株譜
INVESTOR OUTLOOK

スタンレー・ドラッケンミラー:26歳の大成功、会社を始めた直後の大損、1992年のポンド売り、1999年の「天井買い」、エヌビディアを手放した後悔

失敗と成功

ほとんど負けない投資家は、どんなところで負けているのでしょうか。スタンレー・ドラッケンミラーは、デュケイン・キャピタルを率いて、1981年から2010年まで年率約30%、損失の出た年が一度もなかったとされます。そんな人でも、本人の話を聞くと、負けた場面はいくつも出てきます。

この記事は、2026年1月30日に収録されたモルガン・スタンレーの番組「Hard Lessons」(2月27日公開)と、第三者が作った経歴の紹介動画をもとにしています。本人の最近の動画は2026年8月のブルームバーグのインタビューで、最新ではありますが、今回は過去の話が中心です。いまの市場の見方はドラッケンミラーの見通しの記事にまとめてあります。

先にお断りします。経歴の細かい話は、第三者の紹介動画に出てくるもので、年や金額は「動画原文との照合が必要」とされています。本人が直接語った話と区別するため、該当する箇所には断りを入れます。数字は目安として読んでください。

26歳で最年少の運用責任者になった

若い日の成功から見ていきます。1979年、ドラッケンミラーは石油株と防衛株に資金を集中させました。9か月で資産が2倍になった、という話が紹介されています。この成果で、26歳にして会社の運用責任者になったとされます。

分散を勧める教科書とは逆のやり方です。ただ、この成功はあとで、大きく張る習慣につながったと見られます。同時に、うまくいった経験が自信過剰を生む、という危うさの始まりでもありました。

会社を始めた直後に、大きく負けた

その後、1981年から82年にかけて、デュケイン・キャピタルを自分で始めます。ところが、立ち上げの直後に大きな失敗が続きました。資金を預かっていた取引先の会社が行き詰まり、さらに短期国債の先物取引で手持ちの資金を失った、と紹介されています。

資金が尽きかけたとき、ソフトウェアで財をなした人物が、15万ドルで会社の25%を買ってくれたといいます。この話も、第三者の動画に出てくる内容で、数字は要確認です。

ここから分かるのは、成功だけを積んだ人ではない、という点です。創業の直後に一度つまずき、そこから約30年の記録を作っています。

1999年、「完璧に売り抜けて、天井で買った」

本人が最も有名な失敗として語るのは、1999年のナスダックです。

1月に、ハイテク株を完璧に売り抜けました。ところが、そのあとの熱狂の中で、まさに天井で買ってしまいました。何を学んだかと聞かれて、本人は「何も学ばなかった。20年前に学んでいたことを、やらないと学んだだけだ」と答えています。

知識が足りなかったわけではありません。知っていたことを、熱狂の中で破ったのです。しかもその感情は、一度の失敗では消えませんでした。本人は、それを毎日抑えていると話します。

第三者の動画には、さらに細かい話があります。ネット関連株の空売りで大きな損失を出し、2000年3月には、ある方向の持ち高を大量に買い戻した直後に天井を付けた、という内容です。損失は数十億ドル規模とされますが、他の記録と食い違う可能性があるため、ここでは金額を取り上げません。

この大損のあと、ドラッケンミラーはソロスのクォンタム・ファンドを離れ、約4か月、アフリカで休んだと紹介されています。これも第三者の動画の内容で、時期の細部は要確認です。大きく負けたあとに、いったん市場から離れて頭を冷やす。その選択自体が、一つの学びだったのでしょう。

含み損のたびに吐いていた

もう一つの告白は、体の反応です。含み損が出ると、不安のあまり週に1、2回は実際に吐いたといいます。損失の出た年がないのは「暦の運」の部分が大きく、年の中では、身体的にも精神的にも病むような落ち込みがあったと話しています。

そこで行き着いたのが、「48時間ルール」と呼べるような対処です。ミスは今後も続き、感情的になることも続きます。それでも、自分には才能があり、十分に長い記録がある。だから、48時間は自分を責めるのをやめて、先へ進みます。

ただし、この感覚を持てるまでに約15年かかったといいます。聞き手が「15年間、自分は偽物だと感じていたのか」と尋ねると、「そう。もっと長いかもしれない」と答えました。

エヌビディア:「成功に耐えられなかった」

近い時期の話では、エヌビディアがあります。以下は本人が語った内容で、数字は要確認です。

2022年前半、AIに詳しい人が社内に説明に来ました。本人はほとんど理解できませんでしたが、「これは大きい」と感じました。パートナーに何を買えばいいか聞くと、答えはエヌビディアでした。最初は大きくない額で買い、2週間後にChatGPTが出たのを見て持ち高を倍にし、その後さらに倍にしました。

数か月前までは、会社名のつづりも知らなかったと笑います。ただ、「大きな変化の局面では、株は長く上がり続ける」という経験則は持っていました。それで、「今後2、3年は売れない」と公言していたそうです。株価は150ドルから390ドルになっていました。

ところが、株価が800ドルに達すると、自分で言ったことを破って売りました。本人の言葉では「成功に耐えられなかった」。その5週間後に、株価は1,400ドルを付けました。気分が悪くなった、と語っています。

ここで面白いのは、売った理由を、会社の分析ではなく自分の気持ちで説明している点です。利益がいくらかも言えないほど、会社のことは知らなかったとも認めています。

ソロスから学んだのは「大きさ」

成功の話にも触れます。ドラッケンミラーは、ジョージ・ソロスのもとで働いた時期があります。円やマルクの動きを学ぶつもりで行きましたが、そこはすでに自分の方がよく知っていたといいます。学んだのは、ポジションの大きさでした。

当たったかどうかよりも、当たったときにどれだけ増やし、外れたときにどれだけ失うか。そこが大事だ、という教えです。本人の言い方では、確信があるときは、大きく張るべきです。10の確信があるのに1しか張らないのは、もったいないことです。ポジションの大きさについては、ポジションサイズの特集記事でほかの投資家と比べています。

1992年のポンド危機と、いまの国債買い戻しへの批判

ソロスのもとでの代表的な成功が、1992年のポンド危機です。報道によれば、ドラッケンミラーはソロスのファンドで、イングランド銀行(英国の中央銀行)に対する有名なポンド売りを組み立てた一人とされます。ここで得た持論は、政府が経済の実力に逆らって価格を守ろうとすれば、最後は必ず負ける、というものです。なお、ポンド危機そのものの細かい数字は、本人がこの番組で語っておらず、報道で確かめられる範囲にとどまります。

その考えは、いまの米国債にも向けられています。2026年8月のウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で、財務省が長期国債の買い戻しの上限を倍に引き上げたことを、「流動性管理ではなく価格管理だ」と批判しました。寄稿の題は「債券市場に語らせよ」でした。(ロイターの報道による)

昔は価格を守る側と戦って勝ち、いまは価格を守る側にいる政府に注意を促している。立場は逆ですが、同じ原則を使っています。詳しい経緯は見通しの記事にあります。

薬会社に見つけた「何が変わるか」

失敗談の対極にあるのが、イスラエルのジェネリック薬会社テバです。本人がこの番組で語った内容で、数字は要確認です。

AIが「不安になるほど過熱」し、1999年から2000年と似てきたと感じていた時期に、社内のグループが持ち込みました。株価収益率(PER、利益に対して株価が何倍かを見る数字)は約6倍で、誰も新しい経営陣の戦略を信じていませんでした。6、7か月で株価は2倍になり、PERも11倍台に上がったそうです。

「いまを見ても儲からない。何が変わるか、投資家の見方がどう変わるかを先に見る」と本人は説明します。自分は薬の専門家ではないので、社内の専門家を信頼し、市場がその変化を受け入れるかという感覚で判断しているそうです。

2018年の「弱気」は、診断そのものが間違いだった

比較的近い失敗も、本人は隠しません。2018年に、相場は弱気になると見ていたが、それは「まったく間違った診断だった」と語っています。経済についても、完全に外した、と認めています。(本人の発言として。時期と文言は要確認)

注目したいのは、言い訳をしないことです。相場の予想が外れたのではなく、「いまは何が起きているのか」という見立てが違っていた、と言っています。診断を誤ると、そのあとの売買はすべて同じ方向にずれます。だから本人は、診断が違うと気づいた時点で、立場を変えることを重んじます。

調子が悪いときは、小さくしか張らない

不調のときの動き方も、本人は具体的に話しています。続けて外れているときは、大きな勝負をせず、ごく小さな額で売買する。野球でいう「バントで塁に出る」やり方です。取り返そうと焦って全財産を張るのは、最悪の手だとされます。

反対に、調子がいいときは大きく張ります。利益の7割から8割は、2、3個の大きな考えから生まれる、という経験も語っています(数字は要確認)。つまり、毎回同じ大きさで賭けるのではなく、勝てる状態かどうかで大きさを変える、ということです。本人の標語では、まず買ってから調べる(invest, then investigate)、ただし好きになりすぎない。持ち高に恋をしないことが大事だ、といいます。

道具も古びる

本人は「何も学び直さない」と言います。傷は手元に置いておくもので、役に立つからです。ただし、若いころの武器が鈍ったことは認めています。

テクニカル分析は、誰もが使うようになり、効き目は昔の約2割になりました。一方で、スピードの重みは増しています。AIとメールの時代に、4か月かけて分析していては、大きな動きを逃します。動いたあとでは、もう買えません。自分の強みは頭のよさではなく、引き金を引く力だ、と話しています。

株譜の見方

ここからは筆者の個人的な推測です。投資の助言ではありません。

ドラッケンミラーの失敗談をたどると、一つの共通点が見えます。判断の力が足りなかったのではなく、自分で決めたルールを、結果が良すぎるときや熱狂のときに破っている点です。1999年は熱狂の中で、エヌビディアは成功の中で、同じことが起きています。

うまくいっているときの自制は、うまくいかないときより難しいのかもしれません。損をしているときは、誰でも慎重になります。逆に、利益が出ているときは、気が大きくなります。誰にも身に覚えのある話です。

では、個人はどうすればいいでしょうか。筆者は、売る条件を買う前に書いておくことが、一番ましな手だと思います。「この水準に来たら、全体の何割を売る」と決めておけば、気分が高まったときに迷う余地が小さくなります。エヌビディアでドラッケンミラーが後悔したのは、売ったことそのものより、自分の宣言と違う行動を、気分で取ったことだと読めます。

もう一つは、含み損への備えです。吐くほどの苦しさを味わう人が、約30年の記録を作っています。苦しさは才能がないことの証拠ではなく、ふつうに起きるものだと分かります。苦しいときに、48時間は自分を責めずに待つ。個人でも使える知恵です。

もう一つ、気になる点があります。ドラッケンミラーは、損が続くと小さく張り、勝てる状態では大きく張ります。これは、損失を避ける技術というより、「自分の調子を観察する技術」です。多くの人は、買った銘柄の分析には時間をかけますが、自分の調子の記録は取りません。売買のたびに、理由と結果を一行ずつ書いておくだけでも、調子の波が見えてきます。

ここで、もう一つ付け加えます。ドラッケンミラーの失敗は、どれも「やり直せる大きさ」で収まっている点が重要だと思います。1999年も、エヌビディアも、会社を続けられないほどの致命傷ではありませんでした。次の年に取り返せる傷で済ませていたから、約30年の記録が続いたのです。

個人の場合、取り返せない大きさの負けが一度でもあると、記録そのものが終わります。成功の再現より先に、失敗を「生き残れる大きさ」に抑えることを考えたいところです。

読み手の皆さんに試してほしいのは、いまの保有銘柄ごとに「売る条件」を一行だけ書いてみることです。書けない銘柄は、なぜ持っているのか自分でも説明できていない銘柄かもしれません。ドラッケンミラーですら、書いた宣言を守れなかったのですから、書かないままで守れる人はもっと少ないはずです。

注意も二つあります。一つは、今回の素材に第三者の動画が混ざっている点です。本人が直接語った話と、紹介者の語りは区別して読むべきです。もう一つは、ドラッケンミラーの手法をそのまままねる難しさです。大きく張る教えは、読みの精度が高い人にしか使えません。精度が分からないうちは、まず小さく試して記録を作る方が安全でしょう。

筆者が見ておきたいのは、本人が今後、AIの過熱と「1999年との類似」をどう語り続けるかです。かつて天井で買ってしまった人が、同じ型の局面をどう見ているのか。新しい発言のたびに、確かめたいと思います。

出典

  • スタンレー・ドラッケンミラー モルガン・スタンレー「Hard Lessons」エピソード4、収録2026年1月30日・公開2月27日(YouTube)
  • Findicate、経歴の紹介動画、2026年3月25日(YouTube)
  • ウォール・ストリート・ジャーナル寄稿「Let the Bond Market Speak」、2026年8月24日(ロイター報道:The Standard)
  • ブルームバーグ、ドラッケンミラーのインタビュー、2026年8月26日(YouTube)

本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。

この記事の投資家の実際の保有(13F)

13F は米国の運用会社が四半期ごとに開示する保有株の報告です。発言と並べて読むための参考で、現在のポジションを示すとは限りません。

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