で「最悪の年」になった日から、48時間で40億ドルを買い取るまで──受託者責任を先に置いた判断の軌跡

失敗と成功

暴落のさなかに、48時間で40億ドルを買い取る。そんな芸当は、勇気だけでできるものではありません。ソロス・ファンドのCEO兼CIO、ドーン・フィッツパトリックの語りを読むと、速さの秘密が、危機の最中ではなく、平時の準備のほうにあることが見えてきます。

その速さの秘密を一言で言えば、こうなります。フィッツパトリックの「3倍に買う」大胆さは、失敗と守りの経験を先に積み上げた上に成り立っています。買いの規模は、守りの厚さが決めているように見えるのです。

彼女はプライベート市場の「痛みの18〜24か月」を警告し、流動性を差し出す側に回る、という最近の発言で注目されています。それについては別稿「ドーン・フィッツパトリック:民間市場に「痛みの18〜24か月」が来ると見るソロス・ファンドのCIOは、流動性を差し出す側に回る」に書きました。本稿は、その発言の足元にある経験を拾います。

素材は、2020年から2026年の対談・ポッドキャストの動画です。年と金額は本人の発言で、一部は動画原文での照合が済んでいません。その箇所は本文で断ります。

毎日の成績表を選んだ:1990年のインターン

出発点は1990年です。大不況以来最大の銀行危機の最中、シティバンクの夏季インターンの初日に、幹部の補佐役を募るボランティアが出ました。他のインターンが手を出さないなか、「裏に機会があるはずだ」と手を挙げます。ジョン・リードCEOの補佐官の補佐官につき、席は2階の男子トイレのすぐ外だったそうです。

そこで彼女が目にしたのは、全米最大の銀行の幹部たちが、社内の政治や他人の思惑に振り回され、自分の運命を自分で決められない姿でした。投資を受ける側ではなく、自分で投資する側になろうと決めます。理由は、投資の世界には「毎日、成績表が出る」から。自分の仕事の価値が、客観的に毎日評価されるのです。この選択は、のちに組織を率いるときの基準にもなっています。

年末に精算される報酬と、ペソ危機:1994年

1994年、オコナーのシカゴのピットで、メキシコ株の預託証券(ADR)などのデリバティブを扱っていました。報酬は、年に一度、年末にまとめて計算される仕組みです。その年の12月、メキシコ・ペソが急激に切り下げられました。それまで目覚ましい成果を上げていた年が、一転して「恐ろしい年」になります。周囲のローカル・トレーダーたちの自己資金が壊れていくなか、生き残ったごくわずかな参加者に、直後に大きな機会が開けるのも目撃しました。

教訓は二つに分かれます。一つは、市場の価格が不連続に飛ぶ「ギャップ・リスク」が、オプション・トレーダーにとって最も痛いリスクだということ。もう一つは、市場が崩れ、誰も残っていない背後に、大きな投資機会があることです。

筆者が注目したいのは、この二つ目です。2026年の彼女のプライベート・クレジットの見方にも、「流動性プレミアムが吹き飛ぶ局面で流動性を提供する」という形で、そのまま現れています。30年以上前の痛みが、いまの構えの原点なのです。

LTCM破綻の後に、ファンドを立ち上げる:2000年

1998年にはLTCMが破綻しました。その後、オコナーの元同僚たちと再び集まり、2000年6月にヘッジファンドとして立ち上げます。ノートによれば、LTCM破綻後としては史上最大級の30億ドル規模だったそうです。ただし、この金額と時期は、動画原文との照合が必要だと、ノート自身が注記しています。

ここで本人が強調するのは、個人の寄せ集めではなく、強く結びついたチームとして、株式とクレジットのマーケット・ニュートラル(相場の方向に左右されにくい運用)を構築したことです。資産クラスや地域の間の相対的な機会を「点と点でつなぐ」一体型のやり方で、この構造は、のちのソロス・ファンドでも繰り返し語られます。

2008年:親会社を含む主要ブローカーから資金を引き揚げる

2008年秋、彼女はUBS傘下のオコナーを率いていました。どの銀行が次に倒れるか分からない状況で、親会社のUBSを含む複数のプライムブローカー(証券会社)から、資金と資産を引き揚げます。政治的には極めて危険な決断だった、と本人は語ります。優先したのは、保身ではなく、顧客資産を守る受託者責任と、チームの将来を守る義務でした。

同時に、シニアの投資家たちと一室にこもり、損失を出してでも、市場の動きに依存しない触媒(きっかけ)を持つ機会へ、ポジションを入れ替えました。2009年初頭の回復期には、利益を確定して撤退する「ボールを持って帰る」ことをせず、勢いに追随して買い増します。結果として、2008年11月には早くも利益に転じ、危機の中でも業界で最高水準の成績で切り抜けたといいます。

教訓は三つ。危機では政治的な保身を排して受託者責任を貫くこと。長年のチームの信頼で、ポートフォリオを素早く切り替えること。回復期には、恐怖に負けず勢いを追うこと。

親会社から資金を引き揚げるという選択に、筆者は凄みを感じます。守るべき相手が誰なのかを、迷いなく一つに決めていたからできたことでしょう。

「保証された平凡さ」を壊す:2017年から

2017年、ソロス・ファンド・マネジメントの最高投資責任者に就いたとき、彼女が引き継いだポートフォリオは約250億〜300億ドルで、外部の運用者の数が多すぎました。外部運用者の合計の超過リターンがほぼゼロという、本人の言う「保証された平凡さ」の状態です。

創業者ジョージ・ソロスの「良いアイデアは極端なまでに追求せよ」という教えに従い、外部運用者の数を大幅に絞って、確信度の高いポジションに集中させました。社内運用の比率を50%から75%に引き上げ、5〜7年のサイクルで株式60%・債券40%に相当する、中立的なリスクの枠組みを作っています。

2022年の対談では、運用リターンが年率19.2%、直近5年間でベンチマーク(MSCI ACWI+無リスク金利)に対して年率650ベーシスポイント(6.5ポイント)の超過、と語りました。助成金の支出は年間12億5,000万〜18億ドル(2022年は18億ドル)を支えたといいます。これらの数字は、ノートが要確認と注記しており、本稿でも本人の発言として扱います。

教訓は、最良のアイデアには市場の収容力があるので、過剰な分散を排し、最良のアイデアを適切な規模にする、というものです。余分な手数料と複雑さも減ります。

2020年3月:48時間で40億ドルを買い取る

最も有名な成功が、2020年3月の住宅ローンREIT(不動産投資信託)の件です。新型コロナウイルスで市場が急落するなか、住宅ローンREITは、短期調達とのミスマッチと強制的なレバレッジ縮小で、保有資産を投げ売りせざるを得なくなりました。買い手がいなくなっていたのです。一方、大手のマルチ戦略ヘッジファンドは、機械的な損切りのルールで売りを重ねていました。

ソロス・ファンドは、約270億ドルの永続的資金と機動性を持っています。本人は、流動性の供給者になると即断しました。姿勢は「2倍どころか3倍に買う」。事実が裏づけるなら、倍で止めずに3倍まで買い増す、ということです。結果として、48時間以内に40億ドル超(別の対談では50億ドル)の公募・非公募のポートフォリオを入札して買い取りました。その後12か月で30%弱のリターンを出し、長期の年率にも寄与したと語ります。40億か50億かという食い違いは、ノートにも要確認とあります。

教訓は、他人が機械的なルールや恐怖で投げ売る流動性の枯渇局面こそ最大の好機で、確信が持てる事実があるなら大きな規模で持つべきだ、というものです。

2019年夏の金曜日:48時間で3億ドルを引き受ける

もう一つの48時間の話があります。ある夏の金曜日、時価総額200億ドルの規制業種の上場企業が、投機的等級(ジャンク)への格下げ危機のなかで、月曜の午後までに3億ドルの資金調達を必要としました。ジャンク債の投資家には利回りが低すぎ、投資適格債の投資家は、すぐ売れなくなる危険を恐れる。誰も取りに行けない空白地帯でした。

ソロス・ファンドでは、公開株式、投資適格債、プライベート・クレジットの三人の担当者が連携し、48時間で精査しました。最悪の場合でも、プライベート・クレジットとして10年持ち続けて問題ないと判断し、3億ドル全額の引受保証を出す条件で、銀行と企業と合意します。案件は増額発行され、「過去数年で最良の投資適格債のディール」となり、高いリターンをもたらしたそうです。教訓は、資産クラスの縦割りをなくし、専門家が点と点をつなぐことで、他社が真似できない規模とスピードの機会が取れる、ということです。

政治で配分を切られた:IPOからの排除

成功談ばかりではありません。2021年3月のブルームバーグの取材で、彼女は、ソロス・ファンドが一部のIPO(新規上場)の配分から外されたと明かしました。創業者ジョージ・ソロスが政治的な攻撃や陰謀論の対象になっていた時期に、一部の上場予定企業のCEOが、政治的な見解の違いを理由に、ソロス・ファンドを配分の対象から外したというのです。

彼女の受け止め方は淡々としています。全体としては、オープン・ソサエティ財団の活動が社会にもたらす益のほうがはるかに大きく、不当な扱いに固執せず、受け流した。教訓は、厚い面の皮を持ち、外部の思惑に感情的にならず、受託者責任と長期の目標に集中すること、です。

債券は「正しければ最後に勝つ」:2023年の集中買い

2023年春、シリコンバレー銀行などの破綻に伴い、FDIC(連邦預金保険公社)が破綻銀行の資産を売却し、FRBや商業銀行も売り手に回りました。その結果、エージェンシー住宅ローン担保証券(RMBS)が、技術的な要因で不釣り合いに割安に放置されます。

彼女は、株式のコンセンサス・トレード(皆が同じ方向に賭ける取引)に入るのは大嫌いだと言いつつ、債券は満期があるので「買っている自分が正しければ、最後には勝つ」と述べました。他人の強制売却に乗り、エージェンシーRMBSを集中的に買います。この件の結果の数字は、ノートでは明確にされていません。

2025年3月には、トランプ政権の政策の動揺で、マグニフィセント・セブンがピークから約13%以上、銘柄によっては24〜40%下がった局面で、「その取引の反対側に立つ」買いを入れました。2024年末に、見捨てられた香港株指数のコール・スプレッドを買い、保有していたことも語っています。「変動は味方だ」という姿勢です。結果の数字は、本人からは出ていません。

見方を改めた四つのこと

彼女は、過去の判断を後から採点するのも率直です。

第一に、FRBについて。2021年10月には、インフレが予想より長引くことに驚きつつも、原因は供給側の構造問題なので、金融政策では直接解決しにくい、と分析していました。2022年6月には、「後から振り返れば、FRBはもっと早く動くべきだった」と述べています。

第二に、2020年春の6兆ドルの刺激策。2023年6月、「後知恵では、やり過ぎだった」と述べました。過剰な信用と資産インフレを招き、その巻き戻しに時間がかかっている。その結果として、銀行の貸出抑制と、CLOの再投資期間の終了、長期的なデフォルト・サイクルが来る、という整理です。

第三に、プライベート・エクイティ。2021年3月には、運用資産約270億ドルの約半分がプライベート資産でした。それを、水増しされた内部収益率、不透明な手数料、流動性の枯渇を踏まえて見直し、2025年3月の対談で、過去6年でプライベート・エクイティの比率を約10ポイント意識的に減らしたと語っています。他の機関投資家が評価額の動かない非流動市場へ流れ込むなか、公開市場へ資金を移した結果、競争が減った公開市場で超過リターンが取れた、といいます。

第四は、ビデオ会議です。物理的に近い場所での議論を絶対視し、パンデミック初期の「ズーム・ハッピーアワー」には、自分が「最大の懐疑派だった」と認めています。議題のない5人のランダムな会話を試すと、普段交わらない同僚から貴重な洞察が得られました。事前の偏見が誤りだったと認め、通常勤務に戻ったあとも続けるそうです。

株譜の見方

ここからは筆者の個人的な推測です。

最初に目に入るのは、成功談が「大きく買った」話に集中していることです。ただ、読み直すと、成功の直前には必ず、失敗の経験か、守りの決断があります。1994年にギャップ・リスクで痛い目に遭い、2008年に主要ブローカーから資金を引き揚げ、2017年に過剰な分散を壊した。守りを固めてから、2020年に3倍で買う。買いの規模は、守りの厚さが決めているように見えます。

二つ目に、彼女の語る受託者責任の使い方が興味深い。2008年は保身を捨てる理由として、2021年のIPO排除は感情的にならない理由として、同じ言葉が出てきます。判断の基準が一つに固定されていると、場面が違っても迷いが減るのかもしれません。個人投資家なら、自分の資金の目的(住宅、教育、老後など)を一つ言葉にしておくことが、同じ働きをすると筆者は思います。

三つ目に、自己採点の姿勢です。「後知恵では、やり過ぎだった」「最大の懐疑派だった」と言える人は、見方を直しやすい。ただし、直す方向が常に正しいとは限りません。2025年3月の「3回の利下げの反対側に賭ける」という予想は、別稿で検証したように、答え合わせが容易ではありません。成功談が中心の素材であることも、ノートは断っています。失敗は少なく、聞き手に評価される場面で話された成功のほうが多い、という偏りは頭に置いて読みたいところです。

四つ目は、48時間という速さの出どころです。2020年の40億ドルも、2019年の3億ドルも、その場の閃きではなく、前もって作ってあった構造の上にあります。永続的な資金、縦割りのない担当者の連携、損切りの機械的ルールを持たない運用。速く動ける人は、速く動ける準備を平時に済ませている。個人にとって、同じことは「買う余力と、買う条件を、暴落の前に決めておく」ことに当たります。暴落の最中に考えるのでは、48時間では足りません。

なお、動画の公開日は一覧に基づきます。年、金額、運用リターンの数字は、NotebookLMのノートの整理で、動画原文の照合が済んでいないものを含みます。

出典(日付は動画の公開日)

  • Capital Allocators with Ted Seides「CIO Greatest Hits: Single Family Offices – Dawn Fitzpatrick (Soros)」、2025年7月28日(YouTube)
  • David Rubenstein「Soros Fund Management's Dawn Fitzpatrick on Bloomberg Wealth」、2022年6月1日(YouTube)
  • Bloomberg Television「George Soros's CIO Revives His Legendary Risk Appetite」、2021年3月25日(YouTube)/「Soros CIO Says Firm Was Excluded From IPOs Over Politics」、2021年3月25日(YouTube)
  • Bloomberg Live「Soros Fund CEO Fitzpatrick on Market Outlook」、2021年10月6日(YouTube)
  • Bloomberg Television「Soros' CEO Fitzpatrick on Coming Contraction in Credit」、2023年6月7日(YouTube)/「Soros CIO Fitzpatrick Expects More Bank Failures」、2023年6月7日(YouTube)
  • Bloomberg Podcasts「Investors Underestimate Trump's Tolerance for Stock Selloff: Soros Chief Investment Officer」、2025年3月4日(YouTube)/Bloomberg Live「Soros CEO, CIO on Where To Put Capital to Work」、2025年3月4日(YouTube)
  • Bloomberg Live「Soros' Fitzpatrick on Navigating Market Volatility」、2026年3月3日(YouTube)/Bloomberg Television「Investors Face 'Painful' 18-24 Months, Soros CIO Says」、2026年3月3日(YouTube)

本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。

この記事の投資家の実際の保有(13F)

13F は米国の運用会社が四半期ごとに開示する保有株の報告です。発言と並べて読むための参考で、現在のポジションを示すとは限りません。

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