株譜
INVESTOR OUTLOOK

ポール・シンガー:母の引き出しの5万ドルを含め資金の88%を失った学生から、ヤフー空売りの負け、アルゼンチン15年戦争、日本のインフレ連動債の含み損まで

失敗と成功

母が引き出しの底に隠していた5万ドル。ポール・シンガーは、若い日にそれを含む資金の88%を失いました。のちにヘッジファンド、エリオット・マネジメントを率い、企業や国を相手に粘り強く争うアクティビストとして知られる人物の、出発点です。

この人の失敗談を読んでいくと、不思議な形が見えてきます。シンガーの失敗は「他人の説明を信じた」ときに起き、成功は「自分の手で調べ、時間をかけて持ち切った」ときに生まれています。 そして、その差を支えているのが、買う力と持ち切る力を残しておく、という設計です。9つの場面と最近の見方で、これを確かめていきます。

先に断っておきます。本人の動画は少なく、整理に使った最新のものは、2025年2月26日のノルウェー銀行投資運用部門(NBIM)のポッドキャストです。直近12か月(2025年10月〜2026年10月)に公開された本人の動画はなく、「いまの見方」はその時点のものです。また、資料では金額、年、率、倍数の多くが「動画原文との照合が必要」とされています。以下は素材の表現のまま、「本人がそう語った」ものとして読んでください。

1967〜1974年:資金の88%を失った

シンガーは、ハーバード・ロースクール在学中の1967〜1968年に、調剤薬局を営む父と、投機的な株の取引を始めました。自分の知性と調査を確信し、選んだテクノロジー株と鉱業株は必ず上がると信じていたそうです。現物の買いだけでなく、信用取引、空売り、オプション取引まで、本人の言葉では「お金を失う考え得るあらゆる方法を試した」。

1974年にかけての厳しい弱気相場で、母の5万ドルの自己資金と、親友から預かった1万ドルや2万ドルの大部分を失い、自己資本の88%が消えました。ここで本人が引き出した教訓は、大損した投資家は恐怖と絶望で判断力を失う、ということです。二度と身内や友人の資金を減らさないと誓い、「金を失うな」を運用の絶対の原則にしました。さらに、相場の崩壊期に投げ売られた割安資産を買うには、余剰の資本と冷静さがいつも要る、とも学んだといいます(David Rubensteinとの対談、2017年7月26日)。

筆者は、この原点がすべての後ろに効いていると思います。「損をしない」が信条の人は多いのですが、シンガーの場合は、母の引き出しの金という具体的な痛みがついています。

1977年:低レバレッジの転換社債ヘッジで始めた

1977年、シンガーは弁護士のキャリアを離れ、親族や友人から資金を集めてエリオットを始めました(この年と経歴は要確認)。当時は転換社債(株に換えられる社債)ヘッジの評価モデルも不十分で、市場は原始的でした。失った資金を取り戻し、どんな市場環境でも、できるだけ常に利益を出すことを目指します。そのために、低い借入れで転換社債を買い、同額の対象株を空売りする、相対価値の取引に特化しました。

友人や家族から集めた130万ドルで始め、最初の10年(1977〜1987年)を「ノーミス」で乗り切ったといいます。40年で年率13.5%の複利を記録し、当初の1ドルを約160〜165ドルにしたと語ります。運用資産は340億ドル、のちに720億ドルに成長しました(以上は本人の発言として。要確認)。教訓は、ベンチマークとの相対評価をやめ、できるだけ低いリスクで資本の絶対的な保全を図りながら積み上げること。市場が過剰な借入れに走る局面でも、低い水準を貫くことが、長期で生き残る条件だ、と本人は言います(David Rubensteinとの対談、2017年7月26日)。

意外だったのは、スタートの派手さのなさです。ヘッジファンドというと大きな賭けを連想しますが、最初に選んだのは、相場の方向に賭けない地味な取引でした。大損した人の選び方だな、と筆者は思いました。

1998年:ヤフーの空売りで12回の倍増を見た

失敗の一つが、ドットコムバブルの過熱期のヤフー空売りです。1995年に米国株のPERが過去最高の水準を超えて以降、1997〜1998年にインターネット株が異常に急騰していました。シンガーは、ヤフーなどのIT株の評価が、実体経済や収益性から大きくかけ離れていると見て、1998年にヤフーを空売りします。

ところが、2000年3月のバブル崩壊までに、株価は12回倍増したと本人は語ります。当時、インターネット株の空売りで純利益を出した投資家はいなかった、とも言います。教訓は、「早すぎる」ことは「単に間違っている」ことと実質的に区別できない、というものでした。市場の集団的な狂気は、予想よりはるかに長く続き得る。だから、タイミングの予測に頼らず、厳格なヘッジと損失の上限を徹底する、という結論です(Finance-Getの動画、2016年9月7日。2015年8月収録)。同じ時期のチャノスの空売りの話は、別稿「ジム・チャノス:空売りの専門家が語る8つの場面」にあります。

「早すぎるのは間違いと同じ」という一言は、筆者が今回いちばん刺さった言葉です。正しい見立てでも、時間が味方しなければ、財布は持ちません。この言葉は、あとで本人自身の警告にも跳ね返ってきます。

2001〜2016年:アルゼンチン国債の15年

最も長い戦いが、アルゼンチンの国債です。2001年の国家デフォルトの後、同国政府は2005年と2010年の債務再編で、70%の額面削減を受け入れるよう迫りました。拒む投資家には「1ペニーも払わない」という高圧的な姿勢だったといいます。エリオットは割安で買った債権を、一律カットに同意せず、契約上の権利を守るため米国の裁判所に提訴しました。2012年には、ガーナの港に寄港したアルゼンチン海軍の訓練艦を法的に差し押さえるなど、手間のかかる努力を重ねています(要確認)。

政府は15年間、交渉に応じませんでした。それでもエリオットは債権を持ち続け、2016年に満額回収を含む条件で和解したと語ります(この点は要確認)。アルゼンチン側は国際債券市場から締め出され、年間数十億ドルの追加の利息と、10年で700億〜900億ドルの経済的な損失を自国にもたらしたと、本人は分析します。61,000人の他の債権者とともに勝訴した、とも語りました。教訓は、市場の波に身を任せる受動的な投資ではなく、手作業の努力と法的手続きで「自分の運命を自分で握る」ことが、市場と相関しない絶対収益を生む、というものです(Finance-Getの動画、2016年9月7日)。

筆者が引っかかるのは「15年」という長さです。軍艦まで差し押さえる執念には驚きますが、それ以上に、15年間資金を寝かせられる体力に目が行きます。真似できるのは手法ではなく、この時間感覚だけでしょう。

2006〜2008年:日本のインフレ連動債で「巨額の損」

数学的には完璧に見える取引でも、パニックでは危うい。そんな失敗がこれです。2006〜2008年、大手証券会社から、日本国債と日本のインフレ連動債の裁定取引を提示されました。価格に織り込まれた想定インフレ率が、7年間で年率マイナス2%という、極めて不自然な割安の水準だったため、リスクが理論上きわめて低い「完璧な取引」と判断し、借入れをかけて膨らませます。

ところが、2008年の金融危機で市場の流動性が消えると、織り込みインフレ率はマイナス4.5%まで悪化し、インフレ連動債の価格は30%下がりました。本人の言葉では、巨額の損失です。他のファンドが強制的に損切りされる中、エリオットは応じず、満期まで6年持ち切りました。教訓は、リスクの本質を誤解して過度な借入れをかける怖さ。理論上は完璧に見える裁定でも、市場パニックでの時価評価の歪みに耐えられる資金管理が要る、というものです(NBIMのポッドキャスト、2025年2月26日)。

筆者は、「低レバレッジ」を掲げる会社でも、「完璧な取引」と思えば借入れを増やしてしまう点が、一番人間くさいと感じました。原則を持つ人でも、例外を作る瞬間がある。しかも、この取引を持ち込んだのは証券会社でした。

初期の小さな失敗:最終段階のはずの破産債権

運用規模がまだ小さかった初期に、同業から、米国北部の古紙脱インキ工場の、破産手続きの最終段階にある債権を引き継いだことがあります。手続きが最終段階でリスクが限られ、古紙を再利用する技術も有望と判断して買いました。ところが実際には、重要な破産手続きは未解決で、工場の技術もまともに機能せず、投資した資金は全額失いました(ポジションは小さかったそうです)。

教訓は、他人の「リスクが低い」「最終段階だ」という言葉を鵜呑みにせず、自分の手でデューデリジェンス(投資前の調査)をやり直すことでした(NBIMのポッドキャスト、2025年2月26日)。

さて、ここまでで気づくことがあります。日本の債券も、この工場も、持ち込んだのは他人でした。筆者が冒頭の見立てにたどり着いたのは、この二つが並んだときです。

2007年:G7で警告し、聞き入れられなかった

2007年、サブプライム問題が深刻化する前夜に、シンガーはG7財務相会議の場で、ジム・チャノスとともに、政策決定者に危険を警告したと語ります(同席した人名や経緯は要確認)。約700兆ドルのデリバティブ市場と複雑な住宅ローン担保証券の危険性を見抜き、大手金融機関が破綻しかねないと直接伝え、ドイツの財務省にも赴いたそうです。しかし、政策決定者は「素晴らしい傲慢さ」で警告を無視し、無策のまま2008年の金融危機を迎えました。

エリオットは事前にリスクヘッジと資本の保全を徹底していたので、2008年終盤の暴落で売り叩かれた優良資産を大量に買い集め、大きな利益を得たとされます。本人の教訓は、学者や政策当局者より、現場の実務家のほうが金融システムの実態を深く理解している、ということ。そして、危機に備えて資本を守ることが、暴落時に好機をつかむ条件だ、ということです(Finance-Getの動画、2016年9月21日)。

ここは本人が自分を持ち上げる話でもあるので、筆者は少し割り引いて読みました。ただ、暴落で買う側に回れた理由が、88%を失った若い日の「余剰資本を持て」と一本の線でつながっている点は、うまくできた話です。

アクティビスト:シトリックスで勝ち、サムスンで敗れた

アクティビストとしての成功例に、仮想化ソフト大手のシトリックスがあります。2015年前後、同社は成長が停滞し、コア製品の収益が落ちていました。本人は、同社が買収などで4億5,000万ドルを無駄にしたと分析し、株を取得して改革を提案します。エリオットが自社の人材を社外取締役として直接送り込み、長期在任のCEOの交代を実現し、9か月後にコア製品の減収傾向を反転させたと語りました(人名、買収先、時期は要確認)。教訓は、丹念に作った調査資料を持ち込み、「開いたドアを叩く」姿勢で臨めば、壊れた企業価値も再生できる、というものです(WSJの動画、2016年10月31日)。

対照的な敗北が、2015〜2016年のサムスンです。サムスン物産の株を7.1%超持っていた2015年、第一毛織との合併が発表されました。合併比率が一般株主に不利だとして、差し止めの訴訟を起こし、反対票を投じます。外国人株主の比率は34%でした。しかし、韓国の国民年金などの賛成で、合併は薄氷の差で可決され、差し止めも退けられました(数字と経緯は要確認)。ただし本人は、韓国のコーポレートガバナンスの問題を世界に提示し、サムスン電子とは建設的な対話を始めた、と整理しています(Finance-Getの動画、2016年9月7日)。

筆者は、負けを「問題を提示できた」と言い換える整理にはやや甘さを感じます。それでも、シトリックスの勝ちが「自分たちで作った資料」から来ている点は、はっきりしています。

いまの見方(2025年2月の発言を中心に)

最新の動画である2025年2月26日の発言は、極めて弱気です。株式市場のリスクを「これまで見た中でほぼ最も高い」と言い切っています。1974年、1987年、2007〜2008年のような本格的な弱気相場から長い時間が経ち、「市場はいつも救済される」という自己満足が定着して、過度な借入れが極限まで蓄積されたサイクルの最終局面だという見方です。

財政についても厳しい見方です。米国では、深刻な景気後退がない平時でも、財政赤字がGDPの6%を超えており、将来の壊滅的なインフレと金利上昇の火種になると警告しました。この点は、別稿「米国の財政赤字と債務」で各投資家の見方を並べています。

資産ごとには、AIは有用性を認めながら、市場の評価が経済的価値より先走っていると見て、「AIは期待が先行しすぎている」と評しました。暗号資産については、政府がそれを受け入れ支援することは、自国の主権通貨を脅かす代替手段を増やす行為で、「頭がクラクラする」とまで言っています。一方で機会はあるとし、指数投資(パッシブ)の急増で、個別企業の経営を監視する活動が減り、経営不振のまま放置された企業が増えている点を挙げました。エリオットは運用資産が720億ドルで、アクティビスト案件の平均保有期間は「2年弱」。機関投資家の平均株式保有(1.5年)より長いので、短期のハゲタカという批判は当たらないと反論し、要求の約70%が企業の行動に反映されていると語りました(以上、数字は要確認。NBIMのポッドキャスト、2025年2月26日)。

なお、この見方は「何を言ったか」の記録であり、現時点で当たっているかどうかは検証していません。筆者は、ここでもヤフーの教訓を思い出さずにいられませんでした。強気相場が続くなかで長年警告を続けてきた人の言葉は、割り引いて聞く必要があります。

株譜の見方

ここからは筆者の個人的な推測です。

9つの場面を並べて目立つのは、シンガーが「損をしない」を最優先にしながら、大きく負けた話を隠さないことです。88%の損失、ヤフーの12回の倍増、日本のインフレ連動債での30%の下落。これらは、運用の根にある「金を失うな」と矛盾して見えます。しかし、本人の整理では、大損した経験があるからこそ、その原則を絶対のものにしました。失敗が、原則の理由になっているわけです。

冒頭に書いた型を、もう一度確かめます。失敗談には「他人の言葉を信じた」ものが二つあります。日本のインフレ連動債は証券会社が持ち込んだ取引で、脱インキ工場は同業から引き継いだ債権でした。どちらも、持ち込んだ側の「リスクが低い」という説明が前提でした。一方、成功談の側のアルゼンチンとシトリックスは、自分たちで文書を読み、調べた案件です。他人の説明と自分の調査の差が、成否の差と重なっています。これは筆者の整理で、本人が両者をそう対比したわけではありません。

アルゼンチンの15年は、成功談として最も目立ちますが、個人投資家が真似できる部分はほとんどありません。裁判所への提訴や軍艦の差し押さえは、機関投資家だから可能な手段です。読み取るべきは手法ではなく、時間感覚でしょう。15年待てる資金と、それを許す投資家との関係がなければ、同じ結論にはなりません。

「いまの見方」は、読む側が割り引くべき点があります。シンガーは2013年にも2016年にも、中央銀行の政策や債券市場について強い警告を発してきました(2013年10月24日、2016年9月21日の動画)。警告が長年続くこと自体は、見方が外れた証拠にも、まだ来ていないだけの証拠にもなりません。ヤフーの教訓、つまり「早すぎる」は「間違い」と区別できない、が、そのまま本人の最近の警告にも当てはまります。

個人投資家が持ち帰れるのは、88%を失った若い日の「余剰資本を持て」という一点だと思います。借入れや空売りで資金を一度に失えば、割安資産が出たときに買う力が残りません。日本のインフレ連動債でも、満期まで持ち切れたことが結果を分けました。買う力と持ち切る力、この二つを残す設計が、失敗談を貫いています。

最後に、2025年2月以降の動画がないため、2026年の状況に対する本人の見方は、この記事からは分かりません。近年の他の投資家の見方は、別稿の各テーマ記事で確認してください。

出典

  • Norges Bank Investment Management「Paul Singer | Podcast | In Good Company」、2025年2月26日(YouTube)
  • David Rubenstein「The David Rubenstein Show: Paul Singer」、2017年7月26日(YouTube)
  • Gazunda - Today's Finance「Paul Singer Interview August 2015」、2016年9月7日(YouTube)/「Billionaire Paul Singer - Full Interview At Delivering Alpha (Sept 2016)」、2016年9月21日(YouTube)
  • The Wall Street Journal「Paul Singer on Elliott Management Corporation」、2016年10月31日(YouTube)
  • The Napa Institute「Interview with Paul Singer the Napa Institute 2020 Principled Entrepreneurship Conference」、2021年2月5日(YouTube)
  • cloudripper13525「Paul Singer Interview October 7, 2013 with CC Transcript」、2013年10月24日(YouTube)

本記事は著名投資家の公開発言を紹介し、筆者の見方を添えたものです。特定の銘柄や資産の売買を勧めるものではありません。

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