米国の財政赤字と債務:「請求書」はいつ届くのか──危機が来ると見る人、管理できると見る人、買い戻しをめぐる対立
米国の財政赤字は、いつ「請求書」になって届くのか。筆者は、「危機が来るか」と問うよりも、対処が「請求書の支払い」になるのか、「先延ばしへの補助金」になるのかと問うほうが、投資の判断には使いやすいと考えます。
米国の財政赤字が大きいこと自体に、異論を唱える投資家はほとんどいません。2026年の発言を集めると、債務は約40兆ドル、赤字は年2兆ドル超という数字は、立場の違いを超えて、ほぼ共有されていました。割れているのは、その先です。問題がいつ表に出るのか。何が引き金になるのか。そして、財務省が8月に倍にした長期債の買い戻しは、解決への一歩なのか、問題の先送りなのか。
本稿は、利回りの水準の予想(それは米国債と長期金利の記事に譲ります)ではなく、赤字と債務そのものをどう見ているかに絞ります。
数字:何がどれだけ膨らんでいるのか
まず、各人が挙げる数字を並べます。出どころは、それぞれの発言や書簡です。
- ジェイミー・ダイモンは、4月の株主レターで、世界の財政赤字はGDP比で約5%と極端に高く、政府債務は過去最高だと書きました。議会予算局(CBO)は、米国の債務のGDP比を、現在の100%から2036年に120%と予測しています。
- レイ・ダリオは、8月の投稿で、今年の歳入は約5.5兆ドル、歳出は約7.5兆ドルで、約2兆ドルの不足だと試算しました。利払いだけで約1兆ドル、年内に借り換える債務は約10兆ドルといいます。
- ジェフリー・ガンドラックは、9月に、米国の総債務は40兆ドルで、2032年までに50兆ドルになると話しました。CBOの前提は楽観的で、10年内に財政赤字がGDP比7〜8%になり得るそうです。
- セス・クラーマンは、6月に、債務はGDP比でほぼ100%、構造的な赤字は年2兆ドル超と話したと報じられています。
- エドゥアール・カルミニャックは、10月の書簡で、高金利が続く場合、2030年までに利払い費は米国とフランスで約50%増え、米国の債務はGDP比で100%から110%になると試算しました(赤字は変わらない想定)。
- ビル・ミラー4世は、連邦赤字が会計年度の10か月で約1.8兆ドルと、年2兆ドル超の勢いだと話しています。
数字の置き方には差があります。ダリオは利払いの規模に、カルミニャックは利払いの増える率に、ガンドラックは債務の総額と社会保障の枯渇に注目します。ダイモンは、歳出の約6割が裁量の及ばない社会保障で、調整が難しい点を指摘しています。同じ赤字を、利払い、総額、構造のどこから見ているかが違うのです。
引き金:何が問題を表に出すのか
「いつ」に関する発言は、立場の違いがはっきり出ます。
ポール・チューダー・ジョーンズは、10月のCNBCで、「市場に迫られない限り、この赤字は直らない」と言い切りました。政治家は、強制されなければ増税も歳出削減もしない、という前提です。市場はその転換点を越えたのかと聞かれ、「拳銃を突きつけられたら6対4で、その道を進んでいる」と答えています。
ダリオは、今の政策路線が変わらなければ、債務危機は「3年後、前後2年」に起こり得ると投稿しました。ガンドラックは、社会保障基金の枯渇(公式の予測は2032年、本人は2029〜30年と見ています)と赤字の膨張が、5年以内に限界に達し、長期金利をさらに押し上げると見ます。1994年のカナダの例も引きました。構造的な赤字のもとで10年債の入札が不調に終わる寸前となり、通貨の急落と金利の急騰が起きた事例です(動画対談の要約)。
ダイモンの書き方は慎重です。債務は最終的に対処が必要で、正しいのは問題になる前に今やること、誤りは危機にしてしまうこと。ただ、「おそらく後者が起きやすい」と見ています。引き金としては、外国人が持つ米国債の多くは中央銀行ではなく、市場の気分が変われば資金の流れが急に変わり得る、とも指摘しました。
つまり「いつ」の答えは、数年後(ダリオ、ガンドラック)、市場が強制したとき(ジョーンズ)、市場の気分が変わったとき(ダイモン)と、引き金の置き方が違います。年限を示した人でも、幅が大きいのです。
買い手が変わった:誰が国債を持つのか
赤字を埋めるには、買い手が要ります。韓国のオ・ゴニョンは、8月のコラムで、米国債の買い手だった海外の中央銀行と大手IT企業が変心した、と書きました。海外の中央銀行は、為替を守るためにドル売りの介入をするので、国債を売る。大手IT企業は、データセンターの投資で、資金の借り手に回った。同じ記事は、国の債務が40兆ドルに近づき、利払いが国防費を上回る、とも指摘しています。ダリオも、同じ週に米30年債の利回りが高水準で、日本が円を守るために米国債を売っていたと報じられた、と書いています。
カルミニャックの言い方では、これは「安い資金の時代の終わり」です。貯蓄は有限で、政府と企業が奪い合う。米国は巨額の公的債務とAI関連の資金調達が重なっている。「お金に、再び値段がつく」と書きました。AIの設備投資は、国債の買い手を借り手に変えるという意味で、財政の問題と地続きになっています。
買い戻しをめぐる対立
8月19日、財務省は長期債の買い戻しの1回あたりの上限を、20億ドルから40億ドルに倍にしました。この政策への評価が、財政の見方をいちばんよく分けます。
批判する側は明確です。スタンレー・ドラッケンミラーは、ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で、これを「流動性の管理ではなく、価格の管理だ」と批判しました。30年債が5.5%でないと市場が消化できないなら、それは危機ではなく「請求書だ」という言い方をします。買い戻しを短期証券で賄うなら、財務省版の小さな量的緩和に等しい、とも書きました。人為的に利回りを抑えるのは「先延ばしへの補助金」で、利回りを持続的に下げる唯一の手段は、利払いを除いた収支の赤字に対処することだ、といいます。
ハワード・マークスも、9月のメモで、買い戻しの倍増を「見た目を整える対処」と評し、効果は一時的で根本の原因に対処していない、と批判しました。ガンドラックは、財務省の買い戻しは当初20億ドル、40億ドル以上と見込まれ、実際は60億ドルに増えたと報じられるが、日々の赤字額と同程度で「どっちつかず」だと批判しています。10月の対談では、政府は長期債の買い戻しと、短期国債の発行による組み直しに向かうと見ています。
これに対し、マイク・ウィルソンは、買い戻しは量的緩和や長期金利の統制ではなく、市場の機能を保つための策だと位置づけました。金利上昇の主因は、債務や赤字より、強い名目GDPの成長だと見て、いまは「財政が中央銀行を従わせる時代」にいると整理しています。ビル・ミラー4世も、7月末の日米による円の支援と買い戻しの倍増を、ビットコイン上昇の主因だと説明しています。買い戻しを市場への資金供給と見る点で、ウィルソンに近い立場です。
筆者は、この対立がいちばんおもしろいと思います。同じ買い戻しを、一方は「請求書の先送り」と見て、他方は「当然の対応」と見ています。どちらも、財務省の説明をもとにしていません。当局を信用するかどうか、という前提が違うのです。
危機とは見ない人たち
赤字が大きいことを認めても、危機が近いとは見ない人もいます。
ウィルソンは、金利上昇の主因を債務ではなく強い成長と見ています。ダイモンも、金利が1%下がり、GDPが3%成長すれば、債務の比率は下がり得るとして、成長の重要性を指摘しました。ビル・グロスは、7月には債券を「小さな弱気相場」と見ましたが、極端な混乱は短期では起きにくいと考えていました。クラーマンは、地政学と財政は「起きる確率は低いが、起きたら織り込まれていない」リスクで、保険の対象になると整理しています。一方で、信用市場全体は崩れず、個別のゆがみを拾う局面だといいます。
ここで注意したいのは、「危機にならない」と「問題ではない」は別だという点です。ダイモンは、成長が下げる可能性を述べつつ、危機にしてしまう誤りが起きやすいと見ています。
日本が先に見せている型
日本の例は、同じ型を先に示しています。為替に詳しい佐々木融は、2月に、長期金利が2.5%程度まで上がって横ばいになるだけで、政府の利払い費は現在の約2.5倍の約25兆円(消費税収と同規模)に膨らむと指摘しました。オ・ゴニョンは、7月に、高市内閣の財政の拡張に日本の債券市場が大幅な金利上昇で反応したことを、下期の注目点に挙げています。日本は、利払いが財政を縛る局面を先に見せているともいえます。米国に当てはめるなら、ガンドラックが2030年までの国債市場への大規模な介入(長期金利を当局が抑え込む政策に近いもの)を予想するのも、日本の型に近いと思います。
備えの方法
備え方も、立場によって分かれます。ダリオは、債券の比率を下げ、財政の健全な国など米国と米国債以外へ分散し、金を10〜15%と少量のビットコインを持つよう勧めました。ガンドラックは、30年債が6%に上がれば積極的に買い、できれば6.5%で買いたいが、財務省とFRBがそこまで許さない可能性が高いと言います。金は、ドルの基軸通貨としての地位への備えとして確保し、3,800ドル以下なら買う、といいます。リン・オールデンは、FRBが財政赤字と金利の負担で手を縛られる状況のもとで、バランスシートを緩やかに広げる「緩やかな増刷」を想定しています。
政治日程と、当局の説明に出てこない言葉
もう一つの論点は、政策の説明と時期です。ドラッケンミラーは寄稿で、中間選挙の終盤に買い戻しを広げると、政治日程に沿った債務管理に見え、200年かけて築いた財務省市場の信用を損なうと書きました。「流動性の道具で、支払い能力の問題は解けない」というのが主張です。
ジェレミー・シーゲルは、9月の週次コメントで、ウォーシュ議長が利回りの上昇を、成長、AI投資、地政学のせいにして、財政赤字に触れなかった点を指摘しました。シーゲル自身は財政危機を唱える立場ではありませんが、当局の説明から赤字が抜けていることは、見逃していません。ジョーンズは、原油が中間選挙のあとにさらに20〜25ドル上がり得ると見て、株式市場はそれを「嫌う」と話しています。物価と赤字と選挙日程が同じ時期に重なる点は、複数の発言に共通しています。
動かしにくい支出と、動かしやすい変数
財政の議論で見落とされがちなのは、動かせる変数が少ないことです。ダイモンが言うとおり、歳出の約6割は裁量の及ばない社会保障で、調整が難しい。ガンドラックの見立てでは、その社会保障の信託基金は、公式の予測で2032年に枯渇し、実際は2029〜30年になり得ます。そうなると、動かせるのは歳入、つまり増税か、金利、つまり利払いの単価になります。ダリオが、歳出削減、増税、利下げを同時に進めるべきだと書いたのは、この制約を踏まえた主張だと読めます。赤字をGDP比で約6%から3%まで減らす必要がある、というのが彼の数字です。
利払いの単価を下げる手段は、市場が許す範囲では限られます。だからこそ、一部の投資家は金利を抑える方向の介入を予想し、別の投資家はそれを「先延ばしへの補助金」と切り捨てます。ほとんどが同じ事実を見ていて、解決の手段の評価で割れているのです。
なぜ割れるのか
意見が割れる理由は、三つに整理できます。
- 時間軸:危機を数年後に置く人(ダリオ、ガンドラック)と、成長で吸収できると見る人(ウィルソン、条件つきでダイモン)では、同じ数字から違う未来が出ます。
- 政策の見方:買い戻しを「価格の管理」と見るか、「市場機能の維持」と見るか。ドラッケンミラーが1992年のポンド危機の経験から導く「価格を守る政府は負ける」という原則と、ウィルソンの現実的な見方は、前提が違います。
- 資金の出し手:海外の中央銀行と大手IT企業の変心を、構造的な変化と見るか、一時的な動きと見るか。
株譜の見方
以下は、公開された発言から筆者が推測した部分で、確定した事実ではありません。
冒頭の主張に戻ります。「危機が来るか」という問いは、答えにくいものです。ダイモンが書いたように、問題は最終的に対処が必要で、誤りは危機にしてしまうことです。それよりも、対処が「請求書の支払い」になるのか、「先延ばしへの補助金」になるのかという区別のほうが、投資の判断に使えます。
買い戻しをめぐる対立は、財政の議論が、実は「政策当局を信用するか」の議論になっていることを示しています。ドラッケンミラーとマークスは信認が傷つくことを恐れ、ウィルソンは機能の維持と見ます。素材の範囲では、どちらが正しいかは決まりません。ただ、ジョーンズの言うとおり、市場に強いられるまで動かないのであれば、買い戻しの是非は、市場が強いる時期をずらす効果しか持たないのかもしれません。筆者は、この見方に説得力を感じます。
明日から見るなら、三つあります。財務省が買い戻しの規模を、さらに広げるかどうか。11月の中間選挙のあと、原油と物価がどう動くか。そして、海外の中央銀行の米国債の保有が、減り続けるかどうか。この三つが、「請求書」派と「管理できる」派の答え合わせになります。
なお、本稿の数字は、各人の発言や書簡、およびその報道からの引用です。議会予算局の数字はダイモンの書簡の記述で、原典は確認していません。
出典
- ジェイミー・ダイモン JPモルガン・チェース 年次株主レター(2025年版)、2026年4月6日(JPMorgan Chase)
- レイ・ダリオ LinkedIn投稿(edaily英語版報道)、2026年8月21日(Edaily)
- ジェフリー・ガンドラック DoubleLine「Gundlach Unlocked」、2026年9月10日(YouTube)/CNBC出演、2026年9月16日/YouTube対談、2026年7月29日・10月9日
- スタンレー・ドラッケンミラー ウォール・ストリート・ジャーナル寄稿のロイター報道、2026年8月24日(The Standard)
- ポール・チューダー・ジョーンズ CNBC「Squawk Box」(JournalArta報道)、2026年10月13日(JournalArta)
- ハワード・マークス オークツリーのメモ「Shall We Repeal the Laws of Economics? Part III」、2026年9月22日
- セス・クラーマン iConnections Global Alts NY 2026要約、2026年6月15日(iConnections)
- マイク・ウィルソン モルガン・スタンレー「Thoughts on the Market」、2026年8月24日(Morgan Stanley)
- エドゥアール・カルミニャック 四半期書簡、2026年10月6日(Carmignac)
- オ・ゴニョン 京郷新聞コラム、2026年8月19日(京郷新聞)、2026年7月22日
- 佐々木融 外為どっとコム マネ育チャンネル、2026年2月10日(外為どっとコム)
- ジェレミー・シーゲル WisdomTree「Weekly Siegel Commentary」、2026年9月21日
- リン・オールデン Kitco News、2025年12月8日/ビル・グロス WealthAdvisor、2026年7月/ビル・ミラー ザ・ストリート・ラウンドテーブル、2026年9月22日・CNBC、2026年8月24日
本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。