結論
ispace は、月面へ荷物を運ぶ民間の着陸機の会社だ。顧客は各国の政府機関や大学、企業で、荷物を預かって運ぶ運賃が売上になる。2026 年 3 月期の売上は 33 億円、営業損失は 116 億円だった。
筆者の結論は、今の値段は事業の中身に比べて大きく割高だ、というものだ。会社が悪いという意味ではない。月面輸送が育てば、日本で唯一の担い手になりうる。ただし着陸には 2 回続けて失敗している。次の機体 ULTRA が成功する保証もない。しかも黒字になる前に、少なくとも 1 回は大きな増資が要る。増資のたびに今の株主の取り分は薄まる。
中立の筋書きでは、10 年後の売上は 300 億円弱、純利益は 20 億円ほどだ。市場が 2.7 倍に育っても、勝者は NASA の発注を握る米国の会社になりやすい。今の株主に残る価値は、今の時価総額の 4 分の 1 に届かない。
強気の筋書きもある。月面の基地建設が進み、ispace がアジアの物流を握れば、利益は 300 億円規模になる。だが確率は小さい。この会社の値打ちは、月面経済の 10 年後の姿でなく、そこまでの資金繰りに耐えて株主に何が残るかで決まる。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、まず「10 年後の利益を予測できる事業か」を問う。ispace は予測できない。着陸の成否と国の予算で、10 年後の姿が大きく変わる。筆者は、ここで確信度を下げるのが筋だと考える。
次に、株主のものになる利益を見る。今は営業損失で、補助金と増資がそれを埋めている。事業が自分で現金を作る時期はまだ先で、その間に出資者が増えるほど今の株主の取り分は薄まる。
堀は、成功の実績ができるまで築けない。固定価格の契約は、原価の上振れをそのまま株主が負う。
安全域は、事業の価値から見ると見当たらない。強気の筋書きでも、今の値段に 10 年後の資本コストを重ねて割り引くと、届かない。月面の物流が日本で花開くことと、その株を今の値段で持つことは、別の話だ。月面の可能性に払う値段と、10 年後に株主へ戻るお金は、分けて考える必要がある。
何で稼ぐ会社か
収入の柱は 2 つある。1 つは月への運賃だ。着陸機に顧客の機器を載せ、月面まで運ぶ。もう 1 つは国の補助金で、着陸機の開発費の大半を持つ。経済産業省の SBIR 制度は最大 120 億円、宇宙戦略基金は最大 200 億円。補助金は営業外の収入に入るので、営業損失は実態より大きく見える。
開発中の計画は 3 本ある。ミッション 3 は新型機 ULTRA で 2028 年に打ち上げる。ミッション 4 は 2029 年に月の南極近くへ精密に降りる計画で、ESA との小型探査車の案件も絡む。米国のミッション 5 は 2030 年を目標とするが、NASA の承認待ちだ。2027 年には月を回る通信衛星の 1 号機も上げる計画だ。
顧客は政府機関と大学が中心だ。東京科学大学、台湾の宇宙機関、韓国の UEL、米国の Magna Petra などがペイロードを預ける。清水建設は月面データセンターを、トヨタ自動車は小型探査車を、それぞれ共同で検討している。会社は獲得済みの収入を 562 億円、見込みを 984 億円と説明する。
売上は、契約の進み具合に応じて打ち上げの数年前から入る。成功した時にまとめて入るわけではない。この仕組みが、現金の動きと損益の見え方をわかりにくくしている。
優良さと弱いところ
優良さは、今はまだ備わっていない。筆者の見立てでは、堀、つまり他社がまねできない強みはほとんど無い。
技術は実証前だ。2023 年と 2025 年の着陸はどちらも失敗した。2025 年の失敗は、高度を測るレーザー測距の開始が遅れて減速が間に合わなかったことが原因とされる。ULTRA はこのセンサーを実績のあるものに変え、画像による航法を保険に足している。その 3 か月前の 2025 年 3 月には、米国の Firefly が月面への軟着陸に成功している。
値段を決める力も弱い。契約は国の入札と固定価格が中心だ。部品や試験の費用が膨らめば、利益は消える。NASA の主な発注は米国の会社に向かう。
資本の使い方も、まだ評価できない。自己資本利益率は 2026 年 3 月期で約 −54%、営業損失は 6 期続いている。2026 年 4〜6 月期には、日米で別々だった機体の統合に伴い、米国事業で約 37 億円の減損を出した。
強みもある。日本で唯一、国の補助金が最大 320 億円ついた着陸機の開発体制だ。JAXA の月面探査機 SLIM の着陸技術を引き継ぐ。成功すれば、日本とアジアの顧客はまず ispace を見る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
月面輸送は、NASA の発注が市場を作る産業だ。2026 年 6 月、NASA は Astrobotic、Firefly、Intuitive Machines に、2028 年までの月面基地構想向けとして計 5.9 億ドルを発注した。1 機あたり 1.4〜1.5 億ドル。2025 年 7 月には Firefly が 1.8 億ドル弱の契約を受けた。
民間の着陸機で成功した例はまだ少ない。2025 年 3 月に Firefly の Blue Ghost が無傷で着陸した。Intuitive Machines の機体は着陸時に傾き、ミッションが短くなった。Astrobotic は 2026 年 6 月に Voyager に買収される契約を結んだ。業界は成功の実績で選別される段階にある。
筆者の推定では、月面輸送の世界の市場は、今の年 6 億ドルほどから、10 年後に 16 億ドルほどへ実質で 2.7 倍になる。NASA が年 3〜4 機を発注し、各国の機関と民間が数機を足す前提だ。2021 年の PwC の調査は、2036〜40 年の月面輸送を年 8 億ドル前後と見積もった。今回は、NASA の新しい基地計画を織り込んで 2 倍にした。
ispace が取れるのは、NASA 以外の需要だ。日本・欧州・アジアの政府、大学、企業に加え、通信衛星などの周回サービスもある。米国の発注を取るには米国子会社が要り、そこは NASA の承認待ちで先が読めない。競合は、実績で先行する Firefly、Intuitive Machines、Astrobotic と、Blue Origin だ。
資本政策と M&A
資金は常に外から入れてきた。2024 年 7 月に銀行 7 行から 100 億円を借り、2025 年 5 月に三井住友銀行とみずほ銀行から 150 億円を借りた。2025 年秋には増資で 182 億円を集め、今の株主の持ち分は 27.5% 薄まった。
2026 年 6 月末の現預金は 257 億円、有利子負債は 298 億円。純資産は 87 億円に減った。2024 年のシンジケートローンは期日一括の返済だ。期限は 2027 年秋ごろになる。この返済と借り換えが、次の増資の引き金になりやすい。
株主還元は無く、今後もしばらく出せない。買収は、買う側でなく買われる側に回る可能性のほうが大きい。Astrobotic が Voyager に買われたように、着陸機の資産を欲しがる大手は出てくる。ただし、その時の値段は、借入を返した残りでしかない。
点検済み(2026-10-19):起点(赤字)と増資での株数、悲観の確率を確かめた。割高に見せる見落としは見つからなかった。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
月面は、10 年で本物の産業になる。NASA は民間 3 社に 2028 年までの月面基地向けの発注を出し、民間の物流を買う方針に踏み出した。日本は宇宙戦略基金に最大 200 億円、SBIR に最大 120 億円を積み、国をあげて ispace を支える。開発費の大半を国が持つので、失敗の傷は浅い。
ULTRA は日米 2 つの機体を 1 つにまとめた。JAXA の SLIM の経験と、米国の大型機の知見が入る。量産に進めば原価が下がり、固定価格の契約でも利益が残る。獲得済みの収入だけで 562 億円ある。ESA、台湾、韓国、英国の顧客が並ぶのは、日本の政府が後ろ盾にあるからだ。
月を回る通信衛星、月面データセンター、探査車の輸送と、運賃の外に収入の柱を作れる。成功が 1 回出れば、信用は一気に戻り、増資の条件も良くなる。市場は 10 年で 8 倍になりうる。
2 回の失敗は、航法とセンサーという直せる原因だった。原因は特定され、実績のあるセンサーへの変更も契約済みだ。外部の専門家を入れた改善の体制と、JAXA の技術支援の拡大も進む。失敗から学んだ会社が、最初に成功する例は宇宙産業に多い。
慎重な見方
ispace は 2 回続けて着陸に失敗した。ULTRA は別の機体で、3 回目の保証はない。米国の Firefly は成功した。NASA の主な発注は米国の会社に向かい、ispace は NASA の承認待ちの状態にある。
損益は赤字が大きい。売上 33 億円に対して営業損失が 116 億円。来期は最終損失 130 億円の予想で、米国事業の減損も出た。借入は 298 億円あり、現預金の 257 億円を上回る。期日一括の返済が 2027 年に控える。補助金は計画の達成を条件に出るので、遅れれば資金が細る。
固定価格の契約は、費用の上振れを株主が負う。増資のたびに今の株主の取り分は削られる。直近の増資だけで 27.5% 薄まった。先行した Astrobotic が買収に追い込まれたことも、着陸機そのものが高く売れない現実を示す。
黒字化の時期を、会社は示していない。受注は積み上がっても、開発費が先に出ていく。補助金は費用の一部を埋めるだけで、赤字の体質は変わらない。
どちらに重みを置いたか
慎重な見方のほうが強いと判断した。強気の見方は事業が育つ姿を的確に突いているが、10 年後の株主の取り分に直すと、増資と固定価格の契約で値打ちが削られる。確率は中立に 32%、やや悲観に 29%、悲観に 20% と置き、悲観側に厚く寄せた。強気の筋書きは 6% にとどめた。結論は、10 年の価値が今の時価総額を大きく下回る「割高」だ。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 313 円458 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 4 円6 億円)。 今の値に割り戻すと 135 円197 億円、今との差 −64.4%、 期待の年率 −1.8%(資本コスト 9.0%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 6% | 2,874 円4,205 億円 | 68 円100 億円 | +676.3% | +22.7% | 177 円258 億円 |
| やや楽観 | 13% | 631 円924 億円 | 0 円0 億円 | +66.6% | +5.2% | 82 円120 億円 |
| 中立 | 32% | 152 円222 億円 | 0 円0 億円 | −59.9% | −8.7% | 49 円71 億円 |
| やや悲観 | 29% | 31 円46 億円 | 0 円0 億円 | −91.8% | −22.1% | 9 円13 億円 |
| 悲観 | 20% | 5 円8 億円 | 0 円0 億円 | −98.6% | −34.9% | 1 円2 億円 |
| 加重平均 | 100% | 313 円458 億円 | 4 円6 億円 | −16.3% | −1.8% | 317 円464 億円 |
今の株価時価総額 379 円555 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 9.0% を下回るほど割高。
楽観 6% 月面の物流を握り、基地建設の波に乗る 利益 290 億円 · PER 14.5 倍 · 株価時価総額 2,874 円4,205 億円
ミッション 3(2028 年)と 4(2029 年)が続けて成功する。2 回の失敗で傷んだ信用は、成功の実績で一気に戻る。NASA の月面基地計画と各国の探査機関が、民間の輸送をまとめて買い始める。世界の市場は今の 8 倍ほどに育ち、ispace はそのうち 17% を取る。
日本とアジアの顧客はほぼ ispace に集まる。量産で機体の原価が下がり、固定価格の契約でも利益が残る。月を回る通信衛星の収入と、清水建設などとの月面インフラの案件が上乗せになる。営業利益率は 2 割を超える。
資金は SBIR と宇宙戦略基金が開発費の大半を持つので、増資は 1 回で済む。10 年目には配当も出せる。ただし、ここまで届く会社は少ない。
- 月面輸送・周回サービス:数量 8.5(月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア)× 価格 134.4%(物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍))→ 売上 1,714 億円・営業利益 360 億円。市場 50 億ドル(実質)× シェア 17%。量産で利益率 21%
倍率:事業の純利益 290 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 25.6% が k 9.00% を上回る。残る割合 0.33(moat=weak)で RONIC 14.5%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.5 倍。全体の PER 14.5 倍、時価総額 4,205 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:ミッション 3・4 が続けて成功し、月面基地の建設が前倒しで進む筋書きだ。必要な条件が多く重なるので小さく置いた。強気の見方は十分に聞いたが、失敗の前例と資金の細さが勝った。
やや楽観 13% 着陸に成功し、日本の月面輸送の担い手になる 利益 59 億円 · PER 15.7 倍 · 株価時価総額 631 円924 億円
ミッション 3 と 4 のどちらかが成功し、残る 1 本も 1〜2 年の遅れで続く。ispace は日本で唯一の着陸機の会社として、政府と大学の案件を取り続ける。世界の市場は今の 4 倍に育ち、取るシェアは 11%。
ただし、NASA の主な発注は米国の会社に流れる。ispace が取れるのは、日本・欧州・アジアの政府案件と少数の民間案件だ。固定価格の契約では、部品や試験の費用が膨らむと利益が飛ぶ。営業利益率は 13% にとどまる。
資金は SBIR などの補助金が尽きる 2031 年ごろに足りなくなり、増資が 2 回要り、合計 120 億円ほどを集める。今の株主の持ち分は 8 割強に薄まる。自己資本は 今 151 + 純利益の合計(約 −112)+ 増資 120 ≒ 160 億円になる。
- 月面輸送・周回サービス:数量 2.6(月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア)× 価格 134.4%(物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍))→ 売上 532 億円・営業利益 69 億円。市場 24 億ドル × シェア 11%。利益率 13%
倍率:事業の純利益 59 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 37.3% が k 9.00% を上回る。残る割合 0.33(moat=weak)で RONIC 18.4%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.7 倍。全体の PER 15.66 倍、時価総額 924 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:着陸に 1 回は成功し、補助金つきの 2 本が計画どおりに進む筋書きだ。成功の確率は高く見えるが、増資が 2 回要るので、今の株主の取り分は大きくは増えない。
中立 32% 着陸はできるが、薄い利益と増資で株主に残らない 利益 20 億円 · PER 11.1 倍 · 株価時価総額 152 円222 億円
ミッション 3 は遅れ気味ながら 2028〜29 年に月へ着く。その後は年 1〜2 機のペースで打ち上げる。世界の市場は今の 2.7 倍の 16 億ドルに育つが、勝者は NASA の発注を握る米国の会社だ。ispace のシェアは 9% にとどまる。
売上は 300 億円弱まで伸びる。ただし固定価格の契約で、価格競争が続く。営業利益率は 9% 前後で、借入の利息を払うと純利益は 20 億円ほどだ。
開発費の補助金が切れる 2031 年前後に資金が足りなくなる。増資 1 回と、借入の借り換えで凌ぐ。今の株主の持ち分は 7 割台に薄まり、残る価値は小さい。会社は残るが、株主の報われ方は薄い。
- 月面輸送・周回サービス:数量 1.4(月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア)× 価格 134.4%(物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍))→ 売上 290 億円・営業利益 26 億円。市場 16 億ドル × シェア 9%。利益率 9%
倍率:事業の純利益 20 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 7.9% が k 9.00% 以下。ためた利益は投じた額より値が低いので伸びは数えず、稼ぐ力の値 PER = 1÷(k−g)(g=0) = 11.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 11.1 倍。全体の PER 11.11 倍、時価総額 222 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:確率が最も高いのは、技術は成熟するが利益が薄く、増資が重なる筋書きだ。慎重な見方を強い側と判断し、確率を悲観寄りに置いた。
やや悲観 29% 3 回目も失敗が続き、増資を繰り返して薄まる 利益 −12 億円 · PBR 0.3 倍 · 株価時価総額 31 円46 億円
ミッション 3 が着陸に失敗する、あるいは大幅に遅れる。顧客は他社へ移り、取れたペイロード契約も縮む。米国の会社が NASA の発注を取り続け、世界の市場が今の 1.7 倍の 10 億ドルにとどまる中で、ispace のシェアは 4% に落ちる。
補助金は計画の達成を条件に払われるので、遅れると資金の出が細る。開発の体制を保つ固定費が残り、売上 80 億円ほどでも営業赤字が続く。借入の借り換えは高い金利でしか通らない。
増資を何度も重ねて凌ぐ。今の株主の持ち分は半分近くまで薄まる。ULTRA の設計と契約を他社へ売る話が、現実の選択肢になる。
- 月面輸送・周回サービス:数量 0.4(月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア)× 価格 134.4%(物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍))→ 売上 81 億円・営業利益 −4 億円。市場 10 億ドル × シェア 4%。固定費が重く赤字
倍率:赤字の筋書きなので、稼ぐ力でなく売れる資産で測る。ULTRA の設計・試験設備・契約の売却の税引き後から借入を返した残りを床とし、今の自己資本の 0.30 倍に置いた。増資で積んだ自己資本には床を掛けていない。
確率:着陸の失敗が続くか、成功しても大きな赤字から抜けられない筋書きだ。2 回の失敗と国の補助金への依存を重く見て、中立に近い確率を置いた。
悲観 20% 資金が尽き、事業を他社に譲る 利益 −20 億円 · PBR 0.1 倍 · 株価時価総額 5 円8 億円
ミッション 3 が着陸に失敗する。ミッション 4 の補助金は条件を満たせず止まり、ESA との案件も流れる。借入の返済期限が来ても借り換えが通らず、増資にも応じる投資家がいない。
会社は民事再生か、大手への事業譲渡に進む。ULTRA の設計・設備・特許は売れるが、買い手が出す値段は借入を返すと、ほとんど残らない。今の株主に戻るのは、ごく小さな額だ。取引先の大学や海外の機関には、ミッションの引き継ぎ先を探す手間と損失が残る。
宇宙の事業としては続く。ただし ispace の株主の価値としては、ほぼ消える。
- 月面輸送・周回サービス:数量 0.1(月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア)× 価格 134.4%(物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍))→ 売上 12 億円・営業利益 −12 億円。市場 4 億ドル × シェア 1.5%。売上は設計の切り売り程度
倍率:債務超過に近い筋書きなので、稼ぐ力はなく、売れる資産で測る。事業売却の代金は借入の返済でほぼ消え、今の株主に残るのは今の自己資本の 0.05 倍に置いた。
確率:連続して失敗するか、資金調達が止まり、会社が破綻同然になる筋書きだ。月面ベンチャーの失敗率は高く、借入の返済期限もあるので、2 割を置いた。不正や経営の混乱は k に足さず、ここで確率に反映した。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
月面輸送・周回サービス
着陸機で顧客のペイロードを月面へ運ぶ。月周回の通信衛星など周回サービスも含む。開発費は国の補助金で一部がまかなわれる。
| 数量月面輸送の世界市場(億ドル/年・実質)× ispace のシェア | 価格物価指数(今 = 1.0。物価年 3% で 10 年 1.34 倍) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 0.2 | 100.0% | 33 | −116 |
| 10 年後 中立 | 1.4 | 134.4% | 290 | 26 |
取り方:月面輸送の世界の市場は、NASA の発注と各国の機関・民間のペイロードを合わせて年 6 億ドル前後と推定し、ispace のシェアを 3.7%(売上 33 億円 ÷ 6 億ドル ÷ 150 円)と置いた。営業損失 116 億円は、開発中のミッションの費用と米国事業の減損を含む全社の値。補助金は営業外収益で、ここには入らない。 数量(市場×シェア)の市場は実質で置いている(industry に「実質で 2.7 倍」と明記)。価格だけ物価の 1.34 倍で、二重がけではない。
リスクと懸念
着陸の失敗がまた起きる
着陸は 2 回続けて失敗している。ULTRA は別の機体で、最初の 1 回が成功する確率は高くない。失敗すれば、顧客の契約と補助金の出が同時に細り、増資の条件も悪くなる。会社の価値は、この 1 回の成否に大きく左右される。
増資の薄まり
黒字化の前に、少なくとも 1 回は大きな増資が要る。直近の増資で今の株主の持ち分は 27.5% 薄まった。次の増資も、株価が弱ければ、より大きな薄まりになる。事業が育っても、株主に残る取り分は小さくなりうる。
借入の返済と借り換え
有利子負債は約 300 億円で、現預金を上回る。2024 年のシンジケートローンは期日一括の返済で、期限は 2027 年秋ごろ。借り換えの金利は今より高くなる公算が大きい。借り換えが通らなければ、増資か資産の売却を迫られる。
NASA の発注が米国に偏る
NASA の月面輸送の発注は、Firefly、Intuitive Machines、Astrobotic など米国の会社に向かう。ispace の米国子会社の経由の案件は、NASA の承認待ちで先が読めない。取れる市場は、日本・欧州・アジアの政府と民間に限られる。
固定価格の契約と原価の上振れ
契約の多くは固定価格だ。部品、試験、打ち上げ枠の費用が膨らめば、その分は会社が負う。新型機の開発では、試験での手戻りが起きやすい。補助金が尽きると、利益率はさらに薄くなる。
補助金の条件と政策の変化
SBIR と宇宙戦略基金は、計画の達成を条件に払われる。ミッションが遅れれば、受け取りも遅れる。政権や予算の優先順位が変われば、宇宙関連の支援が縮む可能性もある。
今後の分かれ目
- ミッション 3 が 2028 年に着陸に成功する
- 信用が戻り、ペイロードの契約と補助金の満額が見えてくる。強気の筋書きの確率が上がり、増資の条件も良くなる。
- ミッション 3 が着陸に失敗する
- 補助金の出が細り、顧客が離れる。悲観の確率が大きく上がり、事業譲渡や再編の話が現実になる。
- 2027 年のシンジケートローンの借り換えが通らない
- 増資か資産売却が必要になる。今の株主の持ち分は大きく薄まる。
- NASA の月面基地計画で、日本の会社に枠が開かれる
- 米国子会社を使った受注が増え、市場の取れる範囲が広がる。中立の売上の想定が上振れる。
- 大手の宇宙・重工企業が ispace の買収を提案する
- 着陸機の資産は売れるが、借入を返すと株主に残る価値は小さい。中立か、やや悲観に近い結果になる。
- 月を回る通信衛星の事業が、運賃以外の安定した収入になる
- 利益の波が小さくなり、利益率と倍率の見方が上向く。
見ておくもの
- ミッション 3(ULTRA)の試験結果と打ち上げ日程
- 補助金(SBIR・宇宙戦略基金)の受領の進み方
- 借入の借り換えと次の増資の発表
- 獲得済みの契約の積み上がり(562 億円)
- NASA の月面基地計画での民間輸送の発注と、日本枠の有無
- 米国事業(ミッション 5)の NASA 承認の可否
倍率と資本コストの決め方
今の値段は見ずに、市場規模 × シェアで 10 年後の売上と利益を置き、式から倍率を出した。10 年後の価値は、増資で今の株主の持ち分が薄まる分を倍率に織り込んだ(増資後の自己資本は増資額を含む)。10 年より先の成長(月面経済の本格化)は、倍率の g が 4% で頭打ちなので価値に入らない。この会社に厳しく出やすい作りだが、強気の筋書きで 10 年に 300 億円規模の利益を置いており、片側に寄せてはいない。自己資本が今の純利益の流れより大きいのは増資のため。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 10.8→14.5 倍・やや楽観 PER 10.8→15.66 倍・中立 PER 7.5→11.11 倍)。
資本コスト 9.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% に quality +2.5% を足して 10%。資金難や着陸失敗は増資の薄まりと悲観の確率で表し、k には足さない(上乗せは 0)。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 10.00% → 9.50%。