結論
イーライリリーは、肥満・糖尿病のインクレチン薬(ムンジャロ・ゼップバウンド・2026 年 4 月に発売した飲み薬フォンダヨ)を柱に、がん(ベルゼニオ・ジャイパーカ・レトベモ)、免疫(タルツ・イブグリス・オムヴォー)、神経(アルツハイマー病薬キサンラ)を持つ世界最大級の製薬会社である。2025 年は売上 652 億ドル(前年比 +45%)、営業利益 297 億ドル(営業利益率 45.6%)、純利益 206 億ドル。2026 年は上半期の売上が 428 億ドル(+51%)で、通期予想を 850〜870 億ドルまで引き上げた。
事業の質は医薬でも例外的に高い。ムンジャロとゼップバウンドは 2 社寡占の市場で供給能力・臨床データ・販路を握り、粗利率は 86%。ただしバリュー投資の観点で見るべきは、成長の速さではなく持続の形である。数量は年 60% で伸びる一方、実現価格は 13% 下がっており、米国のメディケア取引(月 245 ドル)や現金払いの値下げ、中国での収載、セマグルチドの後発薬が価格を押し下げる。10 年後、利益の主役はまだインクレチン薬だが、チルゼパチドの特許は 2036 年前後に切れ始める。
数量 × 価格で積み上げると、10 年後の中立の筋書きは売上 1,840 億ドル・純利益 620 億ドル台と今の 3 倍になる。倍率は利益ベースの正当化 PER(10 年の中立で 20.4 倍。g 4.0%・k 8.0%)の 8 割、16.3 倍に置くと、10 年後の中立の時価総額は 1 兆 80 億ドルで、今(1 兆 1,300 億ドル)の約 0.9 倍にとどまる。ただし価格の下落と特許切れで、やや悲観と悲観の確率が合わせて 3 割台ある。確率で重みをつけ k 8% で割り引いた本質価値は今を約 4 割下回り、総合は「割高」。優れた事業だが、悲観では今の 1 割ほどまで落ちるので、安全域はない。
バリュー投資の観点から
バリュー投資家なら、まず 10 年後を問う。インクレチン薬はこの先 10 年も使われ、患者数は増える。堀は広がるというより、供給能力とデータで「当面は 2 強」の地位を保つ形で、事業が消える心配は小さい。
オーナー利益を見る。2025 年の純利益 206 億ドルに対し、フリーキャッシュフローは 90 億ドルと半分以下で、工場と運転資本に利益が吸われている。株主の手元に残る利益は今の時価総額の 1% 未満で、5% の無リスク金利と比べ、成長が 10 年続くことの前払いが大きい。
安全域の観点では、中立の筋書きでも 10 年後の時価総額は今の約 0.9 倍にとどまり、資本コスト 8% で割り引いて悲観側の確率を重ねると、本質価値は今の時価総額を約 4 割下回る。やや悲観と悲観を合わせた確率は 3〜 3.5 割ある。悲観の中身は景気ではなく、政策による価格の下落と、飲み薬・後発薬による価格の崩れである。経営は資本配分に誠実で信頼できるが、買収と工場投資の回収は 10 年先の価格次第。予測のしやすさは 5 年前より落ち、確信度は中。事業への確信は高いが、値段への確信は持てない。
何で稼ぐ会社か
売上の 56%(2025 年 365 億ドル)を占めるインクレチン薬は、GLP-1 と GIP の 2 つのホルモンに働く週 1 回の注射薬チルゼパチドで、糖尿病向けがムンジャロ、肥満・睡眠時無呼吸向けがゼップバウンド。2026 年 4 〜 6 月期はムンジャロが 99 億ドル(米 48・米国外 52)、ゼップバウンドが 49 億ドルで、売上の 65% を占める。米国は保険と現金払い(直販の LillyDirect、TrumpRx)、米国外は中国の公的保険収載で急増した。2026 年 4 月には飲み薬のフォンダヨ(オルフォルグリプロン)を発売し、2026 年 6 月期に 1 億ドルを売った。さらに GIP・GLP-1・グルカゴンの 3 つに働くレタトルチドは第 3 相試験が続けて成功し、2027 年 1 〜 3 月に米国で申請する。
既存の主力は、乳がん薬ベルゼニオ(年約 60 億ドル)、乾癬のタルツ、2 型糖尿病のトルリシティとジャディアンス(ベーリンガーインゲルハイムと共同)、インスリンのヒューマログ・ヒューマリンで、2025 年に合計で約 245 億ドル(推定)。これらは特許切れ、薬価交渉(IRA)、後発薬で 2026 年以降は横ばいから減少に入る。
成長品は、アトピー性皮膚炎のイブグリス、潰瘍性大腸炎のオムヴォー、血液がんのジャイパーカ、早期アルツハイマー病のキサンラ、乳がんのイムルネストなどで、合計 40 億ドル台からの立ち上がり。研究開発費は売上の 17%(2026 年 4 〜 6 月期に 38 億ドル)。2026 年は買収(オーナ、アヤックス、センテッサ、ケロニア、感染症 3 件、アタイベックレー)で開発中の新薬を急速に増やしている。
優良さと弱いところ
堀は 3 層。第 1 は供給能力で、注射器・ペン型・錠剤を大量に作れる製造網(インディアナなどに追加 45 億ドルを含む巨額の投資)を先に作り、需要の急増に応えられたこと。肥満薬は「作れる量」が売上を決め、ここで競合のノボ ノルディスクに差をつけた。第 2 は臨床データで、チルゼパチドは直接比較でセマグルチドより体重減少が大きく、レタトルチドは 3 つのホルモンで 25% 超の減量が報告されている。第 3 は販路で、米国の保険・直販・薬局を通じて処方される患者数が桁違いに多く、データも積み上がる。
資本効率は異常に高い。ROE は 78%(自己資本が小さいため)、営業利益率は 2025 年に 45.6%、粗利率は 86%。ただし ROE の高さは自己資本の薄さによるところが大きく、本質的な資本利益率は工場投資の増加で下がり気味である。経営はデイブ・リックス氏の下で、新薬の開発と巨額の製造投資を先に行い、買収は 10 億〜 数十億ドル規模の中型が中心で、価値を壊した大型買収は近年ない。
弱点は 3 つ。第 1 に利益が 1 つの薬効群に集中していること(売上の 6 割超が肥満・糖尿病)。第 2 に価格を決める力が政策に左右されること(メディケア・最恵国待遇・関税)。第 3 に特許の壁が薬効群全体では厚くない点で、飲み薬は小分子で後発・類似薬が作りやすく、セマグルチドは 2026 年に中国・インド・カナダで後発薬が可能になった。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
肥満・糖尿病治療薬の世界市場は、2026 年に利用者 約 3,000 万人 × 純価格 約 3,700 ドルで約 1,100 億ドル(業界ノートの推定)、中立の見通しでは 2029 年に 1,900 億ドル、2036 年に 2,500 億ドルで、数量は年 +14% だが純価格は年 −4.5% で下がる。市場の予測は下方修正が続き、ゴールドマン・サックスは 2030 年の肥満薬市場を 1,300 億ドルから 1,050 億ドルに、ジェフリーズは 800 億ドルまで下げた。
循環でいえば、数量の急成長期の序盤から中盤にいる。足元は数量が +60% で価格が −13%、つまり値下げしながら売る量で稼ぐ局面で、売上は 2030 年代前半まで伸びる余地があるが、利益率と 1 人あたり単価は下がる方向。2025 年 11 月の政府合意でメディケアが肥満薬を保険適用(2026 年 4 月から。政府価格 月 245 ドル、本人負担 50 ドル)、TrumpRx の現金価格はゼップバウンドが月 299〜449 ドル、フォンダヨが平均 346 ドルと決まり、価格の天井が見えた。
競争の相手は、ノボ ノルディスク(ウェゴビーの飲み薬は先に発売、カグリセマ)、アムジェン(マリタイド)、ファイザー(買収したメタセラ)、中国勢、さらにセマグルチドの後発薬。ノボの優位は薄れたが、リリーの市場シェアは 55〜60% が上限で、競争が増えるほど 1 人あたり単価は下がる。分かれ目は、飲み薬の浸透、保険の適用拡大(心血管・腎臓・睡眠時無呼吸)、レタトルチドの承認である。
資本政策と M&A
還元は配当を中心に、自社株買いは小さい。配当は 2026 年 4 〜 6 月期に四半期で 15% 増やし、2025 年は配当 54 億ドル・自社株買い 41 億ドル、株数は年 0.4% 減る程度で、株式報酬による増加を打ち消すだけの正味の還元は多くない。純有利子負債は 366 億ドル(時価総額比 3%)で、工場と買収に資金を回している。
M&A は、2020 年代以降、アヤックス・オーナ・センテッサ・ケロニアなど 10 億〜 数十億ドル級を連続して実施し、2026 年上半期に取得した開発中の薬の費用(IPR&D)は 4 〜 6 月期だけで 28 億ドルに達した。買収で価値を壊すリスクは小さいが、数が多く、肥満薬依存の分散が目的とみられる。リリーが買われる側になる可能性は時価総額 1.1 兆ドルで現実的でない。
今後の鍵は、製造への巨額投資(工場の稼働が需要に追いつくか)、成長のための研究買収の成功率、肥満薬の成長が鈍る局面で自社株買いを増やすか、である。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
肥満・糖尿病の薬を必要とする人は世界に 10 億人を超え、現在の利用者は 3,000 万人にすぎない。2026 年 4 〜 6 月期の数量は +60%、米国外は +113% で、中国の公的保険収載とメディケアの適用が始まったばかりである。リリーは供給能力で先行し、2026 年の売上予想を二度引き上げた(850〜870 億ドル)。粗利率 86%、営業利益率 50% 前後という利益率は、価格が下がっても数量で埋められる。
さらにレタトルチドは 3 つのホルモンに働き、第 3 相で 25% 超の減量を示し、2027 年に申請する。肥満薬は心血管・腎臓・睡眠時無呼吸・変形性膝関節症・アルコール依存へ適応が広がり、1 人あたりの治療期間が延びる。飲み薬フォンダヨは製造コストが小さく、利用者の裾野を広げる。新薬群(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ)も合計 40 億ドル台から年 40〜50% で伸びる。数量が桁違いに増えるため、純価格が毎年 5% 下がっても、10 年後の売上は 2,500 億ドルを超えうる。
慎重な見方
価格が構造的に下がっている。実現価格は 2026 年 4 〜 6 月期に −13%(米国外は −36%)で、米国でもメディケア価格は月 245 ドル、現金払いは月 299〜449 ドルと、2 年前の 1,000 ドル超から崩れた。数量が増えても 1 人あたり単価は下がり続け、成長は売上の増加ほど利益に出ない。セマグルチドの後発薬は 2026 年に中国・インド・カナダで出始め、飲み薬はノボが先行し、アムジェン・ファイザー・中国勢が次を狙う。肥満薬の市場予測は下方修正が続き、2030 年は 1,050 億ドルまで下がった。
さらに利益の過半が 1 つの薬効群に乗り、米国の政策リスク(最恵国待遇、関税、IRA の対象拡大)が直撃する。ベルゼニオ・タルツ・ジャディアンス・トルリシティは 2030 年までに特許切れや価格交渉で減る。長期の安全性(膵炎・視力・筋肉量)への規制が出れば、使用患者は絞られる。PER 55 倍・PBR 43 倍は、10 年後も今の利益率・シェアを保つ前提であり、少しでも外れれば株価は 3〜 5 割動く。
どちらに重みを置いたか
事業の成長は強気の見方が強く、確率は楽観側に寄せた(10 年の楽観・やや楽観の合計 35%)。ただし値段の議論では慎重な見方が強く、価格の下落は確定的で、特許の壁も薄い。中立の筋書きでも 10 年後の時価総額は今の約 0.9 倍にとどまり、悲観側の確率が厚く、重みをつけて割り引くと今の値段を約 4 割下回る。確率は中立 30% を最大にし、悲観は 12%(構造的な負け)に置き、やや悲観は 10 年 23% と厚めにした。結論は「優れた事業で、値段は割高。安全域はない」。
10 年後の 5 つの筋書き(2035/12 期)
確率で加重した株価時価総額 1,101 ドル9,905 億ドル(+ 配当配当と自社株買いの合計 363.62 ドル3,270 億ドル)。 今の値に割り戻すと 757.61 ドル6,813 億ドル、今との差 −42.0%、 期待の年率 +1.1%(資本コスト 8.0%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 12% | 2,331 ドル2.10 兆ドル | 533.75 ドル4,800 億ドル | +119.2% | +8.2% | 343.74 ドル3,091 億ドル |
| やや楽観 | 23% | 1,621 ドル1.46 兆ドル | 455.91 ドル4,100 億ドル | +59.0% | +4.7% | 477.74 ドル4,296 億ドル |
| 中立 | 30% | 1,121 ドル1.01 兆ドル | 378.07 ドル3,400 億ドル | +14.7% | +1.4% | 449.59 ドル4,043 億ドル |
| やや悲観 | 23% | 418.87 ドル3,767 億ドル | 277.99 ドル2,500 億ドル | −46.7% | −6.1% | 160.28 ドル1,441 億ドル |
| 悲観 | 12% | 135.64 ドル1,220 億ドル | 144.56 ドル1,300 億ドル | −78.6% | −14.3% | 33.62 ドル302 億ドル |
| 加重平均 | 100% | 1,101 ドル9,905 億ドル | 363.62 ドル3,270 億ドル | +12.1% | +1.1% | 1,465 ドル1.32 兆ドル |
今の株価時価総額 1,307 ドル1.18 兆ドル(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 8.0% を下回るほど割高。
楽観 12% 楽観:肥満・糖尿病の中心基盤になり、新薬群も大きく育つ 利益 1,141 億ドル · PER 18.4 倍 · 株価時価総額 2,331 ドル2.10 兆ドル
2035 年、世界市場は 1.5 億人、リリーのシェアは 6 割で利用者 9,000 万人、純価格は 2,600 ドルまで下がり、インクレチン薬は 2,340 億ドル。レタトルチドは主役になり、特許は 2040 年代まで残る。新薬群(イブグリス・オムヴォー・キサンラ・イムルネスト・オロマシブ・遺伝子医薬)は 560 億ドルに育ち、既存の主力は特許切れで 90 億ドルまで縮む。売上は 2,990 億ドル、営業利益率は 49%。10 年の還元は配当と自社株買いで約 4,800 億ドル。倍率は正当化 PER 20.4 倍の 9 割の 18.4 倍に置いた。
- 肥満・糖尿病(インクレチン薬):数量 9,000(世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人))× 価格 2,600(1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均))→ 売上 2,340 億ドル・営業利益 1,287 億ドル。6 割シェア・数量 9 倍
- 既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど):数量 650(治療患者数(万人))× 価格 1,385(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 90 億ドル・営業利益 41 億ドル。特許切れで縮小
- 新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど):数量 400(治療患者数(万人))× 価格 14,000(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 560 億ドル・営業利益 224 億ドル。新薬群 13 倍
倍率:正当化 PER は 20.4 倍(g 4.0%、RONIC 21.8%。RONIC は k 8.00% に、事業の ROE 35.5% が k を超える分の 0.5 を足した値。moat は normal)。これに対し 18.4 倍(9 割)に置いた。堀は普通:チルゼパチドなど肥満・糖尿病の薬で新薬の連続性は強いが、利益が少数の薬に集中し、2036 年前後の特許切れと薬価政策、競合の肥満薬があるので強い堀(2/3)とは見ない。利益の質がよい筋書き。上限の 9 割に置く。純利益は GAAP。
確率:10 年間、数量が年 +15% で伸び、レタトルチドと飲み薬で 6 割のシェアを保ち、価格の下落が年 −3% に収まる展開。大型薬で 10 年これが続く確率は 1 割強。
やや楽観 23% やや楽観:数量は 7 倍に、価格は年 −3% で落ち着く 利益 836 億ドル · PER 17.4 倍 · 株価時価総額 1,621 ドル1.46 兆ドル
2035 年、利用者は 7,200 万人、純価格は 2,500 ドル、インクレチン薬は 1,800 億ドル。レタトルチドが半分近くを占め、チルゼパチドの特許切れの影響は 2036 年以降に残る。新薬群は 480 億ドル、既存の主力は 85 億ドル。売上は 2,365 億ドル(2025 年の 3.6 倍)、営業利益率は 49% 弱。純利益は 840 億ドル(2025 年の 4 倍)。リリーは中国・インドなど米国外の数量でも 5 割近いシェアを保ち、メディケアの価格は物価並みの年 −3% で下げ止まる。飲み薬は価格の安さで裾野を広げ、注射薬と共存する。倍率は正当化 PER 20.5 倍の 8.5 割の 17.4 倍に置いた。
- 肥満・糖尿病(インクレチン薬):数量 7,200(世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人))× 価格 2,500(1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均))→ 売上 1,800 億ドル・営業利益 936 億ドル。数量 7 倍
- 既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど):数量 620(治療患者数(万人))× 価格 1,370(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 85 億ドル・営業利益 38 億ドル。縮小
- 新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど):数量 380(治療患者数(万人))× 価格 12,600(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 479 億ドル・営業利益 182 億ドル。新薬群 11 倍
倍率:正当化 PER は 20.5 倍(g 4.0%、RONIC 22.3%。RONIC は k 8.00% に、事業の ROE 36.6% が k を超える分の 0.5 を足した値。moat は normal)。これに対し 17.4 倍(8.5 割)に置いた。堀は普通:チルゼパチドなど肥満・糖尿病の薬で新薬の連続性は強いが、利益が少数の薬に集中し、2036 年前後の特許切れと薬価政策、競合の肥満薬があるので強い堀(2/3)とは見ない。上限の 8.5 割に置く。純利益は GAAP。
確率:業界の数量が年 +13% で伸び、リリーが 5 割台後半のシェアを保つ展開。薬価交渉の影響は限定的。
中立 30% 中立:数量は 5〜6 倍に、価格は 35% 下がり、成熟した大手製薬として評価される 利益 619 億ドル · PER 16.3 倍 · 株価時価総額 1,121 ドル1.01 兆ドル
2035 年、世界市場は 1.1 億人、リリーの利用者は 5,800 万人(シェア 5 割強)、純価格は 2,350 ドルで、インクレチン薬は 1,360 億ドル。レタトルチドと飲み薬が主力になるが、チルゼパチドの特許切れが 2036 年に迫る。既存の主力は 80 億ドルに減り、新薬群が 400 億ドルに育つ。売上は 1,840 億ドル(2025 年の 2.8 倍、年 +11%)、営業利益率は 44%、純利益は 620 億ドル。成長が年 5% に落ち着き、特許切れ後の 3 年の足踏みを入れた。倍率は正当化 PER 20.4 倍の 8 割の 16.3 倍に置いた。
- 肥満・糖尿病(インクレチン薬):数量 5,800(世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人))× 価格 2,350(1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均))→ 売上 1,363 億ドル・営業利益 682 億ドル。数量 5.7 倍・価格 −35%
- 既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど):数量 600(治療患者数(万人))× 価格 1,333(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 80 億ドル・営業利益 36 億ドル。縮小
- 新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど):数量 350(治療患者数(万人))× 価格 11,400(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 399 億ドル・営業利益 152 億ドル。新薬群 10 倍
倍率:正当化 PER は 20.4 倍(g 4.0%、RONIC 21.5%。RONIC は k 8.00% に、事業の ROE 35.0% が k を超える分の 0.5 を足した値。moat は normal)。これに対し 16.3 倍(8 割)に置いた。堀は普通:チルゼパチドなど肥満・糖尿病の薬で新薬の連続性は強いが、利益が少数の薬に集中し、2036 年前後の特許切れと薬価政策、競合の肥満薬があるので強い堀(2/3)とは見ない。中立は上限の 8 割に置く。純利益は GAAP。
確率:業界ノートの中立(2036 年市場 2,500 億ドル、リリーのシェア 55%)に沿う。数量は年 +13%、純価格は年 −3.5%。
やや悲観 23% やや悲観:価格が年 −6% で崩れ、シェアも 4 割台へ 利益 306 億ドル · PER 12.3 倍 · 株価時価総額 418.87 ドル3,767 億ドル
2035 年、世界市場は 1 億人、リリーのシェアは 4 割台で利用者 4,200 万人、純価格は 1,900 ドルまで下がり、インクレチン薬は 800 億ドル。レタトルチドは期待に届かず、フォンダヨは後発に近い価格競争にさらされる。新薬群は 300 億ドル、既存の主力は 70 億ドル。売上は 1,170 億ドル、営業利益率は 36%、純利益は 310 億ドル(2025 年の 1.5 倍)。米国の純価格は最恵国待遇と民間保険の交渉で年 −6% ずつ下がり、米国外はセマグルチドの後発薬が先に普及する。新薬群が育っても肥満薬の穴を埋められず、成長が止まり、倍率は正当化 PER 18.9 倍の 6.5 割の 12.3 倍に置いた。
- 肥満・糖尿病(インクレチン薬):数量 4,200(世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人))× 価格 1,900(1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均))→ 売上 798 億ドル・営業利益 351 億ドル。価格 −6%/年
- 既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど):数量 550(治療患者数(万人))× 価格 1,270(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 70 億ドル・営業利益 28 億ドル。縮小
- 新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど):数量 300(治療患者数(万人))× 価格 10,000(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 300 億ドル・営業利益 90 億ドル。新薬群 7 倍
倍率:正当化 PER は 18.9 倍(g 4.0%、RONIC 16.5%。RONIC は k 8.00% に、事業の ROE 25.0% が k を超える分の 0.5 を足した値。moat は normal)。これに対し 12.3 倍(6.5 割)に置いた。堀は普通:チルゼパチドなど肥満・糖尿病の薬で新薬の連続性は強いが、利益が少数の薬に集中し、2036 年前後の特許切れと薬価政策、競合の肥満薬があるので強い堀(2/3)とは見ない。競合の肥満薬に価格とシェアを奪われる筋書き。自己資本が小さく帳簿の ROE が見かけに膨らむので、事業の ROE は領域でそろえた 25% で測り、悲観の PBR が中立を超えないよう上限の 6.5 割に置く。純利益は GAAP。
確率:競争(後発薬・中国勢・飲み薬)で価格が崩れ、米国の政策も厳しくなる展開。糖尿病薬インスリンの 10 年がたどった道に近い。
悲観 12% 悲観:構造的に負け、肥満薬が普通の薬になる 利益 85 億ドル · PER 14.4 倍 · 株価時価総額 135.64 ドル1,220 億ドル
2035 年、後発・類似薬の普及と中国勢の低価格で、純価格は 1,300 ドルに崩れる。リリーの利用者は 2,600 万人、インクレチン薬は 340 億ドル。レタトルチドは安全性の問題で小さな適応にとどまり、新薬群は 180 億ドル、既存の主力は 55 億ドル。工場の過剰能力で減損が続き、売上は 570 億ドル、営業利益は 140 億ドル弱。時価総額は、優良企業ではなく普通の中堅製薬としての値付けにする。ROE が低いので、倍率は正当化 PER 14.3 倍をそのまま置く(純利益 85 億ドルで約 1,220 億ドル、今の約 1 割)。この間の還元は、最初の 5 年の高い利益から払い、後半は配当の維持が精いっぱいになる。
- 肥満・糖尿病(インクレチン薬):数量 2,600(世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人))× 価格 1,300(1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均))→ 売上 338 億ドル・営業利益 118 億ドル。価格 −65%・減損
- 既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど):数量 500(治療患者数(万人))× 価格 1,100(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 55 億ドル・営業利益 18 億ドル。縮小
- 新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど):数量 200(治療患者数(万人))× 価格 9,000(1 人あたり年間の純売上(ドル))→ 売上 180 億ドル・営業利益 32 億ドル。新薬群が伸びない
倍率:正当化 PER は 14.3 倍(g 4.0%、RONIC 9.4%。RONIC は k 8.00% に、事業の ROE 10.8% が k を超える分の 0.5 を足した値。moat は normal)。これに対し 14.3 倍(10 割)に置いた。堀は普通:チルゼパチドなど肥満・糖尿病の薬で新薬の連続性は強いが、利益が少数の薬に集中し、2036 年前後の特許切れと薬価政策、競合の肥満薬があるので強い堀(2/3)とは見ない。構造的に負けた筋書き。ROE が低く、この筋書きの正当化 PER の値をそのまま使う(上限の割合は掛けない)。純利益は GAAP。
確率:10 年の間に、後発薬と低価格の競合で肥満薬が低単価の薬になり、新薬群も育たず、リリーが優良ではなくなる。リーマン級の景気後退ではなく、政策・競争・安全性の構造的な負け。確率は 1 割強。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億ドル。
肥満・糖尿病(インクレチン薬)
ムンジャロ・ゼップバウンド・フォンダヨ(オルフォルグリプロン)・開発中のレタトルチド。売上の過半を占める成長の柱。
| 数量世界のインクレチン薬の利用者(万人)× リリーのシェア = リリーの年間平均利用者数(万人) | 価格1 人あたり年間の純売上(ドル。リベート後・世界平均) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/12 | 1,010 | 3,614 | 365 | 201 |
| 10 年後 中立 | 5,800 | 2,350 | 1,363 | 682 |
取り方:2025 年のムンジャロ+ゼップバウンド 365 億ドルを、年間平均の利用者(推定 約 1,010 万人。2025 年の世界の利用者 約 2,000 万人 × シェア 5 割強。残りはノボ ノルディスクのウゴービ・オゼンピックと各国のセマグルチド後発薬)で割った純単価。米国は純価格が下がり、米国外は中国収載で急落中。 価格は物価 3.5% の中でも名目で下げる(中立で 10 年 0.65 倍)。実現価格は足元で年 −13%、メディケア取引(月 245 ドル)・現金払いの値下げ・中国の収載で単価の低い利用者が増え、2031〜2032 年以降はセマグルチドの後発薬が米国でも出るため、薬効群の単価が物価に逆らって下がるのがこの事業の前提。
既存の主力(ベルゼニオ・トルリシティ・タルツ・ジャディアンス・インスリンなど)
特許切れや値下げに向かう成熟した医薬群。横ばいから減少。
| 数量治療患者数(万人) | 価格1 人あたり年間の純売上(ドル) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/12 | 1,000 | 2,450 | 245 | 93 |
| 10 年後 中立 | 600 | 1,333 | 80 | 36 |
取り方:売上 652 億ドルからインクレチン 365 億ドルと新薬群 42 億ドルを引いた残り 245 億ドル(推定)を、治療患者 約 1,000 万人(推定)で割った平均。インスリンなど低単価薬とベルゼニオなど高単価薬の混合。 価格は物価並みに上げない(中立で 10 年 0.54 倍)。トルリシティ(2027 年)・ジャディアンス・ベルゼニオ(2030 年代前半)が特許切れで後発品に置き換わり、残るのが単価の低いインスリンなどに偏るため、1 人あたりの平均が下がる。
新薬・成長品(イブグリス・オムヴォー・ジャイパーカ・キサンラ・イムルネストなど)
2023 年以降に発売した免疫・がん・神経の新薬と、開発中の新薬(オロマシブ・遺伝子医薬など)。
| 数量治療患者数(万人) | 価格1 人あたり年間の純売上(ドル) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/12 | 60.0 | 7,000 | 42 | 3 |
| 10 年後 中立 | 350 | 11,400 | 399 | 152 |
取り方:新薬の合計売上 約 42 億ドル(推定)を、患者 約 60 万人で割った単価。発売初期で販売費が重く、利益率は低い。 競合は、イブグリスがサノフィ(Sanofi)のデュピクセント、キサンラがエーザイ・バイオジェンのレケンビ、ジャイパーカがベイジーンのブルキンザで、どれも先行品からシェアを取りにいく立場。価格は物価並みに上がり、数量(患者数)で伸ばす。
リスクと懸念
米国の薬価政策(最恵国待遇・メディケア・関税)
2025 年 11 月の政府合意で、メディケアの肥満薬価格は月 245 ドル、現金払いは月 299〜449 ドルと決まった。同様の値下げが民間保険に広がる、IRA の薬価交渉がチルゼパチドに適用される(2028〜2029 年以降)、関税や最恵国待遇の拡大が起これば、米国の純価格が 2 年で 10〜20% 下がり、売上の伸びが利益に届かなくなる。
競合と後発薬による価格の崩れ
ノボ ノルディスクの飲み薬ウェゴビーは先行し、カグリセマ、アムジェンのマリタイド、ファイザーが買ったメタセラ、中国勢が追う。セマグルチドの後発薬は 2026 年に中国・インド・カナダで出始め、米国でも 2031〜2032 年に出る。リリーの市場シェアは 55〜60% が上限で、競争が強まるほど 1 人あたり単価は下がる。
肥満薬への集中
売上の 6 割超、利益の 7 割前後が肥満・糖尿病のインクレチン薬に乗る。安全性(膵炎・視力・筋肉量)の新しい問題、保険の適用縮小、使い続けない患者の増加などが重なれば、1 つの薬効群の失速が全社の利益に直撃する。ベルゼニオ・タルツ・ジャディアンス・トルリシティは特許切れと薬価交渉で縮小に向かい、補う余地は小さい。
特許の壁と飲み薬の模倣
チルゼパチドの米国の特許は 2036 年前後(単独出典)。小分子のフォンダヨは類似薬が作りやすく、中国勢が先に進む懸念がある。レタトルチドは 2027 年申請で、2035 年時点でも特許が残るが、期待が外れれば穴埋めがきかない。
製造投資と買収の回収
インディアナなどへの追加 45 億ドルを含む巨額の工場投資と、2026 年だけで 10 件前後の買収(IPR&D は 4 〜 6 月期に 28 億ドル)を同時に進めている。需要が想定より鈍る、価格が下がる、買収した開発中の薬が外れれば、減損と稼働率の低下で利益率が下がる。
倍率の縮み
PER 55 倍・PBR 43 倍は、成長が続く間だけ成り立つ。数量の伸びが鈍る 2029〜2030 年以降、特許切れが近づくにつれて倍率は成熟した大手製薬の水準へ近づく。利益が 2 倍になっても倍率が半分以下になれば、時価総額は伸びない。
今後の分かれ目
- レタトルチドが 2027〜2028 年に承認され、減量 25% 超・睡眠時無呼吸などへの保険適用が広がったら
- インクレチン薬の数量と 1 人あたり単価が楽観側に寄る。10 年の確率を楽観・やや楽観へ動かす。
- IRA の薬価交渉または最恵国待遇が民間保険に拡大し、米国の純価格が 2 年で 15% 以上下がったら
- やや悲観・悲観の筋書きの確率を大きく上げる。利益率は 5〜10 ポイント下がる。
- フォンダヨが年 100 億ドルを超え、ノボの飲み薬の販売を上回ったら
- 数量の裾野が広がる効果が価格の下落を上回る。楽観・やや楽観の確率を上げてよい。
- セマグルチドの後発薬が米国で早期に出る、または中国勢の低価格薬が欧米で承認されたら
- 肥満薬全体の価格が 3 割以上崩れる。悲観の確率と倍率を下げて見る。
- 肥満薬で新しい安全性の問題(膵炎・視力・うつなど)が規制当局に取り上げられたら
- 患者数の伸びが鈍る。中立から悲観側へ確率を動かし、倍率を 2〜3 倍下げる。
- 買収と工場投資の資金を、自社株買いに回す方針へ転換したら
- 正味の還元が増える。オーナー利益の質が改善し、倍率を 1〜2 倍上げてよい。
見ておくもの
- 四半期の数量と実現価格(米・米国外別)の伸び
- レタトルチドの承認時期と、ノボの飲み薬ウェゴビーとの販売比較
- 米国の薬価政策(最恵国待遇・IRA・関税)の実際の価格への影響
- フォンダヨの処方数と保険適用
- フリーキャッシュフローと設備投資、IPR&D 費用
- ベルゼニオ・ジャディアンス・タルツの特許切れの時期
倍率と資本コストの決め方
今の PER 55 倍・時価総額 1.1 兆ドルを見る前に、3 つの事業ごとに利用者数(世界の利用者 × シェア)× 1 人あたり純売上を積み上げ、利益率・還元を置いてから倍率を決めた。倍率は利益ベースの正当化 PER の 7〜10 割に置いた。10 年の中立は上限 20.4 倍(g 4.0%・k 8.0%)の 8 割で 16.3 倍。新薬の連続性は強いが、チルゼパチドの特許切れ(2036 年前後)と利益の集中があるので 9 割には届かせていない。今の倍率には寄せていない。結果は今の値段を約 4 割下回る「割高」で、計算の結論として最後に今の値段と比べた。
資本コスト 8.0% = 無リスク金利 5% + β — × 5%。k = 基本 8.0% + quality 0% = 8.0%。肥満薬の競争・薬価政策・特許切れ・製造能力への投資などの個別のリスクは k に足さず、やや悲観・悲観の確率(合計 35%)と悲観の深さで表した。存続は危うくないので上乗せ 0。