結論
エーザイは売上の柱をレンビマ(がん、米メルクと利益折半)からレケンビ(早期アルツハイマー病、米バイオジェンと利益折半)へ移しつつある会社で、2025年度の売上収益8,254億円のうち、レンビマが3,425億円と依然最大、レケンビは880億円(前年の約2倍)、不眠症のデエビゴが643億円で続く。2026年に日本・米国・中国で承認された皮下注(週1回・自己注射可能)と血液バイオマーカーによる確定診断の普及が、これまで2週に1回の点滴通院が中心だったレケンビの処方拡大を後押しする局面に入った。一方でレンビマは、米国の特許訴訟・和解で後発品の参入が2030年前後まで先送りされたものの、2030年代に入れば段階的に後発品が参入し、2036年にはほぼ独占期間が尽きる。この崖がレケンビの成長と重なる10年が、本質価値を決める。
結果、中立は 10 年後に ROE 7.9%・PER 11.3 倍で時価総額約 5,931 億円(それまでの還元約 6,900 億円は別)。研究開発費(今 1,597 億円)を売上比 19% のまま 1,860 億円に置くと、レケンビがレンビマの崖を埋めても営業利益は 730 億円ほどにとどまる。確率で重みづけた本質価値は今の時価総額(約 13,897 億円)より -37%、「割高」。今の PER 36 倍は、レケンビの急加速をやや先取りしつつ、レンビマの崖を 10 年かけて越える前提でも、安全域のない値段である。資本コストは基本 7.5% に quality(循環 −0.5%・寿命 +1.0% で +0.5%)を足した 8.0%。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、エーザイはレケンビという世界で初めて早期アルツハイマー病の病理に介入する薬剤を実用化した創薬力を持ちながら、その利益の半分をバイオジェンに渡し、もう一つの柱レンビマの利益も半分をメルクに渡す構造で、オーナー利益(株主に残る取り分)は売上の規模感より小さいことをまず押さえる必要がある。稼いだ利益の大半を研究開発に再投資しているが、ROEが資本コスト8.0%を下回る状態が続いており、再投資が株主価値を増やしているとまだ言い切れない。
堀については、レケンビの先行者優位(点滴から皮下注への移行、血液検査の普及)は評価できるが、イーライリリーのドナネマブという有効性で明確に劣らない競合がすでに市場に存在し、10年後も優位が続くと確信を持って言えるほどの強さではない。レンビマは特許訴訟の和解で崖を数年先送りできた経営の交渉力は評価できるが、崖そのものが消えたわけではない。安全域という最後の判断軸では、今のPER36倍は、レケンビの急加速をほぼ満額で先取りしたうえ、10年かけてレンビマの崖を越える前提を置いても、確率を重みづけた価値は今の値段を大きく下回り、安全域は無い、とバリュー投資の観点では見える。
何で稼ぐ会社か
エーザイの収益は大きく3つの柱からなる。最大はがん領域の経口マルチキナーゼ阻害剤「レンビマ」(レンバチニブ)で、2025年度の売上は3,425億円。甲状腺がん・腎細胞がん(キイトルーダとの併用)・子宮体がんなど複数の適応を持ち、2018年に米メルクとがん領域で全世界提携を結び、エーザイが売上を計上する一方、開発費・販促費・利益は両社で折半する。2つ目は早期アルツハイマー病治療薬「レケンビ」(レカネマブ)で、抗アミロイドβプロトフィブリル抗体として2023年に米国でフル承認。米バイオジェンと共同開発・共同販促し、損益を折半する。2025年度の売上は880億円(米国446・日本244・中国124億円)で前年の約2倍に伸び、2026年には週1回・自己注射可能な皮下注製剤「レケンビ皮下注(LEQEMBI IQLIK)」が日米中で承認され、これまで必要だった通院点滴の負担を大きく下げた。血液バイオマーカーによる確定診断の普及も処方医の拡大を後押ししている。3つ目は不眠症治療薬「デエビゴ」(レンボレキサント)で、売上643億円と着実に成長している。
これら3製品以外は、国内の既存薬(長期収載品を含む)や中国・アジアなどの販売で構成され、国内は薬価制度の下で既存薬の単価が毎年の薬価改定で下がり続ける一方、高齢化による処方件数の自然増がこれを部分的に相殺する構造にある。研究開発は認知症領域(レケンビの後継候補を含む)とがん領域に重点を置き、売上収益に対する研究開発費の比率は医薬品業種の中でも高い水準にある。
優良さと弱いところ
堀の中心は、レケンビという世界で初めて早期アルツハイマー病の病理そのものに介入する薬剤を実用化した創薬力と、バイオジェン・メルクという大手と損益を折半しながら世界展開できる提携モデルにある。提携相手の販売網・資本力を使うことで、単独で世界展開するより少ない自己負担で大型薬を育てられる点は強みになる。一方でROEは2026年3月期に4.3%と資本コスト(7.75%)を下回る状態が続いており、長年の研究開発投資がレケンビの収益化に先行して重荷になっている。
価格を決める力は限られる。国内は薬価制度に従うだけで、レンビマ・レケンビともに米国の薬価交渉制度(IRA)の運用強化の影響を受ける。最大の弱点は、売上の柱がレンビマとレケンビという2つの大型品に集中していることで、レンビマは特許訴訟の和解で後発品参入を2030年前後まで先送りできたが、永久に守れるわけではない。レケンビもイーライリリーのドナネマブ(ケサンラ)という有効性・安全性で明確な優劣のない競合と、投与方法の使いやすさで競う段階に入っている。経営は内藤晴夫氏が1988年の社長就任以来、2014年からCEOとして長期にわたり続けており、経営の継続性と裏腹に権限集中・後継の論点が残る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
国内医療用医薬品市場は薬価ベースで2024年度に11兆4,874億円と過去最高を更新したが、既存薬の単価は毎年の薬価改定で下がり続けるのが構造で、高齢化による量の緩やかな増加と新薬の高単価でこれをカバーする綱引きが続く。世界のアルツハイマー病治療薬市場は2030年に約92億ドル規模まで伸びるとの予測があり、レケンビは2030年までの累計売上が129億ドル規模に達するとの見方もあるブロックバスター候補である。ただしイーライリリーのドナネマブ(ケサンラ)が約1年前に発売され、作用機序(可溶性プロトフィブリルか不溶性凝集体か)に違いはあるものの有効性・安全性に明確な優劣はなく、競争は投与方法の使いやすさ(レケンビ・ドナネマブとも皮下注・週1回化が進む)に移っている。診断面では血液バイオマーカーの普及が、これまで高コストだった脳画像検査・脳脊髄液検査に代わる確定診断の入口を広げ、市場全体の裾野を広げる方向に働く。
がん領域では、レンビマが甲状腺がん・腎細胞がん・子宮体がんで地位を保つが、同じ国内大手の第一三共が抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」で世界的な評価を得ているように、モダリティ間の技術競争が激しくなっている。レンビマの米国特許は、Shilpa Medicareとの訴訟で2036年2月まで独占が確定し、サン・ファーマ・ドクター・レディーズ・トレントとは2030年6月末までの和解が成立しており、当初想定されていた2026年前後の崖は2030年前後〜2036年に後ろ倒しされている。それでも2030年代に入れば段階的な後発品参入は避けられず、レケンビ・デエビゴでこの谷をどれだけ埋められるかが10年の分かれ目になる。競合は国内では武田薬品工業・アステラス製薬・第一三共・中外製薬などの大手新薬各社、グローバルでは米メルク・イーライリリー・バイオジェンなどと提携しつつ競う構図である。
資本政策と M&A
配当方針は連結業績・DOE(自己資本配当率、8%程度を基準)・フリーキャッシュフローを総合的に勘案した安定配当で、株主優待は実施せず現金配当に一本化している。配当は2020年3月期の増配以降、基本的に据え置きで推移しており、自己株買いは市場環境や資本効率に応じて適宜実施する機動的な位置づけにとどまる。
M&Aは2008年の米MGIファーマ買収(がん領域・米国販売基盤の強化)が代表例で、その後は大型買収よりもバイオジェン・メルクとのアライアンス(損益折半)で大型品を育てる手法を選んでいる。レケンビ・レンビマともに自社単独で世界展開するより資本負担が小さい一方、利益の半分を提携先に渡す構造でもある。政策保有株や不動産の含み益は僅少で、純現金(純有利子負債は-593億円)を保つ健全な財務が、レケンビの立ち上がりが遅れても配当を維持できる土台になっている。今後、レンビマの崖が近づけば、研究開発投資と株主還元のどちらを優先するかの資本配分の規律が問われる場面が出てくる。
10年の還元は、株主資本配当率8%程度の基準に沿う。中立の8,000億円は、平均自己資本に対する8%(約7,300億円)に自社株買いを少し足した水準。
見直し(費用点検):セグメントの外の費用(実質は研究開発費。今 1,597 億円)が中立で 839 億円(-47%)に減っていたが、削減の根拠が無かった。研究開発費は売上比 19% のまま、中立 1,860 億円(楽観 2,400・やや楽観 2,210・やや悲観 870・悲観 490)に直し、純利益・還元(DOE8% 基準)・自己資本・倍率へ流した。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
レケンビは2026年の皮下注承認(週1回・自己注射可能)と血液バイオマーカーの普及で、これまで点滴通院が障壁になっていた処方拡大の制約が一気に外れる局面にある。日本では承認から1年で約6,800人に投与され、米国・中国でも皮下注が承認され、2026年度第1四半期のグローバル売上は293億円と前年から急伸しており、中期計画が掲げる2028年度3,000億円という目標は、皮下注と血液検査の普及速度次第で十分に射程に入る。ドナネマブとの競争も、有効性・安全性に明確な優劣がない以上、先行者優位(2年早い発売、皮下注の同時開発)を保てる余地が大きい。
レンビマも、Shilpa・サン・ファーマ・ドクター・レディーズ・トレントとの一連の訴訟・和解で後発品の参入を2030年前後まで実質的に先送りでき、その間に新規適応の追加や新興国展開で売上をさらに積み上げる時間を得た。デエビゴも世界展開で着実に伸びており、3本柱が同時に伸びれば、2028年度のコア営業利益900億円という目標を上回り、10年後にはレケンビが1兆円規模のピークセールスに届く可能性すらある。メルク・バイオジェンという大手と損益を折半する提携モデルは、単独で世界展開するより資本効率が高く、ROEは利益の積み上がりとともに資本コストを明確に上回る水準に戻る。
慎重な見方
レケンビの売上は、過去にも会社自身が目標を下方修正した経緯があり(ある時点の年度目標を500億円規模から250〜280億円規模へ下方修正)、皮下注と血液検査が本当に処方の壁を壊すかはまだ実績が薄い。ドナネマブは有効性・安全性で明確に劣らない競合として既に発売されており、投与方法の差(皮下注化)も両剤が追いかけ合っている以上、先行者優位は時間とともに薄れる。収益の半分はバイオジェンに渡るため、売上が伸びても株主に残る取り分は見た目より小さい。
レンビマは訴訟・和解で崖を数年先送りしたに過ぎず、2030年前後から段階的に後発品が参入し、2036年には独占期間そのものが尽きる。低分子の経口剤は後発品参入後の売上の落ち方が速く、レケンビがその谷を埋めきれなければ、研究開発費の重さだけが残る。実際に2026年3月期のROEは4.3%と資本コスト7.75%を下回り、報告営業利益も一時金の影響で前期比19%減となるなど、収益の質はまだ脆い。内藤晴夫氏が1988年の社長就任以来、長期にわたり経営を主導する体制は継続性の裏返しとしての権限集中・後継リスクも抱える。今のPER36倍という値段は、レケンビが計画どおり、かつドナネマブに対して優位を保ち続けるという相当楽観的な前提をすでに払っている。
どちらに重みを置いたか
レケンビの皮下注・血液検査による処方拡大の勢いと、レンビマの崖を数年先送りできた交渉力には説得力がある一方、過去に自らの目標を下方修正した実績と、ドナネマブとの優劣のない競争、利益の半分が提携先に渡る構造という慎重な見方も的を射ている。製品ごとに積み上げると、10年後の中立はレケンビがレンビマの崖をおおむね埋め、研究開発費を売上比のまま置くと営業利益は 730 億円ほどで、今の値段を大きく下回る(割高)。確率は中立を中心に、過去の下方修正の経緯を踏まえてやや悲観側を厚めに置いた。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 4,455 円1.26 兆円(+ 配当配当と自社株買いの合計 2,119 円5,984 億円)。 今の値に割り戻すと 3,506 円9,902 億円、今との差 −30.7%、 期待の年率 +2.7%(資本コスト 8.0%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 10% | 17,679 円4.99 兆円 | 3,682 円1.04 兆円 | +322.6% | +15.5% | 2,136 円6,034 億円 |
| やや楽観 | 22% | 7,355 円2.08 兆円 | 2,864 円8,090 億円 | +102.2% | +7.3% | 2,248 円6,351 億円 |
| 中立 | 33% | 2,323 円6,561 億円 | 2,436 円6,880 億円 | −5.9% | −0.6% | 1,570 円4,436 億円 |
| やや悲観 | 23% | 891 円2,517 億円 | 1,062 円3,000 億円 | −61.4% | −9.1% | 449 円1,269 億円 |
| 悲観 | 12% | 815 円2,301 億円 | 602 円1,700 億円 | −72.0% | −11.9% | 170 円480 億円 |
| 加重平均 | 100% | 4,455 円1.26 兆円 | 2,119 円5,984 億円 | +30.0% | +2.7% | 6,574 円1.86 兆円 |
今の株価時価総額 5,055 円1.43 兆円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 8.0% を下回るほど割高。
楽観 10% レケンビが世界的な柱に育ち、レンビマの崖を乗り越える 利益 2,826 億円 · PER 17.7 倍 · 株価時価総額 17,679 円4.99 兆円
レケンビは皮下注と血液検査の普及で早期アルツハイマー病治療の標準治療の一つとなり、ドナネマブとの競争の中でも先行者優位を保って2035年度の世界売上は1兆円規模に達する。レンビマは2030年前後からの段階的な後発品参入と2036年の独占期限切れでシェアが縮むが、新規適応・新興国展開がこれを一部補う。デエビゴも世界展開で成長を続け、3本柱の伸びが崖を上回ることで、コア営業利益は3,900億円規模、ROEは19%台まで回復する10年になる。研究開発投資を積み増しながらも、株主還元は配当・自社株買いの両方で大きく積み上がる。
- レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病):数量 20.0(世界の治療患者数(万人、推定))× 価格 560(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 11,200 億円・営業利益 4,704 億円。世界的な柱に育つ
- レンビマ(レンバチニブ、がん):数量 7.5(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 300(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 2,250 億円・営業利益 788 億円。新規適応で崖の落ち方が緩やか
- デエビゴ(レンボレキサント、不眠症):数量 380(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 4.70(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,786 億円・営業利益 625 億円。世界展開で成長継続
- 国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等):数量 260(処方患者数(万人、推定))× 価格 10(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 2,600 億円・営業利益 208 億円。薬価改定下でも底堅い
倍率:事業の純利益 2,826 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 19.3% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 13.6%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 17.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 17.7 倍。全体の PER 17.67 倍、時価総額 49,935 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:レケンビの大型化とレンビマの崖への対応が同時にうまくいく必要があり、確度は1割程度にとどまる。
やや楽観 22% レケンビがレンビマの崖をおおむね埋める 利益 1,308 億円 · PER 15.9 倍 · 株価時価総額 7,355 円2.08 兆円
レケンビはドナネマブとの競争を経ながらも早期アルツハイマー病治療薬の有力な一つとして定着し、皮下注・血液検査の普及で診断から治療開始までの距離が縮まり、2035年度の世界売上は7,800億円規模まで伸びる。レンビマは2030年前後からの後発品参入で単価・患者数とも徐々に縮むが、新規適応・新興国展開で落ち方は緩やかになる。デエビゴの世界展開も加わり、コア営業利益は1,800億円規模、ROEは14%まで回復し、研究開発投資と株主還元を両立できる10年になる。国内既存薬は薬価改定で縮むが、全体の成長を損なうほどではない。
- レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病):数量 15.0(世界の治療患者数(万人、推定))× 価格 520(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 7,800 億円・営業利益 2,964 億円。有力な治療薬として定着
- レンビマ(レンバチニブ、がん):数量 6.0(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 250(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,500 億円・営業利益 450 億円。崖の落ち方は緩やか
- デエビゴ(レンボレキサント、不眠症):数量 320(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 4.40(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,408 億円・営業利益 451 億円。世界展開で成長
- 国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等):数量 240(処方患者数(万人、推定))× 価格 9.60(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 2,304 億円・営業利益 161 億円。薬価改定で緩やかに縮小
倍率:事業の純利益 1,308 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 14.0% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 11.0%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.9 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.9 倍。全体の PER 15.89 倍、時価総額 20,776 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:レケンビの承認済みの伸びが、レンビマの崖をおおむね埋める上側の筋書きで2割強を置いた。
中立 33% 特許崖をロイヤルティと新薬でおおむね埋める 利益 525 億円 · PER 12.5 倍 · 株価時価総額 2,323 円6,561 億円
レケンビはドナネマブとの競争で市場の一部を分け合いながらも、皮下注・血液検査の普及で診断・治療開始の壁が下がり、2035年度の世界売上は5,760億円規模まで伸びる。レンビマは2030年前後から段階的に後発品が参入し、2036年の独占期限切れも近づいて売上はピーク時の2割強まで縮むが、レケンビの伸びがこれをおおむね埋める。デエビゴも緩やかに成長するが、国内既存薬は薬価改定で縮み続ける。研究開発費は売上比のまま物価で増え(今1,597億円から1,860億円)、営業利益は730億円規模、ROEは8%弱にとどまり、資本コストにわずかに届かない「普通の」評価に収まる10年になる。
- レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病):数量 12.0(世界の治療患者数(万人、推定))× 価格 480(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 5,760 億円・営業利益 2,016 億円。ドナネマブと市場を分け合う
- レンビマ(レンバチニブ、がん):数量 4.0(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 190(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 760 億円・営業利益 152 億円。崖でピークの2割強に縮小
- デエビゴ(レンボレキサント、不眠症):数量 260(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 4.10(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,066 億円・営業利益 298 億円。緩やかに成長
- 国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等):数量 220(処方患者数(万人、推定))× 価格 9.30(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 2,046 億円・営業利益 123 億円。薬価改定で縮小継続
倍率:事業の純利益 525 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 7.9% が k 8.00% 以下。ためた利益は投じた額より値が低いので伸びは数えず、稼ぐ力の値 PER = 1÷(k−g)(g=0) = 12.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 12.5 倍。全体の PER 12.5 倍、時価総額 6,561 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:レンビマの崖を、レケンビの承認済みの伸びでおおむね埋める中心の筋書き。
やや悲観 23% 崖を埋めきれない 利益 156 億円 · PBR 0.3 倍 · 株価時価総額 891 円2,517 億円
レケンビはドナネマブに市場の過半を奪われ、血液バイオマーカーで診断は広がっても治療開始への転換が鈍く、2035年度の世界売上は3,440億円規模にとどまる。レンビマは想定より速いペースで後発品が浸透し、2036年の独占期限切れも重なって売上の大半を失う。デエビゴの成長だけでは崖を埋めきれず、国内既存薬も薬価改定で縮み続け、営業利益は220億円規模、ROEは2%に満たない。研究開発費を870億円まで削って収益性を守る10年になり、市場はエーザイを成長株でなく特許崖のただ中にいる会社として見直す。配当は利益を上回る水準が続き、手元の純現金で一部を賄うため増配は止まり、10年の還元は純利益の合計の倍近くに膨らむ。
- レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病):数量 8.0(世界の治療患者数(万人、推定))× 価格 430(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 3,440 億円・営業利益 860 億円。ドナネマブに市場の過半を奪われる
- レンビマ(レンバチニブ、がん):数量 2.5(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 140(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 350 億円・営業利益 35 億円。後発品浸透で大半を失う
- デエビゴ(レンボレキサント、不眠症):数量 190(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 3.60(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 684 億円・営業利益 123 億円。成長は鈍化
- 国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等):数量 195(処方患者数(万人、推定))× 価格 8.80(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,716 億円・営業利益 69 億円。薬価改定で縮小継続
倍率:純利益は 156 億円まで細り(ROE 1.8%)、稼ぐ力(純利益÷k)では床の資産を下回る。純現金(約 590 億円)と売れる資産の税後で測った床を、今の自己資本 8,990 億円の 0.28 倍(約 2,500 億円)に置いた。
確率:開発・競争の両方で後手に回る筋書きで、レンビマのような小分子経口剤の後発品浸透の速さを踏まえ2割強を置いた。
悲観 12% レンビマの崖とレケンビの失速が重なる 利益 −212 億円 · PBR 0.3 倍 · 株価時価総額 815 円2,301 億円
レケンビに安全性の懸念やドナネマブへのシェア流出が重なり、2035年度の世界売上は1,520億円規模にとどまる。レンビマは2030年代の後発品参入と2036年の独占期限切れで売上の大半を失い、国内既存薬も薬価改定で縮み続ける。為替・IRAの悪材料も重なり海外事業全体が縮む構造的な負け筋で、研究開発費を490億円まで大きく削っても営業損益は赤字(約−290億円)で、ROEは資本コストを大きく下回ったまま10年を終える。配当は大きく削減し、純現金を守る防衛的な経営が続き、次の柱を欠いたまま10年を終える。
- レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病):数量 4.0(世界の治療患者数(万人、推定))× 価格 380(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,520 億円・営業利益 152 億円。安全性懸念とシェア流出
- レンビマ(レンバチニブ、がん):数量 1.2(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 90(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 108 億円・営業利益 2 億円。崖で大半を失う
- デエビゴ(レンボレキサント、不眠症):数量 120(世界の使用患者数(万人、推定))× 価格 3.00(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 360 億円・営業利益 29 億円。成長が止まる
- 国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等):数量 160(処方患者数(万人、推定))× 価格 8.00(患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目))→ 売上 1,280 億円・営業利益 13 億円。薬価改定で縮小継続
倍率:レンビマの崖とレケンビの失速が重なり、純利益は 108 億円にしかならないので、稼ぐ力(純利益 ÷ k で約 1,350 億円)では値が付かない。純現金と売れる権益の税後 2,300 億円(今の自己資本 8,990 億円の約 2 割 5 分)に置いた。
確率:医薬品需要は景気で消えないが、レンビマの崖とレケンビの失速が同時に来る構造的な負け筋として1割強を置いた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
レケンビ(レカネマブ、早期アルツハイマー病)
米バイオジェンと共同開発・共同販促する抗アミロイドβ抗体。損益(開発費・販促費・利益)を折半する契約。
| 数量世界の治療患者数(万人、推定) | 価格患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 2.0 | 440 | 880 | 40 |
| 10 年後 中立 | 12.0 | 480 | 5,760 | 2,016 |
取り方:2025年度(2026年3月期)のグローバル売上880億円(米国446・日本244・中国124億円)を、世界の治療患者2万人(推定。日本は承認から1年で約6,800人に投与)で割った。バイオジェンとは開発・薬事をエーザイがグローバルで主導し、損益を折半する契約。市場の大きさ:世界のアルツハイマー病治療薬市場は2030年に約92億ドル規模との予測があり、2026年に皮下注(週1回・自己注射可能)と血液バイオマーカーが日米中で承認され、点滴中心だった投与の負担が下がる段階に入った。立ち上がりの重さから営業利益率はまだ低い。
レンビマ(レンバチニブ、がん)
甲状腺がん・腎細胞がん(キイトルーダ併用)・子宮体がん等の経口マルチキナーゼ阻害剤。米メルクと利益折半。
| 数量世界の使用患者数(万人、推定) | 価格患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 9.0 | 381 | 3,425 | 1,541 |
| 10 年後 中立 | 4.0 | 190 | 760 | 152 |
取り方:2025年度の売上3,425億円を、世界の使用患者9万人(推定、甲状腺がん・腎細胞がん・子宮体がん等の合計)で割った。2018年の米メルクとの戦略的提携で、エーザイが売上を計上し開発費・販促費・利益を折半する(契約は2036年まで)。米国の特許訴訟ではShilpa Medicareに勝訴し独占期限2036年2月を確定、サン・ファーマ・ドクター・レディーズ・トレントとは2030年6月末までの和解が成立しており、当初想定されていた2026年前後の崖は後ろ倒しされている。
デエビゴ(レンボレキサント、不眠症)
オレキシン受容体拮抗薬の不眠症治療薬。日米欧で展開。
| 数量世界の使用患者数(万人、推定) | 価格患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 170 | 3.78 | 643 | 193 |
| 10 年後 中立 | 260 | 4.10 | 1,066 | 298 |
取り方:2025年度の売上643億円を、世界の使用患者170万人(推定、慢性不眠症を中心に日米欧で処方)で割った。国内外で着実に処方が拡大している。
国内既存薬・その他(長期収載品・中国・アジア等)
レケンビ・レンビマ・デエビゴ以外の国内既存薬(長期収載品を含む)と中国・アジアなどの販売。
| 数量処方患者数(万人、推定) | 価格患者1人・1年あたりの売上(億円/万人、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 300 | 11 | 3,306 | 264 |
| 10 年後 中立 | 220 | 9.30 | 2,046 | 123 |
取り方:2025年度の売上収益8,254億円からレケンビ・レンビマ・デエビゴを除いた約3,306億円を、処方患者数300万人(推定)で割った。国内は薬価制度の下で既存薬の単価が毎年の薬価改定で下がり続ける一方、高齢化による処方件数の自然増がこれを部分的に相殺する。
リスクと懸念
ドナネマブとの競争
イーライリリーのドナネマブ(ケサンラ)は、作用機序(不溶性凝集体への結合)がレケンビ(可溶性プロトフィブリル)とわずかに異なるが有効性・安全性に明確な優劣はなく、皮下注・週1回化でも両剤が追いかけ合っており、先行者優位(発売が2年早い)が時間とともに薄れるリスクがある。
レンビマの特許崖
米国での特許訴訟・和解で後発品の参入を2030年前後まで先送りできたが、Shilpa Medicareとの訴訟勝訴による独占期限2036年2月を含め、2030年代に入れば段階的な後発品参入は避けられない。レンビマは現在もエーザイ最大の売上の柱であり、谷をレケンビ・デエビゴで埋めきれないリスクが残る。
レケンビの処方拡大の遅れ
レケンビは過去にも会社自身が年度の売上目標を下方修正した経緯があり、皮下注・血液バイオマーカーが期待どおりに処方医・患者の拡大につながらなければ、中期計画(2028年度3,000億円)を再び下回る可能性がある。アルツハイマー病治療薬特有の副作用(脳の浮腫・出血)への懸念が処方控えにつながる余地もある。
ROEが資本コストを下回る状態
2026年3月期のROEは4.3%で資本コスト7.75%を下回り、長年の研究開発投資がレケンビ・レンビマの収益化に先行して重荷になっている。中期計画のコア営業利益900億円が実現しなければ、資本コストを上回る収益性に戻るまでの期間がさらに延びる。
米国の薬価交渉制度(IRA)の運用強化
米国の薬価交渉制度(IRA)の運用強化が、レンビマ・レケンビいずれの売上・ロイヤルティの伸びにも影を落としかねない。国内の薬価制度見直し(中間年改定の継続かイノベーション評価の拡充か)の方向も既存薬の収益性を左右する構造的な要因として残る。
提携先(バイオジェン・メルク)との利益配分
レケンビ・レンビマともに損益を折半する提携のため、売上が伸びても株主に残る利益は見た目より小さい。提携の継続・条件変更やマイルストン収入の有無が、将来の収益の伸びを左右する。バイオジェン・メルク側の経営方針や資本配分の変化が、エーザイの意図しない形で収益構造に影響する可能性もある。
経営体制の長期化
内藤晴夫氏が1988年の社長就任以来、2014年からCEOとして長期にわたり経営を主導する体制は、経営の継続性と裏腹に権限の集中・後継者育成という論点を抱える。創業家に連なる経営体制が、研究開発と株主還元の資本配分の規律にどこまで外部の目を入れられるかという論点も残る。
今後の分かれ目
- レケンビの皮下注・血液バイオマーカーの普及で2027年以降の処方医・患者数が会社計画を上回ったら
- 楽観・やや楽観側の確率を上げ、2028年度3,000億円という中期目標の達成、さらにその先の1兆円規模のピークセールスも射程に入ると見てよい。
- ドナネマブ(ケサンラ)が投与方法の簡便さや安全性でレケンビに対して明確な優位を示したら
- レケンビのシェア前提を下方修正し、やや悲観・悲観側の確率を上げる。
- レンビマの米国後発品が2030年の和解期限より前に(訴訟の敗訴や新規後発品の参入で)市場に出たら
- レンビマの崖の前倒しを想定し、10年の筋書きを悲観側に寄せる。
- 2028年度の中期計画(売上1兆円・コア営業利益900億円)の進捗が決算ごとに計画を上回って推移したら
- やや楽観側の確率を上げ、10年後の筋書きを上方修正する。
- 米国のIRA運用強化でレンビマ・レケンビの価格・ロイヤルティの伸びが明確に鈍ったら
- やや悲観側に重みを移し、海外売上の成長前提を下方修正する。
- レケンビの後継候補や新規の自社創製パイプラインが大型化する承認を得たら
- 既存薬・その他セグメントの前提を上方修正し、10年の楽観側の確率を上げる。
- 内藤晴夫CEOの後継体制が明確に示され、資本配分の規律(研究開発と株主還元のバランス)が強化されたら
- ガバナンスの論点が後退し、倍率の質の評価を上向きに見直す材料になる。
見ておくもの
- レケンビのグローバル四半期売上と皮下注・血液バイオマーカーの処方への浸透度
- ドナネマブ(ケサンラ)の処方シェアと皮下注承認の進捗
- レンビマの米国後発品の参入時期(2030年6月の和解期限、2036年2月のShilpa独占期限)
- 2026年度以降の中期計画(2028年度売上1兆円・コア営業利益900億円)の進捗
- 米国IRAの運用とレンビマ・レケンビの価格・ロイヤルティへの影響
- 国内薬価制度見直し(中間年改定・イノベーション評価)の方向
- ROEが資本コスト7.75%を上回る水準まで回復するタイミング
倍率と資本コストの決め方
レケンビ・レンビマ・デエビゴの 3 製品を「患者数×1人あたりの売上」で積み、レンビマは米国の特許訴訟・和解で崖を 2030 年前後〜2036 年へ後ろ倒しし、崖の前の利益を残しつつ崖の後の利益率を下げて筋書きに反映した。レケンビは会社の中期計画(2028 年度売上 1 兆円・コア営業利益 900 億円)を「やや楽観」寄りに置き、中立は過去の下方修正の実績を踏まえて会社計画よりやや保守的に置いた。資本コストは基本 7.5% に quality +0.5% を足した 8.0%。倍率は利益ベースの正当化 PER の上限の 7.5 割(楽観・やや楽観)、中立は ROE が k をわずかに下回るので 1÷k の 9 割、やや悲観と悲観は純現金と売れる権益の税後(床)から置き、谷の PBR の床は使っていない。今の PER は見ずに決めた。総合の差は -37%(割高)。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.3→17.67 倍・やや楽観 PER 11.95→15.89 倍・中立 PER 11.3→12.5 倍)。
資本コスト 8.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。