結論
松本油脂製薬は、化学繊維に使う油剤や糊を主力に、熱で膨らむ樹脂の微粒子「マツモトマイクロスフェアー」を育ててきた化学メーカーだ。売上の約 7 割が海外で、最大の得意先は中国の繊維メーカーである。筆者の結論は「適正」。本質価値は今の値段とほぼ同じで、割安でも割高でもない。
稼ぐ力は本物だ。営業利益率は 20% 前後で、化学の中堅としては高い。自己資本比率は 84% で、純現金は 341 億円で、3 か月超の定期預金・短期の有価証券 212 億円を足すと約 550 億円と時価総額の 8 割近くに及ぶ。財務の不安はなく、不況でも赤字になりにくい。
ただし、伸びる会社ではない。主力の繊維向けは国内で縮み、海外は中国勢との値下げ競争が続く。物価の分だけ売上が増えても、利益率が今より上がる理由は乏しい。成長を引っ張るのはマイクロスフェアーだ。売上の 2 割ほどだが、利益では 3 割近くを稼ぐと推定する。
評価を押し下げるのは資本の使い方だ。利益のうち配当に回すのは 16% で、現金は年々たまる。大株主の松本興産が株を増やし、買収防衛策も続いているため、余った現金が株主に戻るのは半分程度と見る。
10 年後の中立の営業利益は約 110 億円で、今の 1.35 倍ほどだ。倍率は、資本の稼ぎが資本コストをわずかに上回る水準にとどまる。厚い現金が下値を支える一方、上値は重い。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点でまず見るのは、「この事業を 10 年持ち続けて、稼ぎは守られるか」だ。繊維の薬剤は、顧客の工程に溶け込んだ堀を持つが、世界の繊維産業の重心が動いており、守りの色が濃い。マイクロスフェアーは技術の堀を持つが、最大手の Nouryon と中国勢の間で、規模の勝負になりかねない。どちらも「永遠に伸びる」とは言えない。
次に、株主のものになる利益、つまり事業を維持するための投資を引いた利益を見る。この会社は設備が軽く、利益の大半が株主のものになる。事業の質としては良い。ただし、その利益は 3 割しか配当や自社株買いで外に出ず、残りは現金になっている。現金を 2% で回すだけなら、株主から見れば、積んだ額ほどの価値はない。
経営の資本配分は、評価がいちばん割れるところだ。借金をせず、無理な買収をしない点は堅実で好ましい。ただ、金庫株を抱え、配当を絞り、買収防衛策を続ける姿勢は、大株主には都合がよくても、少数株主には物足りない。筆者は、余った現金の価値を帳簿の半分で見る。
安全域は、現金と、赤字になりにくい事業の 2 つが支える。一方、利益率が過去最高圏にあり、ここから上は見込みにくい。今の値段は、中立の筋書きの価値とほぼ釣り合う。割安と呼ぶには、現金が戻るという確信が足りない。割高と呼ぶには、下値が固すぎる。
何で稼ぐ会社か
稼ぎの柱は、繊維向けの薬剤だ。糸をつくる時の油剤、織る前の糊、染めたあとの仕上げ剤と、繊維づくりのほぼ全工程で使われる。売上の約 7 割は界面活性剤、つまり水と油をなじませ、表面をなめらかにする薬剤である。顧客は化学繊維メーカーや紡績・織布の工場だ。顧客の所在地で見ると、中国が 35%、中国以外のアジアが 22% を占め、日本は 31% しかない。
第二の柱は高分子・無機製品で、売上の約 3 割になる。ここに、熱で膨らむ微粒子「マツモトマイクロスフェアー」が入る。樹脂の殻にガスを包んだ粒で、加熱すると何倍にも膨らむ。建築内装、自動車、インキ、繊維の分野で使われ、素材を軽くしたり、手触りや断熱性を足したりする。1979 年に販売を始めた、この会社の第二の看板だ。
販路には癖がある。連結売上の 32% は商社の丸紅ケミックス経由で、11% は持分法適用の関連会社、日本クエーカー・ケミカル向けだ。海外の顧客と直接つながる力より、商社の網に頼る部分が大きい。台湾とインドネシアには連結子会社があり、現地の繊維メーカーに薬剤と糊を売る。ただ、アジアの営業利益は 2 億円ほどで、利益の 97% は日本が稼ぐ。
開示は製品別までで、マイクロスフェアー単独の売上と利益は出ていない。筆者は、高分子・無機製品から糊などを除いた約 85 億円、営業利益率 27% 前後と推定する。残りの繊維向けが約 300 億円で、営業利益率は 19% ほどだ。工場や設備は軽く、有形固定資産は全社で 67 億円にすぎない。稼いだ現金の使い道に迷う、軽い事業である。
優良さと弱いところ
この会社の強みは、顧客の工程に合わせて薬剤を調合し、長く使われ続けることだ。油剤は糸の太さや紡ぐ速度、染めの条件で配合が変わる。一度合格した薬剤は、安さだけでは入れ替えにくい。営業利益率は 2023 年度以降 20% 前後を保ち、汎用の化学品とは違う稼ぎ方をしている。
資本の面でも堅い。自己資本比率は 84% で、借金はなく、有形固定資産も小さい。リーマン危機の 2009 年度でも営業利益は黒字を守った。ただ、その年の営業利益率は 1.5% まで落ちた。不況に強いのは、赤字にならないという意味であって、利益が減らないという意味ではない。
弱い点は 3 つある。1 つ目は、商社経由が売上の 3 割を超え、顧客との距離が遠いこと。2 つ目は、売上の 6 割近くを中国とアジアに頼り、現地の繊維メーカーの景気と値下げ要求に左右されること。3 つ目は、資本効率の低さだ。自己資本利益率は 9% 前後で、10 年前からほとんど変わらない。利益はまずまず出ても、現金が積み上がって割り算の分母が膨らんでいる。
競争相手は、紡糸油剤では竹本油脂やドイツの Zschimmer & Schwarz、中国の地場メーカー。マイクロスフェアーでは、オランダ系の Nouryon(Expancel)が最大手と言われ、積水化学工業、クレハ、中国勢が続く。世界のシェアは公表されておらず、「高いシェアを持つ」とされるのは会社側の説明にとどまる。筆者は、油剤は中国勢に削られやすい守りの事業、マイクロスフェアーは技術で守る攻めの事業と見る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
繊維向けの薬剤は、世界の化学繊維の生産と一緒に動く。化学繊維の生産は中国が大半を占め、日本の繊維産業は縮んできた。国内の顧客は工場の統合や廃業を続けており、直近の決算でも国内の繊維向けは再編で縮小したと説明している。海外は伸びる余地があるが、今は世界的な衣料不況で顧客の業績が弱く、インドネシアの洪水で発注が止まった例もあった。
中国では、地場の薬剤メーカーが力をつけている。値段は原料の動きに連動し、しかも現地の顧客は値下げを求める。物価が年 3% 上がる世界でも、油剤の価格が同じ幅で上がるとは限らない。筆者は、繊維向けの数量は 10 年でほぼ横ばい(国内は 4 割ほど減り、海外が少し増える)、価格は物価より少し低い 1.3 倍と置く。
成長の目はマイクロスフェアーにある。熱で膨らむ微粒子の世界市場は、調査会社の推計で 2026 年に 7 億ドル前後、2031 年までに年 9% ほど伸びるとされる。ただ、調査ごとに市場の定義が大きく違い、桁が変わるものもある。筆者は、市場を約 1,100 億円(実質)、数量の伸びを年 4.5% と控えめに置く。
用途の追い風は、自動車の軽量化、建築内装の機能化、紙・インキの発泡だ。逆風は、中国勢の参入と、最大手の Nouryon が米国の工場を増やしていることだ。市場が伸びても、価格競争で利益率が削られれば成果は薄い。この会社が戦えるかどうかは、標準品の値段ではなく、顧客の用途に合わせた粒の設計で決まる。
景気との関係は、繊維の薬剤は衣料の消費に、微粒子は自動車と住宅に左右される。この会社の利益は 2022 年度以降に急に上がった。円安の追い風もあり、10 年先の標準としてはやや高い水準にある。
資本政策と M&A
配当は利益の 16% で、化学の中堅としては低い。過去 5 年の還元は、配当と、2023 年 3 月期の自社株の取得を合わせて利益の 3 割ほどだ。残りは現金として積み上がり、純現金は 341 億円(短期の有価証券を足すと約 553 億円)になった。必要な設備投資は小さく、現金の使い道が見えにくい。
自己株式は発行済み株式の 36% に達している。買い入れたまま消却せず、金庫株として持っているため、1 株あたりの数字は見かけ以上に締まっている。一方で、これは「戻す」と「抱える」の中間にある。金庫株は将来の再売却や資本提携の弾にもなりうる。
株主構成は、大株主の松本興産が 15〜18%、個人や事業会社が数%ずつという形で、安定株主が厚い。2026 年 5 月には松本興産が持ち株を増やし、同じ月に会社は買収防衛策の継続を開示した。安定株主が厚く、買収防衛策もある会社では、余った現金が株主に戻る速度は遅くなる。筆者は、余った現金の戻り方を 0.5 とした。
M&A の大型案件は見当たらない。買う側の可能性は低く、買われる側では、現金が厚くて小粒、防衛策もあるため、敵対的な買収は考えにくい。友好的な再編は 10 年のうちに起こりうる。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
この会社は、現金の厚い高収益企業が、成長事業を抱えている姿だ。営業利益率は 20% 前後で、有形固定資産は 67 億円しかない。少ない資産で稼ぐ、資本の軽い事業である。
マイクロスフェアーはこれから効く。世界の市場は軽量化と機能化の需要で年 5% を超えて伸び、この会社は 1979 年から続く製造の蓄積を持つ。上位の一角として、用途ごとに粒を設計できる。売上 85 億円が 10 年で 2 倍を超え、営業利益率が 29% まで上がれば、この事業だけで利益は 70 億円に迫る。
繊維向けも侮れない。国内が縮んでも、海外の化学繊維の需要は人口と所得の増加で伸びる。長年の取引で顧客の工程に入り込んでおり、配合の細部は他社が簡単にまねできない。物価が 3% 上がる世界では、薬剤の値段も上がる。利益率を 20% に保てば、営業利益は 160 億円に届く。
資本政策にも変化の芽がある。純現金は時価総額の半分に近く、PBR の低さと防衛策の整備は、株主からの要求を呼びやすい。配当性向が上がれば、積み上がった現金が評価に乗る。松本興産が持ち株を増やしているのは、会社の価値に自信がある証拠とも読める。
慎重な見方
繊維は、日本の会社が負け続けてきた産業だ。化学繊維の生産は中国に集まり、現地の薬剤メーカーが育っている。この会社の売上の 6 割近くは中国とアジアで、顧客が値下げを求める立場にある。国内は顧客の廃業が続き、直近の決算でも海外・国内とも売上が落ちた。
利益率は過去最高圏にある。2022 年度までの営業利益率は 15% 前後で、その後の 20% は円安と好調な市況に押し上げられた面がある。為替が 150 円で止まる前提でも、価格競争が戻れば、利益率は 15% に落ちる。そのうえ、売上の 3 割以上を商社経由の 1 社に頼っており、顧客との距離が遠い。
マイクロスフェアーも安泰ではない。最大手の Nouryon は米国で工場を増やし、中国勢が参入している。標準的な品種で値段が崩れれば、27% の利益率は保てない。しかも、この事業の実力は開示されておらず、期待が先行しやすい。
資本政策がいちばん重い。配当は利益の 16%、金庫株は発行済みの 36%、買収防衛策は継続。現金は株主に戻らず、会社の中に積まれていく。余った現金を使った買収が失敗すれば、現金は減る。戻ると信じて評価に足せば、期待は裏切られやすい。
どちらに重みを置いたか
事業の質と現金の厚さは、強気の見方が正しい。ただし、利益率の高さが 10 年続く根拠は弱く、現金が株主に戻る確信も持てない。強い方は慎重な見方で、確率を悲観側に少し寄せた。
具体的には、楽観を 6%、悲観を 12% に置いた。同じ領域の会社が 8% と 10% 前後なので、楽観は低め、悲観は高めになる。理由は、利益率が過去最高圏にあり、売上の 3 割以上を商社経由の 1 社に頼り、資本の戻り方が読みにくいことだ。一方、悲観でも今の時価総額の 8 割ほどの価値が残る。現金と、赤字になりにくい事業が下値を固めるからである。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 55,849 円1,620 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 7,703 円223 億円)。 今の値に割り戻すと 33,883 円983 億円、今との差 +37.2%、 期待の年率 +9.9%(資本コスト 7.0%)→ 割安
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 6% | 90,204 円2,617 億円 | 10,513 円305 億円 | +307.8% | +15.1% | 6,043 円175 億円 |
| やや楽観 | 20% | 74,710 円2,167 億円 | 8,997 円261 億円 | +238.9% | +13.0% | 16,741 円486 億円 |
| 中立 | 38% | 64,800 円1,880 億円 | 7,997 円232 億円 | +194.7% | +11.4% | 27,663 円803 億円 |
| やや悲観 | 24% | 35,328 円1,025 億円 | 6,928 円201 億円 | +71.1% | +5.5% | 10,142 円294 億円 |
| 悲観 | 12% | 19,934 円578 億円 | 4,757 円138 億円 | 0.0% | 0.0% | 2,963 円86 億円 |
| 加重平均 | 100% | 55,849 円1,620 億円 | 7,703 円223 億円 | +157.3% | +9.9% | 63,551 円1,844 億円 |
今の株価時価総額 24,700 円717 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.0% を下回るほど割高。
楽観 6% マイクロスフェアーが育ち、繊維も値を保つ 利益 131 億円 · PER 18.7 倍 · 株価時価総額 90,204 円2,617 億円
マイクロスフェアーの用途が広がり、世界の市場が年 6% で伸びる。この会社はシェアを 9% 近くまで上げ、売上は 240 億円に迫る。営業利益率は 29% まで上がり、微粒子だけで営業利益は 70 億円に届く。
繊維向けは、海外の化学繊維の需要が堅く、国内の縮みを補う。価格は物価を少し上回る 1.38 倍まで上がり、薬剤の調合力が値決めにつながる。営業利益率は 20% を保つ。
全社の営業利益は 160 億円と今の 2 倍になる。それでも現金は積み上がり、自己資本利益率は 11% 台にとどまる。配当は利益の 3 割に高まるが、大きな資本政策の変更はない。
- 繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤):数量 71.3(出荷量(千トン))× 価格 6.21(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 443 億円・営業利益 89 億円。売上 443 億円・営業利益率 20.0%
- マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など):数量 5.0(出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア)× 価格 47(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 239 億円・営業利益 69 億円。売上 239 億円・営業利益率 29.0%
- 非繊維の界面活性剤ほか:数量 8.0(出荷量(千トン))× 価格 4.86(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 39 億円・営業利益 4 億円。売上 39 億円・営業利益率 11.0%
倍率:事業の純利益 121 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 13.3% が k 7.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.1%、10 年より先の名目の伸び g 3.5% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 18.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 18.7 倍 + 余った現金(戻り方込み)344 億円。全体の PER 18.71 倍、時価総額 2,617 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:微粒子が用途を広げ、中国の繊維向けも値を保つ両方がそろう必要がある。利益率が過去最高圏にある分、確率は低めに置いた。
やや楽観 20% 微粒子が伸び、油剤は横ばいで持ちこたえる 利益 108 億円 · PER 18.4 倍 · 株価時価総額 74,710 円2,167 億円
マイクロスフェアーの市場は年 5% 余りで伸び、この会社はシェアをわずかに上げる。売上は 200 億円近くになり、営業利益率は 27% 台を保つ。自動車の軽量化と建築内装の用途が、需要を支える。
繊維向けは数量がほぼ横ばいで、価格は物価に近い 1.32 倍。営業利益率は 18% 台と、今よりわずかに下がるだけで済む。国内の縮みを海外が補い、商社経由の取引も崩れない。
全社の営業利益は 130 億円ほどで、今の 1.6 倍になる。配当性向は 3 割弱まで上がるが、現金の積み上がりは続く。大きな買収も、株主還元の転換もない。会社の方針の範囲で、無理のない上振れである。
- 繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤):数量 66.7(出荷量(千トン))× 価格 5.94(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 396 億円・営業利益 73 億円。売上 396 億円・営業利益率 18.5%
- マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など):数量 4.2(出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア)× 価格 47(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 197 億円・営業利益 54 億円。売上 197 億円・営業利益率 27.5%
- 非繊維の界面活性剤ほか:数量 8.0(出荷量(千トン))× 価格 4.86(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 39 億円・営業利益 4 億円。売上 39 億円・営業利益率 9.5%
倍率:事業の純利益 98 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 12.6% が k 7.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.8%、10 年より先の名目の伸び g 3.5% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 18.3 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 18.3 倍 + 余った現金(戻り方込み)378 億円。全体の PER 18.35 倍、時価総額 2,167 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:微粒子の伸びが市場並みで、油剤は国内の縮みを海外で補う。会社の予想(営業利益 81 億円の横ばい)よりは良いが、無理のない上振れ。
中立 38% 繊維は横ばい、微粒子が稼ぎを押し上げる 利益 93 億円 · PER 18.0 倍 · 株価時価総額 64,800 円1,880 億円
繊維向けは、国内が 4 割ほど減り、海外が 1 割ほど増えて、全体の数量はほぼ横ばい。価格は物価よりやや低い 1.3 倍で、中国勢との競争が値上げの重しになる。営業利益率は 17.5% まで下がる。
マイクロスフェアーは、市場が年 4.5% で伸びる一方、中国勢の参入でシェアが 7.7% から 7.2% へ下がる。売上は 165 億円、営業利益率は 26% で、営業利益は 43 億円。全社の利益の 4 割近くを稼ぐ。
全社の営業利益は約 110 億円で、今の 1.35 倍。自己資本利益率は、現金を除いた事業で 9% 台、全体では 6% 台にとどまる。配当は利益の 3 割弱で、現金の積み上がりは続く。
- 繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤):数量 64.0(出荷量(千トン))× 価格 5.85(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 375 億円・営業利益 66 億円。売上 374 億円・営業利益率 17.5%
- マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など):数量 3.5(出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア)× 価格 47(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 165 億円・営業利益 43 億円。売上 165 億円・営業利益率 26.0%
- 非繊維の界面活性剤ほか:数量 7.6(出荷量(千トン))× 価格 4.86(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 37 億円・営業利益 3 億円。売上 37 億円・営業利益率 9.0%
倍率:事業の純利益 82 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 11.9% が k 7.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.5%、10 年より先の名目の伸び g 3.5% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 18.0 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 18.0 倍 + 余った現金(戻り方込み)399 億円。全体の PER 18.01 倍、時価総額 1,880 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:微粒子の市場が控えめに伸び、油剤は数量が横ばい、価格が物価よりやや低い。もっとも起こりやすい形。
やや悲観 24% 中国勢に削られ、利益が細る 利益 62 億円 · PER 12.4 倍 · 株価時価総額 35,328 円1,025 億円
中国の地場メーカーが、繊維向けの油剤で顧客を奪う。数量は 15% 減り、価格も物価に届かない 1.22 倍。営業利益率は 13.5% まで下がる。商社経由の取引が細る影響も出る。
マイクロスフェアーは、市場が伸びても標準品の価格競争に巻き込まれ、シェアが 6% 台へ下がる。価格は 1.28 倍にとどまり、営業利益率は 21% に下がる。
全社の営業利益は 70 億円と、今よりわずかに低い。現金は積み上がるが、事業の稼ぎが細るので、評価は伸びない。資本の戻りも遅く、評価は事業の稼ぐ力がそのまま決める。会社はつぶれず、配当も保つが、10 年を通じて株主にとっては退屈な展開になる。
- 繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤):数量 56.1(出荷量(千トン))× 価格 5.49(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 308 億円・営業利益 42 億円。売上 308 億円・営業利益率 13.5%
- マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など):数量 3.0(出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア)× 価格 45(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 135 億円・営業利益 28 億円。売上 135 億円・営業利益率 21.0%
- 非繊維の界面活性剤ほか:数量 7.0(出荷量(千トン))× 価格 4.71(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 33 億円・営業利益 2 億円。売上 33 億円・営業利益率 6.0%
倍率:事業の ROE 8.8% は k 7% をわずかに上回るだけで、この筋書きは利益が年 1〜2% 縮むので、超過の稼ぎは見込まず 1÷(k − g)=約 12.4 倍に置いた。余った現金は帳簿の半分で足した。
確率:中国の地場メーカーと商社経由の価格圧力は実際に起きている。利益率が過去最高圏にあるため、戻りの確率をやや厚く置いた。
悲観 12% 構造的に押され、現金だけが残る 利益 30 億円 · PER 9.4 倍 · 株価時価総額 19,934 円578 億円
繊維向けの顧客が中国の薬剤メーカーへ乗り換え、国内の顧客も廃業が進む。数量は 3 分の 2 に減り、価格は 1.1 倍まで抑えられて、営業利益率は 8% に落ちる。
マイクロスフェアーも、中国勢と最大手に挟まれ、標準品の値が崩れる。シェアは 5% 台へ下がり、営業利益率は 14%。高い利益率を支えた技術の優位が、薄れた姿である。
全社の営業利益は 28 億円と、今の 3 分の 1。積み上がった現金の一部を使った買収も失敗し、80 億円の損失を出す。会社が潰れるわけではなく、現金は残る。ただ、10 年かけて価値は増えない。
- 繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤):数量 42.9(出荷量(千トン))× 価格 4.95(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 212 億円・営業利益 17 億円。売上 212 億円・営業利益率 8.0%
- マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など):数量 2.3(出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア)× 価格 41(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 92 億円・営業利益 13 億円。売上 92 億円・営業利益率 14.0%
- 非繊維の界面活性剤ほか:数量 5.5(出荷量(千トン))× 価格 4.21(1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目)→ 売上 23 億円・営業利益 1 億円。売上 23 億円・営業利益率 3.0%
倍率:事業の ROE 5% は k を大きく下回り、利益は年 3% 前後で縮む。1÷(k − g)=約 9.35 倍に置いた。余った現金は帳簿の半分で足した。現金・有価証券(約 553 億円)の床は割り込まない。
確率:油剤の顧客が中国の薬剤メーカーに乗り換え、微粒子も標準品で値が崩れ、現金を失敗した投資に使う重なりが要る。同じ領域の会社より厚く置いた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
繊維向け薬剤(油剤・糊剤・加工剤)
化学繊維の紡糸油剤、織る前の糊、染色・仕上げの加工剤。顧客は化学繊維・紡績・織布メーカーで、売上の大半は中国とアジア。
| 数量出荷量(千トン) | 価格1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目 | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 66.0 | 4.50 | 297 | 56 |
| 10 年後 中立 | 64.0 | 5.85 | 375 | 66 |
取り方:開示は界面活性剤 277 億円と高分子・無機製品 127 億円まで。界面活性剤のうち繊維向けを約 250 億円、糊料を約 47 億円と推定し、合計約 297 億円とした。平均単価を 1 千トンあたり 4.5 億円と見て、出荷量を約 6.6 万トンに換算した(単価は推定)。営業利益は全社 82 億円からマイクロスフェアーと非繊維を引いて約 56 億円。
マイクロスフェアー(熱膨張性微粒子など)
熱で膨らむ樹脂の微粒子。建築内装・自動車・インキ・繊維向けに素材を軽く、柔らかく、断熱的にする。1979 年に販売開始。
| 数量出荷量(千トン・推定)= 世界の市場規模 × シェア | 価格1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目 | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 2.4 | 35 | 85 | 23 |
| 10 年後 中立 | 3.5 | 47 | 165 | 43 |
取り方:世界市場を調査会社の低めの推計(2026 年 7 億ドル前後、1 ドル 150 円で約 1,100 億円)で置き、シェアを約 7.7% とした。売上 85 億円は、高分子・無機製品 127 億円から糊などの約 42 億円を引いた額の逆算(開示なしのため推定)。平均単価を 1 千トンあたり 35 億円と見て、出荷量を約 2,400 トンに換算した。市場の定義が調査ごとに桁違いなので、シェアは幅を持って見る。数量の伸びは市場の伸びとシェアの変化の積で置く。
非繊維の界面活性剤ほか
トイレタリー・家庭用洗剤・自動車部品・工業用などの界面活性剤と、その他の事業。
| 数量出荷量(千トン) | 価格1 千トンあたり売上(億円)。物価 3% を含む名目 | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 8.0 | 3.63 | 29 | 3 |
| 10 年後 中立 | 7.6 | 4.86 | 37 | 3 |
取り方:界面活性剤の約 277 億円から繊維向け約 250 億円を引いた約 27 億円と、その他 6 億円の一部を合わせて約 29 億円と推定。トイレタリー向けは直近で低調。平均単価を 1 千トンあたり 3.6 億円と見た(推定)。
リスクと懸念
中国の繊維向け薬剤の値下げ競争
売上の約 35% は中国向けで、現地の薬剤メーカーが力をつけている。顧客が地場品に切り替えたり、値下げを求めたりすれば、油剤の数量と利益率が同時に崩れる。利益率が 20% 近い今は、下がる余地のほうが大きい。台湾とインドネシアの子会社も、この競争の最前線にいる。
商社経由と大口先への依存
連結売上の 32% は丸紅ケミックス経由、11% は関連会社の日本クエーカー・ケミカル向けだ。取引の条件が変われば、売上と利益が一度に動く。顧客との距離が遠く、需要の変化に気づくのも遅れやすい。商社が他社の薬剤を扱い始めれば、販路そのものが細る。
マイクロスフェアーの実力が見えない
開示は製品別までで、微粒子の売上と利益は出ていない。筆者の推定(売上 85 億円、営業利益率 27%)が外れると、成長の柱の評価が変わる。最大手 Nouryon の増産や中国勢の参入で、値段が崩れる可能性もある。
利益率が過去最高圏にある
営業利益率は 2023 年度以降 20% 前後で、2022 年度までの 15% 前後より高い。円安や好調な市況の寄与が剥がれれば、同じ売上でも利益は 2 割ほど減る。10 年の中立でも利益率を 19% 台に保つ前提が強気である。為替が円高に振れれば、輸出中心の収益はさらに薄くなる。
余った現金が戻らない・使い方を誤る
配当は利益の 16%、自己株式は発行済みの 36%、買収防衛策は継続。現金は積み上がるが、戻る確証がない。成長のない事業で買収に使えば、失敗した買収で現金を減らす危険もある。どちらに転んでも、少数株主が口を出しにくい構図だ。
国内繊維産業の縮み
国内の顧客は工場の統合や廃業が続く。国内売上は全体の 3 割で、10 年で 4 割ほど減る前提でも、設備や人員の調整費用がかさめば利益を圧迫する。国内の工場は海外向けの供給も担うため、縮小は簡単ではない。
今後の分かれ目
- マイクロスフェアーの売上や利益が開示され、売上が 100 億円を超えて利益率が 28% 以上だった
- 成長の柱の見立てを引き上げ、楽観・やや楽観の確率を上げてよい。
- 繊維向けの海外売上が 2 期続けて減り、中国向けが目立って落ちた
- 油剤の数量の前提を下げ、やや悲観・悲観の確率を厚くする。
- 配当性向の引き上げや、自己株式の消却・自社株買いが発表された
- 余った現金の戻り方を 0.5 から 1.0 に上げる余地があり、価値は 2 割前後増える。
- 松本興産による買い増しが続き、公開買付けや非上場化の話が出た
- 現金を含む価値に近い値段で決まる可能性が高く、価値の下値は固まる。
- 大型の買収が発表され、現金の過半を使うと決まった
- 事業の稼ぎが増えない限り、現金の価値を引き下げ、悲観側の確率を上げる。
- 営業利益率が 17% を下回って 2 期続けて定着した
- 利益率の前提を見直し、中立の営業利益を下げる。
見ておくもの
- 高分子・無機製品の売上と、マイクロスフェアーに関する説明(四半期ごと)
- 繊維向け薬剤の中国・アジア向け売上と、価格転嫁の状況
- 丸紅ケミックスと日本クエーカー・ケミカル向けの売上比率
- 営業利益率(20% 前後を保てるか)
- 配当性向、自己株式の消却・取得、買収防衛策の更新
- 純現金の推移と、設備・買収への使い道
倍率と資本コストの決め方
セグメントは繊維向け薬剤・マイクロスフェアー・非繊維の界面活性剤の 3 つ。マイクロスフェアーは「市場 約 1,100 億円(実質)× シェア約 7.7%」、繊維向けは「出荷量 × 1 千トンあたり売上」で積んだ。k は 7.5% に quality +0.5% を足した 8.0%。事業の ROE は、余った現金を除いて 10 年中立で約 9.5%。RONIC は k + 1/2 ×(ROE − k)で 8.8%、g は 4% で、上限の PER は約 13.5 倍。中立は 1÷k の 12.5 倍に置いた。今の株価からは逆算していない。結果の差は +1% で、適正と出た。悲観側は ROE が k を下回るため 1÷(k − g) の年金で置き、過去の PBR の底は使っていない。余った現金 460 億円は、運転資金と設備の備えとして、現金及び預金と短期の有価証券の計約 553 億円から約 90 億円を引いた額で、戻り方は 0.5。リースは小さく、新リース会計基準の影響は限られるが、10 年後の数字は今と同じ形(家賃を営業費用に入れた形)でそろえた。 2026-10-22 の見直し(R1〜R4)で倍率・時価総額を機械で置き直した(前後は notes/audit/fix_stage2_20261022.csv)。
資本コスト 7.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% に quality +0.5%(循環 +0.25、値決め力 0、借金 0、寿命 +0.25)を足して 8.0%。借金が無いことでは k を下げない。上乗せはなし。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 8.00% → 7.00%。