ハワード・マークス:当てたのは50年で5回──「一過性」を外し、買値を重ね、温度計の針を「懸念」へ上げるまでの答え合わせ
ハワード・マークスの失敗談は、これまで何度も語られてきました。1969年のニフティ・フィフティで資金の大半を失った話、1978年にジャンク債と出会った話、リーマン後の15週間の買い向かい。この三つを含む七つの場面は、別稿「ハワード・マークス:95%を失った新人時代から、リーマン後に毎週4億5,000万ドルを買い続けるまで」にまとめました。本稿はそこに重ねず、別の角度から書きます。
見るのは、マークスが自分の判断をどう採点しているかです。成功は数字で語り、失敗は「間違っていた」とあっさり認める人です。その採点の仕方と、採点のあとに何を変えたのかを、本人の発言から拾います。素材は、近年の複数のインタビュー、対談、投資家向けイベントの動画です。年や金額は本人の回想であり、当時の記録で一つずつ照合したものではありません。
成績表の読み方:当たりは「確率の高い局面」だけ
まず、数字で語られる成功から見ます。オークツリーの創業以来のモットーは「敗者を避ければ、勝者は自ずとついてくる」です。本人の説明では、1978年に始めたハイイールド債(利回りの高い低格付けの債券)の運用で、買った債券の99%が、契約どおりに利息と元本を払いました。歴史的な平均のデフォルト(返済不能)率は年4%ほどありましたが、それでも年8〜10%を超える利回りを積み上げたといいます。
経営難の企業の債券を買う「ディストレスト債」では、1988年に6,500万ドルで最初のファンドを始めました。1995年にTCWを離れてオークツリーを創業したときには、約70億ドルの運用資産を引き継いでいます。今では会社全体で2,180億〜2,300億ドル規模です。ディストレスト債のファンドは、35年以上にわたり、借り入れに頼らず年率22%の総リターンを出した、と本人は語ります。
2008年は、直前に組んだ110億ドルのファンドが、リーマン破綻の時点で12%ほどしか使われておらず、約100億ドルが残っていました。そこから15週間、そのファンドで週平均4億5,000万ドル、会社全体では週平均6億5,000万ドルを買い続けています。華々しい話ですが、本人は自分の予測が当たったことをほとんど誇りません。理由は次の節にあります。
なぜ「勝ち」より「負けない」なのか
この成績表の背景には、本人が好んで引く二つの話があります。
一つは、年金基金の成績を分析した例です。14年間、一度も上位25%には入らなかったものの、下位50%にも一度も落ちず、中位より少し上の位置を保ち続けたファンドがありました。14年を通算すると、上位4%に入ったそうです。大振りで勝とうとする運用者が多いなかで、ミスをしない者が最後に勝つ。チャールズ・エリスの言う「敗者のゲーム」の考え方です。債券投資は、すばらしい勝者を選ぶ仕事ではなく、デフォルトする敗者を取り除く「負の芸術」だと、本人は言います。
もう一つは、平均水深5フィートの川を渡って溺れた、身長6フィートの男の話です。「平均すれば生き残る」という考えに意味はなく、最悪の日にも生き残らなければ、ゴールには着けません。マークスにとってリスクとは、価格が揺れることではなく、お金を永久に失う確率のことです。
「当てたのは50年で5回」という自己採点
マークスは、市場の転換点を的確に言い当てた予測の達人と称えられることがあります。本人は、この評価に冷静です。「温度を測る」と題したメモなどで過去を振り返り、息子のアンドリューに「私の予測はおおむね正しかったと思う」と話したところ、こう返されたそうです。当たったのは、50年間で5回だけじゃないか、と。この返しが、筆者にはこの人の本質をよく表していると思えました。予測が当たった人ではなく、当たった回数を正直に数えられる人です。
本人が数える5回は、2000年のITバブル、2007〜08年の金融危機、2012年、2020年のパンデミック、2022年の金利構造の変化です。どれも、市場が極端な熱狂か悲観に達したときに、確率の高い判断をしただけだといいます。日々のマクロ経済や短期の動きは予測できない、というのが彼の立場です。合わせて語られるのが、「予測はできないが、準備はできる」という言葉です。
だから成功談は、こう読むのが本人の語り方に近いでしょう。2000年のメモ「bubble.com」も、2008年の買い向かいも、極端な局面でだけ確率が傾くという判断の結果です。日々の予測が当たった話ではありません。
外した予測:「一過性」と、年6回の利下げ
では、外した予測は何か。マークスは2021年、アメリカの中央銀行であるFRBや多くの市場参加者が、物価の急騰を「一過性」と見たことについて、はっきり「単に間違っていた」と認めています。この初期判断がFRBの対応を遅らせ、インフレ率が9.5%まで上がる一因になった、という分析です。その後は、ゼロ金利から5%台まで、歴史的なペースで利上げが続きました。
2023年末の例は、少し違います。市場の大方が「2024年にFRBは6回利下げする」と楽観していたとき、マークスはFRB自身の見通し(3回の利下げ)とのずれを指摘し、市場は楽観しすぎだと見ました。実際には2024年にインフレがしぶとく残り、市場は利下げの予想を引き下げざるをえませんでした。これは自分の予測というより、周りの予測を採点した例です。ただ、結論は同じ原則に戻ります。予測はできない、準備はできる。
もう一つ、2020年のパンデミックについて、本人は経済を「人工的な昏睡」に置いた措置と表現します。全世帯の約8割に小切手が配られ、生産が止まるなかでお金だけが膨らみ、「多すぎるお金が、少なすぎる商品を追う」状態になった、という説明です。これは、「一過性」を外した理由の分析でもあります。
見方を改めた三つのこと
予測の採点とは別に、マークスは考え方そのものも直してきました。
バリュー投資の定義。 若い頃は、バリュー投資を、低成長で凡庸だが、株価収益率(PER)や株価純資産倍率(PBR)が低くて放置されている会社を買うこと、と狭く考えていました。2020年のパンデミックの間、ベンチャーキャピタリストの息子と同居して話し込み、2021年1月の「価値あるもの」と題したメモで考えを改めます。成長企業でも、将来の成長力や収益力を正しく見積もり、適正な価格を払うなら、それもバリュー投資だ、という結論です。バリューとグロースの二分法を捨てたのです。
成長株を早く売りすぎる癖。 本人がよく口にするのが、「リスク回避は、リターンの回避につながる」という言葉です。大恐慌を経験した両親に育てられ、損を避けることを最優先にしてきました。株が2倍、5倍になるたびに、リスク管理として一部を売る。その例えとして、アマゾンを6ドルで買った投資家が、12ドル、60ドル、600ドルで手放し、3,300ドルまでの上昇を逃す話に触れています。「もしこれほど保守的でなかったなら、今日はもっと金持ちだっただろう」とまで言いました。ただし、これは本人の説明であり、アマゾンの数字は動画での確認が望ましいところです。
暗号資産とAI。 暗号資産は、2017年のメモで、裏付けとなる資産もキャッシュフローもない投機として退けました。ところが息子から、ビットコインは15年以上存在し続けていると反論され、父親でも理解していない分野を断定すべきではない、と言われます。本人は、キャッシュフローがなく本来の価値を計算できないという核心は保ちました。ただ、完全に無価値だと決めつけるほどの確信は、持つべきではなかったと改めています。「転向」ではなく、確信の度合いを下げたというのが実際です。
AIでは、変化がもっと大きくなりました。最初は市場の過熱を警戒していましたが、息子に勧められて生成AIと対話を重ねます。データの整理や、論理の枠組みの提示、過去のメモを踏まえた文章を見て、評価を大きく上げました。80歳近くでAIを「メンター」として受け入れ、AIが世界を変えると確信するに至ったそうです。平均的なアクティブ運用者の多くは、パターンの照合や過去データの処理でAIに取って代わられる、と見ています。ただし、前例のない不確実な状況で質を見極めること、つまり二次的思考(みんなが考える一歩先を考えること)には、人間ならではの洞察が要る、という結論は変わりません。
歴史を今に当てる:買値の物差しは変わらない
見方を変えた部分があっても、土台は動きません。1969年の教訓は、「何を買うかではなく、いくらで買うか」でした。この一言は、その後の見方の変更を経ても、まったく揺れていません。
この物差しを、今のマグニフィセント・セブン(大手テック7社)に当てた発言があります。ニフティ・フィフティの株価収益率は60〜90倍でした。いまのマグニフィセント・セブンは30倍台、エヌビディアでも50倍ほどで、当時のような狂乱の水準ではない、とマークスは分析します。問題にするのは、S&P500 の残りの493銘柄です。歴史的な平均の16倍を超えて、19〜20倍で取引されています。優れた企業に高い値が付くのは分かるが、凡庸な企業にまで上乗せが払われているのが警戒の理由だ、といいます。
市場の「温度」の採点も、同じ流れにあります。2023年7月のメモでは「高い」としていた温度を、2025年8月の「価値の計算」と題したメモの時点で「懸念すべき水準」に引き上げました。背景は、2022年10月の底から S&P500 が11四半期で75%以上上がったことです。本人はこの動きを、市場を当てにいく行為ではなく、守りを少し固める「微調整」だと位置づけています。
金利の物差しも使います。1980年に自分が組んだ個人ローンの金利は22.25%でしたが、2020年には2.25%でした。40年間で20%、つまり2,000ベーシスポイントの低下です。この40年の低下は、借り入れで資産を買う投資家に、動く歩道のような追い風を与えました。2009〜21年のゼロ金利は例外で、いまの5%前後は歴史的に普通の水準、というのが彼の整理です。動く歩道が止まった以上、借り入れに頼った株式やプライベート・エクイティ(非上場株への投資)の優位は小さくなります。契約どおりに7〜9%の利回りが取れる貸付に、資金配分を寄せるべきだと提言しています。
AIについても、鉄道(1880年代)、ラジオ(1920年代)、光ファイバー(1990年代末)と並べます。熱狂が資金を一気に集め、本来は数十年かかるインフラを数年で作る。社会には利益でも、お金を出した投資家の多くは損をしました。AIが世界を変えることと、AIに投資した人が儲けることは、別の問題だというわけです。
株譜の見方
ここからは、筆者の個人的な推測です。
マークスの採点で面白いのは、成功を「予測」のおかげにしないところです。50年で5回しか当てていないと自分で言う人が、2000年や2008年を予測の成功と呼ぶはずがありません。彼にとっての成功は、極端な局面でだけ確率が傾いたと判断し、備えていたことです。個人投資家にとって使える教訓は、予測の腕を磨くより、備えを日常にすることだと思います。
もう一つ気になるのは、モットーと反省の関係です。「敗者を避ければ、勝者は自ずとついてくる」という原則で、彼は50年以上、大きな破綻を避けて信頼を築きました。その同じ人が、「もしこれほど保守的でなかったなら、今日はもっと金持ちだっただろう」と言う。これは矛盾ではなく、同じ原則の表と裏だと読みます。負けないことを徹底すれば、大きく勝つ機会は取りこぼす。その代償を本人が数えているところが誠実です。個人にとっては、自分の目的がどちらに近いかで、この二つの重みが変わります。老後資金を守りたい人と、20年先まで増やしたい人とでは、答えが違ってよいはずです。
三つ目は、修正の仕方です。暗号資産でも、AIでも、バリューの定義でも、全面的な宗旨替えはしていません。核心は保ち、確信の度合いだけを動かしています。「温度」を引き上げたときも、売りに回るのではなく、守りを少し足しただけでした。大きく外れないための、小さな動かし方です。変わらない物差し(買値)と、変えてよい確信(予測や新技術への評価)を、分けて持っているのが見えます。
「一過性」を外したという告白も重いものです。後から見れば簡単な間違いでも、その時点では市場全体が同じ誤りを共有していました。自分がどれだけ多数派と同じ誤りを犯しているかを点検する材料になります。一方で、2023年末の「6回の利下げ」のように、多数派の誤りを見抜いた例もありました。同じ人でも当たるときと外れるときがあり、どちらも同じ確率の物差しで採点されているのです。
四つ目は、温度計の使い方です。マークスは「温度」を、売買の合図ではなく、自分の守りをどこまで厚くするかの目安に使っています。2023年の「高い」から2025年の「懸念」への引き上げも、結論は「微調整」でした。高いから売る、安いから全力で買う、という二択にはしません。この扱い方は、相場観を外したときの傷を小さくします。筆者なら、同じ目盛りを自分の持ち高に当てはめ、現金や債券の比率を年に一度だけ見直す程度から始めます。大げさな判断は要りません。
なお、アマゾンの数字、メモの名称、一部の公開日は、NotebookLMのノートに基づく整理です。動画の発言箇所までは照合していません。
出典(日付は動画の公開日)
- The Master Investor Podcast with Wilfred Frost「Howard Marks: How I Mastered the Markets - My Advice From 50 Years of Investing」、2025年10月19日(YouTube)
- Oaktree「Howard Marks: Global Alts Miami 2025」、2025年4月16日(YouTube)
- Oaktree「Howard Marks: Real Estate Luminaries Series – Steers Center at Georgetown University」、2023年6月1日(YouTube)
- The Investor's Podcast「Avoid Disaster w/ Superinvestor Howard Marks (RWH063)」、2025年12月13日(YouTube)
- MicroCapClub「"We Bought $450 Million a Week" with Howard Marks」、2026年1月5日(YouTube)
- Global Money Talk「Howard Marks: 'Investing is About Time, Not Timing!' Secrets to Successful Investing」、2024年11月30日(YouTube)
- Wharton School「Howard Marks on Value Investing, AI in Finance & More – Wharton School Investor Series」、2026年4月21日(YouTube)
- My First Million「I'm 80 and I wasted 25 years of my life. Don't make my mistake. - Howard Marks」、2026年7月15日(YouTube)
- My First Million「Howard Marks Warning: Why I'm Getting Out Now」、2025年8月22日(YouTube)
- Oaktree「Reflections on Oaktree Conference 2026 with Howard Marks」、2026年3月24日(YouTube)
- Brookfield「2026 Brookfield Affiliates Investor Day: Fireside Chat with Bruce Flatt and Howard Marks」、2026年10月1日(YouTube)
- Prof G Markets「The IPO Frenzy Has Begun — ft. Howard Marks」、2026年6月12日(YouTube)
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。