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INVESTOR OUTLOOK

失敗から学ぶ:投資家が語る「最大の間違い」──読み違え、時期の外れ、待たされる痛み、そして恐怖の中で条件書を読んだ側

TIPS

有名な投資家の「最大の失敗」と聞くと、つい損失額の大きさに目がいきます。けれども読み比べてみると、本当に差がつくのは、外れたあとの備えのほうでした。

筆者がこの記事で言いたいのは、投資の失敗は、読みが外れることより、外れたときに耐える仕組みが無いことから深くなる、ということです。読みを外さない人はいません。外れたときに何が見えるか、どれだけの時間に耐えられるか。四人の話は、その一点でつながっています。

取り上げるのは、読み違えを事業に変えたラリー・フィンク、方向は当たったのに時期で負けたビル・グロス、正しかったのに待たされたジム・チャノス、そして恐怖の真っただ中で文書の条件を読んだデビッド・テッパーです。

なお、材料は二次報道が中心です。数字は原典を確かめておらず、場面ごとに出どころを書きます。材料のない部分(たとえばエンロンの逸話)は、書いていません。

約1億ドルの損失が、会社になった

世界最大級の資産運用会社ブラックロックは、運用資産が約14兆ドルとされます。その創業者フィンクの出発点は、成功談ではなく、大きな損失でした。キャリア解説記事(二次)が伝える1986年の話です。

当時のフィンクは、ファースト・ボストンでモーゲージ債(住宅ローンを束ねた債券)の責任者を務め、大きな利益を上げていました。ところが1986年、金利が上がると読んで外れ、約1億ドルの損失を出します。ヘッジ(損失を和らげる反対売買)も効きませんでした。2年以内に、彼は同社を去っています。

読みが外れただけなら、よくある話です。筆者がここで引っかかったのは、部署のリスクを誰も把握する道具を持っていなかった、という点でした。本人は2016年の大学での講演で、「知っているつもりで自信過剰になっていた」と振り返っています。自信の根拠が、自分の感覚にとどまっていたのです。

その結論が、リスクを全体として見える形にする体制づくりでした。1988年にブラックストーン傘下でブラックロックを設立し、のちにリスク分析システム「アラジン」へ発展したと伝えられます。「読みを外さないこと」ではなく、「外れても、何がどれだけ外れたかが見える状態」を目指したわけです。

ただし、これは後から筋を整えた解説記事に基づく話です。1986年の損失の細部や、ブラックロック設立が損失とどこまで直結していたかは、一次資料で確認していません。ここは割り引いて読んでください。

いまのフィンクは、成功したあとの顔で語ります。2026年3月の自著の紹介では、1989年以降に米国株へ投じた1ドルが15倍になったと言い、「相場の動きを当てるより持ち続けることがずっと大切だった」と話しています(報道による)。7月には今後12か月の市場に「非常に強気」と言い、5月には「AIバブルはない、むしろ供給不足だ」と話しました。

筆者には、1986年の失敗と「持ち続けよ」という今の言葉が、一本の線で結ばれて見えます。金利を当てにいって痛い目に遭った人が、当てにいかない姿勢に行き着いた。そう読むと筋が通ります。ただしこれは筆者の解釈で、本人がつなげて語った記録は手元にありません。

方向は当たり、時期を外した

債券運用で最も名の通った一人、ビル・グロスにも、公に外れを認めた場面が二つあります。どちらも二次報道ですが、本人の発言を伝える内容です。

一つ目は、2015年4月のドイツ国債の話です。グロスは、10年物のドイツ国債(ブント)を売ること(空売り)を「一生に一度の空売りだ」と言い切っていました。利回りが約0.10%という水準での勧めでした。ところが2015年4月、「自分の判断が外れた」と認めます(ビジネスインサイダーの報道による)。

経緯はこうです。利回りはまず下がり、価格が上がって含み損が膨らみました。利回りが最終的に0.64%まで上がったので、方向だけ見れば当たっています。けれども途中の損失は重く、ファンドは約2.5%の損失を出しました。のちの報告では、同じ取引を直して損失を取り戻したと本人は話しています。

ここが皮肉なところです。利回りがほぼゼロの国債は割高だ、という見立ては正しかった。それでも、先に逆へ動かれると持ちこたえられません。確信の強さ、時期、耐えられる損失の幅は、それぞれ別の問題だからです。借り入れを使った取引なら、小さな逆行でも大きな傷になります。材料は借り入れの有無に触れていないので、ここでは深入りしません。

二つ目は、2014年9月のPIMCO退社です。運用資産約2兆ドルを預かる最高投資責任者の座を、経営陣に告げずに去り、ジャナス・キャピタルへ移ったと伝えられました。退社後の初めての取材では、「同じ競技場で誰が相手でも打ち負かしたい」と語り、その姿勢を「建設的な執着」と表現しています(InvestmentNewsによる)。

翌2015年のブルームバーグの取材では、PIMCOでは5〜15年の猶予があったが、ジャナスでは2〜4年で結果を出す必要があると話しています。猶予が短くなることを、本人は分かって移ったのです。

これは運用判断の外れではなく、立場の選び方の話です。大組織の地位より、自分で運用する場を取った。その代わり、成績で証明する時間は短くなりました。移籍後の成績や、その判断が正しかったかどうかは、材料に書かれていません。2019年に引退したことだけが分かっています。

筆者は、この二つの場面を並べると、グロスの強さと弱さが同じ根から出ているように思えます。打ち負かしたいという執着が、大きな賭けも、短い持ち時間も呼び込んだのです。

正しいのに待たされた:空売りの時間差

ジム・チャノスは「エンロンを空売りした人」として知られます。ところが、今回の材料にはエンロンの場面そのものがありません。2025年8月のフォーチュン誌の記事の見出しに名前が出るだけで、本人の語りは収められていないのです。無理に書けば推測になるので、材料のある二つの場面に絞ります。ドイツの決済会社ワイヤーカードの空売りと、空売り業の側が受けた痛みです。

まず、当たった場面から。ポール・クルーグマンのSubstackにある対談の抜粋(一次)で、チャノスはワイヤーカードを語っています。きっかけは自分の調査ではありませんでした。2016〜17年に欧州と英国で出ていた報道を追っていたところ、2019年にフィナンシャル・タイムズとダン・マクラムの連載が、不正の所在を湾岸諸国、フィリピン、シンガポールだと示します。その秋、証拠文書つきの続報が出たところで、本格的に空売りを組んだそうです。

注目したいのは、そのあとの時間です。監査役会は数か月で辞任し、会計監査のKPMGは協力が得られないと報告しました。それでも株価は、約2か月も高い評価のまま取引されます。崩壊は2020年6月、会社が資金の不在を認めた後の3日間で起きました。チャノスはこの状態を「金融の認知的不協和」と表現しています。

事実が出てから株価が動くまでに、これだけの時間差がありました。株を持つ側と違い、空売りは待つあいだも損が膨らみかねません。正しくても、その時間に耐える体力が無ければ成果にならないのです。筆者がここから受け取る教訓は、先見の明より、待たされる時間に耐える作りのほうが大切だということです。

もう一つは、判断の当たり外れとは別の痛みです。エコノミスト誌(The Nightly転載、二次)によると、かつて世界最大の空売り専業だったチャノスの会社は、顧客の解約が相次ぎ、2023年に外部資金の受け入れをやめてファミリーオフィス(一族の資産を運用する会社)になりました。同記事は、米司法省が2021年に空売り業者への捜査を広げたことにも触れ、不正を暴く役の空売り業者が弱ったと伝えています。

材料には、個別の取引の損失額も、解約の規模も出てきません。どの取引が外れたのかは、言えないのです。確かなのは、資金を預かる形そのものが保てなくなった、という経緯だけです。判断の誤りと、資金の構造の弱さは、別々の問題だと筆者は考えます。

近年の発言も、同じ姿勢の延長にあります。AI関連で約40銘柄の空売りを持つとされ、データセンターの空売りは2022年から続けているそうです(いずれも二次の報道)。一方で、指数はロングのまま(買い持ち)にし、空売りは「ロングのポートフォリオに資金を出す手段」だと位置づけています。相場の方向は「我々には分からない」と、はっきり言い切っています。

不正については、「不正の循環は金融サイクルに遅れてやってくる」「誰も史上最高値の不正は追わない」と話しています。上がっている間は不正が見つかりにくく、下げ局面で表に出る、という見方です。ワイヤーカードで身につけた時間差の感覚が、そのまま出ています。

反対側の例:恐怖の中で条件書を読んだ

デビッド・テッパーといえば、「FRBと戦うな」という標語で語られがちです。ここで扱うのは、その標語が生まれる前の、もっと地味な話。2009年の銀行株の買い方です。

この場面で目立つのは、勇気よりも読み方でした。パニックの最中に、彼は市場の空気ではなく、政府が出した文書の条件を読んだのです。しかも買ったのは普通株ではなく、資本構成の上位にある優先株と債券でした。

その前提として、CNBCが2010年8月にアパルーサ本社で行った取材によると、テッパーは2008年の春に多くの持ち高を売り、現金を積んでいました。そのため、リーマン破綻後の混乱でも借り入れがありません。無理やり売らされる側ではなく、買う側に立てたのです。失敗談ではありませんが、成功の半分はここにあります。安値で買う力は、安値の時に使える資金と、売らされない立場があって初めて成り立つからです。

2009年2月、米財務省が金融安定化計画を発表しました。テッパーは、その白書と条件書を丁寧に読んだといいます。目を留めたのは、政府が買う優先株の転換価格が、当時の市場価格を大きく上回っていた点でした。市場より高い価格で政府が参加する枠組みなら、国有化で株主が丸ごと消えることはない、と判断したのです。

「国有化されて無価値になる」という恐怖が相場を覆っていた時期です。その中で、恐怖の大きさではなく、文書の細部を見て判断した。筆者は、ここがこの記事でいちばん学べるところだと思います。公的機関や中央銀行の発表文を、他人の解釈を通さずに読む。のちの彼の習慣にも通じる姿勢です。

同じ取材によると、買ったのは次のものでした。

  • バンク・オブ・アメリカの優先株:額面の12%
  • シティの債券:額面の19%
  • AIGの商業不動産ローン担保証券:額面の9%

本人の言葉として伝わるのは、上げ幅の大半が優先株と債券の側にあった、という点です。多くの投資家はそこを見逃しました。2009年のフラッグシップ・ファンドは約132.7%上がり、総収益は75億ドルでした。恐怖を材料にせず、政策の条件書から買い場を見つけたこと、そして利益の源が普通株ではなく資本構成の上位だったことが、この取材から引き出せる教訓です。

この成功のあと、2010年9月のCNBCのインタビューで、彼は株が上がる道は二つしかないと言いました。経済が良くなって株が上がるか、経済が悪くなってFRBが量的緩和(お金を大量に市場へ流すこと)で株を押し上げるか。どちらでも株高になる、という理屈で、「テッパー・ラリー」と呼ばれました。2018年末のCNBCによると、この発言以降、S&P500は164%上がっています。

銀行の優先株で政策の枠組みに沿って買った経験が、この理屈の原型になったとも読めます。ただし、そうつなぐのは筆者の解釈です。本人がそう説明した記録は、手元の材料にありません。

NotebookLMで整理したノートには、同じ姿勢の例として、2024年9月の中国の話も出てきます。中国人民銀行の総裁が利下げや株式買い戻しの支援策を発表し、「必要ならさらにいくらでも行う」と言い切ったとき、テッパーはその言葉の強さに目をつけた、という内容です。中国の高官がここまで踏み込むのは異例で、中国株の評価が低い以上、大型の刺激策には応じる価値がある、という読みでした。

ただ、これはノートの整理であり、原文との照合はまだです。同じ文書の別の数字には「要確認」の注記が付いているため、詳細は採らず、「発表文の言葉をそのまま読む」姿勢の一例として触れるにとどめます。

正直に書いておくと、ノートには別の記述もあります。バンク・オブ・アメリカ株を6ドル近辺で買い支える方針が書かれているのに、市場は2〜3ドルまで売り叩いていた、というものです。これは上のCNBC取材(優先株を額面の12%)と数字の形が合いません。そのため、この記事では一次の取材記録の数字だけを使い、ノートの記述は採りませんでした。

ロシア債を1ドルあたり5セント、コートジボワール債を9セントで買った話も同じノートにありますが、ノート自身が「出典動画が合っていない可能性がある」と注記しています。「成功と失敗」のノートも、利用上限で途中までしか出力されておらず、未完です。いずれも使っていません。

四つに共通する型

四つの場面を並べると、外れ方は三つの型に分かれます。

  • 自分の感覚を根拠にした読み違え(金利の読みを外したフィンクの1986年)。損失そのものより、リスクを誰も把握する道具を持っていなかったことが、後の事業の出発点になりました。
  • 方向は合っていたのに、時期で負けた(グロスのドイツ国債の空売り)。利回りは0.10%から0.64%へ上がって方向は当たりましたが、途中の逆行で約2.5%の損失になりました。
  • 正しいのに待たされた(チャノスのワイヤーカード)。証拠が出てから崩壊まで、株価は約2か月、高い評価のままでした。

その反対側に、テッパーの2009年があります。恐怖の中で政府文書の条件を丁寧に読み、普通株ではなく資本構成の上位の優先株と債券を買った。読み違えの逆の型として、「読んだ文書の中身に従って判断した」ことが成功の要因として語られます。

四つは同じ線の上にあります。判断の中身だけでなく、外れたときに何が見えるか、どれだけの時間に耐えられるかという構造が、結果を分けているのです。

株譜の見方

ここからは、筆者の個人的な推測です。

冒頭の主張に戻ります。「最大の間違い」を集めてみて、筆者は、間違いの中身が違っても、問われている備えは同じ種類だと感じました。フィンクは外れたあとにリスクが見える仕組みを作り、チャノスは待たされる時間を前提に空売りを組みました。グロスは、取引を直して損失を取り戻したと話しています。三人とも、外れることは避けられないものとして扱っているのです。

もう一つ、筆者が警戒しているのは、成功した人が語る失敗談の整い方です。フィンクの話は「損失があったから会社を作った」という一本の筋になっていますが、先に書いたとおり後から整理された解説記事であり、損失が本当に出発点だったかは確かめられません。失敗談は、語られた時点で物語になります。読む側は、数字と出どころを確かめたうえで、型だけを借りるのがよいと思います。

読者が明日からできることは、二つあります。自分の持ち株について、「外れたら、何がどれだけ外れたのか」を数字で見られるようにしておくこと。そして、「正しいはずなのに動かない」期間が数か月続いても、持ちこたえられる資金の置き方になっているかを確かめることです。

なお、この記事の根拠は二次の解説記事と報道が中心で、原典の確認はできていません。収録した損失額や運用資産額は、報道の引用です。

出典

  • キャリア解説記事(Career Geek)、ラリー・フィンクの1986年の経緯(Substack)
  • ビジネスインサイダー、2015年4月(Business Insider)/InvestmentNews、2014年9月(InvestmentNews)
  • ポール・クルーグマン Substack、2025年2月25日(Substack)/エコノミスト誌(The Nightly転載)、2025年12月17日(The Nightly)
  • デビッド・テッパー CNBC「NetNet」、2010年8月(CNBC)/CNBC インタビュー、2010年9月(Pragmatic Capitalism転載)

本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。

この記事の投資家の実際の保有(13F)

13F は米国の運用会社が四半期ごとに開示する保有株の報告です。発言と並べて読むための参考で、現在のポジションを示すとは限りません。

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