結論
フジックスは、京都に本社を置く縫い糸の老舗だ。衣料品を縫う工場向けの糸と、家庭用ミシンの「シャッペスパン」などの手芸の糸を作る。筆者の結論は割高だ。いちばんの理由は、本業が稼げなくなっていることにある。
本業は 2022 年 3 月期から 5 期続けて営業赤字だ。国内の縫製工場は海外へ移り、糸の数量は細る一方で、原料と人件費は上がる。会社自身も数字の目標を掲げず、まず赤字を止めることを最優先にしている。
一方で、帳簿は驚くほど厚い。現金が 24 億円、三井住友フィナンシャルグループを中心とする銀行株が 25 億円ほどあり、合わせると時価総額のほぼ 2 倍になる。借金は無い。
ただし、その資産が株主に戻る道は見えない。銀行株は取引の関係で持ち、売る数字の計画も無い。創業家の資産会社が筆頭株主で、自社株買いもしない。清算されない限り、少数株主はこの資産の使い道を決められない。帳簿の厚さが価値になるのは、会社がそれを配るか、誰かが会社ごと買う時だけだ。筆者は、赤字の本業に安全域は無いと見る。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、この会社は「中身より包み紙が厚い」会社だ。現金と銀行株で時価総額のほぼ 2 倍を持ち、借金は無い。数字だけを見れば、値段は資産の半分にすぎない。
だが筆者は、それを安全域とは見ない。本業は 5 期続けて赤字で、国内の縫製の縮小という流れに逆らう手立ては見えない。赤字の間は、厚い資産が少しずつ食われていく。資産が株主に戻るのは、会社が配るか、売るか、誰かが会社ごと買う時だけだ。創業家が筆頭株主で、自社株買いもしない会社で、それを当てにするのは賭けに近い。
オーナーとして持つなら、事業が稼ぐか、資本を株主に返すかのどちらかが要る。今はそのどちらも無い。帳簿の厚さに目を奪われず、稼ぐ力で測るべき会社だと筆者は考える。
逆に言えば、資本を返す決断一つで、この会社の見え方は大きく変わる。
何で稼ぐ会社か
事業は縫い糸、刺しゅう糸、手芸の糸の製造と販売の一つで、セグメントは地域で分かれる。日本は 2026 年 3 月期の売上が 43 億円で、1.9 億円の営業損失を出した。アジアは中国の上海、香港、ベトナム、タイに拠点があり、売上は 11 億円、0.3 億円の損失だった。
買い手は三つある。一つ目は衣料品やバッグを縫う工場で、ポリエステルなどの糸を色をそろえて納める。二つ目は刺しゅうの業者で、刺しゅう糸を売る。三つ目は家庭で縫い物や手芸をする人で、手芸店や量販店を通じて売る。家庭用のミシン糸は昔からの看板商品だ。
強みは色の数と、少ない量でもすぐに届ける体制にある。小ロットで色数の多い高級衣料は、国内外で一定の生産が残るとみて、そこに力を入れている。社員は連結で 346 人、うちアジアが 199 人と、生産の重心はすでに海外に移りつつある。
本業のほかに、持ち合いの銀行株からの配当が毎年入る。三井住友フィナンシャルグループの株だけで 19 億円あり、その配当が純損失を小さくしている。
利益の振れは小さいが、赤字の幅も縮まっていない。
優良さと弱いところ
優良さは、老舗のブランドと色の品ぞろえに残る。縫い糸は布の色に合わせて何百色もそろえる必要があり、すぐに届けられる在庫と物流の網は一朝一夕には作れない。家庭用のミシン糸では、手芸店の棚に長く並んできた名前がある。
だが堀、つまり他社がまねできない強みは細くなった。工場向けの糸は、イギリスのコーツのような世界の大手と、中国の作り手が安く大量に供給する。国内の縫製工場が海外へ移るほど、日本の作り手の出番は減る。原料と人件費の値上がりを値段に移しきれず、営業利益率は過去 12 年で最高でも 1.6% にとどまる。
資本の使い方も物足りない。自己資本 98 億円のうち、半分近くが現金と銀行株で、事業に使われていない。それが ROE をマイナス圏に押し下げている。
経営は堅実で、借金をせず配当を守ってきた。だがその堅実さが、縮む事業に資本を寝かせたままにしている。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
日本の縫製業は、長く海外へ移り続けてきた。衣料品の 9 割以上が輸入になり、国内で縫う工場は高級品や小ロットの品に限られる。縫い糸の国内の需要もそれに沿って細っている。最近はインバウンドの衣料の需要が落ち着き、節約志向も強い。原油高でポリエステルの原料も上がった。
アジアでも、縫製の重心は中国からベトナムやバングラデシュへ移っている。中国の拠点は仕事が減り、ベトナムで新しい顧客を探す必要がある。世界の工場向けの縫い糸では、イギリスのコーツが最大手で、ドイツのアマンや中国の大手が続く。フジックスの規模はその足元にも及ばない。
家庭の手芸は、趣味として根強い人気があるが、作り手の高齢化で大きくは伸びない。10 年の中立では、国内の糸の数量は 4 分の 1 減り、アジアは横ばい、値段は物価にやや届かないと見る。
値段の面でも分は悪い。ポリエステルの原料は原油に連動し、染料や電気代も上がる。工場向けの糸は世界の大手と競うので、値上げを言い出しにくい。手芸の糸は値上げが通りやすいが、売上に占める割合は大きくない。
国内の縫い糸の作り手は、ほかにも数社あるが、いずれも規模は小さい。業界全体が縮む中で、合併や撤退が起きる可能性もある。
資本政策と M&A
配当は 1 株あたりの額を据え置く安定配当で、2026 年 3 月期の総額は 0.69 億円だった。赤字の年も減らさず、手元の資金から払ってきた。自社株買いの実績はほとんど無い。
持ち合いの株は上場分だけで 25 億円近い。三井住友フィナンシャルグループ、京都フィナンシャルグループ、滋賀銀行と、ほとんどが取引銀行の株だ。毎年保有の当否を見直し、基準に合わない株は速やかに減らす方針を掲げるが、売る額の計画は無い。
大株主の筆頭は創業家の資産会社とみられる FJ 興産で、持株は 11.5% だ。会社を丸ごと売る話は出ていないが、資産の厚さを考えれば、創業家による買い取りや他社からの提案が起きても不思議はない。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
値段は持っている資産の半分にすぎない。現金 24 億円と銀行株 25 億円で、時価総額のほぼ 2 倍がある。借金は無く、つぶれる心配はまず無い。どんな筋書きでも、この資産が底を支える。
本業の赤字も、止める手立てはある。会社は生産体制と業務を抜本的に見直すと明言し、経常損失の解消を最優先に掲げた。国内の工場を絞り、ベトナムとタイに生産を寄せれば、固定費は大きく下がる。小ロットで色数の多い高級衣料向けの糸は、国内外で一定の需要が残る。家庭のミシン糸には長年のブランドもある。
さらに、資本市場の目は厳しくなっている。東京証券取引所は資本コストを意識した経営を求め、持ち合い株を減らす流れは止まらない。銀行株を売って配当や自社株買いに回すか、創業家が会社ごと買い取るか。どちらでも、株主は今の値段を大きく上回る額を受け取れる。
縫い糸は衣料の原価に占める割合が小さく、品質と色の安定のほうが重んじられる。値上げの余地は見た目より大きい。
慎重な見方
資産の厚さは、株主の手に届かなければ意味が無い。銀行株は取引の関係で持っており、売る額の計画は無い。創業家の資産会社が筆頭株主で、自社株買いもしない。少数株主には、この資産の使い道を決める力が無い。
本業は 5 期続けて営業赤字で、過去 12 年で営業利益率が 2% を超えた年は一度も無い。国内の縫製工場は海外へ移り続け、糸の数量は細る一方だ。海外ではコーツや中国の大手と値段で勝負できない。体制の見直しは何度も言われてきたが、数字はまだ出ていない。
配当は赤字のまま払い続けており、手元の現金は少しずつ減る。赤字が 10 年続けば、厚い資産も目減りする。資産が厚いうちに配るか、事業を畳む決断ができない限り、時間は株主の敵になる。
銀行株の価値も一つの銘柄に偏っている。三井住友フィナンシャルグループの株が下がれば、資産の厚さはすぐに目減りする。本業が稼げないまま資産の値打ちも揺れる会社に、帳簿の値段を払う理由は無い。
どちらに重みを置いたか
慎重な見方のほうが強い。資産の厚さは本物だが、それが株主に戻る道筋が見えない。本業の赤字を止める具体的な数字もまだ無い。確率は中立を最も重くし、悲観側を楽観側より厚くした。創業家による買い取りや資産の還元は楽観の筋書きに含め、中立には入れていない。資産の厚さは悲観の筋書きでも下を支えるので、悲観の確率は過度に上げていない。それでも、株主に戻らない資産には大きな値打ちを付けない。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 1,700 円23 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 468 円6 億円)。 今の値に割り戻すと 1,022 円14 億円、今との差 −42.1%、 期待の年率 +2.1%(資本コスト 9.0%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 10% | 3,821 円53 億円 | 581 円8 億円 | +149.3% | +9.6% | 440 円6 億円 |
| やや楽観 | 18% | 2,499 円34 億円 | 509 円7 億円 | +70.3% | +5.5% | 541 円7 億円 |
| 中立 | 40% | 1,388 円19 億円 | 501 円7 億円 | +7.0% | +0.7% | 756 円10 億円 |
| やや悲観 | 22% | 1,068 円15 億円 | 436 円6 億円 | −14.8% | −1.6% | 331 円5 億円 |
| 悲観 | 10% | 783 円11 億円 | 218 円3 億円 | −43.3% | −5.5% | 100 円1 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,700 円23 億円 | 468 円6 億円 | +22.8% | +2.1% | 2,168 円30 億円 |
今の株価時価総額 1,766 円24 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 9.0% を下回るほど割高。
楽観 10% 立て直しが実を結び、資産も株主に戻る 利益 4 億円 · PER 11.1 倍 · 株価時価総額 3,821 円53 億円
国内の工場を絞り込み、ベトナムとタイへ生産を寄せる見直しが実を結ぶ。小ロットで色数の多い高級衣料向けの糸と、手芸の糸の値上げが通り、日本の営業利益率は 5% まで戻る。アジアでは中国からベトナムへ移る縫製工場を追いかけ、数量が 4 割増える。黒字が続けば、会社は持ち合いの銀行株を売り、配当を増やす余裕も生まれる。現金と銀行株で時価総額を上回る資産を持つ会社なので、創業家が株を買い取って上場をやめる道も、この筋書きには含まれる。それでも事業の利益率は資本コストに届かない。株主に戻る額も、今の 2 倍近くに増える。資産の厚さが、ようやく株主の値打ちに変わる。
- 日本:数量 740(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.07(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 51 億円・営業利益 3 億円。740 × 単価 0.0688(今の 1.38 倍)、営業利益率 5.0%
- アジア:数量 1,060(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.02(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 21 億円・営業利益 1 億円。1060 × 単価 0.0195(今の 1.3 倍)、営業利益率 5.0%
倍率:事業の純利益 3 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 4.1% が k 9.00% 以下。ためた利益は投じた額より値が低いので伸びは数えず、稼ぐ力の値 PER = 1÷(k−g)(g=0) = 11.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 11.1 倍 + 余った現金(戻り方込み)15 億円。全体の PER 11.11 倍、時価総額 53 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:生産体制の見直しで黒字に戻り、さらに持ち合い株の縮減と還元の強化か、創業家による買い取りのどれかが起きる筋書き。どれも会社の実績はまだ無いので 1 割にとどめた。
やや楽観 18% 赤字を脱し、細いが黒字を保つ 利益 2 億円 · PER 11.1 倍 · 株価時価総額 2,499 円34 億円
生産と販売の体制を組み替え、日本の赤字が消える。糸の数量は国内の縫製の縮小で 2 割減るが、値上げと工場の稼働の改善で、利益率は 2〜3% に戻る。アジアはベトナムで顧客を増やし、数量が 2 割ほど増える。営業利益は 2 億円近くになり、銀行株の配当と現金の利息を足して、純利益は 2 億円台に乗る。配当は今の額を保ち、積み上がる現金は少しずつ増える。自己資本の利益率は 2% 台で、資本コストには遠い。ただ、体制の見直しで浮いた利益は、まず工場の更新と海外の拠点に回る。株主にとっては、赤字が止まることそのものが最大の改善になる。
- 日本:数量 700(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.07(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 47 億円・営業利益 1 億円。700 × 単価 0.0668(今の 1.34 倍)、営業利益率 2.5%
- アジア:数量 910(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.02(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 17 億円・営業利益 1 億円。910 × 単価 0.0192(今の 1.28 倍)、営業利益率 3.0%
倍率:事業の純利益 2 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 2.5% が k 9.00% 以下。ためた利益は投じた額より値が低いので伸びは数えず、稼ぐ力の値 PER = 1÷(k−g)(g=0) = 11.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 11.1 倍 + 余った現金(戻り方込み)12 億円。全体の PER 11.11 倍、時価総額 34 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:経常損失の解消は会社が掲げる最優先の課題で、手を打つ余地は大きい。ただ過去 10 年で黒字の年は少なく、中立より軽い重みにとどめた。
中立 40% 事業はとんとん、配当は手元の資金から 利益 1 億円 · PER 11.1 倍 · 株価時価総額 1,388 円19 億円
国内の縫製工場は減り続け、日本の糸の数量は 10 年で 4 分の 1 減る。会社は工場と人員を絞り、日本の赤字をほぼ消すが、利益は出ない。アジアは中国の落ち込みをベトナムで埋め、数量は今と同じに保つ。営業利益はほぼゼロで、純利益は銀行株の配当と現金の利息でかろうじて 1 億円に届く。配当は今の額を続けるが、利益では賄えず、手元の現金から払う。現金は 10 年で 3 分の 1 ほど減り、自己資本も少しずつ細る。事業は残るが、株主の財産を増やす力は無い。大きな失敗も成功も無い姿だ。会社は残り続けるが、株主の取り分は少しずつ薄くなる。
- 日本:数量 650(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.06(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 42 億円・営業利益 0 億円。650 × 単価 0.0648(今の 1.3 倍)、営業利益率 0.0%
- アジア:数量 760(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.02(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 14 億円・営業利益 0 億円。760 × 単価 0.0188(今の 1.25 倍)、営業利益率 1.5%
倍率:事業の純利益 1 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 1.2% が k 9.00% 以下。ためた利益は投じた額より値が低いので伸びは数えず、稼ぐ力の値 PER = 1÷(k−g)(g=0) = 11.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 11.1 倍 + 余った現金(戻り方込み)8 億円。全体の PER 11.11 倍、時価総額 19 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:国内の縫製が海外へ移る流れは止まらず、会社の手は赤字を止めるところまでというのが今の延長だ。最も重く置いた。
やや悲観 22% 赤字が続き、現金が細っていく 利益 0 億円 · PBR 0.2 倍 · 株価時価総額 1,068 円15 億円
体制の見直しが追いつかず、国内の工場の稼働は落ち続ける。日本の糸の数量は 3 割強減り、原料の値上がりを値段に移しきれない。アジアも中国の縫製の縮小に押され、数量が 15% 減る。営業赤字は年 1 億円強で続き、銀行株の配当でようやく純利益がゼロ近くに戻る。それでも会社は配当を保ち、現金は 10 年でほとんど消える。残るのは銀行株と在庫、土地だが、創業家が筆頭株主の会社では、それが株主に配られる保証はない。体制の見直しは何度も繰り返され、そのたびに工場の閉鎖や人員の整理の費用だけがかかる。数年に一度の特別損失が、自己資本を少しずつ削る。
- 日本:数量 590(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.06(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 37 億円・営業利益 −1 億円。590 × 単価 0.0623(今の 1.25 倍)、営業利益率 -3.0%
- アジア:数量 650(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.02(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 12 億円・営業利益 0 億円。650 × 単価 0.018(今の 1.2 倍)、営業利益率 -1.0%
倍率:純利益がほぼゼロなので PER では測らない。稼ぐ力は床にならず、床は余った現金 4.5 億円と銀行株の税後約 18 億円の合計に戻り方を掛けた約 14.5 億円。今の自己資本 98 億円に PBR 0.15 倍を掛け、その床に合わせた。
確率:営業赤字は 2022 年 3 月期から 5 期続いており、見直しが効かなければこの形が続く。中立の半分強の重みを置いた。
悲観 10% 縫い糸の仕事が細り、資産を食いつぶす 利益 −1 億円 · PBR 0.1 倍 · 株価時価総額 783 円11 億円
国内の縫製工場の廃業が加速し、日本の糸の数量は 10 年で 45% 減る。アジアでは中国の作り手の安い糸に押され、数量が 4 割減る。工場の固定費を落としきれず、営業赤字は年 2 億円台で続く。会社は赤字の穴埋めに銀行株を売り、配当も減らす。10 年後に残るのは縮んだ縫い糸の事業と、目減りした資産だ。創業家の支配が続く限り、資産の残りを少数株主が受け取る道は細い。縫い糸の事業は、国内の一部の高級品と手芸だけを残す小さな姿になる。社員の高齢化で色合わせの技能も失われ、立て直しの道はさらに細る。株主に残るのは、配当の減った細い流れだけだ。
- 日本:数量 480(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.06(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 29 億円・営業利益 −2 億円。480 × 単価 0.0598(今の 1.2 倍)、営業利益率 -7.0%
- アジア:数量 460(糸の販売量(トン・推定))× 価格 0.02(1 トンあたりの売上(億円・名目))→ 売上 8 億円・営業利益 0 億円。460 × 単価 0.0173(今の 1.15 倍)、営業利益率 -5.0%
倍率:赤字なので PER は使えない。床は 10 年後に残る現金約 5 億円と、値下がりした銀行株の税後約 14 億円の合計に、赤字の穴埋めに使われる分を考えて戻り方 0.55 を掛けた約 10.5 億円。今の自己資本 98 億円に PBR 0.11 倍を掛けた。
確率:国内の縫製の縮小と中国勢の安い糸が重なる筋書き。現金と銀行株の厚さが下を支えるので、悲観の確率は 1 割にとどめた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
日本
国内の縫製工場・刺しゅう業者向けの糸と、家庭用のミシン糸・手芸の糸。
| 数量糸の販売量(トン・推定) | 価格1 トンあたりの売上(億円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 870 | 0.05 | 43 | −2 |
| 10 年後 中立 | 650 | 0.06 | 42 | 0 |
取り方:販売量の開示は無いので、工場向けと手芸向けを合わせた平均単価を 1 トンあたり約 0.05 億円と置き、セグメント売上 43.34 億円から年 870 トンと推定した(推定)。数量は実質、物価は単価に入れる。
アジア
中国・香港・ベトナム・タイの縫製工場向けの糸。
| 数量糸の販売量(トン・推定) | 価格1 トンあたりの売上(億円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 760 | 0.02 | 11 | 0 |
| 10 年後 中立 | 760 | 0.02 | 14 | 0 |
取り方:販売量の開示は無いので、工場向けの汎用の糸が中心とみて平均単価を 1 トンあたり約 0.015 億円と置き、売上 11.41 億円から年 760 トンと推定した(推定)。
リスクと懸念
国内の縫製工場の縮小
衣料品の 9 割以上が輸入になり、国内で縫う工場は減り続けている。売上の 8 割を占める日本の糸の数量は、この流れに沿って細る。高級品や小ロットの品が残るとしても、全体の減りを止めるほどではない。
赤字が資産を食う
営業赤字は 5 期続いており、会社は赤字でも配当を払い続けている。赤字が 10 年続けば、現金は大きく目減りする。資産の厚さは、時間とともに薄れていく。
資産が株主に戻らない
現金と銀行株で時価総額のほぼ 2 倍を持つが、売る計画も自社株買いも無い。創業家の資産会社が筆頭株主で、少数株主が資産の使い道を決めることはできない。
銀行株の値下がり
持ち合い株の 8 割近くが三井住友フィナンシャルグループの株だ。銀行株が大きく下がれば、自己資本も配当の収入も同時に減る。資産の価値が一つの銘柄に偏っている。
海外の大手と中国勢との競争
工場向けの縫い糸では、イギリスのコーツや中国の大手が安く大量に供給する。アジアの拠点は中国からベトナムへ移る縫製工場を追いかける必要があり、顧客を取り損ねれば数量はさらに減る。
人の高齢化と技能の継承
提出会社の社員の平均年齢は 52 歳、勤続は 23 年だ。染色や色合わせの技能を持つ人が辞めれば、色の品ぞろえという強みも細る。
今後の分かれ目
- 銀行株を売る額と、その使い道(配当・自社株買い)を数字で示したら
- 株主に戻る資産が見えるので、売る分を税後で価値に足し、戻り方を引き上げる。
- 営業黒字に戻り、2 年続いたら
- 体制の見直しが実を結んだとみて、やや楽観の筋書きの重みを上げる。
- 創業家や他社が株の買い取りを提案したら
- 資産が株主に戻る道が開けたとみて、楽観の筋書きに近いとみる。
- 営業赤字が年 3 億円を超えたら
- 資産を食う速さが上がったとみて、悲観側の筋書きに重みを移す。
- 配当を減らしたら
- 手元の資金を守りに入ったとみて、戻り方を引き下げる。
見ておくもの
- 日本セグメントの営業損益
- ベトナムとタイの売上
- 持ち合い株の売却額
- 現金の残高と配当の総額
- 大株主の顔ぶれの変化
倍率と資本コストの決め方
倍率は ROE が k 9% を下回るので 1÷k の 10.8 倍を上限とし、楽観〜中立はその約 9 割に置いた。余った現金は現金 24 億円から運転の手元 6 億円を引いた 18 億円とし、筋書きごとに赤字・配当で増減させ、戻り方 0.75 を掛けて足した。銀行株は配当を利益に残すので価値に足さず、悲観の床だけに税後で数えた。今の PBR 0.2 倍台は見て比べただけで、倍率の根拠にしていない。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 9.8→11.11 倍・やや楽観 PER 9.5→11.11 倍・中立 PER 9.5→11.11 倍)。
資本コスト 9.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% + quality 1.75%。赤字は続くが無借金で現金が厚く、存続の懸念は無いので上乗せはしない。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 9.25% → 9.50%。