IPOラッシュは天井のサインか:スペースXの上場をめぐり、「件数」と「供給量」のどちらを見るかで割れた
2026年6月、スペースXが米国で上場しました。評価額は約1.8兆ドル規模と報じられ、アンソロピックとオープンAIの上場も控えています。この新規上場(IPO)の波を、「天井のサイン」と読む人と、「正常化」と読む人に、きれいに分かれたのが、ここ数か月の議論でした。
筆者がまず驚いたのは、スペースXの値付けが高いことを、強気の人も弱気の人も認めていることです。割れているのは、そこではありません。その高さが、相場全体の転換点になるのかどうか。 そして、その答えは、上場の「件数」ではなく、市場に出てくる株の「量」と、それを受け止める買う力の差で決まる、というのが筆者の見方です。
意見が割れる理由は、同じ事実に対して、見ている物差しが違うことにあります。「件数」で測る人は、1999年や2021年に遠く及ばないと言います。「出てくる株の金額」や「自社株買いの減少」で測る人は、需給が反転しつつあると言います。「個別の値付け」で測る人は、相場の方向ではなく、この銘柄を買うかどうかを話しています。
なお、本稿は公開発言の整理であり、投資助言ではありません。個別銘柄の売買を勧めるものでもありません。
物差し1:件数と市場に占める割合(「正常化」派)
ゴールドマン・サックス:件数は長期平均並み
ゴールドマン・サックスの米国株ストラテジストは、6月の番組で、IPOブームは相場のピークの警告ではなく、4年の低調からの正常化とAIの資金需要が重なったものだと話しました。今年上半期で約50件(前年の約2倍)、金額は約1,200億ドルで2021年並みの記録です。ただ、件数は年約100件の長期平均並みで、2021年の250件超、1999年の約400件には遠く及びません。
株の供給が相場を押しつぶす、という心配に対しては、三つの反論を示しました。件数は並みであること。供給の規模は、新規上場と増資で記録の約7,000億ドルでも、株式市場の約1%(長期平均より低い)であること。そして自社株買いが1兆ドル超で、企業の買う力が供給を上回っていることです。ただし、上場時の大株主が持つ株の売却禁止が解け、市場に出回る株が増えるため、2027年の計算は厳しくなると断っています。2025年12月の別の番組では、公開市場は泡ではないものの、AI関連の非公開市場は、資金の集めやすさも価格も続かない水準で、泡に近いと見ていました。
ケン・フィッシャー:まだ「陶酔」ではない
フィッシャーは、1月の動画で、強気相場は「悲観で生まれ、懐疑で育ち、楽観で成熟し、陶酔で終わる」というテンプルトンの言葉を引きました。スペースX、データブリックス、アンソロピック、クラーケンなど、超大型の上場が相次ぐ局面が陶酔の目印で、まだ来ていない、と見ています。
5月には、セレブラスの上場直後の急騰を、陶酔の初期のサインだと位置づけました。8月のポッドキャストの要約では、スペースXが公開価格を割るのは、陶酔ではない証拠でむしろ強気材料だと話し、アンソロピックは2026年後半の上場を予想しています(二次情報)。陶酔とは、収益のない会社が期待だけで上場する局面のことで、現状はまだそこに達していない、という判断です。
物差し2:供給量と、自社株買いの減少(「需給反転」派)
ポール・チューダー・ジョーンズ:2002年以来で最悪の需給
PTJは、4月のポッドキャストで、過去10年は自社株買いで毎年、時価総額の約2%が消えてきたと話しました。ところが今後1年に計画されるIPOは、時価総額の5〜6%に達し、その後に売却禁止の解除も続きます。大手IT企業は設備投資で現金が減り、買い戻しも細ります。そのため、IPOの資金の多くは、既存のテック株から出るという見立てです(二次情報)。
10月のCNBCでは、「2027年は株式市場にとって非常に厳しい年になる」と言い切り、株の流れ(需給)は2002年以来で最も悪いと話しました。年内はまだ上がる余地があるものの、自分は「通年で空売り」だそうです(二次情報)。
ジム・チャノス:1999年に近い
チャノスは、6月の講演の要約で、「2021年以来初めて、大量の新規発行が出ている」と話し、2026年の株式発行は1999年、2000年、2021年を上回って過去最大になると予想しました(二次情報)。スペースXの評価額は約2兆ドル、売上190億ドルで、売上の約90〜110倍です。自由に使える現金は赤字でもあります。
スターリンクの中核事業なら「数百億ドル」が妥当で、それを超える部分(火星、月面工場、軌道上のデータセンター)は「まだ作られていないものを、いまの価値に織り込んでいる」と批判しました。
筆者がおもしろいと思うのは、ここからです。チャノスは、7月に「売上の100倍超で株を買って大きく儲けた例は、歴史上ほぼない」と言いながら、相場の方向は「誰にも分からない」とも明言しています。7月末のポッドキャストでは、AI相場は「97年ではなく99年に近い」、つまり崩壊の前年にあたる終盤だと話しました。目印は新株発行の急増です(二次情報)。
レイ・ダリオとサミール・アローラ
ダリオは、7月のフォーチュン経由の発言で、バブルを突き刺す力は主に二つあると話しました。金利が上がって借金の返済負担が重くなることと、株の発行が急増することです(二次情報)。「株ほど簡単に作れるものはほとんどない」と言い、5,000万ドルを調達して10億ドルの評価をつければ、お金が動かなくても、紙の上の億万長者ができると説明しました。
インドの運用者サミール・アローラは、9月のCNBC取材で、インド株の重しは外国人の売りではなく、新規発行の供給過多だと指摘しました(二次情報)。投資信託が30日間、新規上場や増資に参加しない「ボイコット」を、半ば冗談で提案しています。8月は15社が上場し、平均で公開価格を30%上回る初値がつきました。今まで上場できなかった質の低い企業が殺到するのは「相場が終盤にある」サインで、1999年と2007年の天井も、供給の重みで崩れたといいます。
同じインドのプラシャント・ジェインは、2025年10月に「IPOの供給が上値を抑え、国内資金が下値を支える」と話し、2026年3月には「IPOの3分の2が公募割れで、株の供給は減る」と見ていました。供給の見方が、半年で動いたことになります。
物差し3:指数の仕組みと受け皿(「指数連動型の資金」派)
クリストファー・ウッド:浮動株比率4.2%
ウッドは、6月に、スペースX、アンソロピック、オープンAIの三つの巨大IPOが、他の銘柄から買う力を吸い上げると話しました(二次情報)。スペースXは約750億ドルを調達し、時価総額は1.77兆ドル(1株135ドル)です。実際に市場で売買できる株の割合は4.2%しかないのに、ナスダック100の指数計算では12.7%として扱われ、通常より早く指数に組み込まれます(米国で前例がありません)。
指数連動型の資金には、強制的な買いが生じます。一方、会社の内部者は、通常より早く売れます。AI熱狂の頂点のシグナルは、巨大IPOの集中と、一般の人が無邪気に熱狂する光景だと、ウッドは言い切ります。
ジェフリー・ガンドラック:「捨て場」
ガンドラックは、7月のCNBCで、指数連動型の運用は、株価を無視して機械的に買うため、割高なAI関連のIPOの「捨て場」になっていると警告しました。時価総額に比例する買い方より、各社を同じ金額ずつ買う方式を選ぶべきだと言います。AIや大手IT企業関連の社債は、安全な債券との利回り差が広がり、格付けと市場の価格のずれも大きくなっていると指摘しました。
物差し4:個別企業の値付け(「この銘柄を買うか」派)
アスワス・ダモダランとビル・アックマン
ダモダランは、6月の動画で、目論見書の公開後に見直したスペースXの価値を1.25〜1.3兆ドルとし、想定されていた上場時の評価額1.8兆ドルは「割高」だと断じました。IPOでは買いません。ただし、値段が下がれば買う可能性はあるそうです。2012年のフェイスブックや2019年のウーバーのように、上場後に買い場が来る例があるからです。
筆者がこの発言でいちばん引きつけられたのは、割高と分かっていても空売りはしない、という割り切りです。投資家は価値と価格を比べますが、トレーダーは「より高く売れるから」買う。市場の大半はトレーダーで、値動きの主因は、ムードと勢いだからだといいます。目論見書は277ページ(付録が約100ページ)で、アップルやマイクロソフトの上場時は100ページ未満でした。ページが増えても、有用な情報は増えていない、と皮肉っています。
アックマンは、6月のポッドキャストで、スペースXのような上場前の話題株を、ベンチャー投資と同じ見方で評価すると話しました。人、機会、環境、取引条件の順に考え、5年後の姿を描いてから、値付けを判断します。本人もスペースXとxAIに投資済みだと明かしています。9月末のテレビ番組では、いまの相場は極めて偏っていて、注目はスペースX、アンソロピック、それを支える「つるはし」(半導体など)に集まっていると話しました。大型IPOが延期ぎみで、市場の関心が一部に狭まっているとも指摘しています。
ほかの視点
ACATISのレーバーは、7月の月次レポートで、スペースXのIPOは「警戒信号」だと言い切りました。目論見書にこれほど誇大な内容が並び、それが個人投資家に難なく買われるのは、市場の価格が大きく変わる前触れだ、というのです。南海泡沫事件やミシシッピ計画を引き合いに出しています。グランサムも6月に、スペースXを「熱狂の目印」だと見ています。
ハートネットは、5月の要約で、史上最大の上場10件の前後の相場は、結果がまちまちだったと整理しました(二次情報)。アリババとICBCの上場は、中国株の「ロケット燃料」になりました。一方、VisaとAIAの上場は天井の目印で、9〜12か月後に指数は大きく下がっていました。同時に、史上最大級のIPOが控えるため誰も株を売らず、売りのシグナルにもかかわらず、すぐには動かないと見ています。
シュワルツマンは、1月の決算説明会で、世界のIPO発行額が第4四半期に前年比40%増え、米国は約2.5倍になったと話しました。IPOは企業、特にエネルギーと電力のテーマに偏り、2013〜2014年の再開に似ているそうです。待機資金は約2,000億ドルです。
香港では、謝清海が2025年11月に、IPOの調達額が10月までに約240億ドルと前年の3倍で、世界一になったと話しました。新規上場の人気で、上場後の平均上昇率は9%に達しています。タンゲンが率いるノルウェー政府系ファンドは、6月末の保有で、初めてスペースXを0.05%(約12.2億ドル)保有していると公表されました。
整理
| 物差し | 結論 | 人物 | |---|---|---| | 件数・市場に占める割合 | 正常化。2021年や1999年には遠い | ゴールドマン・サックス、フィッシャー | | 供給量・自社株買いの減少 | 需給が反転しつつある | PTJ、チャノス、ダリオ、アローラ | | 指数の仕組みと連動型の資金 | 受け皿にされる | ウッド、ガンドラック | | 個別の値付け | 割高。買うなら下がってから | ダモダラン、アックマン | | 警戒信号と見る | 誇大な物語が個人に売れる | レーバー、グランサム |
なぜ割れるのか
最初の分岐点は、件数で見るか、金額で見るかです。ゴールドマンは「件数は年約100件の長期平均並み」と言い、チャノスは「発行額が過去最大」と言います。どちらも事実ですが、前者は市場の混雑ぐあいを、後者は需給の重さを測っています。
二つ目の分岐点は、供給を受け止める側の見方です。ゴールドマンは、自社株買いが1兆ドル超で、供給を上回るとします。一方PTJは、大手IT企業の設備投資で現金が減り、買い戻しが細るとします。同じ「自社株買い」が、片方では下支え、もう片方では細っていく需要として描かれています。
三つ目の分岐点は、時間の長さです。フィッシャーは陶酔の初期のサインを認めつつ、強気相場は2027年まで続くと見ます。PTJは、年内はまだ上がる余地があるとしながら、警戒は2027年に置いています。時間が近いほど、両者の距離は縮まります。
株譜の見方
以下は、公開発言をもとにした筆者の推論です。
冒頭の主張に戻ります。17人の発言で印象的なのは、スペースXの値付けそのものは、誰も安いとは言っていないことです。ダモダランは割高と言い、アックマンも「伝統的な尺度では説明できない」と言います。個別の高さと、相場全体の転換は、別の問いです。
もう一つ、チャノスとダモダランは、割高だと見ても「相場の方向は分からない」という点で一致しています。ダモダランが空売りしない理由は、ムードと勢いが続く間は、価格が上がりうるからでした。この謙虚さは、強気や弱気の宣言より、読者にとって使える情報かもしれません。
そして、ジェインの見方が半年で変わったことは、供給をめぐる判断が流動的だと示しています。3月に「IPOの3分の2が公募割れ」と見ていた状況が、9月にはアローラの言う「平均30%上の初値」に変わりました。IPOの評価は、その時点の初値で簡単に反転します。
答え合わせに使えるのは、三つです。上場後に、スペースXの株価が公開価格を保てるか。来年に向けた新規上場と売却禁止の解除の量が、自社株買いの規模を超えるか。そして、指数に早く組み込まれる巨大IPOの後で、他の銘柄の売買が細るかどうか。ここまでは筆者の推論で、読者の判断の代わりにはなりません。
免責
本稿は公開された発言の整理であり、投資助言ではありません。数字は各出典の記載に基づきます。二次情報に基づく部分は、本文中にその旨を付しました。
出典
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- Ken Fisher、Fisher Investments動画 2026年1月22日 https://www.fisherinvestments.com/en-us/insights/videos/what-ken-fisher-sees-ahead-for-stocks-in-2026 、2026年5月28日 https://www.fisherinvestments.com/en-us/insights/videos/what-ai-tech-stocks-are-signaling-about-this-bull 、Podcast Alpha(二次)2026年8月18日 https://podcastalpha.substack.com/p/ken-fisher-why-this-bull-market-could
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- Hendrik Leber、ACATIS 月次投資レポート、2026年7月10日。https://www.acatis.de/fileadmin/user_upload/ACATIS_Investment_report_July_2026.pdf
- Jeremy Grantham、The Diary of a CEO、2026年6月25日。https://www.gmo.com/americas/research-library/jeremy-grantham-joins-the-diary-of-a-ceo-the-biggest-bubble-in-american-history_inthenews/
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- Cheah Cheng Hye、Tiger Brokers配信(二次)、2025年11月10日。https://www.itiger.com/news/1163925095
- Nicolai Tangen(NBIM)、International Finance(二次)、2026年8月12日。https://internationalfinance.com/wealth-management/norway-wealth-fund-posts-record-usd-184-billion-profit-as-ceo-warns-of-risks/