大物投資家の「最初の一歩」は小さな偶然だった:真似できるのは才能ではなく、最初の大損を手順に変えたこと
高校のポーカー。袋詰めのアルバイトで買った10株。歯学部を8日で辞めた学生。授業を休んで、証券会社の窓の外に立ち続けた大学生。大物投資家の最初の一歩は、成功したあとの姿からは想像できないほど、小さく、偶然で、ときに無様です。
12人の語りを集めて、筆者がいちばん考えさせられたのは、こういうことでした。最初の一歩は、真似しようとして真似られるものではありません。真似できるのは、最初の大損を、感想ではなく手順や規則に変えたことのほうです。 本稿では、12人を「独学で始めた」「師匠から学んだ」「家業や家庭から入った」「大損から始まった」の四つの型に分け、型ごとに何が残ったかを書きます。
各人の詳しい逸話は、それぞれの「失敗と成功」の記事に書いたので、本稿では1〜2行で触れ、リンクをつけます。先に断っておくと、本稿の数字や年には、資料で「動画原文との照合が必要」とされたものが含まれます。すべて「本人がそう語った」ものとして読んでください。一人が複数の型にまたがる場合は、最も目立つ型に置きました。
型の分け方
基準は、始めた時点で何が支えだったか、です。
- 現場で独学した型:教室や上司より、市場や本や自分の観察から学んだ人。ナイグレン、コーエン、エイカー、グロス。
- 師匠や恩師の一言で動いた型:講義、指導教官、他人の手本が最初の方向を決めた人。リー・ルー、アスネス、パブライ、クーパーマン。
- 家業や家庭の延長で入った型:家族の仕事や暮らしの感覚が出発点だった人。ペルツ。
- 最初の大損から始まった型:早い時期の大きな失敗が、その後の規則を作った人。チャノス、テッパー、フィンク。
型一:現場で独学した人たち
ナイグレンは、1978年から79年ごろ、食料品店の袋詰めのアルバイトで貯めたお金で、AT&T、ガルフ・オイル、テキサコを各10株ずつ買いました。基準は、市場平均に比べて株価収益率が大きく割引されていることと、配当利回りが高いこと。幼いころ、母親と特売を回った経験が、「安くなったものを買う」感覚の土台だったと語ります。大学の教室では、他の学生が高成長株を発表する中、純現金が株価を上回るナショナル・プレストを推しました。詳しくはナイグレンの記事にあります。
コーエンは、1970年代前半の高校時代、SATの当日の朝5時30分までポーカーをしていたそうです。ここで身についたのは、いつ降り、いつ上げるかを確率で考える癖でした。大学では授業の多くを休み、証券会社のガラス窓の外で株価のテープを見続け、やがて室内に招き入れられます。21歳でグランタルに入り、オプションの裁定取引から、ヘッジを外した株の選択へ移ることを、自分で交渉しました。詳しくはコーエンの記事にあります。
エイカーは、1968年に証券会社に入ったとき、ビジネス、会計、財務の講義を一度も受けていませんでした。本人は「何も知らない状態だった」と振り返ります。業界の慣習に染まらないまま、「何が良い投資家を作るのか」というパズルを自分で解こうとし、トレインの『マネー・マスターズ』や、グレアムの『賢明なる投資家』などを読んだといいます。詳しくはエイカーの記事にあります。
グロスは、1960年代の終わりにラスベガスのブラックジャックで、200ドルを4か月で1万ドルにしました。エド・ソープの本で数え方を学んだそうです。保険会社の金庫室でクーポンを切り取る単調な仕事の中から、債券は売買で収益を上げられると気づきました。詳しくはグロスの記事にあります。
この型に残ったのは、「確率で考える」「現場の観察を重んじる」「教科書の外で自分の型を作る」という姿勢です。ただ、独学の人は、自分に都合のよい経験を一般化しやすい。コーエンの授業を休んだ話や、グロスのブラックジャックの話は、本人も語るとおり、人に勧められる方法ではありません。
型二:師匠や恩師の一言で動いた人たち
リー・ルーは、1993年ごろ、渡米して間もないコロンビア大学の学生でした。英語も十分でなく、借金を抱えて将来に不安を持っていたとき、たまたま出席した講義にゲストで来たバフェットが、「株式は事業の一部の所有権だ」「安全域を持って安く買う」と語ったといいます。頭の中で電球が点いたようだった、と本人は言います。コネも資金も資本主義の背景もなくても、事業の価値を調べて割引で買えばよい、という道が見えたからです。詳しくはリー・ルーの記事にあります。
アスネスは、シカゴ大学の博士課程で、価格モメンタム(上がっているものはさらに上がりやすい傾向)が統計的に市場平均を上回ることを見つけました。指導教官は、効率的市場仮説で知られるファーマです。おずおずと「論文を書きたいが、非常によく機能してしまう」と伝えると、返ってきたのは「データにあるなら、論文を書け」という趣旨の言葉でした。恩師が自説に反する結果を封じなかったことが、データを何より重んじる姿勢の出発点になりました。詳しくはアスネスの記事にあります。
パブライは、独創性を売り物にせず、うまくいったことはすべて真似だったと言います。1999年にファンドを始めたとき、バフェットが1950年代から60年代に運営したパートナーシップの手数料体系、つまり固定報酬ゼロで、ハードルを超えた分の成功報酬だけを取る仕組みを、そのまま使いました。詳しくはパブライの記事にあります。
クーパーマンは、歯学部を8日で辞め、ゼロックスの24時間シフトで働いたあとMBAに進み、提示額の低いゴールドマンを選びました。選択のたびに、金額より仕事の中身を優先しています。師匠との出会いというより、「人が仕事に何を求めるか」を自分で確かめた人で、型二の境界に近い例です。詳しくはクーパーマンの記事にあります。
この型に残ったのは、「事実を尊重する姿勢」「手本を真似る謙虚さ」「事業を所有するという視点」です。他方で、手本に偏る危うさも、本人たちが語っています。パブライは、グレアムを飲みすぎ、マンガーが足りなかったと、自分の真似を「ひどい出来」と評しました。
型三:家業や家庭の延長で入った人
ペルツは、1960年代の初め、ウォートン・スクールを1、2年で中退し、スキーに打ち込みました。夏の資金のために、ニューヨークで食料品の卸をしていた父の会社に、臨時の仕事で入ります。1、2週間働くうちに、見逃されている商機に気づき、「ここに残って自分でやれ」と父に言われて、営業組織を一から作りました。年商200万ドルだった事業を、1970年代には1億5,000万ドル規模にしたと語ります。父から受け継いだのは、現金が王であることと、売上を増やして経費を下げることの二つでした。詳しくはペルツの記事にあります。
ナイグレンの「母との特売」と銀貨の交換も、家庭の延長にあたります。6歳のころ、祖父が持ち帰る小銭の袋から、新しい硬貨を入れて、銀を含む古い硬貨を額面で抜き出し、その利益で最初の車を買ったといいます。低リスクで確実な価値の差を取る、原体験でした。
この型に残るのは、金融の理論ではなく、現金と原価と現場への感覚です。ペルツが後年、買収した会社に求める「誰が損益に責任を持つか」という問いも、父の卸会社で営業の担当者がいなかった状態を直した経験に通じている、と筆者は読みます。
型四:最初の大損から始まった人たち
チャノスの原点は、1982年に24ドルで売りを推奨したボールドウィン・ユナイテッドです。株価は下がらず、50ドル超へ約2.5倍になりました。のちに破産したので分析は正しかったのですが、途中で大きく逆行したのです。ここから、分析が正しくても、群衆が不合理を続けるかぎり耐えられる大きさでなければならない、という規則が育ちました。詳しくはチャノスの記事にあります。
テッパーは、大学生のとき、キャリア・アカデミーという銘柄を買い、3か月で投資額を100%失ったと、講演で笑い話にして語ります。のちにゴールドマンで、制限リストに載った会社の債券を買うよう命じられて拒み、パートナー昇進を3度見送られました。損を笑い話にできる早さと、倫理で損をする覚悟が、最初の数年に並んでいます。詳しくはテッパーの記事にあります。
フィンクは、1986年第2四半期に、ファースト・ボストンのモーゲージ部門で約1億ドルを失い、スターから「嫌われ者」に落ちました。部門のリスクを測る道具がなかったことが原因で、この失敗が、リスク管理システム「アラジン」の開発と、ブラックロックの創業につながったと語ります。詳しくはフィンクの記事と、投資家たちが語った「最大の間違い」にあります。
グロスも、1975年のアイテルへの融資が半年で破産し、のちにサブプライムを避ける目を育てたと語っています。
この型に残ったのは「規則」です。チャノスは大きさの規則、フィンクはリスクを測る仕組み、グロスは担保の質への問い、テッパーは倫理の線引きを残しました。筆者がここで感心するのは、損失が個人の反省の言葉で終わらず、組織や手順に変換されたとき、はじめて後の成功の土台になっている点です。
最初の職場は、どう選ばれたか
最初の職場の選び方にも、共通点があります。給料の高さで選んだ人は、ほとんどいません。テッパーは、1982年にリパブリック・スチールに入って3か月で給料を7%削られても辞めず、「給料より経験を取れ」と学生に語りました。クーパーマンは、提示額の低いゴールドマンを選びました。ナイグレンは、保険会社の幹部候補の育成プログラムへの抜擢をその場で辞退し、自分に合う運用会社へ移っています。コーエンは、年12,000ドルの基本給で入社し、株の選択に移ったあとの数か月で状況が一変したと語ります。
最初の職場は、収入の場というより、学ぶ速度と、任される範囲の場として選ばれていました。アスネスがゴールドマンに残ったのも、「うちでそのグループを作ればいい」と言われ、学術のモデルと実際の資金の運用を兼ねられる環境を得たからです。一方で、フィンクのファースト・ボストンのように、最年少のマネージング・ディレクターとして大きな権限を得た職場が、同時に最初の大損の舞台にもなりました。任される範囲の広さは、成長の速さと失敗の大きさの両方を連れてきます。
| 型 | 主な人 | 残ったもの | |---|---|---| | 現場で独学 | ナイグレン、コーエン、エイカー、グロス | 確率、観察、自分流の型 | | 師匠や恩師 | リー・ルー、アスネス、パブライ、クーパーマン | 事実を尊ぶ姿勢、手本、事業の所有という視点 | | 家業や家庭 | ペルツ、ナイグレン(母と祖父) | 現金、原価、現場の感覚 | | 最初の大損 | チャノス、テッパー、フィンク、グロス | 規則、仕組み、倫理の線引き |
株譜の見方
ここからは筆者の個人的な推測です。
どの型でも、最初の一歩は偶然でした。計画して入った人は少ない。ペルツは夏の資金、リー・ルーは偶然出た講義、エイカーは「何も知らない」まま入社しています。計画ではなく、最初の偶然に何を見つけ、何を続けたかが、その後を分けているように見えます。
ただし、ここには落とし穴があります。コーエンのポーカーも、ナイグレンの母との特売も、成功したあとに振り返れば「必然の原点」に見えます。しかし、同じ経験をして投資家にならなかった人は、数えきれないほどいる。語られているのは、生き残った人の経歴だけです。「ポーカーをすれば強い投資家になる」「授業を休んでテープを見ればよい」と読むのは、危ういと思います。12人はみな成功した側で、最初の一歩で大きく失敗して消えた人の語りは、公開の動画にはほとんど残りません。本稿の「残ったもの」は、生き残りの偏りを含んでいます。
その上で、四つの型のうち、いちばん再現しやすいのは、最初の大損の型だと筆者は考えます。独学の才能や、偶然の師匠との出会いは、真似ようとして真似られません。一方、損失を規則や仕組みに変える作業は、個人にもできます。チャノスの大きさの規則も、フィンクのリスクを測る道具も、損失の直後に手順として残されたものです。個人投資家が最初の大損をしたら、感想を書くのではなく、次から守る手順を一つ書く。それがいちばん実用的な使い方でしょう。ただし、そのためには、損が「続けられる大きさ」に収まっていなければなりません。フィンクは1988年に会社を去りましたが、損失を学びに変えられたのは、続けられる場所が残っていたからでもあります。
師匠の型にも、注意が要ります。パブライの「グレアムを飲みすぎた」という自己評価は、手本を一つに固定した代償を示しています。リー・ルーのバフェットとの出会いも、「安く買う」という考え方を得たことは確かですが、その後のティンバーランドの大きな賭けでは、自分で一次資料を読み込む作業が必要でした。師匠は入り口を与えるだけで、判断は自分で積み上げるしかありません。
最初の職場で「給料より経験」を取れたのも、生活に余裕があったからかもしれません。テッパーやクーパーマンの助言は、学生に向けた講演の場で語られたもので、資金や家族の事情で選択肢が狭い人に、そのまま当てはまるとは限りません。
最後に、冒頭の問いに戻ります。これから始める人にとって、この12人の話は、「小さく始めてよい」という励ましにも、「損失は材料になる」という慰めにもなります。どちらも間違いではありません。ただ、本人たちの語りには、聞き手を励ます目的の整えも入っている、と頭の隅に置いておきたいところです。見るべきは、特別な才能の話よりも、小さな偶然のあとに、何を手順にして続けたか、です。
出典
- GuruFocus「Value Investing Live with Bill Nygren」、2026年7月30日(YouTube)
- The Investor's Podcast「The Way to Win w/ Bill Nygren (RWH058)」、2025年6月21日(YouTube)
- Generating Alpha Podcast「Episode 6: Steve Cohen - Founder and CEO of Point72 Asset Management」、2025年1月18日(YouTube)
- Point72「Steven A. Cohen on a Career in Investing」、2024年5月14日(YouTube)
- Talks at Google「Trying to Solve the Investment Puzzle | Chuck Akre | Talks at Google」、2017年3月10日(YouTube)
- financialclips「CNBC, 10/19/10, Bill Gross talks about Warren Buffett and Charlie Munger」、2010年10月19日(YouTube)
- UCLA Anderson「BlackRock's Larry Fink and PIMCO's Bill Gross Discuss the U.S. Economy」、2013年10月11日(YouTube)
- Hoover Institution「Cliff Asness on Factor Investing and the History of Financial Economics | Capitalism and Freedom」、2025年10月23日(YouTube)
- StreetFins「Guest Speaker: Nelson Peltz of Trian Partners」、2021年4月20日(YouTube)
- Citi「Legends Live @Citi, featuring Larry Fink and Leon Kalvaria」、2025年8月19日(YouTube)
- Big Shot「He Inspired Warren Buffett, Became A Wall Street Legend, And Made Billions | Leon Cooperman」、2024年5月30日(YouTube)
- 各人物の記事(上記リンク)に挙げた、チャノス(Real Vision、2020年12月12日ほか)、リー・ルー(コロンビア大学の講演)、テッパー(カーネギーメロン大学の講演、2018年4月28日)、パブライ(ベン・グレアム・センターでの講演、2025年10月)の動画
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。