ビル・グロス:成功と失敗を分けたのは「人を見る目」と「張る大きさ」──債券の王が語る十あまりの場面
「債券の王」と呼ばれたビル・グロスは、自分の成功と失敗をどう振り返っているのか。PIMCOを共同で創業し、長く債券運用の第一人者とされてきた人物です。本稿では、本人がインタビューや講演で語った場面を、十あまりたどります。
十あまりの場面を、二つの物差しで切ってみます。グロスの成功と失敗は、数字の表面ではなく、「相手の人を見る目」と「一度に張る大きさ」の二つで説明がつく。
最新の本人動画は2024年1月22日のブルームバーグです。それ以降の発言は資料にありません。「いまの見方」の節は、その時点のものとして読んでください。
先に断っておきます。整理に使った資料では、金額、年、利回り、買収価格などの数字の多くが「動画原文との照合が必要」とされています。本稿では資料の表現のまま、「本人がそう語った」ものとして紹介します。
ドイツ国債の空売りと、PIMCOを去った場面は、すでに別の記事で扱いました。投資家たちが語った「最大の失敗」にまとめてあるので、ここでは重ねません。
ラスベガスで、200ドルを4か月で1万ドルにした
1960年代の終わり、グロスはラスベガスのブラックジャックで、200ドルを4か月で1万ドルまで増やしたと語ります。エド・ソープの本でカードの数え方を学び、賭け金の決め方には「ケリー基準」を使ったそうです。2013年10月のUCLAでの対談での話です。
ここから引き出す教訓は、確率で優位に立てても、賭けられるのは手持ちのごく一部だけ、ということです。一気に賭けなければ、不運が続いても次の勝負に立てます。のちに債券の世界でも、この考え方が持ち高の大きさの決め方につながったと読めます。数字は本人の発言として受け取るのが安全です。
筆者は、200ドルが1万ドルになった話より、全額を賭けない設計のほうにこそ価値があると思います。
バフェットとマンガーの融資の頼みを断った
1975年、まだ無名だったウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーが、バークシャーのために1,000万ドルの融資を頼みに来た。グロスは2010年のCNBCでそう語りました。結果は断り。本人はこれを「やらなかった罪」と呼びます。後から見れば、大きな機会を逃したからです。
筆者は、のちの大富豪になる二人の頼みを断った話を、これほど淡々と語れる点に驚きました。
要確認の点があります。融資を最終的に決めたのは親会社のパシフィック・ミューチュアルだった、という説明もあるのです。グロス個人の判断とどこまで言えるかは、動画原文との照合が必要とされています。本稿では、本人がそう語った範囲で紹介します。
ウォルマートの創業者にも貸さなかった
同じ時期に、アーカンソー州ベントンビルまで、のちのウォルマート創業者サム・ウォルトンを訪ねた話も出てきます。店の様子から犬の名前まで語る、細かい話です。結論は、融資を見送ったというものでした。
ここで本人が引くのが、J.P.モルガンの言葉とされる「融資は人柄に基づく」という趣旨の言葉です。数字や担保よりも、事業をする人間そのものを見る。バフェットとウォルトンの二件を見送ったあとで、この言葉の重みを実感したのだろうと、本人は語ります。
筆者は、ここがこの記事の核だと考えます。人を見る目の失敗として、二つの逃した機会を並べているからです。
アイテルに500万ドル貸して、半年で破産した
反対側の失敗が「やった罪」です。1975年、鉄道貨車のリース会社アイテルに500万ドルを貸し、半年で破産しました。担保は貨車で、安全に見えました。しかし見た目の担保は、経営と市場の変化に勝てなかったのです。
この痛い経験があったから、2007〜2008年のサブプライム危機を避けられた、とも語っています。担保が厚いかどうかではなく、担保の質と、返済の元手が何かを問う癖がついた、という話です。数字は要確認で、1975年当時の金額を今の価値に直すことはしていません。
失敗が危機を避けさせた、という筋書きは、筆者には納得できます。
クーポンを切る仕事から、債券を動かす運用へ
運用者になる前、グロスは保険会社の金庫室で、債券の利札(クーポン)を切り取る単調な仕事をしていたそうです。そこで気づいたのは、債券は満期まで持つだけのものではない、ということでした。価格が動くなら、売り買いで収益を上げられます。
1960〜70年代、彼の担当は10億ドル規模の運用資産のうち、500万ドルほどでした。そこから債券を積極的に動かす運用を提案し、それがPIMCOの創業につながります。2022年3月のブルームバーグでの話です。これは失敗談ではなく、小さな運用額で自分のやり方を試した成功の話として読めます。
金庫室で利札を切る仕事から、のちの巨大な運用会社が生まれたというのは、意外でした。
先物と空売りを足す「ボンド・プラス」
2014年8月のモーニングスターでは、債券運用に先物と空売りを加える「ボンド・プラス」という手法を説明しています。債券の利回りが10%のとき、実質的には12%ほどを狙えるといいます。上乗せの源は、年0.3〜0.4%ほどの利回り差の獲得などで、合計では0.75%と語りました。
注目したいのは、利回りを上乗せする手段が、仕組みの工夫だということです。相場の方向を当てるのではなく、ゆがみを拾う。本人は晩年まで、この「構造的な型」という考えを繰り返します。数字は要確認です。
筆者は、相場を当てずにゆがみを拾うという姿勢に、納得しています。
アスペルガーと診断された
2016年、グロスは映画『ビッグ・ショート』の原作を読み、マイケル・バーリの話に自分と近いものを感じたそうです。その後、アスペルガー症候群と診断されました。2019年3月のブルームバーグでは、診断が自分の強みにもなったと説明しています。
診断の中身は資料が限られるので、ここでは立ち入りません。投資の成否というより、自分の性質を知った話ですが、成功と失敗の背景としては見逃せません。
ゲームストップのコールを売り、含み損から利益に変えた
2021年初めのミーム株騒ぎで、グロスはゲームストップの「コール・オプション」を売りました。値動きの激しさが年率400%という異常な水準で、オプションの受取額(プレミアム)が高かったからです。ところが株価は急騰し、一時は約1,000万ドルの含み損になったと語ります。
パニックにならずに持ち高を保ち、さらに行使価格の高いコールを追加しました。最終的には約1,000万ドルの純利益になったそうです。2021年3月のブルームバーグでの話です。判断が当たった話であると同時に、含み損の間は危ない橋だったことも、本人は認めています。数字は「約」の表現のまま、要確認としておきます。
約1,000万ドルの含み損の中で追加のコールを売る胆力には、驚きました。ただ、筆者は、胆力より「耐えられる大きさにしていたか」のほうが肝心だと思います。
地銀株を半値で買い、3〜4割上がって売った
2023年3月のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻後、地方銀行株はパニック的に売られ、株価純資産倍率は0.5倍まで下がりました。グロスはシティズンズ・ファイナンシャル、キーコープ、トゥルーイストなどを大量に買います。5月の時点では、株の売買に加えて、オプションの値動きの大きさを売る形でも収益を狙っていました。
8月には、株価が30〜40%上がったため、地銀株から全面的に手を引きます。30年債の利回りがSVB破綻時を上回って上昇し、地銀が抱える債券の含み損がまた意識される、というのが理由でした。本人は大きな利益を得たと語っています。買う理由と売る理由を別々に持っていた点が、特徴的です。
筆者はここを、この記事でいちばん個人に役立つ部分だと見ています。
ただし2024年1月には、配当利回り約6%の地銀を再び一部持っていると話しており、完全な撤退のままではありません。数字と銘柄は要確認です。
パイプラインと合併裁定へ
地銀から資金を移した先が、パイプライン事業の「MLP」と、合併裁定でした。MLPは利回りが8〜10%で、非課税のため、税引き前に換算すると11〜13%に相当すると語ります。運用資産の3〜4割を、こうした銘柄に振り向けていたそうです。
合併裁定とは、買収が決まった会社の株価と買収額の差を取りにいく手法です。2023年10月にはアクティビジョン・ブリザードの買収額95ドルと株価94ドルの差、2024年1月にはカプリの買収額47ドルと株価約40ドルの差などを挙げました。規制当局の承認というリスクはありますが、短期国債の5%を大きく上回る余裕がある、という説明です。銘柄名と数字は要確認です。最近の個別の出来事への評価は、本稿では行いません。
方向を当てるより、価格のゆがみや契約の条件で稼ぐ姿勢が見えます。ボンド・プラスと同じ型で、筆者は一貫性を感じました。
2021年のインフレ警戒と、2022年の「二桁の時代は終わった」
方向を早く言い当てた話もあります。2021年3月のブルームバーグで、グロスは次の四つを根拠に、インフレは市場の想定を超えて加速すると語りました。2兆ドルを超える財政刺激、商品価格の上昇、ドル安、輸入物価の上昇です。そのうえで10年債の売りを組んだと述べています。同じ時期に、運用資産の4割を天然ガスなどのパイプラインMLPに置いていたとも語りました。
翌2022年3月には、10年債の利回りが長期の下降傾向をやめて2.15%の節目を上に抜けたとして、35年続いた債券の強気相場の終わりを宣言します。「二桁リターンの時代は終わった」という趣旨の言葉もこのときのものです。今後の期待リターンは年4〜6%に下げるべきだとし、個人投資家には、期待を下げて値動きを抑えた運用に徹するよう助言しました。筆者は、方向を言い当てた人が、同時に期待を下げるよう勧めた点に、誠実さを感じます。
数字は要確認で、2.15%という節目も原文との照合が必要です。金利が上がる方向は当たりましたが、どの水準でどれだけ損益が出たかは、資料にありません。
いまの見方(2024年1月の発言を中心に)
最新の動画は2024年1月22日のブルームバーグです。本人は、実質金利がとても高く、長短金利が逆転したままの現状を、資本主義の根本に反する状態だと語りました。2年債と10年債の利回り差はマイナス0.23〜0.24ポイントで、いずれ長期のほうが高い通常の形に戻らなければならない、といいます。
FRBには、量的引き締めの停止と、今後半年から1年での利下げを求めました。10年の実質金利1.8%は歴史的にとても引き締め的で、下げなければ深刻な景気後退を招くという見立てです。
株式については、最高値の更新は理屈に合わないと語りました。予想株価収益率が19〜20倍なのに、実質金利は1.8%あるからです。大型ハイテクへの集中は冷やす時期だとして、買いリストから外しました。一方、欧州や海外株には割安なものがあるとも話しています。財政では、年1.5兆ドル以上の赤字が恒常化すると断言し、10年債を単純に買い持ちする気にはなれないとしました。財政の議論は、米国の財政赤字と国債をめぐる議論の記事で、他の投資家の発言と並べて整理しています。
筆者は、「長短金利の逆転は資本主義に反する」という言い切りが、いかにも債券の人らしいと思いました。ただ、この見立てが当たるかどうかは、この記事では確かめられません。
これらは2024年1月時点の発言です。その後の相場と金利は、本人の発言に含まれていません。数字は要確認で、今の判断材料にするなら、最新の情報で確かめ直す必要があります。
株譜の見方
ここからは筆者の個人的な推測です。
冒頭の主張に戻ります。グロスの失敗と成功を並べて、まず感じるのは、勝ちも負けも「相手を見る目」に関わっていることです。バフェットとウォルトンへの融資を断ったのは、見る目の失敗として語られます。アイテルは、担保という形に頼って人を見なかった失敗です。どちらも、数字の表面ではなく事業をする人間を見よ、という同じ教訓に行き着きます。本人がJ.P.モルガンの言葉を引くのは、そのためでしょう。
もう一つは、持ち高の大きさへの感覚です。ブラックジャックの話、ゲームストップの含み損の話、バーナード・バルークの「眠れる水準まで売れ」という趣旨の助言。すべてが「大きく張らない」に向かっています。ゲームストップで含み損が約1,000万ドルになっても耐えられたのは、耐えられる大きさにしていたからだと読めます。人を見る目と、張る大きさ。この二つで、グロスの語る勝ち負けはほぼ説明できると、筆者は考えます。
ただ、結果として利益になったから美談になるのです。あの局面で追加のコールを売る判断は、同じ手順でも悪い結果になり得ました。結果の良さを、手順の正しさの証明にしない注意が要ります。
地銀の話は、買う理由と売る理由を分けて持つ例として参考になります。半値で買った理由は割安さ、売った理由は金利と債券の値下がりの危険でした。入り口の理由が消えたから売るのではなく、別の理由が出てきたから売る。個人が真似るなら、買うときに「どうなったら売るか」を書いておくことだと筆者は考えます。
注意すべき点も多くあります。「いまの見方」は2024年1月のもので、実質金利や株価の水準は、その後に大きく動いている可能性があります。長短金利が通常の形に戻らねばならないという話も、見立てであって予言ではありません。長期の失敗談として読むときも、数字は要確認とされたものが多く、本人の記憶に基づく部分があります。語りが整いすぎている場面ほど、後から編集された印象を持っておくべきです。
個人投資家が持ち帰れるのは、数字ではなく型でしょう。融資や投資の前に、相手の人柄を確かめる。担保や割安さを、質で見直す。大きく張らない。買った理由と売る理由を分ける。この四つは、債券の専門家でなくても使えます。逆に、先物や空売りを使う運用や、オプションの売りは、軽い気持ちで真似すると危険です。グロス自身、ゲームストップで一時は約1,000万ドルの含み損を抱えました。同じ手法を個人の資金に置き換えれば、耐えられないことのほうが多いはずです。
最後に、グロスの語りには、成功談より失敗談のほうが細部が具体的だという特徴があります。犬の名前まで語るウォルマートの話が好例です。細部が具体的でも真実の証拠にはなりませんが、本人にとって忘れられない記憶であることは示しています。そこから、投資家が何を後悔し続けるのかが読み取れます。
出典
- CNBC「Bill Gross talks about Warren Buffett and Charlie Munger」、2010年10月19日(YouTube)
- UCLA Anderson「BlackRock's Larry Fink and PIMCO's Bill Gross Discuss the U.S. Economy」、2013年10月11日(YouTube)
- Morningstar「Bill Gross: Economy Can't Survive Much Higher Rates」、2014年8月15日(YouTube)
- Bloomberg Television「Bill Gross on His Asperger's Diagnosis and its Advantages」、2019年3月1日(YouTube)
- Bloomberg Television「Bill Gross on Inflation Expectations, Treasuries and Fed (Full Interview)」、2021年3月16日(YouTube)
- Bloomberg Television「The Full Interview With Bill Gross」、2022年3月9日(YouTube)
- Bloomberg Television「Pimco co-founder Bill Gross | ETF IQ 05/08/2023」、2023年5月8日(YouTube)
- Bloomberg Television「Bill Gross on Bond Yields, Regional Banks, Opportunities」、2023年8月11日(YouTube)
- Bloomberg Television「Bill Gross on Bond Yields, Housing and Merger Arbitrage」、2023年10月4日(YouTube)
- Bloomberg Television「Bill Gross Talks Markets, Fed and Investment Strategy」、2024年1月22日(YouTube)
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。