クリフ・アスネス:モデルは正しくても、顧客も市場も待ってくれない──AQRの失敗談が教える「耐えられる設計」
クリフ・アスネスは、数式とデータで株を選ぶ運用会社、AQRキャピタル・マネジメントの共同創業者です。ゴールドマン・サックスで運用を始め、1998年に独立しました。本稿では、本人がインタビューやポッドキャストで語った「自分の成功と失敗」を、七つの場面でたどります。
失敗談を読んで意外だったのは、反省の中身です。アスネスの失敗の多くは、モデルが間違っていたからではなく、モデルが報われるまで顧客や市場が待ってくれなかったから起きた。だから大事なのは、正しさより、耐えられる設計である。
いちばん新しい本人の動画は2026年9月24日のもので、「いまの見方」の節は、ここ1年ほどの発言をもとにしています。
先に断っておきます。整理に使った資料では、運用額、損失率、順位、年などの多くが「動画原文との照合が必要」とされ、どの動画の話か分からない場面もあります。本稿では資料の表現のまま、「本人がそう語った」ものとして紹介します。
博士論文でモメンタムを示し、恩師ファーマに告げた
1990年前後、アスネスはシカゴ大学の博士課程にいました。指導教官は、「市場は効率的だ」という説で知られるユージン・ファーマです。
アスネスが見つけたのは、過去6〜12か月で上がった株を買い、下がった株を売ると、統計的に市場平均を上回るという現象でした。「価格モメンタム」と呼ばれます。市場の効率性を説く恩師にこれを見せるのは怖かった、と本人は言います。おずおずと「モメンタムの論文を書きたいのですが、非常によく効いてしまうんです」と伝えました。
ファーマは説教をせず、「データにあるなら論文を書け」という趣旨の返事をしたそうです。1926年から1990年のデータで、モメンタムははっきりと超過リターンを示しました。ここからアスネスは、偉い人の説よりデータを大事にする姿勢を得ます。さらに、バリュー(割安)とモメンタムは逆に動くので、組み合わせると単独よりずっと良くなる、という確信も得ました。2025年10月のフーバー研究所での話です。
筆者はこの場面が好きです。恩師の学説に反する結果を、恐る恐る持っていった若者に、「データにあるなら書け」と返す。学問の健全さが、そのまま出ているからです。
ゴールドマンに残り、クオンツのグループを作った
1990年代の前半、アスネスはゴールドマンで1年ほど債券のトレーダーをしたあと、PIMCOから「クオンツ研究のグループを立ち上げないか」と誘われました。学者に戻る道も考えて悩みましたが、辞意を伝えると、ゴールドマンのパートナーに「うちでそのグループを作ればいい」と引き留められます。ニューヨークの魅力と、会社の資金力が使えると考えて、残りました。
1994年に始まった新グループは、最初は仕事がなく、営業資料の図を作る仕事まで引き受けたといいます。それが約4年で、通常の運用60億ドルと、買いと売りを組み合わせるヘッジファンド10億ドル、合わせて70億ドルに育ちました。数字は要確認です。一方で本人は、大きな組織では発言の自由にも独立性にも限りがあると痛感しました。それが、のちの独立の決意になったと言います。
営業資料の図を作る日々から70億ドルまで、というのは意外な出世の道筋でした。ただ、成功したからこそ、組織の限界が見えたのだと筆者は読みます。
AQRの初期、値動きの荒い1本だけを出した
1998年8月、アスネスは7人の仲間とAQRを創業し、当時のヘッジファンドとして最大級の10億ドルを集めました。出した商品は、ファンド1本だけです。株式市場とは連動せず、高いリターンを狙う。その代わり、値動きの幅は年20〜22%と大きい。そういう買いと売りの組み合わせのファンドでした。
約25社の顧客が、値動きを4分の1に抑えた版を求めました。若気の至りで、本人はこう返して断ります。「4分の1にしたければ、預ける金額を4分の1にすればいい。数学的には同じだ」。
結果は、最初の19か月のうち18か月で下がり続け、ファンドは35%下落しました。金額で約5億ドルです。統計的には想定の範囲内でしたが、投資家は動揺し、解約が相次ぎました。教訓として語るのは、数学的に正しくても、顧客が心理的に耐えられるかを無視した商品設計は失敗する、ということです。同じ損でも、35%という数字は顧客に致命的に響きます。低リスク版を最初から用意すべきだった、と振り返っています。
ここは意外でした。「4分の1にしたければ、金額を4分の1にすればいい」は、数学者として全く正しい返答です。それでも失敗した。筆者は、正しい理屈ほど、人の心理を軽く見がちなのだと感じました。
ドットコムバブルで、モデルを変えなかった
この下落の背景にあったのが、ITバブルの過熱です。割安株は過去50年で最悪の水準まで叩き売られる一方、シスコのようなハイテク株は、株価収益率100倍で買われていました。ネットの掲示板でシスコの株主に「いくらなら売るのか」と聞くと、返ってくるのは「25%下がったら売る」だけ。バブルの狂気を目の当たりにしたと言います。
それでもアスネスは、モデルを変えませんでした。その粘りを、「死にものぐるいで、数式に基づく戦略にしがみついた」と表現しています。割安株と割高株の価格差が、過去最大になっていることをデータで示す論文も書きました。
2000年3月にバブルが崩れると、モデルは劇的に復活し、その後の年には3桁のリターンを記録したそうです。教訓は、世の中が狂ったと感じる局面でも、データに基づく手順を守ることです。2023年6月のデビッド・ルーベンスタインとの対談での話です。この経過は、本人の語りと資料内の出典で細部が食い違うため、年の区切りと数字は要確認としておきます。
ただ、筆者は同時に、その間に35%の損を被った顧客がいたことを忘れたくありません。粘り強さは、顧客が持ちこたえてくれて初めて美談になります。
2007年8月、最も恐ろしい4日間
2007年8月の上旬、サブプライム問題に直面した他社やマルチ戦略のファンドが、売りやすいクオンツの株式ポジションを、一斉に投げ売りしました。アスネスは、30年のキャリアで最も恐ろしい4日間だったと語ります。モデルが壊れたのではない。他人のパニック売りに巻き込まれたのだ、と分析しました。それでも、最も値動きの荒い一部のポジションは、生き残るために縮小しました。
一方で、恐怖に駆られてモデルそのものを投げ出す、つまり自分の判断で上書きすることは、拒みました。4日間でファンドは10%近く下がりましたが、月末までに急速に戻ったそうです。
教訓は二つあります。一つは、すぐ売れるクオンツの資産が、他人のパニックのときに「現金自動預け払い機」にされてしまう、という構造のリスク。もう一つは、モデルの調整は平時に冷静にやるもので、パニックのときに感情で変えるのは最悪の判断になりやすい、ということです。2013年10月のミズーリ大学での講演として整理されていますが、動画との対応は不確かです。
筆者は、後者のほうが個人にも役立つと思います。下げ相場で自分のルールを書き換えたくなる衝動は、誰にでも来るからです。
「わずかに罪を犯す」と、バリュー低迷の数年
2018年から2020年にかけて、割安株と割高株の価格差は、ITバブルのときを超えて過去最高になりました。アスネスは原則として、ファクター(割安さやモメンタムなどの要因)の出し入れで時期を狙うことを禁じています。しかし今回は100年に一度の異常値だと考え、2019年末に「わずかに罪を犯す」という論文を書き、割安株の比重をほんの少し上げました。
直後に、コロナ・ショックが来ます。市場は、テスラとペロトンだけを買うような狂気に包まれた、と本人は言います。結局、「どんな罪も、これほど激しく迅速に罰せられたことはない」と認めることになりました。AQRの運用資産は、2018年の2,260億ドルから1,280億ドルまで減っています。筆者は、この自嘲の言い回しに思わず笑ってしまいましたが、中身は重い話です。
それでもモデルを信じ続け、2022年には最も古いファンドが、過去最高の43%超のリターンを記録したといいます。教訓は、時期を狙うのは極めて難しいこと。そして、十分な分散とモデルへの確信があれば、行って戻った先で報われることです。数字は要確認です。「ファクターのタイミングを禁じている」という言い方は、資料の中で、回答者の補足の可能性もあります。
AMCの空売りを明かし、「公敵3号」になった
最後は、広報での失敗です。2021年から2022年にかけてのミーム株騒ぎのさなか、アスネスはCNBCの生放送で、モデルの例としてAMCエンターテインメントの評価を説明しました。モデルでは、割高さ、収益性、株式の発行など、どの指標でも最悪の評価になる、と明かしたのです。そのうえで、「空売りはわずか12ベーシスポイント(0.12%)で、狂った人たちが買い上げても、AQRは傷つかない」と冗談めかして言いました。
ミーム株を支持するネット上の集団が爆発します。アスネスは、有名人たちに次ぐ「公敵3号」に仕立てられ、ひどい暴言や嫌がらせの電話まで受けたそうです。教訓はこうです。人は、おかしいと呼ばれることを嫌う。個別のミーム株について、メディアで不用意に語ったり、ネットの荒らしを煽ったりするのは、余計な評判のリスクを生むだけで、二度としない。2026年1月のポッドキャストでの話ですが、時期は回答者の推定とされており、要確認です。
筆者は、これは運用の失敗というより、言葉の選び方の失敗だと見ています。空売りの中身は筋が通っていても、冗談めかした一言が、読者の反応を呼んでしまったのです。
いまの見方(2025年10月から2026年9月の発言)
直近の発言の中心は、株が割高だということと、市場の効率が下がったということです。筆者は、ここでも「正しくても待たされる」という主題が続いていると見ています。割高だと警告しつつ、自分では極端な賭けをしないからです。
2026年2月から5月にかけて、アスネスは、シラーのCAPE(景気の波をならした株価収益率)が40近く、歴史上2番目の高さだと語りました。ITバブルのときは約45だったそうです。過去30年、米国株が他国の株を上回ってきた分の約80%は、株価の倍率が上がったことによるものでした。同じ上昇が続くと考えるのは「まったくどうかしている」(原文は "absolutely crazy")と述べ、米国以外にも分散し続けることが不可欠だと言います。
ただし、割高だからといって、明日の暴落を意味するわけではありません。向こう10年が期待外れになる、あるいは実質リターンが歴史的な平均の5%の半分ほど、つまり2〜3%にとどまる確率が高い、という整理です。
割安株と割高株の価格差は、2020年末の異常値から下がり、75〜85パーセンタイル程度です。本人は「少し妙な市場」と評し、叫ぶほどのバブルではないとも語りました。
AIについては、ITバブルの崩壊はインターネットが不発だったからではなく、株価が愚かな水準だったからだと言います。勝ったのは、当時過熱した企業ではなく、後から出てきた企業だった。AIでも同じことが起きうる、という見方です。個人としては割高さに居心地の悪さを感じますが、顧客のモデルを預かる立場では、感情を排して従う。そうした二つの顔を認めています。
市場の効率が下がった理由としては、24時間のゲームのような取引とSNSでの拡散、そしてパッシブ投資の急拡大を挙げました。個人の当日満期オプションへの熱中は、平均的な個人が、ウォール街へお金を移しているだけだと警告します。プライベート・クレジットが掲げる、シャープ・レシオ10.0や値動き4〜6%という数字は、時価を更新しない「ボラティリティの洗浄」だと批判しています。
金利とインフレについては、インフレが約3%で高止まりし、中央銀行が2010年代のように、際限なく利下げできる環境ではないと語ります。数字は要確認です。個人投資家の行動に直結する話題は、個人投資家と仕組みの議論でも整理しています。
学説の側でも、本人の見方は動いています。キャリアの初めは、価格の変動を「合理的なリスクの対価」で説明する立場が強く、本人の言い方ではリスク派が7割5分、行動派が2割5分でした。30年を超える実務とバブルを経て、いまは行動派が7割5分に傾いたといいます。市場は完璧な裁定の仕組みではなく、お金の量で重みづけされた、偏りのある投票の仕組みとして動いている、という説明です。
機械学習は、従来の要因の最適化や新しいデータの処理に有効です。ただ、なぜその判断をしたのか説明しにくいので、従来の統計モデルと組み合わせて使っています。AIの普及でクオンツの優位が消える、という見方は否定しました。この割合の数字も、資料では要確認とされています。
株譜の見方
ここからは筆者の個人的な推測です。
冒頭の主張に戻ります。アスネスの失敗談の多くは、「正しいモデルを持っているのに、顧客も市場も待ってくれなかった」という形をとります。AQR初期の35%、2007年8月、2018年から2020年のバリュー低迷。どれも最終的には戻った、と語られます。けれども語られているのは、生き残った側の物語です。その間に離れた顧客や、戻る前に畳んだ同業者の視点は、資料にありません。モデルを信じ続けて報われたという筋書きは、生き残ったから成り立つ。このことは忘れずに読みたいところです。
製品設計の失敗の話は、個人投資家にも通じます。頭では「リスクは許容できる」と思っていても、実際に35%の含み損を見たとき、同じ行動がとれるかは別の話です。自分が耐えられる下落幅は、数字ではなく、実際に下がった経験から測るべきだと、筆者は考えます。
「わずかに罪を犯す」の話は、自分の原則と実際の行動のずれを、自分で語っている点が誠実です。ただ、原則を破った理由が「100年に一度の異常値」だというのは、あとから見ればどんな局面にも作れる説明です。異常値だから例外を認める、という判断は、例外が当たり前になる入り口にもなります。個人の売買ルールにも当てはまる注意点です。
「いまの見方」は、割高だがすぐ暴落とは限らない、10年は期待外れ、という慎重な線で一貫しています。しかも本人が認めるとおり、割高な状態は何年も続きえます。割高さへの警告と、自分の行動は切り離しているわけです。警告の言葉と、実際のお金の置き方は、別に確かめる必要があります。
個人が持ち帰れるものは、三つあるでしょう。
- 耐えられる下落幅を、数字ではなく実際の経験から決めること。
- パニックのときに、ルールを書き換えないこと。
- 特定の銘柄について、公の場で不用意に語らないこと。
AMCの件は、個人がSNSで特定の銘柄を空売りしていると書いたときの反応を、極端な形で示した例と読めます。反対に、クオンツの手法そのものや、ファクターの空売りは、個人が手軽に真似られるものではありません。
最後に、見方が動いたと本人が認める点にも注目します。リスク派から行動派への傾きは、学者として正直な告白に見えます。ただ、「市場が愚かになった」という説明は、自分の手法がうまくいかなかった期間の説明にも使えてしまいます。割高な市場が続くのは市場が愚かだからだ、という説明は、間違いだと示しにくい。本人の主張として受け取りつつ、同じ現象を別の見方で説明できる可能性も、頭の隅に置いておくのがよいと思います。
出典
- Mizzou Business「Cliff Asness: A Brief and Biased Survey of Quantitative Investing」、2013年10月25日(YouTube)
- Flirting with Models「Cliff Asness - "...But Not So Open Your Mind Falls Out" (S3E13)」、2021年4月10日(YouTube)
- Bloomberg Television「AQR's Cliff Asness on 60/40 Strategy, Market Risks」、2023年2月23日(YouTube)
- David Rubenstein「AQR Co-founder Cliff Asness on Bloomberg Wealth with David Rubenstein」、2023年6月1日(YouTube)
- CFA Institute Research Foundation「Cliff Asness Talks Quantitative Strategies and the Less Efficient Market Hypothesis」、2024年11月25日(YouTube)
- Hoover Institution「Cliff Asness on Factor Investing and the History of Financial Economics | Capitalism and Freedom」、2025年10月23日(YouTube)
- Bloomberg Television「AQR's Asness Says Markets 'Gives Me Some Nerves'」、2025年11月10日(YouTube)
- Bloomberg Podcasts「Cliff Asness on How Markets Got Dumber in the Last 10 Years | Odd Lots」、2025年11月13日(YouTube)
- Infinite Loops「Surviving the Meme Stock Bubble | Cliff Asness」、2026年1月22日(YouTube)
- Encounter Capital「Cliff Asness, Principal and co-founder of AQR Capital Management at Encounter Capital-AQR event」、2026年2月8日(YouTube)
- Excess Returns「He Wrote the Papers Finance Didn't Want to Hear | Cliff Asness Breaks Down His Greatest Hits」、2026年5月22日(YouTube)
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。