結論
エア・ウォーターは、国内の産業ガスで大陽日酸に次ぐ2位とされる会社だ。ガスのほか、医療、防災、LPガス、農産物や食品加工まで手がける複合企業である。筆者の結論は割高。立ち直る道は見えるが、その回復をすでに織り込んだ値段だとみる。
稼ぎの土台は、国内の産業ガスだ。工場の敷地にガス設備を置き、長く売り続ける。会社自身がここを現金を生む柱と呼んでいる。この土台は壊れていない。
壊れたのは、周りの事業と会計への信頼である。架空在庫や循環取引など、不適切な会計がグループ37社に広がり、営業利益を209億円押し上げていた。加えて北米の水素など海外事業で1,079億円の減損を出し、2026年3月期は639億円の最終赤字になった。
筆者がいちばん気にするのは、過去の利益の質だ。水増しが何年も続いた会社の普通の年は、帳簿より低い。損失を先送りする風土は、人を替えてもすぐには消えない。中立では、10年後も営業利益率は7%に届かないと置いた。
強気の筋書きも描ける。事業の2割ほどを手放し、借金を減らし、産業ガスと医療に絞る道だ。うまくいけば10年後の時価総額は今の2倍近くになる。ただ、その確率は高くない。純有利子負債は時価総額の6割に達し、金利の上昇も重い。中立でも10年後の時価総額は今とほぼ同じで、年の稼ぎは1%ほどにとどまる。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、この会社は良い事業と良くない事業の寄せ集めだ。国内の産業ガスと医療は持ち続けたい。顧客が簡単に離れないからだ。一方で、食品、卸、海外の水素などは、資本に見合う稼ぎが出ていない。
次に経営を見る。バリュー投資家は、数字を作る経営者を最も嫌う。損失の先送りを許す文化は、一度見つかっても次の不祥事を生みうる。新しい経営陣が本当に変わったかは、数年の決算で確かめるしかない。
その間、安全域はどこにあるか。今の時価総額は、2028年3月期の回復後の利益に16倍の値を付けている。純有利子負債は時価総額の6割で、金利が上がれば利払いが利益を食う。筆者は、この値段に安全域を見ない。
逆に言えば、悲観の底が深くない点は救いだ。産業ガスの設備資産が床になる。整理を終えた会社が、ROE8%前後の普通の会社に戻るなら、その価値は今より低いが、潰れるほどではない。
何で稼ぐ会社か
事業は大きく3つに分かれる。1つめはデジタル&インダストリーで、産業ガス(酸素・窒素・アルゴン・水素・ヘリウム)と、半導体や電子産業向けのガス・設備を扱う。国内では大口の工場に設備ごとガスを供給し、中小の顧客にはローリーやボンベで届ける。海外はインドや北米で伸ばしてきた。
2つめはヘルス&セーフティーだ。病院への医療ガスや設備、在宅の酸素療法、消防・防災の機器と設備の保守を担う。景気に左右されにくい、安定した収入が続く。
3つめが、その他で、LPガスなどのエネルギー、北海道を軸にした農産物・食品加工、化学品、物流などの寄せ集めだ。売上は全体の4割強を占めるが、利益率は薄い。会社は青果の卸2社とスイーツ2社を手放す方針を決め、売上の2割ほどの事業売却を検討とも報じられた。
2026年3月期のセグメント別の売上は、デジタル&インダストリーが約3,300億円、ヘルス&セーフティーが約2,700億円、その他が約4,700億円である。ただし、デジタル&インダストリーは409億円の赤字で、海外事業の減損がここに入ったとみられる。会計不正の舞台になった子会社は、ヘリウム、防災、エコロッカ、メカトロニクスなど、本業の周辺に広く散らばっていた。
優良さと弱いところ
土台の産業ガスは質がよい。ガスは運んで売るより、工場の隣で作って売るほうが安い。一度設備を置けば、顧客は簡単に切り替えられない。国内では大陽日酸との2社で大半を占めるとされ、値下げ競争も起きにくい。
しかし、会社全体の質は落ちる。約200社に広がる子会社を、買収で急に増やしてきた。調査報告は、予算の必達を求める空気、前会長への権力の集中、内部統制の遅れを挙げている。損失を表に出さない文化があった、ということだ。
資本効率も低い。2025年3月期のROEは9.5%で、資本コストをやや上回る程度だった。しかもその利益に水増しが含まれていた。営業利益率は、ここ10年7%台が天井である。日本酸素ホールディングスが15%近くを稼ぐのと比べると、事業の寄せ集めがそのまま薄い利益率に表れている。
救いは、会社が弱点を認めた点にある。社外取締役が社長に就き、取締役の入れ替えと子会社の整理を約2年で進めると表明した。実行が伴えば、質は戻る。ただ、それを確かめるには数年かかる。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
産業ガスは、世界で年率7%ほどの成長が見込まれる業界だ。半導体、データセンター、医療、脱炭素の需要が押し上げる。供給は長期契約と地域の配送網に守られ、世界ではリンデ、エア・リキード、エアプロダクツ、日本酸素ホールディングスの大手が競う。
国内の需要は事情が違う。鉄鋼や化学といった基礎素材向けは、工場の海外移転で細っていく。伸びるのは半導体や電子材料向けだ。国内のガスは物価並みの値上げができても、数量は伸びにくい。この会社の中核は、そちらの市場である。
海外では、世界大手に規模で負ける。インドや北米で拠点を作ってきたが、北米の水素事業は大きな減損に終わった。すでに高い利益率の欧州事業を買った日本酸素ホールディングスとは、位置が違う。
医療と防災は、人口が減っても高齢化で需要が続く。ただ、病院の経営は厳しく、価格転嫁はゆっくりだ。LPガスは脱炭素で長期の縮小が避けられない。農産物・食品は競争が激しく、利益を出す難しさが残る。
物価3%の世界では、各事業の値上げの力が差になる。ガスは電力費の転嫁ができるが、食品や卸は難しい。会社全体の価格が物価に追いつくかは、事業の中身を入れ替えられるかにかかっている。
資本政策と M&A
資本政策は、ここ数年で向きが変わった。買収で売上高1兆円を超えるまで拡大し、2025年からは利益重視の計画に切り替えた。当時の計画は、2028年3月期に営業利益1,000億円、ROE11%を目指していた。この目標は今となっては遠い。
2026年3月期の配当は、前の期と同じ水準だった。2027年3月期は未定で、会社は減損で資本が減ったことを踏まえ、3〜5年の状況を見て決めるとしている。配当が戻るまでには時間がかかる。
資金繰りの鍵は事業の売却だ。青果卸2社、スイーツ2社を譲渡する方針で、さらに売上の2割ほどの売却検討が報じられた。政策保有株の削減も、前の計画に盛り込まれていた。
買収は止まるだろう。純有利子負債は約3,800億円で、自己資本比率は32%まで下がった。東証は2026年に特別注意銘柄に指定している。TOBの標的になる可能性は低い。むしろ、事業単位で売る側に回る。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
国内の産業ガスは、傷ついていない。ここが稼ぎ続ける。不正会計の損失は、大きな減損ですでに処理が済んだ。2027年3月期の営業利益予想480億円は、底からの回復の最初の一歩である。
新しい社長は社外から来て、しがらみがない。取締役8人のうち5人が社外で、監視の形も変わった。事業の2割を売れば、本業のガスと医療に集中できる。海外のお荷物だった水素も、減損で重荷が軽くなり、減価償却が減って利益が出やすくなる。
半導体向けのガスは世界で伸びる。インドの産業ガスも、拠点が育てば効いてくる。会社の元の計画だった営業利益1,000億円に、数年遅れで届くなら、ROEは10%を超え、値段は今の2倍になる。
減損で自己資本は削られたが、これは過去の損失を一度に出したという意味でもある。新しい経営陣が、悪い数字を先に出し切る姿勢を示した点は評価できる。次の決算からは比べる基準が低くなり、回復が目に見えやすくなる。調査の費用も、いずれ終わる一時のものだ。
慎重な見方
利益の質が疑わしい。209億円の水増しは判明した分だけで、調査委員会自身が供述や資料の真正性への疑いを、完全に払拭したとまではいい切れないと述べている。今の利益は、まだ信用しきれない。
売上高が伸びても、利益率は6〜7%で頭打ちだった。そこに水増しがあった。直しても、会社の稼ぐ力は元の想定より低い。しかも、金利上昇で利払いは10年後に95億円重くなる。借金は時価総額の6割で、利益がぶれれば自己資本が簡単に削られる。
事業の売却は、売れる事業から売れる。売って残るのは、利益率の低い事業かもしれない。約200社の整理には時間がかかり、その間は買収も増配もできない。東証の特別注意銘柄の指定は、すぐには外れない。回復が遅れれば、今の値段の前提が崩れる。
今の値段は、2028年3月期の営業利益649億円という回復を前提にしている。その予想は調査の終わる前に置かれた数字に近く、確度が低い。回復が1年遅れるだけで、PERは20倍を超える。借金の重さを考えれば、割安とは言えない。減損を出したあとも、損失の先送りが残っていないか、まだ誰にも確かめられない。
どちらに重みを置いたか
慎重な見方が強いと判断した。土台の産業ガスは確かだが、それは今の値段に十分織り込まれている。残りの事業は質が低く、経営への信頼の回復には数年かかる。確率は、悲観とやや悲観に厚めに置いた。強気の確率は、事業の売却が計画どおり進む前提でなければ、これ以上乗せられない。10年の悲観は、構造的に負ける筋書きで、この会社に前例がある分だけ厚くした。逆に、国内ガスの土台が壊れていないことは、悲観の床を高くする。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 3,619 円8,298 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 439 円1,007 億円)。 今の値に割り戻すと 2,062 円4,728 億円、今との差 −21.9%、 期待の年率 +4.4%(資本コスト 7.5%)→ やや割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 8% | 7,374 円1.69 兆円 | 828 円1,898 億円 | +210.4% | +12.0% | 656 円1,504 億円 |
| やや楽観 | 18% | 5,647 円1.29 兆円 | 625 円1,434 億円 | +137.4% | +9.0% | 1,129 円2,589 億円 |
| 中立 | 36% | 4,072 円9,336 億円 | 476 円1,091 億円 | +72.1% | +5.6% | 1,637 円3,754 億円 |
| やや悲観 | 24% | 1,783 円4,087 億円 | 311 円712 億円 | −20.8% | −2.3% | 502 円1,152 億円 |
| 悲観 | 14% | 851 円1,951 億円 | 104 円239 億円 | −63.8% | −9.7% | 134 円307 億円 |
| 加重平均 | 100% | 3,619 円8,298 億円 | 439 円1,007 億円 | +53.6% | +4.4% | 4,059 円9,305 億円 |
今の株価時価総額 2,642 円6,057 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.5% を下回るほど割高。
楽観 8% ガスと医療に絞り、半導体とインドが伸びる 利益 926 億円 · PER 17.4 倍 · 株価時価総額 7,374 円1.69 兆円
会社は産業ガスと医療・防災に絞り込む。その他の区分は3割近く縮み、残るのは利益の出る事業だけになる。産業ガスは、半導体向けの特殊ガスとインドの需要で数量が5割以上増え、電力費の転嫁も通して価格は物価を上回る。
海外の拠点は減損後の軽い設備で利益が出始め、営業利益率は全体で9%近くまで上がる。内部統制は定着し、不祥事は再発しない。配当は純利益の3割台まで戻る。強い堀のあるガス会社として、市場は倍率を戻して評価する。それでも、会社の規模は世界大手には及ばない。国内2位の地位を守りながら、医療と半導体で稼ぐ会社になる。
- デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連):数量 1,705(供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定))× 価格 280(1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目))→ 売上 7,161 億円・営業利益 895 億円。数量1.55倍、利益率12.5%
- ヘルス&セーフティー(医療・防災):数量 100(取引先の施設数(千か所))× 価格 456(1施設当たりの年間売上(万円、名目))→ 売上 4,564 億円・営業利益 342 億円。数量1.25倍、利益率7.5%
- その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか):数量 702(取扱量(万トン換算の推定))× 価格 6.97(1トン当たり売上(万円、名目))→ 売上 4,893 億円・営業利益 245 億円。数量0.78倍、利益率5%
倍率:事業の純利益 926 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 13.0% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.3%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 17.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 17.4 倍。全体の PER 17.42 倍、時価総額 16,131 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:事業の整理、半導体向けとインドの成長、ガバナンスの立て直しが、10年かけて全部うまくいく筋書き。実現すれば大きいが、揃う確率は1割弱。
やや楽観 18% 整理を終え、ふつうに強い会社へ 利益 732 億円 · PER 16.4 倍 · 株価時価総額 5,647 円1.29 兆円
売却と構造改革が終わり、会社は産業ガスと医療・防災を軸にする。産業ガスは数量が4割ほど増え、価格も物価並みより少し上がる。営業利益率は全体で8%近くまで上がり、不正前の水準を超える。
借金は減り、利払いの重さは和らぐ。配当は純利益の3割で安定する。ただし、海外ガスは世界大手に規模で劣り、利益率の伸びは限られる。会社は、ROE9〜10%で安定して利益を出す、堅実な会社になる。市場も、不祥事の記憶が薄れるにつれて、その堅実さを評価し直す。ただ、海外ガスは世界大手に規模で負け、利益率の伸びは限られる。会社の価値は、今の値段をやや下回ったまま安定する。
- デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連):数量 1,562(供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定))× 価格 274(1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目))→ 売上 6,420 億円・営業利益 725 億円。数量1.42倍、利益率11.3%
- ヘルス&セーフティー(医療・防災):数量 93.6(取引先の施設数(千か所))× 価格 453(1施設当たりの年間売上(万円、名目))→ 売上 4,241 億円・営業利益 288 億円。数量1.17倍、利益率6.8%
- その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか):数量 666(取扱量(万トン換算の推定))× 価格 6.97(1トン当たり売上(万円、名目))→ 売上 4,642 億円・営業利益 204 億円。数量0.74倍、利益率4.4%
倍率:事業の純利益 732 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 11.3% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.4%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 16.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 16.4 倍。全体の PER 16.42 倍、時価総額 12,019 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:整理が計画どおり進み、国内ガスの安定と医療の成長が、不正前の水準を上回る筋書き。中立より少しだけ良く、起こる確率は2割弱。
中立 36% 物価並みに伸びるが、実質の成長は乏しい 利益 555 億円 · PER 15.0 倍 · 株価時価総額 4,072 円9,336 億円
10年後の会社は、今より小さく締まっている。その他の区分は売却で3割ほど縮み、残る事業の利益率は4%近い。産業ガスは半導体向けの伸びで数量が3割増えるが、国内の基礎素材向けの縮小で全体の成長は抑えられる。
価格は物価並みの1.34倍。営業利益は約950億円で、利益率は7%に届かない。内部統制の費用は残り続け、金利の上昇で利払いも重い。ROEは資本コストと同じ8%前後で、可もなく不可もない会社になる。売却で得た資金で借金は減り、財務は安定する。ただ、新しい成長の柱は見つからず、会社の価値は物価の伸びに沿って増えるだけだ。
- デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連):数量 1,430(供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定))× 価格 268(1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目))→ 売上 5,749 億円・営業利益 575 億円。数量1.30倍、利益率10%
- ヘルス&セーフティー(医療・防災):数量 88.0(取引先の施設数(千か所))× 価格 450(1施設当たりの年間売上(万円、名目))→ 売上 3,957 億円・営業利益 237 億円。数量1.10倍、利益率6%
- その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか):数量 639(取扱量(万トン換算の推定))× 価格 6.97(1トン当たり売上(万円、名目))→ 売上 4,454 億円・営業利益 169 億円。数量0.71倍、利益率3.8%
倍率:事業の純利益 555 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 9.4% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.4%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.0 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.0 倍。全体の PER 15.03 倍、時価総額 8,342 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:強気と慎重の見方の中間。ガスは物価並みに伸び、整理は終わるが、利益率は元の想定に戻らない。慎重な見方が強いため、中立の確率は3割台半ばにとどめた。
やや悲観 24% 整理は進むが、残った事業の稼ぐ力が弱い 利益 346 億円 · PER 8.9 倍 · 株価時価総額 1,783 円4,087 億円
売却は終わるが、買い手のつかなかった事業が残る。産業ガスは、世界大手が国内外で価格を仕掛け、物価に値上げが追いつかない。数量は1割ほどしか増えない。ヘルス&セーフティーも、病院の経営難で利益率が下がる。
内部統制の費用が重く、営業利益率は5%台にとどまる。海外の水素やインドは、投資を抑えざるを得ず、成長の柱にならない。配当は純利益の2割台で、増える余地は小さい。会社は、資本コストを下回る利益しか稼げない。売却と整理に10年近くかかり、新しい事業を育てる余裕がない。市場は、この会社を成長性のない会社と評価する。
- デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連):数量 1,232(供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定))× 価格 260(1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目))→ 売上 4,805 億円・営業利益 408 億円。数量1.12倍、利益率8.5%、価格転嫁が遅れる
- ヘルス&セーフティー(医療・防災):数量 80.0(取引先の施設数(千か所))× 価格 436(1施設当たりの年間売上(万円、名目))→ 売上 3,490 億円・営業利益 181 億円。数量1.00倍、利益率5.2%
- その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか):数量 594(取扱量(万トン換算の推定))× 価格 6.76(1トン当たり売上(万円、名目))→ 売上 4,015 億円・営業利益 120 億円。数量0.66倍、利益率3.0%
倍率:ROE 5.5% は k 7.5% 以下なので、ためた利益は額面未満の価値で PER は 1÷k=12.1 倍まで。ROE 5.5% は資本コストを下回る。PER は 1÷k を割り込むとみて、その7.3割の 8.85 倍に置いた。
確率:売却で残った事業が思ったより稼げず、ガスも価格競争に巻き込まれる筋書き。この会社の事業構成と過去の利益率を考えると、起こりやすい。
悲観 14% 構造的に負け、普通の会社以下になる 利益 95 億円 · PBR 0.5 倍 · 株価時価総額 851 円1,951 億円
整理が中途半端に終わる。不正会計の再発か、新たな減損が出て、自己資本がさらに800億円ほど削られる。格付けが下がり、借り換えの金利は国債に3%以上を上乗せする水準になる。
産業ガスでは、世界大手が国内でも半導体向けの大型契約を取り、数量は伸びない。価格転嫁も遅れ、物価に追いつかない。その他の区分は、赤字を垂れ流す事業が残る。営業利益は330億円まで落ち、純利益は100億円に届かない。会社は、他社に事業を売られる側になる。国内の産業ガスは残るが、それだけでは会社全体の穴を埋められない。株主にとっては、長い停滞になる。
- デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連):数量 1,045(供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定))× 価格 244(1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目))→ 売上 3,825 億円・営業利益 230 億円。数量0.95倍、価格競争で値上げが遅れる
- ヘルス&セーフティー(医療・防災):数量 70.4(取引先の施設数(千か所))× 価格 409(1施設当たりの年間売上(万円、名目))→ 売上 2,882 億円・営業利益 115 億円。数量0.88倍、利益率4%
- その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか):数量 522(取扱量(万トン換算の推定))× 価格 6.24(1トン当たり売上(万円、名目))→ 売上 3,257 億円・営業利益 65 億円。数量0.58倍、利益率2%
倍率:構造的に負けた会社。純利益は小さいので稼ぐ力でなく売れる資産で測る。産業ガスの設備・医療・防災などの売却価値(税後)から純有利子負債を引いた株主の取り分を床とし、追加の減損と信頼の喪失を見込んで今の自己資本に 0.5 倍を掛けた。EV÷営業利益は約 19 倍。
確率:10年のうちに、内部統制の問題が再発する、世界大手との価格競争に負ける、海外投資の失敗が続く、のどれかが起きて、優良とは言えなくなる確率。この会社には前例があるため、1割台半ばとした。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
デジタル&インダストリー(産業ガス・半導体関連)
国内外の産業ガスと、半導体・電子産業向けのガス・設備。国内の工場への長期供給が土台で、インドや北米の海外ガスも含む。
| 数量供給量(ガス換算、万トン。設備売りは換算した推定) | 価格1トン当たり単価(ドル、150円/ドル固定の名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 1,100 | 200 | 3,299 | −409 |
| 10 年後 中立 | 1,430 | 268 | 5,749 | 575 |
取り方:売上は新区分の開示(3,299億円)。数量は開示が無いため、国内外のガス供給量を万トン換算で推定し、単価を日本酸素ホールディングスの日本セグメント並みの200ドル/トンに置いて逆算した。営業利益は新区分の区分利益で、海外事業の減損が入った赤字。
ヘルス&セーフティー(医療・防災)
病院向けの医療ガス・設備、在宅酸素療法、消防・防災の機器と保守。
| 数量取引先の施設数(千か所) | 価格1施設当たりの年間売上(万円、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 80.0 | 336 | 2,685 | 104 |
| 10 年後 中立 | 88.0 | 450 | 3,957 | 237 |
取り方:売上は新区分の開示(2,685億円)。病院・介護施設・在宅・防災の顧客を合わせて約8万か所と推定し、1か所当たりの売上を逆算した。施設数は確かな開示がなく、推定である。
その他(エネルギー・アグリ&フーズ・化学・物流ほか)
LPガスなどのエネルギー、北海道を軸にした農産物と食品加工、化学品、物流。売却の対象は主にこの区分から出る。
| 数量取扱量(万トン換算の推定) | 価格1トン当たり売上(万円、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 900 | 5.20 | 4,684 | 115 |
| 10 年後 中立 | 639 | 6.97 | 4,454 | 169 |
取り方:売上は新区分の開示(4,684億円)。LPガス・食品・化学品・物流の取扱量を重量換算で約900万トンと推定した。品目が混ざるため、単価5.2万円/トンは平均の目安にすぎない。
リスクと懸念
会計不正の再発と調査の長期化
調査委員会は、供述や資料の真正性への懸念を完全には払拭できないと述べた。子会社は約200社あり、まだ見つかっていない損失が残る恐れがある。追加の減損や過年度の修正が出れば、自己資本と市場の信頼が同時に傷つく。東証の特別注意銘柄の指定の解除も遅れる。株主は、調査の結果が出るたびに数字を修正しなければならない。
借金の重さと金利の上昇
純有利子負債は約3,800億円で、時価総額の6割に当たる。自己資本比率は32%まで下がった。借り換えのたびに、国債3%に上乗せした金利が適用される。利払いは10年後に年95億円ほど増える見込みで、利益が削られる。売却が遅れれば、借金は減らない。売却が遅れるほど、金利の負担が積み上がる。
事業売却の遅れと、売って残る事業の質
売上の2割ほどを手放す検討が報じられた。ただ、買い手がつくのは利益の出る事業からだ。残った事業の利益率が低ければ、会社全体の稼ぐ力は上がらない。売却の価格が低ければ、借金の返済も進まず、減損が増えることもある。売却先の選び方次第で、会社の価値が変わる。
海外事業の投資回収
北米の水素など海外事業で、大きな減損が出た。インドや北米のガスは、世界大手に規模で劣る。投資は止めざるを得ず、成長の柱になるのか疑わしい。国内の産業ガスが稼いだお金を海外で失う構図が続けば、資本効率は戻らない。投資の判断を誤ってきた経営の責任は、まだ問われている。
国内の基礎素材向けガスの縮小
鉄鋼や化学など、国内の基礎素材の工場向けのガスは、長期に細る。半導体や電子材料向けの伸びが、その縮小を埋められなければ、会社の中核の事業が縮む。世界大手が国内の半導体向けで大型契約を取る可能性もある。成長のための資金も、この縮む事業から出ている。
経営の入れ替えに伴う移行の混乱
取締役8人が総会で全員入れ替わり、社長は社外取締役から就いた。経営の経験が浅い体制で、約200社の整理を2年ほどで進める難しさがある。現場の力が落ちる、優秀な人が抜ける、といった副作用も起こりうる。経営体制が落ち着くまでは、リスクとして残る。
今後の分かれ目
- 追加の調査で、新たな不正や損失が見つかる
- 自己資本が削られ、借金の比率が上がる。信頼の回復が数年遅れ、慎重な筋書きの確率が上がる。
- 事業の売却が、売上の2割に近い規模で、計画どおり終わる
- 借金が減り、利益率の低い事業が整理される。中立の利益率が上方に動き、やや楽観の筋書きに近づく。
- 東証の特別注意銘柄の指定が、2年以内に解除される
- 市場の信頼が戻り、倍率が上がる。強気の確率が高まる。
- 半導体向けとインドのガスで、大型の長期契約を取る
- 産業ガスの数量が上ブレし、全体の利益率を押し上げる。強気の筋書きの重みが増す。
- 世界的な不況で、国内の鉄鋼や化学の生産が大きく落ちる
- 産業ガスの数量が2割近く減り、借金の重い会社の利益が急に落ちる。10年の悲観の筋書きに近づく。
- 世界大手が国内の半導体向けで、価格を下げて契約を奪う
- 価格が物価に追いつかず、中核の利益率が下がる。10年の慎重な筋書きに近づく。
見ておくもの
- 2027年3月期の営業利益(会社予想480億円)が達成されるか
- 事業売却の進み方と、売却代金による借金の減り方
- 東証の特別注意銘柄の指定の解除と、追加の調査結果
- 配当の再開時期と水準
- デジタル&インダストリーの区分利益が赤字から黒字に戻る時期
- 海外(インド・北米)の産業ガスの利益率
倍率と資本コストの決め方
今の PER が赤字で意味を持たず、PBR1.6倍や2028年3月期予想の16倍といった今の値段は、倍率を決める材料にしていない。セグメントごとに数量と価格から利益を積み上げ、ROE が資本コスト付近のため正当化 PER が 1÷k(k7.5%)の約12倍になることを出発点にした。2026年3月期の純損失(約640億円)は一回限りの減損が主なので、自己資本の流れの起点は net_start_oku(300億円)で置き、10年後の自己資本は『今+純利益の合計-還元』に合わせた。リースは IFRS 適用済みで、純有利子負債の形は今と同じ。純現金ではなく、余った現金は無い。 資本コストは基本7.5%に優良度(循環・重い純負債)+0.75%を足した8.25%で、倍率は上限の9割(中立10.9倍)に置いた。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 12.61→17.42 倍・やや楽観 PER 12.12→16.42 倍・中立 PER 10.91→15.03 倍)。
資本コスト 7.5% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% に quality +0.75%(循環 +0.25、重い純有利子負債 +0.5)を足して 8.25%。直近は最終赤字だが事業が傾いて存続が危ぶまれる状態ではないので extra は 0。会計不正そのものと利益の質への信頼の傷は k に足さず、筋書きの利益率と悲観の確率で表した。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 8.25% → 7.50%。