結論
第一三共は、がん細胞に薬を運ぶ抗体薬物複合体(ADC)の技術 DXd で稼ぐ会社だ。看板のエンハーツは、日本以外の利益をアストラゼネカ(AZ)と折半する。
筆者の結論は、10 年の価値は今の時価総額とほぼ釣り合い、「適正」。理由は、これから来るエンハーツの山と、その後の崖を、倍率ではなく利益そのものに書いたことだ。
2025 年度のエンハーツの売上は 8,195 億円で、全社の約 4 割を占める。ただし売上総利益の半分は AZ に出ていくので、第一三共の取り分は売上の約 6 割だ。今期も売上は伸びるが、コア営業利益は 3,600 億円で据え置きの計画になっている。売れるほど分配と研究開発費が増えるからだ。
筆者の中立は、エンハーツが 2031 年度ごろにピークをつけ、2033 年度ごろから特許切れと次世代の競合で落ちる筋書きだ。10 年後は、その崖を越えたあとの利益で測る。数量を 4.8 万人年、1 人年あたりの取り分を物価の伸びの 7 割強に置いた。
後継のダトロウェイとメルク提携の 3 品が、その穴をどこまで埋めるか。ここが評価の分かれ目だ。当たれば利益は今の 2 倍を超え、外れれば今の水準を割り込む。幅の広い会社である。
資本コストは 7.25%。倍率は式で出した上限の 9 割にそろえた。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の目で見る第一三共は、山と崖が同居する会社だ。
事業の本質は、DXd という技術で大手の販売網を借りながら、利益を分け合って稼ぐ形にある。堀は広い。ただし利益の稼ぎ頭であるエンハーツには、2030 年代前半に期限が来る。10 年後も存在する事業かと問われれば、答えは「創薬の力が次の薬を生み続ければ、はい」になる。
オーナー利益、つまり再投資を引いた後の株主の取り分を考えると、研究開発費が売上の 2 割を超える点が重い。しかも山の途中でも、売上が伸びた今期のコア営業利益は据え置きだ。AZ・メルクへの分配が増えるからだ。
筆者は、崖を倍率で割り引くやり方をやめた。山の高さと崖の深さを、品目ごとの数量と取り分で利益に書くほうが誠実だと考える。そのうえで倍率は、成長と資本効率から決まる式のままに置いた。
安全域は大きくない。当たりの筋書きを足し合わせても、今の値段との差は 1 割に届かない。治験の外れが重なる筋書きでは、価値は大きく下がる。
何で稼ぐ会社か
稼ぎ方は、薬を売る事業と、技術を大手に貸して利益を分け合う事業の合わせ技だ。
中心はエンハーツ(HER2 を狙う乳がん・胃がん・肺がんの薬)。2019 年に AZ と組み、日本以外は開発費も利益も折半する。米国では第一三共が売上を総額で計上し、AZ へ払う分配は販管費に入る。日本は第一三共が単独で売る。2 つ目のダトロウェイ(TROP2 を狙う乳がん・肺がんの薬)も AZ との同じ形だ。
3 つ目は 2023 年のメルクとの提携。HER3・B7-H3・CDH6 を狙う 3 品を、日本以外で費用も利益も折半する。第一三共が売上を総額で計上し、日本はメルクに売上の 5% を払う。契約金はすでに受け取り、売上に応じた支払いが最大で 1 品あたり 55 億ドルある。
もう一つの柱が既存事業だ。国内(リクシアナ、タリージェ、ワクチンなど)が売上の約 2 割、欧州・アジア・米国の注射剤・ヘルスケアが残りを占める。国内の薬は毎年の薬価改定で値段が下がる。2025 年度の売上は全社で 2 兆 1,230 億円、研究開発費は 4,621 億円と売上の 2 割を超える。
優良さと弱いところ
堀、つまり他社がまねできない強みは、DXd という 1 つの技術から複数の薬を作れる点にある。HER2 のエンハーツ、TROP2 のダトロウェイと、標的の違う 2 つの薬を実際に世界の大型薬に育てた。AZ とメルクという世界最大級の 2 社が組んだことも、技術の評価を裏づける。
弱みは、利益が 1 品に偏る点だ。エンハーツは売上の約 4 割で、利益への寄与はさらに大きい。2025 年のメルク提携品(HER3 を狙う薬)が、全生存期間の優位性を示せず米国の申請を取り下げた。技術は万能ではない。
経営の資本の使い方は、2008 年のランバクシー買収で約 2,800 億円を失った後、大型買収に頼らず自社創薬と導出に絞っている。この規律は評価できる。
資本効率は、提携の利益折半で縛られる。売上が伸びても取り分は約 6 割にとどまる。研究開発費も売上の 2 割を超える。筆者は、ROE が 16% 台と高く見えるのは、特許の山の途中にいる今だけの姿だと見る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
がん治療薬の世界は、ADC に資金と人が集まっている。HER2 ではロシュのカドサイラが置き換えられつつあり、次の世代として二重特異性の HER2 薬や、中国勢の似た構造の ADC が追う。TROP2 ではギリアドのトロデルビが先行し、メルク自身も別の TROP2 薬を持つ。
エンハーツには時間の制約がある。米国で生物薬に与えられるデータ独占の 12 年は、2019 年末の承認から数えて 2031 年末に切れる。物質特許の満了時期は確かめられなかったので、筆者は 2033 年度ごろから競合の浸透と後続品が効き始めると置く。ADC の後続品は作りにくく、落ち方は低分子薬より緩やかだと見る。
国内では毎年の薬価改定が続き、リクシアナは 2028 年末に物質特許が切れる。年間販売額が 1,500 億円を超える品目として、薬価の特例の対象にもなった。
米国の薬価交渉(IRA)が、2030 年代前半から大型の生物薬に及ぶ点も無視できない。エンハーツはその対象になりうる。
国内市場そのものは、薬価ベースで 2024 年度に 11 兆 4,874 億円と過去最高を更新した。それでも既存薬の単価は毎年下がり、量の増加と新薬の高い単価がそれを補う綱引きが続く。第一三共の既存事業は、この綱引きの中にある。
資本政策と M&A
還元は厚い。累進配当を基本に、調整後の株主資本配当率(DOE)10% 以上を目標にしている。2025 年度は増配し、今期も増配の予定だ。自社株買いも 2025 年 5 月から約 3,145 万株を取得し、2026 年 6 月に消却する。
財務は純現金で、自己資本比率は 4 割を超える。2025 年度は製造委託先への損失補償などで約 1,500 億円の一過性の費用が出たが、財務の体力は揺らいでいない。
買収は慎重だ。2008 年のランバクシー(約 4,900 億円)は 2014 年の売却で約 2,800 億円の損失になった。以後は自社創薬と、AZ・メルクへの導出に資本を集中している。
支配株主はいない。10 年以内に TOB を受ける確率は、外部の試算で 16% ほどある。時価総額が大きく、買う側が限られる点を筆者は割り引いて見る。
今後の論点は、エンハーツの山で得た現金をどこに回すかだ。研究開発の厚みを保つか、株主に戻すか。ここで規律が試される。
10年の還元は、株主資本配当率10%以上の方針どおり。純利益の合計は山を通るぶん直線より大きく、実際の還元性向は6割ほど。
還元の点検(P3 2026-10-19):DOE10%以上の方針(平均自己資本の10%×10年)と一致し、直さず。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
DXd は 1 つの標的の成功で終わらない。HER2 のエンハーツに続き、TROP2 のダトロウェイも承認を得て、技術の再現性は証明済みだ。AZ とメルクが合計で数兆円規模の契約を結んだことが、その評価を裏づける。
エンハーツはまだ山の手前にいる。2026 年に米国で早期乳がんでも承認され、1 次治療や胃がん・肺がんで対象が広がる。会社はがん領域の売上を 2031 年度に 2 兆 3,000 億円へ倍増させる計画で、その中心線は無理筋ではない。
崖の深さは見かけより浅い。ADC は後続品が作りにくく、先行薬の優位が長持ちしやすい。しかも後継のダトロウェイと、メルク提携のイフィナタマブ デルクステカン(B7-H3)やラルドタマブ デルクステカン(CDH6)が育てば、エンハーツの落ち込みは吸収できる。1 つが外れても技術基盤は揺らがない。メルクからの売上に応じた支払い(1 品最大 55 億ドル)は、ここに含めていない上振れだ。
慎重な見方
利益の山を作るのはエンハーツ 1 品で、その期限は見えている。米国のデータ独占は 2031 年末に切れ、物質特許も 2030 年代半ばまでには切れる。競合は二重特異性の HER2 薬や、中国発の似た構造の ADC と、すでに複数ある。
分配の構造も重い。売上が 1 割伸びても、取り分は売上総利益の半分を AZ に払った後の約 6 割だ。今期はそれが数字に出ており、売上が伸びてもコア営業利益は 3,600 億円で据え置きの計画になった。研究開発費は売上の 2 割を超えて続く。
後継は不確かだ。2025 年に HER3 を狙う薬の申請取り下げがあり、第 3 相という最終関門でも外れうると分かった。TROP2 にはトロデルビの先行があり、メルクの別の TROP2 薬もある。メルク提携の 3 品は、費用も利益も折半だ。当たっても取り分は半分になる。
国内ではリクシアナが 2028 年末に特許切れを迎え、薬価も毎年下がる。利益を支える既存事業が細る時期と、エンハーツの崖が重なれば、10 年後の利益は今の水準を割る。
どちらに重みを置いたか
中立の 10 年後は、エンハーツが山を越えて下りに入り、ダトロウェイとメルク提携の後継品がその穴を埋めきれない形だ。利益は今よりやや多い水準にとどまる。
強気の言い分は、技術の再現性と、ADC の後続品が作りにくい点で説得力がある。弱気の言い分は、特許の期限と分配の重さ、そして後継品の実績の薄さで強い。筆者は、崖の時期と深さの不確かさが大きい分、確率を中立に厚く置き、楽観に 12%、やや楽観に 23% を割いた。
確率で重みづけた価値は、今の時価総額を 1 割に届かない幅で上回る。山の高さを信じる筋書きの厚みで支えられた「適正」であり、安全域が厚いわけではない。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 2,896 円5.27 兆円(+ 配当配当と自社株買いの合計 1,328 円2.42 兆円)。 今の値に割り戻すと 2,374 円4.32 兆円、今との差 −16.3%、 期待の年率 +4.1%(資本コスト 7.2%)→ やや割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 12% | 8,927 円16.25 兆円 | 1,866 円3.40 兆円 | +280.5% | +14.3% | 1,295 円2.36 兆円 |
| やや楽観 | 23% | 4,584 円8.34 兆円 | 1,588 円2.89 兆円 | +117.6% | +8.1% | 1,420 円2.58 兆円 |
| 中立 | 35% | 1,475 円2.68 兆円 | 1,304 円2.37 兆円 | −2.0% | −0.2% | 972 円1.77 兆円 |
| やや悲観 | 20% | 961 円1.75 兆円 | 1,022 円1.86 兆円 | −30.1% | −3.5% | 397 円7,219 億円 |
| 悲観 | 10% | 626 円1.14 兆円 | 779 円1.42 兆円 | −50.4% | −6.8% | 141 円2,559 億円 |
| 加重平均 | 100% | 2,896 円5.27 兆円 | 1,328 円2.42 兆円 | +48.9% | +4.1% | 4,224 円7.69 兆円 |
今の株価時価総額 2,837 円5.16 兆円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.2% を下回るほど割高。
楽観 12% エンハーツの山が長く続き、後継の 3 品も当たる 利益 7,800 億円 · PER 20.7 倍 · 株価時価総額 8,927 円16.25 兆円
エンハーツは早期乳がんや 1 次治療に広がり、独占も 2035 年度まで保たれて、10 年後も山の高いところにいる。ダトロウェイは肺がんの 1 次治療で標準治療に入り、トロデルビと市場を分け合う。メルク提携のイフィナタマブ デルクステカン(B7-H3)とラルドタマブ デルクステカン(CDH6)が承認され、別の標的の薬も続く。後継品が大きな柱になり、エンハーツの崖の前にその穴は埋まる。国内ではリクシアナの谷を、海外の既存薬とヘルスケアが補う。研究開発費は売上に合わせて膨らみ(セグメント外の費用は今の 5,640 億円から 7,560 億円へ、物価の伸び以上)、それでも純利益は 7,800 億円規模まで増える。会社が掲げるがん領域売上 2 兆 3,000 億円の計画を、大きく超える展開だ。
- エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 6.2(世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算))× 価格 1,510(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 9,363 億円・営業利益 5,243 億円。独占が 2035 年度まで延び、早期乳がんなどで山が高く長い
- ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 2.4(世界の治療人年(万人年))× 価格 2,782(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 6,676 億円・営業利益 2,804 億円。肺がん 1 次治療などで標準治療に
- 後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代):数量 2.8(世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値))× 価格 2,418(1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 6,769 億円・営業利益 2,708 億円。B7-H3・CDH6 が承認され複数が大型化
- 既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他):数量 98.0(販売数量の指数(2026 年度=100))× 価格 1.12(単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均))→ 売上 13,626 億円・営業利益 5,723 億円。ヘルスケアと海外が国内の薬価下げを補う
倍率:事業の純利益 7,800 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 20.1% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 13.7%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 20.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 20.7 倍。全体の PER 20.73 倍、時価総額 161,688 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:エンハーツの独占が延びる、ダトロウェイが標準治療になる、メルク提携の複数が当たる、の 3 つが同時に必要で、同じ領域の楽観(10〜13%)と同じ程度に 12% とした。
やや楽観 23% エンハーツの崖は緩やかで、後継が育つ 利益 4,482 億円 · PER 18.6 倍 · 株価時価総額 4,584 円8.34 兆円
エンハーツは 2034 年度ごろから競合が浸透するが、落ち方は緩やかで、10 年後も取り分は今の約 1.5 倍を保つ。ただし 1 人年あたりの取り分は、次世代薬や後続品、米国の薬価交渉の影響で、物価の伸びには届かない。ダトロウェイは乳がん・肺がんで主力の一角になり、メルク提携の 3 品のうち 1〜2 品が承認されて大型化する。国内のリクシアナの谷は、海外の既存薬と他の薬が部分的に補う。研究開発費は売上に合わせて物価の伸び以上に増え(セグメント外の費用は 7,560 億円)、AZ・メルクへの分配も重いが、純利益は 4,500 億円規模に伸びる。10 年間の純利益の合計は、山を通る分だけ直線より大きい。会社の計画線に近く、崖を後継の成長で越える筋書きだ。
- エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 5.5(世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算))× 価格 1,346(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 7,403 億円・営業利益 3,998 億円。崖の入りは 2034 年度、競合の浸透は緩やか
- ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 1.8(世界の治療人年(万人年))× 価格 2,724(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 4,904 億円・営業利益 1,863 億円。乳がん・肺がんで主力の一角に
- 後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代):数量 1.9(世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値))× 価格 2,368(1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 4,499 億円・営業利益 1,485 億円。1〜2 品が承認され大型化
- 既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他):数量 94.0(販売数量の指数(2026 年度=100))× 価格 1.10(単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均))→ 売上 12,836 億円・営業利益 5,134 億円。リクシアナの谷を海外が部分的に補う
倍率:事業の純利益 4,482 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 14.3% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.8%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 18.6 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 18.6 倍。全体の PER 18.62 倍、時価総額 83,449 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:会社の計画線(がん領域 2 兆 3,000 億円)に近く、崖が緩やかで後継が育つ筋書き。同じ領域のやや楽観(20〜25%)の上側に 23% を置いた。
中立 35% 中立:エンハーツは崖を越え、後継がその穴を部分的に埋める 利益 1,896 億円 · PER 14.2 倍 · 株価時価総額 1,475 円2.68 兆円
エンハーツは 2031 年度ごろに山をつけたあと、2033 年度ごろから次世代の HER2 薬と後続品に押されて数量も価格も落ちる。10 年後はその崖を越えた水準で、取り分は山の約 6 割まで下がり、1 人年あたりの取り分も物価の伸びに届かない(競合の値引きと米国の薬価交渉を見込む)。ダトロウェイはトロデルビなど先行薬と分け合いながら主力の一角に育ち、価格は競争で物価並みには上がらない。メルク提携の 3 品も一部が承認されるが、後継品の合計はエンハーツの落ち込みの一部しか埋められない。国内ではリクシアナの特許切れが重なる。研究開発費は売上の伸び(約 1.36 倍)に合わせて増え、セグメント外の費用は今の 5,640 億円から物価の 1.34 倍の 7,560 億円になる。営業利益は 1,800 億円規模、純利益は 1,900 億円規模にとどまる。10 年間の純利益の合計は、山を通る分だけ直線より大きい。
- エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 4.8(世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算))× 価格 1,182(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 5,673 億円・営業利益 2,837 億円。2033 年度ごろから次世代競合と後続品で数量・価格が落ち、崖の後の水準
- ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 1.3(世界の治療人年(万人年))× 価格 2,638(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 3,430 億円・営業利益 1,132 億円。トロデルビなど先行薬と分け合い、主力の一角
- 後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代):数量 1.2(世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値))× 価格 2,492(1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 2,991 億円・営業利益 808 億円。一部が承認され、成功確率を掛けた期待値
- 既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他):数量 90.0(販売数量の指数(2026 年度=100))× 価格 1.08(単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均))→ 売上 12,066 億円・営業利益 4,585 億円。リクシアナの国内の谷を、海外と他の薬が部分的に補う
倍率:事業の純利益 1,896 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 7.6% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 7.4%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.2 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.2 倍。全体の PER 14.16 倍、時価総額 26,843 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:崖の時期は確かめられず幅が大きい。後継の実績が薄いこととエンハーツ以外の事業の安定を合わせ、中立に 35% と厚めに置いた。
やや悲観 20% 崖が早く来て、後継が育たない 利益 1,431 億円 · PER 11.1 倍 · 株価時価総額 961 円1.75 兆円
エンハーツは 2032 年度から後続品と次世代の HER2 薬が急速に浸透し、10 年後の取り分は山の 4 割ほどに落ちる。価格も大きく下がる。ダトロウェイは先行薬に押されて育たず、メルク提携の 3 品も治験の外れが続く(すでに HER3 の薬は申請を取り下げた)。リクシアナの谷は深く、国内の薬価も下がり続ける。会社は研究開発費を大きく絞って利益を守ろうとするが、後継の芽を細らせて次の谷を深くする。優良な創薬会社から、普通の製薬会社へ近づく。10 年間の純利益の合計は、山を通る分だけ直線より大きい。
- エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 3.6(世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算))× 価格 985(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 3,546 億円・営業利益 1,489 億円。2032 年度から後続品と次世代薬が急速に浸透
- ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 0.7(世界の治療人年(万人年))× 価格 2,437(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 1,706 億円・営業利益 375 億円。先行薬に押され育たない
- 後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代):数量 0.5(世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値))× 価格 2,393(1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 1,196 億円・営業利益 96 億円。治験の外れが続き、ほぼ育たない
- 既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他):数量 82.0(販売数量の指数(2026 年度=100))× 価格 1.02(単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均))→ 売上 10,383 億円・営業利益 3,323 億円。リクシアナの谷が深く、薬価も下がり続ける
倍率:事業の ROE 5.2% が k 7.25% 以下なので、正当化 PER は 1÷k=14.8 倍が上限(ためた利益は額面未満)。後継が育たず創薬の優位を失う構造的な負けの筋書きなので、上限の 7.5 割の 11.1 倍に置いた。
確率:後継の治験が外れる実例(HER3)がすでにあり、崖が早まる可能性もある。同じ領域の 20〜24% と同程度の 20%。
悲観 10% 崖と治験の外れが重なり、創薬力を失う 利益 320 億円 · PBR 0.7 倍 · 株価時価総額 626 円1.14 兆円
エンハーツは次世代の HER2 薬に主導権を奪われ、10 年後の取り分は山の 2 割ほどまで急落する。価格も後続品との競争で大きく下がる。ダトロウェイは売上が出ても分配後の利益はほとんど残らず、メルク提携の大半は外れて費用だけが残る。リクシアナの置き換えも早く、国内の既存薬の収益性は大きく下がる。研究開発費を絞っても利益はほぼ出ない。DXd の技術に疑問が向き、創薬会社としての評価は外れる。配当は急には減らせないため、10 年間の還元は純利益の合計に近く、手元の現金で賄う。残るのは、純現金と、安定して売れる既存事業の価値である。
- エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 2.4(世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算))× 価格 788(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 1,891 億円・営業利益 567 億円。次世代薬に主導権を奪われ急落
- ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半):数量 0.3(世界の治療人年(万人年))× 価格 2,294(1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 688 億円・営業利益 34 億円。売上は伸びても分配後の利益はほぼ出ない
- 後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代):数量 0.2(世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値))× 価格 2,293(1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目))→ 売上 344 億円・営業利益 −103 億円。大半が外れ、費用だけ残る
- 既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他):数量 72.0(販売数量の指数(2026 年度=100))× 価格 0.95(単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均))→ 売上 8,491 億円・営業利益 2,378 億円。後発品への置き換えが早く進む
倍率:純利益 320 億円では稼ぐ力(純利益÷k で約 4,700 億円)に値が付かない。純現金と売れる既存事業の税後(11,400 億円・今の自己資本 16,840 億円の約 0.68 倍)が大きい方なので、そちらで置いた。
確率:エンハーツが次世代薬に主導権を奪われ、後継の大半も外れる複合の筋書き。創薬力の後退は起きにくいが、起きれば深いので 10%。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
エンハーツ(HER2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半)
HER2 陽性の乳がん・胃がん・肺がんなどに使う ADC。2019 年に AZ と組み、日本以外は開発費も利益も折半。米国では第一三共が売上を総額で計上する。
| 数量世界の治療人年(万人年・1 人が 1 年分の薬を使った数に換算) | 価格1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 4.0 | 1,225 | 4,900 | 2,700 |
| 10 年後 中立 | 4.8 | 1,182 | 5,673 | 2,837 |
取り方:2025 年度の計上売上は 8,195 億円。日本以外の売上総利益の半分を AZ に払い(販管費に入る)、この分配を推定 3,300 億円と置いて、取り分を約 4,900 億円(総額の約 6 割)とした。治療人年は、1 人年あたりの総額を約 2,050 万円(米国は 1 回 3 週ごとの高い薬価、米国以外は低く、世界の平均として推定)と置いて 4.0 万人年。営業利益は取り分から原価(総額の約 15%)と販売費を引いた約 2,700 億円で、研究開発費は別建て。分配の額は決算書に出ていないため推定で、ここが数字の一番の不確かさ。
ダトロウェイ(TROP2 の ADC・AZ と日本以外の利益を折半)
乳がん・肺がんなどに使う ADC。エンハーツと同じ AZ との折半の形。2025 年に乳がんで承認。
| 数量世界の治療人年(万人年) | 価格1 万人年あたりの第一三共の取り分(AZ への分配を引いた後、億円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 0.2 | 2,140 | 342 | 30 |
| 10 年後 中立 | 1.3 | 2,638 | 3,430 | 1,132 |
取り方:2025 年度の計上売上は 561 億円(累計の処方は約 4,900 人)。分配を差し引いた取り分を約 6 割の 342 億円とした。治療人年は 1 人年あたり約 3,450 万円(米国の薬価から推定)で 0.16 万人年。立ち上げ期で販売費が先行するため、営業利益はほぼゼロ。
後継の DXd ADC(メルク提携の 3 品・自社の次世代)
メルクと 2023 年に提携した HER3・B7-H3・CDH6 の 3 品と、自社の次世代 ADC。日本以外は費用も利益も折半し、第一三共が売上を総額で計上。日本は第一三共が単独で、メルクに売上の 5% を払う。
| 数量世界の治療人年(万人年・開発の成功確率を掛けた期待値) | 価格1 万人年あたりの第一三共の取り分(メルクへの分配を引いた後、億円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 0.0 | 1,860 | 37 | −50 |
| 10 年後 中立 | 1.2 | 2,492 | 2,991 | 808 |
取り方:まだ大半が開発中で、売上はごく小さい。治療人年は成功確率を掛けた期待値で置く(第 3 相の成功を約 6 割、申請中を約 9 割とみる業種ノートの目安)。1 人年あたりの総額は約 3,000 万円(B7-H3・CDH6 の薬は短期間の治療が中心)と置き、取り分は約 6 割。売上に応じた最大 55 億ドル/品の支払いは、時期が読めないため入れていない(保守側)。営業利益は立ち上げ前の費用で赤字。
既存事業(国内・欧州・アジア・米国注射剤・ヘルスケア・その他)
リクシアナ(抗凝固薬)・タリージェ・ワクチンなどの国内、欧州・アジアの既存薬、米国の鉄剤などの注射剤、一般用医薬品。
| 数量販売数量の指数(2026 年度=100) | 価格単価の指数(2026 年度=1.0。国内の薬価下げと海外の値上がりの平均) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 100 | 1.00 | 12,414 | 5,540 |
| 10 年後 中立 | 90.0 | 1.08 | 12,066 | 4,585 |
取り方:全社の計上売上 21,230 億円から、エンハーツ 8,195 億円・ダトロウェイ 561 億円・後継品の取り分に当たる約 60 億円を引いた残りの約 12,400 億円。営業利益は、全社のコア営業利益 3,600 億円に研究開発費 4,621 億円を戻した 8,220 億円から、ADC 3 つの貢献を引いた約 5,540 億円。国内(ジャパン 4,858 億円。うちリクシアナ約 1,400 億円)が約 4 割、欧州 2,766 億円などが残り。
リスクと懸念
エンハーツの崖の時期と深さ
米国のデータ独占は 2031 年末に切れるが、物質特許の満了は確かめられていない。次世代の HER2 薬や中国発の似た ADC の浸透が早まれば、筋書きの山は低く、落ち込みは早く来る。利益の稼ぎ頭が 1 品に偏る分、ここが最大の不確かさだ。
売れるほど分配が増える構造
エンハーツ・ダトロウェイは日本以外の売上総利益の半分を AZ に払い、メルク提携品は費用も利益も折半する。売上が伸びても取り分は約 6 割にとどまり、今期のコア営業利益は売上が伸びても据え置きの計画になった。提携条件の見直しも、取り分を変えうる。
後継品の治験と競争
2025 年に HER3 を狙う薬が全生存期間の優位性を示せず、米国の申請を取り下げた。B7-H3 の薬にはアムジェンのイムデルトラ、TROP2 にはトロデルビという先行薬がある。後継品が当たらなければ、エンハーツの穴は埋まらない。
国内薬価とリクシアナの特許切れ
リクシアナは 2028 年末に物質特許が切れ、国内で後発品への置き換えが進む。年間販売額 1,500 億円超の品目として薬価の特例も受けた。毎年の薬価改定も重なり、利益を支える既存事業が細る時期と、エンハーツの崖が近づく時期が重なる恐れがある。
米国の薬価交渉(IRA)
大型の生物薬は、承認から十数年で米国の薬価交渉の対象になりうる。エンハーツの対象時期は 2030 年代前半と推定される。交渉価格は特許切れに先立って取り分を押し下げ、筋書きの価格を物価の伸びより低く置いた理由の 1 つになっている。
研究開発費の重さ
研究開発費は売上の 2 割を超える。2026 年 7 月にはメルクとの契約が改定され、一部の開発費をメルクが単独で負う形が加わった。費用を絞れば後継品の厚みが減り、続ければ利益が出にくい。山の高さを活かせるかは、この配分にかかる。
資本配分の規律
2008 年のランバクシー買収で約 2,800 億円を失った経験がある。エンハーツの山で現金が積み上がる時期に、特許切れの穴を埋めようと大型買収に走れば、同じ失敗を繰り返す恐れがある。
今後の分かれ目
- エンハーツの米欧の特許訴訟や後続品の承認で、満了時期が 2033 年度より前だと確定したら
- エンハーツの落ち込みを前倒しし、やや悲観・悲観の確率を上げる。
- エンハーツの特許延長や新しい適応・皮下注などで、実質の独占が 2035 年度以降に延びたら
- 楽観・やや楽観の確率を上げ、エンハーツの数量を上方修正する。
- B7-H3 の薬または CDH6 の薬が大型の承認を得て、メルクの売上に応じた支払いが発生したら
- 後継品セグメントの数量を引き上げ、楽観側に重みを移す。
- ダトロウェイが肺がんの 1 次治療などで標準治療になったら
- ダトロウェイの数量を上方修正する。トロデルビやメルクの TROP2 薬に押されたら下方修正する。
- リクシアナの後発品が国内で発売され、薬価・数量が想定より速く落ちたら
- 既存事業の利益率を下方修正し、崖が重なる筋書きの確率を上げる。
- 米国の薬価交渉でエンハーツが対象に選ばれ、交渉価格が示されたら
- エンハーツの価格の落ち込みを前倒しする。
- 会社が大型買収を発表したら
- 価格と狙いを見て、資本配分の評価と悲観側の確率を見直す。
見ておくもの
- エンハーツの四半期売上と、日本以外の利益分配(販管費)の伸び
- エンハーツの特許・データ独占の期限、後続品や次世代の HER2 薬の承認状況
- ダトロウェイと、メルク提携品(B7-H3・CDH6・HER3)の第 3 相の結果と承認
- リクシアナの国内の後発品の発売時期と、薬価改定の動き
- コア営業利益の推移(会社は 2030 年度に 6,000 億円超を計画)
倍率と資本コストの決め方
セグメントは品目ごとに数量(治療人年)× 取り分の価格で積み、AZ・メルクへの分配は価格の中で引いた。エンハーツの崖は倍率でなく、2033 年度ごろからの数量・価格の落ち込みとして利益に書いた。倍率は正当化 PER の上限(g は k−3.5% の 3.25%、残る割合は普通の 1/2)の 9 割に中立・やや楽観・楽観をそろえ、やや悲観は構造的な負けとして 7.5 割、悲観は純現金と売れる事業の税後から置いた。今・過去・同業の PER や PBR は使っていない。中外(k 6.5%)との差は値決め力の −0.25% の差だけ。結論に寄せて確率を置いていないか、同じ領域の確率配分(楽観 10〜13%・やや楽観 20〜25%)と照らして点検した。自己資本は「今+純利益−還元」で流した。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 19.39→20.73 倍・やや楽観 PER 17.75→18.62 倍・中立 PER 14.03→14.16 倍)。
資本コスト 7.2% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。