結論
ダイセルは、エンジニアリングプラスチック、酢酸とアセテート・トウ、エアバッグ用インフレータを三本柱とする化学メーカーである。筆者の結論は、今の値段はやや割高ということだ。成長事業は確かだが、借金の重さと、投資の失敗が繰り返される癖が、価値を削っている。
稼ぎの源は三つに分かれる。いちばん大きいのは、ポリプラスチックスを中心とする樹脂事業で、売上の約 4 割を占める。AI サーバーの部品に使う液晶ポリマー(LCP)と PPS が伸びれば、会社の構造は変わる。次がマテリアル事業で、たばこフィルター用の繊維「アセテート・トウ」を世界の少数の供給者として握っている。三つめのセイフティ事業は、自動車のエアバッグを膨らませるガス発生装置を作り、中国・インドで拡販が進む。
2026 年 3 月期は営業利益が 421 億円と 3 割減った。ドイツの COC 樹脂の第 2 プラントで 324 億円の減損も出て、純利益は 102 億円に沈んだ。会社は新しい中期戦略で、5 年間に 3,000 億円の成長投資と、DOE 5% 以上の還元を掲げた。
筆者がいちばん気にしているのは資本の使い方だ。純有利子負債は時価総額の 6 割を超え、投資の失敗で自己資本を削る会社が、さらに借金を増やして設備を作る。需要が計画どおりに育てば報われるが、育たなければ重荷になる。この 10 年で見ると、中立の価値は今の値段の 8 割台にとどまる。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点で、ダイセルを長く持ちたい会社かと問えば、答えは「事業の一部は持ちたい、会社全体は慎重」だ。
持ちたいのは、アセテート・トウと LCP・PPS である。トウは供給者が少なく、値段が安定する。LCP と PPS は、電子部品に欠かせず、代わりが利かない。どちらも、少ない投資で稼げる。
慎重になるのは、資本の使い方だ。投資の失敗で自己資本を削る癖は、オーナーにとって最大の不安である。COC のように需要を読み違えた設備投資が繰り返されれば、利益は借金の返済と減損に消える。配当を厚くしても、稼ぎの質が変わらなければ、長く持つ理由にならない。
安全域は、今の値段では厚くない。借金は時価総額の 6 割を超え、利益が少し落ちるだけで株主の取り分が大きく減る。新しい中期戦略の目標は、前の計画の未達を考えると、そのまま信じにくい。
筆者は、計画の半分強が実現する道を中心に置く。その場合でも 10 年の価値は、今の値段をやや下回る。割安と呼ぶには、減損と借金の癖が直った実績が先に要る。
何で稼ぐ会社か
ダイセルの売上は 5,796 億円で、三つの柱と、育成中の小さな事業からなる。
いちばん大きいのが樹脂事業で、売上の 44% を占める。2020 年に完全子会社にしたポリプラスチックスが中心で、ポリアセタール(POM)、LCP、PPS、PBT といった、金属の代わりに使える樹脂を作る。電気・電子部品や自動車部品が主な用途だ。ドイツには、医療や光学向けの環状オレフィン樹脂(COC)の工場がある。2026 年 4 月には、ポリプラスチックスの事業をダイセル本体が引き継ぎ、ポリプラは持株会社になった。
マテリアル事業は売上の 28% で、酢酸と、その誘導品、セルロースから作るアセテート・トウを担う。トウはたばこのフィルターの原料で、セラニーズやイーストマンなど世界でも数社しか作れない。酢酸は協同酢酸(持分 92%)が担う市況品で、利益が振れやすい。中国にも、持分 30% の合弁会社でトウを作る。
セイフティ事業は売上の 18% にあたる 1,042 億円で、自動車のエアバッグ用インフレータが中心だ。日系の自動車メーカーに強く、近年は中国・インドへ販路を広げている。営業利益は 61 億円と、売上に比べて薄い。
残りは、電子・光学向けの材料を扱う事業、メディカル・ヘルスケア、その他である。売上は合わせて 590 億円ほどで、まだ利益は出ていない。
優良さと弱いところ
ダイセルの堀、つまり他社がまねできない強みは、事業ごとにまるで違う。
いちばん強いのはアセテート・トウだ。供給者が少なく、需給が安定している。顧客のたばこ会社とは長期の取引で、値段交渉の力も一定にある。ただし、たばこの消費そのものが減り続ける構造で、この堀は縮む市場の中にある。
セイフティのインフレータは、日系自動車メーカーとの長い取引が堀だ。命にかかわる部品で、新規参入は難しい。だが車の部品は毎年の値下げが当たり前で、値段を自分で決められない。利益率はこの数年、1 桁の低さが続いている。
樹脂は二面性がある。LCP と PPS は、電子部品の微細化で代わりが利かず、堀は厚い。一方でPOM は汎用品に近く、中国の増設で利益が削られている。COC も、第 2 プラントの失敗が示すとおり、需要を読み違えた。
資本の効率は低い。自己資本利益率(ROE)は直近 3% で、10 年の中央値は 10.6% だった。純有利子負債は 2,374 億円で、自己資本比率は 43%。経営は中期戦略の達成を約束しているが、前の中期計画では営業利益 600 億円に届かなかった。筆者は、この実績を割り引いて見る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
ダイセルが戦う市場は、成長するものと縮むものが混ざっている。
樹脂の中で、LCP と PPS は AI サーバー・通信機器のコネクタ用途で需要が伸びている。ここは世界でも少数の日本・米国メーカーが握る市場で、ダイセルのポリプラは世界の主要な供給者だ。だが POM は、中国で大規模な増設が続き、世界的な供給過剰にある。汎用の樹脂は、日本企業が値段を決められる領域ではない。
アセテート・トウは、たばこの消費が世界で年に数%ずつ減る市場にある。それでも供給者が少ないので、価格は安定し、利益が出る。ただし数量は 10 年で縮むとみる。酢酸は市況品で、中国の供給過剰が続く。
インフレータは、自動車の生産台数がほぼ横ばいの世界で、1 台あたりのエアバッグの数が増えることで成り立つ。競合はオートリブやジョイソンなどで、中国の地場メーカーも力を付けている。電気自動車になっても、エアバッグは変わらず必要だ。ただし値下げ圧力は強い。
中国・インドの自動車市場は伸びており、会社はここを成長の本線に置く。ただし現地メーカーは、現地調達で安く作る。ダイセルが取れるのは、品質で選ぶ日系・外資系の顧客が中心になる。化学業界全体では、汎用品は中国の過剰、機能材は日本の優位という二極化が 10 年続く。ダイセルは、その両方を抱えている。
資本政策と M&A
株主還元は、前よりはっきり厚くなる。2026 年 5 月の中期戦略で、DOE(自己資本に対する配当の比率)を 4% から 5% 以上に、総還元性向を 40% から 60% 以上に引き上げ、累進配当を約束した。2027 年 3 月期は増配を見込み、過去最高の配当になる。
投資は重い。5 年間で 3,000 億円の成長投資を掲げ、うち 880 億円を高機能樹脂の増設に充てる。目標は、2031 年 3 月期に売上高 7,500 億円、純利益 650 億円。これは今の純利益の 6 倍にあたる。
問題は、投資の実績だ。2026 年 3 月期には、ドイツの COC 第 2 プラントに 324 億円の減損が出た。需要を読み違えた設備投資は、これが初めてではない。配当を厚くしながら成長投資も増やせば、借金は減らない。
政策保有株は、上場 9 銘柄で約 350 億円ある。最大の保有先は富士フイルムホールディングスだ。前期は 6 銘柄を 204 億円で売っており、整理は進んでいる。ただし時価総額の 1 割にも届かず、財務の重さを解消する規模ではない。
M&A では、2020 年にポリプラスチックスを完全子会社にした。TOB で買われる可能性は、時価総額が小さく株価が割安に見える面もあるが、事業が複雑で、筆者は主な筋書きとは置かない。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
AI サーバー向けの LCP・PPS は、世界でも数社しか作れない。ダイセルはその一角で、880 億円の増設は、需要の確かな伸びに応える投資だ。電子部品の微細化は止まらず、代わりが利かない樹脂は値段を保てる。
セイフティは、いまは売上の 18% で利益率も低い。だが中国・インドの拡販で営業利益はすでに 5 割以上伸びている。現地調達と自動化で利益率が 15% に近づけば、利益は大きく変わる。
マテリアルのアセテート・トウは、供給者が少ない安定事業だ。たばこ需要は減っても、値段は保たれ、キャッシュを生み続ける。政策保有株の売却と、DOE 5% 以上・総還元性向 60% 以上の約束は、経営が資本の効率に本気で向かっている証拠だ。
2026 年 3 月期は、COC の減損という一過性の損失で純利益が落ちたが、営業利益は 421 億円を保っている。会社は 2031 年 3 月期に純利益 650 億円を目標にし、成長事業のEBITDAを 2026 年度から 2030 年度に 6 割近く増やす計画だ。この計画の半分が実現するだけでも、今の値段は安い。
慎重な見方
ダイセルの計画は、いつも途中で止まる。前の中期計画は営業利益 600 億円に届かず、COC の第 2 プラントは 324 億円の減損に終わった。新しい計画は、それよりさらに高い目標を掲げている。
880 億円の樹脂増設は、AI サーバーの需要を前提にする。需要が鈍化すれば設備が余り、減損でまた自己資本を削る。中国の樹脂メーカーは LCP や PPS の中位グレードにも入り始め、値段は上がらない。
インフレータは、自動車メーカーの年次値下げの世界だ。中国の地場メーカーとの価格競争が強まり、利益率 15% の目標は遠い。売上に対して営業利益が 6% 程度しかない事業を、成長の柱と呼ぶのは無理がある。
アセテート・トウは、たばこ需要の減少で数量が細る。供給者が少なくても、その市場自体が縮むなら、安定は先細りの安定にすぎない。
財務の面でも、純有利子負債は時価総額の 6 割を超える。配当を厚くして、成長投資も増やせば、借金は減らない。金利が上がる世界では、利払いが利益を削る。減損と借金の癖が直らない限り、割安とは言えない。
どちらに重みを置いたか
強気の見方は、LCP・PPS とアセテート・トウの質を正しく突いている。だが慎重な見方が突く、計画の未達と減損の履歴、借金の重さの方が、数字に直接効く。そのため確率はやや慎重側に寄せ、やや悲観と悲観を合わせて 36% とした。中立は、会社の計画の半分強が実現する道に置いた。結果、10 年の価値は今の値段をやや下回る。成長事業の質は評価するが、資本の使い方の実績が改善するまで、安全域は厚くならない。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 2,356 円6,024 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 810 円2,072 億円)。 今の値に割り戻すと 1,675 円4,282 億円、今との差 +17.0%、 期待の年率 +8.3%(資本コスト 7.8%)→ やや割安
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 9% | 5,117 円1.31 兆円 | 1,271 円3,249 億円 | +346.4% | +16.1% | 575 円1,470 億円 |
| やや楽観 | 21% | 3,647 円9,326 億円 | 1,061 円2,712 億円 | +229.0% | +12.6% | 989 円2,528 億円 |
| 中立 | 34% | 2,653 円6,783 億円 | 913 円2,334 億円 | +149.2% | +9.6% | 1,212 円3,100 億円 |
| やや悲観 | 23% | 675 円1,726 億円 | 531 円1,359 億円 | −15.7% | −1.7% | 277 円709 億円 |
| 悲観 | 13% | 556 円1,422 億円 | 313 円800 億円 | −39.3% | −4.9% | 113 円289 億円 |
| 加重平均 | 100% | 2,356 円6,024 億円 | 810 円2,072 億円 | +121.3% | +8.3% | 3,166 円8,096 億円 |
今の株価時価総額 1,431 円3,659 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.8% を下回るほど割高。
楽観 9% AI 向け樹脂とインフレータの両輪が回り、成長事業が利益の主役になる 利益 783 億円 · PER 16.7 倍 · 株価時価総額 5,117 円1.31 兆円
高機能樹脂は、AI サーバーのコネクタ用途で液晶ポリマー(LCP)と PPS の需要が伸び、880 億円の増設が稼働率を保って回る。ドイツの COC 第 2 プラントも医療・光学向けの採用が進み、重荷から収益源に変わる。
セイフティは中国・インドの自動車メーカーに入り込み、営業利益率が会社の目標の 15% に届く。部品の現地調達と工程の自動化が効き、値下げ圧力を吸収できる。マテリアルはアセテート・トウ(たばこフィルター用の繊維)の安定した需給が続き、酢酸も構造改革で身軽になる。
この 10 年を通じて純利益は今の 5 倍を超え、還元も DOE 5% 以上を守って積み増せる。借金は利益で自然に薄まり、財務の不安は消える。会社が描く「成長事業で稼ぐダイセル」が、ほぼ実現した姿だ。
- エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC):数量 52.1(樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 90(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 4,676 億円・営業利益 631 億円。益率13.5%、高機能樹脂と汎用樹脂の合計
- マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース):数量 99.8(酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 21(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 2,053 億円・営業利益 287 億円。益率14.0%、酢酸系とアセテート・トウ
- セイフティ(エアバッグ用インフレータ):数量 8,775(インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量))× 価格 0.20(1 個あたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,758 億円・営業利益 264 億円。益率15.0%、インフレータ
- スマート・メディカル・ヘルスケア・その他:数量 7,980(対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア)× 価格 13.2%(ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数))→ 売上 1,056 億円・営業利益 106 億円。益率10.0%、新規・育成事業
倍率:事業の純利益 783 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 13.7% が k 7.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.7%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 16.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 16.7 倍。全体の PER 16.71 倍、時価総額 13,084 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:AI サーバー向けの高機能樹脂の増設が当たり、中国・インドのインフレータ拡販も軌道に乗る必要がある。会社の計画どおりに近い道だが、計画の未達が続いてきた過去から、厚い確率は置けない。
やや楽観 21% 成長事業が計画の 8 割ほど進み、マテリアルが土台を保つ 利益 604 億円 · PER 15.4 倍 · 株価時価総額 3,647 円9,326 億円
高機能樹脂は AI サーバー向けの LCP・PPS が伸び、汎用のポリアセタール(POM)は中国勢の増設で伸びない。差し引きで樹脂全体の数量は 3 割弱増える。COC は第 2 プラントの稼働が遅れつつも、最終的に黒字に乗る。
セイフティは中国・インドの拡販で数量が伸び、利益率は 12% まで戻る。自動車メーカーの年次値下げがあるため、価格は物価に届かない。マテリアルはアセテート・トウが微減にとどまり、協同酢酸との一体運営で利益を守る。
スマートとメディカルの新規事業は小さな黒字に育つ。会社は計画の 8 割ほどの利益を出し、DOE 5% を守りながら借金も減らす。筆者は、この姿がもっとも自然な「うまくいった場合」だと見る。
- エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC):数量 48.6(樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 88(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 4,304 億円・営業利益 516 億円。益率12.0%、高機能樹脂と汎用樹脂の合計
- マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース):数量 97.7(酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 20(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,980 億円・営業利益 248 億円。益率12.5%、酢酸系とアセテート・トウ
- セイフティ(エアバッグ用インフレータ):数量 8,320(インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量))× 価格 0.20(1 個あたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,627 億円・営業利益 195 億円。益率12.0%、インフレータ
- スマート・メディカル・ヘルスケア・その他:数量 7,020(対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア)× 価格 13.2%(ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数))→ 売上 929 億円・営業利益 74 億円。益率8.0%、新規・育成事業
倍率:事業の純利益 604 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 11.3% が k 7.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.5%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.4 倍。全体の PER 15.44 倍、時価総額 9,326 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:計画に届かないことが多い会社だが、AI 向け樹脂の需要とインフレータの拡販は外部の追い風がある。大崩れせず、計画の 8 割ほどを達成する道を、強気側の本線と見る。
中立 34% 中立:樹脂とインフレータが伸び、マテリアルは縮みながら利益を保つ 利益 478 億円 · PER 14.2 倍 · 株価時価総額 2,653 円6,783 億円
高機能樹脂は AI サーバー向けが伸びても、汎用の POM が中国との競争で足を引っ張る。樹脂全体では数量が 2 割増え、利益率は 10.5% と、過去の山の 8 割ほどに戻る。
セイフティは数量が 2 割増える一方、値下げ圧力で価格は物価に届かず、利益率は 10% にとどまる。マテリアルは、たばこ需要の細りでアセテート・トウの数量が減り、酢酸の市況も弱い。だがトウは供給者が少なく、利益率 11% は保てる。
営業利益は現在の倍近い 800 億円まで戻る。会社の 2030 年度目標(営業利益 1,000 億円超)には届かない。10 年後の借金は薄まっているが、減損や追加投資のたびに自己資本が削られる経営の癖は残る。
- エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC):数量 45.6(樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 88(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 4,004 億円・営業利益 420 億円。益率10.5%、高機能樹脂と汎用樹脂の合計
- マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース):数量 96.6(酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 20(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,929 億円・営業利益 212 億円。益率11.0%、酢酸系とアセテート・トウ
- セイフティ(エアバッグ用インフレータ):数量 7,800(インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量))× 価格 0.19(1 個あたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,500 億円・営業利益 150 億円。益率10.0%、インフレータ
- スマート・メディカル・ヘルスケア・その他:数量 7,020(対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア)× 価格 13.2%(ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数))→ 売上 929 億円・営業利益 56 億円。益率6.0%、新規・育成事業
倍率:事業の純利益 478 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 9.4% が k 7.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.6%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.2 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.2 倍。全体の PER 14.19 倍、時価総額 6,783 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:成長事業の需要は確かだが、会社は前の中期計画で営業利益 600 億円を達成できなかった。計画の半分強が実現する道を、もっとも確からしいと見て中心に置いた。
やや悲観 23% 樹脂の競争が激化し、インフレータも値下げに押される 利益 203 億円 · PER 8.5 倍 · 株価時価総額 675 円1,726 億円
AI サーバー向けの需要は伸びるが、中国の樹脂メーカーが LCP と PPS の中位グレードに入り、値段が物価に追いつかない。POM はすでに供給過剰で、利益率は 7% に低下する。ドイツの COC は第 2 プラントの稼働が計画に届かず、追加の減損が出る。
セイフティは、中国の地場メーカーが低価格で入り込み、価格は物価の半分の伸びにとどまる。利益率は 5% に落ち、成長事業と呼べなくなる。マテリアルはたばこ需要の細りが加速して数量が 1 割以上減り、酢酸も市況の低迷が続く。
営業利益は 400 億円に届かず、投資の回収が遅れる。配当は DOE の約束で守るものの、借金の返済は進まない。会社は「成長事業を持つ化学会社」から「構造改革が終わらない会社」に変わる。
- エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC):数量 39.9(樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 83(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 3,316 億円・営業利益 232 億円。益率7.0%、高機能樹脂と汎用樹脂の合計
- マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース):数量 90.3(酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 19(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,734 億円・営業利益 121 億円。益率7.0%、酢酸系とアセテート・トウ
- セイフティ(エアバッグ用インフレータ):数量 6,825(インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量))× 価格 0.18(1 個あたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,225 億円・営業利益 61 億円。益率5.0%、インフレータ
- スマート・メディカル・ヘルスケア・その他:数量 5,700(対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア)× 価格 11.9%(ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数))→ 売上 676 億円・営業利益 20 億円。益率3.0%、新規・育成事業
倍率:事業の ROE 4.5% が k 7.75% 以下なので、伸びても価値は増えず、正当化 PER は 1÷k = 11.4 倍が上限(ためた利益は額面未満)。中国勢の追い上げで堀が狭まるので、上限の 7.5 割の 8.5 倍に置いた。
確率:POM に続き LCP でも中国勢が追い上げ、インフレータは中国メーカーとの価格競争が強まる。会社の計画未達と減損の履歴から、慎重側にやや厚く置いた。
悲観 13% 成長事業が中国勢に置き換わり、減損が続く 利益 3 億円 · PBR 0.4 倍 · 株価時価総額 556 円1,422 億円
増設した高機能樹脂の設備に注文が付かず、稼働率の低下で赤字になる。ドイツの COC は需要が育たず、第 2 プラントに続いて第 1 プラントにも減損が及ぶ。POM は中国の増設で値崩れし、事業の縮小に追い込まれる。
セイフティは、中国の地場メーカーに価格で負け、主力の日系顧客からも調達を減らされる。マテリアルはたばこ需要の急減でアセテート・トウの数量が 3 割減り、酢酸の市況も崩れて利益がほぼ消える。
配当は大きく削られるが、約束した水準を一部守るため、現金と資産の売却で払う。借金の返済のために政策保有株や事業の一部を売る。それでも設備と土地、事業の顧客基盤は残り、清算価値としての下支えは働く。
- エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC):数量 32.3(樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 77(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 2,490 億円・営業利益 75 億円。益率3.0%、高機能樹脂と汎用樹脂の合計
- マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース):数量 73.5(酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量))× 価格 17(1 トンあたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 1,242 億円・営業利益 25 億円。益率2.0%、酢酸系とアセテート・トウ
- セイフティ(エアバッグ用インフレータ):数量 5,525(インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量))× 価格 0.16(1 個あたりの平均単価(万円、名目))→ 売上 886 億円・営業利益 13 億円。益率1.5%、インフレータ
- スマート・メディカル・ヘルスケア・その他:数量 4,800(対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア)× 価格 10.9%(ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数))→ 売上 522 億円・営業利益 0 億円。益率0.0%、新規・育成事業
倍率:赤字に近く稼ぐ力では値が付かない。EV ÷ 営業利益も 50 倍を超え、利益の倍率では測れない(借金は今の 2,374 億円で見た)。売れる資産の税後 1,420 億円(今の自己資本 3,556 億円の 4 割)に置いた。
確率:AI 向け樹脂の増設が需要の鈍化と重なって過剰になり、インフレータも主力顧客を失う。単一の失敗でなく複数の悪化が重なる道で、確率は低いが、減損が続いた過去を考えて無視しない。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
エンジニアリングプラスチック(POM・LCP・PPS・PBT・COC)
ポリプラスチックスを中心に、金属の代わりになる高機能樹脂を作る。電子・自動車部品向けが中心で、ドイツに COC 工場がある。
| 数量樹脂の販売重量(万トン、推定。実質の数量) | 価格1 トンあたりの平均単価(万円、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 38.0 | 67 | 2,547 | 192 |
| 10 年後 中立 | 45.6 | 88 | 4,004 | 420 |
取り方:POM・LCP・PPS・PBT・COC の販売重量を合計で約 38 万トンと推定し、事業の売上を割った平均単価で置いた。単価の高い LCP・COC の比率が増えると平均単価は物価を上回り、汎用の POM は中国の供給過剰で物価に届かない。数量は AI 向けの LCP・PPS が引っ張る。
マテリアル(酢酸・誘導品・アセテート・トウ・セルロース)
協同酢酸が作る酢酸と誘導品、たばこフィルター用のアセテート・トウを担う。トウは世界でも数社しか作れない。
| 数量酢酸系とトウの販売重量(万トン、推定。実質の数量) | 価格1 トンあたりの平均単価(万円、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 105 | 15 | 1,613 | 150 |
| 10 年後 中立 | 96.6 | 20 | 1,929 | 212 |
取り方:酢酸・誘導品・トウ・セルロース関連の販売重量を合計約 105 万トンと推定し、売上を割った。酢酸は 1 トンあたり数万円、トウは数十万円なので、平均単価は両者の比率で決まる。トウの数量は、たばこ需要の細りで少しずつ減る。
セイフティ(エアバッグ用インフレータ)
自動車のエアバッグを膨らませるガス発生装置。日系の自動車メーカーが主要顧客で、中国・インドを成長市場とする。
| 数量インフレータの販売個数(万個、推定。実質の数量) | 価格1 個あたりの平均単価(万円、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 6,500 | 0.16 | 1,042 | 61 |
| 10 年後 中立 | 7,800 | 0.19 | 1,500 | 150 |
取り方:セイフティ事業の売上 1,042 億円を、年間約 6,500 万個の出荷と推定して割った。個数は世界の自動車生産と 1 台あたりのエアバッグ数の増加、中国・インドでの採用で決まる。価格は自動車メーカーの年次値下げがあり、物価に届かない。
スマート・メディカル・ヘルスケア・その他
電子・光学向けの材料と装置、医療・ヘルスケア向けの製品など、まだ小さい育成事業の集まり。
| 数量対象市場の実質規模(億円、2026 年の物価で)× シェア | 価格ダイセルの取り分(シェア × 物価の指数) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 6,000 | 9.9% | 593 | 10 |
| 10 年後 中立 | 7,020 | 13.2% | 929 | 56 |
取り方:これらの事業が戦う市場を合計 6,000 億円(実質)と推定し、売上 593 億円がそのうちシェア約 9.9% にあたるとした。市場は実質で伸び、価格は物価の指数で上がる。市場規模は開示がなく、競合の規模からの推定である。
リスクと懸念
設備投資の失敗と減損が続く
ドイツの COC 第 2 プラントでは 324 億円の減損が出た。5 年で 3,000 億円の成長投資は、需要を読み違えれば同じ失敗を繰り返す。AI 向け樹脂の増設 880 億円も、需要が鈍れば設備が余る。自己資本を削る癖が、価値の最大の不安だ。
借金の重さと利払いの増加
純有利子負債は 2,374 億円で、時価総額の 6 割を超える。金利が上がる局面では、借り換えのたびに利払いが増える。配当を厚くして投資も増やす計画では、借金が減らず、利益が落ちたときの株主の取り分が大きく減る。
中国の樹脂メーカーの追い上げ
POM は中国の増設で供給過剰が続く。LCP や PPS の中位グレードにも中国勢が入り始めており、値段が物価に追いつかない。ポリプラの強みが薄まれば、樹脂事業の利益率は戻らない。
たばこ需要の減少
アセテート・トウは、たばこの消費が世界で減り続ける構造にある。供給者が少なく値段は安定するが、数量は 10 年で縮む。減少が速まれば、安定した稼ぎの柱が細る。
インフレータの値下げ圧力と中国勢
自動車部品は年次の値下げが当たり前で、利益率が上がりにくい。中国・インドで拡販する先は、現地調達で安く作る地場メーカーとの競争になる。営業利益率 15% の目標は遠い。
中期戦略の未達の繰り返し
前の中期計画は営業利益 600 億円に届かなかった。新しい計画は、2031 年 3 月期に純利益 650 億円と、さらに高い。目標が下方修正されるたびに、市場の評価が下がりやすい。
今後の分かれ目
- AI サーバー向け LCP・PPS の増設が計画どおり稼働し、稼働率が高く保たれたら
- 樹脂事業の利益率が上がり、やや楽観・楽観の確率を上げてよい。
- ドイツの COC で追加の減損が出たら
- 投資判断の質への疑いが強まり、やや悲観・悲観の確率を上げる。
- セイフティの営業利益率が 12% 以上に乗ったら
- 中国・インドの拡販が利益になる証拠で、成長事業の見方を上方に修正する。
- 中国の樹脂メーカーが LCP・PPS の中位グレードで価格を大きく下げたら
- 樹脂事業の価格の伸びを下方修正し、慎重側に寄せる。
- たばこ需要の減少が速まり、アセテート・トウの数量が前年を大きく割り込んだら
- マテリアルの稼ぎの安定を疑い、やや悲観側の確率を上げる。
- 純有利子負債が利益で減り、配当と投資を賄っても借金が薄まったら
- 財務の不安が和らぎ、k の上乗せ(借金)を見直せる。
見ておくもの
- 高機能樹脂(LCP・PPS)の販売数量と増設設備の稼働率
- COC(ドイツ)の稼働率と減損の有無
- セイフティの営業利益率と中国・インドの受注
- アセテート・トウの販売数量とたばこ需要の動向
- 純有利子負債の推移と配当・投資の資金繰り
- 中期戦略 Accelerate 2030 の進捗(営業利益・純利益の目標との距離)
倍率と資本コストの決め方
セグメントごとに数量(実質)× 価格(名目)で 10 年を積み、倍率は利益ベースの正当化 PER を上限に、楽観 9.5 割・やや楽観 9.3 割・中立 9.8 割(中立は 1÷k の下限に合わせた)に置いた。資本コストは基本 7.5% に quality(循環 +0.5・値決め力 0・借金 +0.5・寿命 +0.25 で +1.25%)を足した 8.75%。今の株価・過去の PER や PBR は参照していない。今の純有利子負債が時価総額の 6 割を超えるため、EV ÷ 営業利益も確かめた。悲観は赤字に近いので、売れる資産の税後(概算)から置いた。最後に今の時価総額と比べた。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 12.9→16.71 倍・やや楽観 PER 11.8→15.44 倍・中立 PER 11.5→14.19 倍)。
資本コスト 7.8% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。