ハワード・マークス:95%を失った新人時代から、リーマン後に毎週4億5,000万ドルを買い続けるまで
投資家の回顧談には、都合のよい部分だけを磨いた話が多いものです。ハワード・マークスは少し違います。失敗の話が先に出てくるのです。新人時代に資金の大半を失った話、守りすぎて大化けを逃した話、息子に指摘されて考えを改めた話。どれも、自分の判断の弱さを隠していません。
ここでは、本人が近年のインタビューや対談で繰り返し語っている場面を七つ拾い、そこから引き出された教訓を整理します。年や金額は本人の回想に基づくもので、当時の公的な記録で一つずつ照合したものではありません。そのつもりで読んでください。
1969年、ニフティ・フィフティで資金の大半を失う(失敗)
シカゴ大学の大学院を出て、1969年にシティバンクの調査部門に入りました。当時の米国株は、ゼロックス、コダック、IBMといった「ニフティ・フィフティ」と呼ばれる優良50社に、人気が集中していました。いい会社だから、いくら払っても高すぎることはない。銀行も運用者も、そう信じていたのです。マークス自身もその空気のなかで保有を続け、本人の回想によれば、約5年で投じた資金の約95%を失いました。
引き出した教訓は、2025年10月公開のポッドキャストでも繰り返されています。「大事なのは何を買うかではなく、いくらで買うかだ」。優れた企業でも、払いすぎれば危険な資産になります。質の低い資産でも、十分に安ければ魅力的な投資になりえます。この一点が、その後の彼の判断軸になりました。
1978年、「シベリア」でジャンク債に出会う(成功)
ニフティ・フィフティの傷を負ったあと、1978年に債券部門へ異動しました。社内では「シベリア」扱いの部署だったそうです。その年の8月、ミルケンという人物が扱う高利回り債(ハイイールド債)を調べてほしい、という電話が入ります。当時の機関投資家は、投資適格に満たない債券を、「そもそも買ってはいけないもの」と決めつけていました。
マークスの発想は逆でした。適切な利回りがつき、会社が生き残って約束を果たすなら、株より予測しやすい投資になりうる。同行は、大手金融機関として初のハイイールド債ファンドを立ち上げます。本人の回想では、その後長く運用するなかで、買った債券のほぼすべてが契約どおりに支払われたといいます。
2025年4月のオルタナティブ投資の会議(マイアミ)でも語られているこの経験から、彼は「敗者を避ければ、勝者は自ずとついてくる」というオークツリーの基本姿勢を固めていきました。
1988年と1995年、誰も手を出さない市場で独立する(成功)
1987年、TCW時代の同僚ブルース・カーシュから、経営難に陥った企業の債券だけを買うファンドを作らないかと持ちかけられました。当時、倒産企業の債券を専門に扱う機関投資家は、ほとんどいませんでした。1988年に最初のファンドを立ち上げ、1995年にはTCWを離れて、オークツリーを創業します。
2023年6月のジョージタウン大学での講演では、手がけた先は「誰もやりたがらない、非効率な市場」だったと振り返っています。そこで知識の優位を積み上げることが、力の源泉でした。
2000年1月2日、「bubble.com」の警告(成功)
ITバブルの絶頂期、マークスは歴史書を読んで、当時の熱狂を過去のバブルと並べました。そして2000年の最初の営業日の直前、1月2日付で「bubble.com」と題するメモを出します。ウェブの閲覧数だけで企業価値が語られる状況への警告でした。本人の回想では、その数か月後にバブルは崩れました。このメモが広く読まれる転機になり、本人は「十年かけて一夜にして成功した」と言われたと振り返っています。
ただし、彼自身は「予測が当たった」とは言いたがりません。2025年12月公開のポッドキャスト(大災難を避ける、と題した回)では、50年超のキャリアで市場の転換点を的確に言い当てたのは、5回ほどだと数えています(2000年、2007〜08年、2012年、2020年、2022年)。息子に「当たったのは50年で5回だけだったのでは」と言われたエピソードも紹介されました。
2008年の第4四半期、15週間買い続ける(成功)
リーマン・ブラザーズの破綻から数週間、市場は凍りついていました。オークツリーは直前に、経営難の企業の債券を買う巨額のファンドを組成したばかりで、手元には約100億ドルの買い付け余力があります。マークスとカーシュの判断は単純でした。金融システムが崩れるなら、買っても買わなくても結果は同じ。崩れないなら、この値段で買わなかったことが職務怠慢になる。
2026年1月公開の対談(「毎週4億5,000万ドル買った」と題した回)によると、リーマン後の15週間、そのファンドだけで毎週平均約4億5,000万ドルを買い続けました。他人が正気でないと見なす行動をとるところに、大きな収益機会がある。本人はそう語ります。同時に、投資の世界に確実性が入る余地はない、とも言います。買い向かったのは、確信があったからではなく、確率が有利だと見たからです。
守りすぎた五十数年(失敗)
二つ目の「失敗」は、派手な損失ではなく、取り逃がした利益の話です。大恐慌を経験した両親のもとで育ち、「卵を一つの籠に盛るな」と教わりました。キャリアを通じて損失の回避を最優先にし、ベンチャーキャピタルやPE(未公開株投資)のような、大きな上振れを狙える領域ではなく、リターンに上限のある債券を中心にしてきました。
近年の対談(2025年8月公開の「いま手を引く理由」と題した回として整理しました)で、彼は自らこう振り返っています。「もっと保守的でなければ、今日はもっと金持ちだっただろう」。株が倍になるたびに一部を売る「リスク管理」を繰り返したため、大きく化ける銘柄の恩恵を最後まで取り切れなかった、という趣旨です。
その際に挙げられた特定の銘柄の価格推移は、動画で原文を確認できなかったので、本稿では引きません。結論だけを借りれば、リスク回避はリターン回避でもある、という自戒です。
息子に「それは違う」と言われて見方を改める(失敗から学ぶ)
最後は、考えを改める話です。マークスは2017年のメモで、暗号資産を、裏づけとなる資産もキャッシュフローもない投機として退けました。ところが近年、ベンチャーキャピタリストの息子アンドリューから、反論されます。ビットコインは15年以上も存在し続けている。完全な詐欺なら、とうに崩れているはずだ。父親であっても、理解していない技術に断定はできない、という指摘でした。
本人は、これを「転向」とは位置づけていません。自説は維持したまま、確信の度合いを下げた、というのが実際のところです。それでも、自分より若い世代の指摘で見方を揺らがせたことは、2021年1月の「価値あるもの」と題したメモとも通じます。バリュー投資を「低成長で割安な株を買うこと」と狭く捉えていた彼が、成長企業の将来の収益力に値段をつけることも価値の評価だ、と考え直した経緯です。
株譜の見方
ここからは筆者の個人的な推測です。
七つの場面を並べて気づくのは、成功談のほうに「確信」がほとんど出てこないことです。2008年も、買った理由は「世界が終わらないほうに賭けると期待値が高い」という確率の話で、底を当てたという自慢ではありません。一方、失敗談のほうは、確信が強すぎたか(ニフティ・フィフティ)、弱すぎたか(守りすぎ)のどちらかに寄っています。彼にとって、判断の質を決めるのは当たり外れよりも、確信の置き方のほうなのだと思います。
個人投資家が持ち帰れるのは、おそらく派手な逆張りの話ではなく、地味な自己点検でしょう。「いくらで買ったか」「損失の限度はどこか」「いま、自分は守りすぎていないか」。この三つの問いは、相場が高くても低くても使えます。
出典(日付は動画の公開日。数字や年は本人の回想。動画との対応は公開日一覧による整理で、発言箇所までは照合していない)
- The Master Investor Podcast with Wilfred Frost「Howard Marks: How I Mastered the Markets - My Advice From 50 Years of Investing」、2025年10月19日(YouTube)
- Oaktree「Howard Marks: Global Alts Miami 2025」、2025年4月16日(YouTube)
- Oaktree「Howard Marks: Real Estate Luminaries Series – Steers Center at Georgetown University」、2023年6月1日(YouTube)
- The Investor's Podcast「Avoid Disaster w/ Superinvestor Howard Marks (RWH063)」、2025年12月13日(YouTube)
- MicroCapClub「"We Bought $450 Million a Week" with Howard Marks」、2026年1月5日(YouTube)
- My First Million「Howard Marks Warning: Why I'm Getting Out Now」、2025年8月22日(YouTube)
- ハワード・マークス オークツリー・メモ「Something of Value」、2021年1月(オークツリー)
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。