結論
日本農薬は、殺虫剤を主力とする農薬の専業メーカーである。2026 年 3 月期の売上は 1,118 億円、営業利益は 109 億円。海外が売上の約 7 割を占め、北米・欧州・中南米・インドで売る。親会社は ADEKA で、議決権の 51% を握る上場子会社でもある。
筆者の結論は「適正」だ。割安とも割高とも言い切れない。決め手は、資本の稼ぎ(ROE)が資本コストをわずかに上回る程度にとどまることである。強い新薬が育てば上振れるが、特許が切れた剤を安いジェネリックに侵される下振れも同じくらい重い。
稼ぎの源は、自社で見つけた有効成分を、世界の農家に売ることだ。フルベンジアミドのような殺虫剤は、独バイエルへの原体供給でも収益になる。いま会社が育てているのはベンズピリモキサンなどの新しい剤で、ここが成否を分ける。
弱みは 3 つある。中南米・インドのジェネリックとの価格競争、過去の失敗(インド子会社の減損)、そして新薬の実りが読みにくい点だ。農薬の登録には年数も費用もかかり、当たりはずれが大きい。
10 年後の見立てでは、中立で売上が約 1,775 億円、営業利益率は 10% 弱になる。物価の上昇を価格に乗せ、数量は世界の需要増とシェアの伸びで 3 割強増える、という置き方だ。稼いだ利益の 4 割台を還元し続けることも織り込む。
確率で重みづけた本質価値は、今の時価総額とほぼ同じ水準に収まる。上場子会社ゆえの TOB(株式公開買い付け)の可能性は上振れの材料だが、確率が読めないため中立の数字には入れていない。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点で見ると、農薬は悪くない事業だ。農家は収量を守るためなら薬を買う。登録制度が参入者を絞る。ただし日本農薬は、その中の「小さな専業」で、持っているのは剤ごとの期限つきの堀である。
株主に残る利益は、見かけの利益より小さい。研究開発費が毎年 60 億円規模でかかり、海外子会社の運転資金も増え続けるからだ。会社が自由に使えるお金は、純利益の 4 割程度を配る分と、残りを研究・設備・買収に回す分とで、ほぼ使い切られる。
資本の使い方は、評価できる点と疑う点がある。評価できるのは、配当を急ぎ増やし、欧州で筋の良い買収を重ねた点だ。疑うのは、インドとブラジルの子会社で損を出した過去である。現地の販売を自前で抱える戦略は、うまくいけば大きいが、外せば資本を食う。
ここで安全域、つまり値段にどれだけ余裕があるかを考える。今の価値と値段は、ほぼ釣り合っている。割安と呼べるほど余裕はなく、下振れが起きた時の傷も浅くない。「わからない部分が多い事業」と見て、確信度を低めに置く。
持ち続けたいと思うには、新薬が育つ証拠か、ジェネリックの下落が止まる証拠が欲しい。それが見えれば評価は上がる。
何で稼ぐ会社か
日本農薬は 1928 年創業の農薬メーカーである。売上の 94% が農薬で、残りが農薬以外の化学品(木材用薬品など)とその他だ。農薬は、殺虫剤・殺菌剤・除草剤を、果樹・野菜・稲など向けに手がける。
最大の特徴は、自社で有効成分を見つけて育てる点だ。代表がフルベンジアミド(チョウ目害虫向けの殺虫剤)で、バイエルなど世界の大手に原体を供給する。ほかにベンズピリモキサン(稲のウンカ向け)、ピリフルキナゾン、トルフェンピラド、ピラフルフェンエチルが、会社の掲げる重点 5 剤である。
売上の約 7 割は海外だ。北米は子会社ニチノーアメリカ、欧州は 2023 年に買収した英インターアグロを含むニチノーヨーロッパ、中南米はブラジルのシプカムニチノー、インドはニチノーインディアが担う。重点は果樹・野菜などの「スペシャリティ作物」で、麦やトウモロコシなど大規模穀物の薬ではない。
国内は約 255 億円で、成熟市場だ。自社剤に加え、BASF の果樹向け製品とコルテバの水稲向け製品を販売して数字を支えている。他社品の販売は利幅が薄いが、販売網を遊ばせない役目がある。
人員は連結で約 1,500 人。研究開発に 3 年で約 190 億円、設備に約 85 億円を投じる計画である。化学品とその他は小さいが、営業利益率は 18% 前後で、農薬より高い。
優良さと弱いところ
優良さは「並み」と筆者は見る。農薬は、登録制度が参入障壁になる。新しい有効成分は、安全性の試験と各国の登録に何年もかかる。これは日本農薬の側に立てば堀、つまり他社にまねされにくい強みだ。
ただし堀は剤ごとに期限がある。特許が切れれば、インドや中国のメーカーが同じ成分を安く売り始める。中南米ではすでにジェネリックの攻勢で農薬価格が下がり、会社も苦戦を認めている。堀が永続するとは言えない。
資本の稼ぎも並みである。ROE は 2026 年 3 月期で 8.5% だが、過去 10 年の中央値は 5% 台にとどまる。2025 年 3 月期にはニチノーインディアの減損で純利益が半分に落ちた。直近の利益は、ニチノーアメリカの補償金収入にも助けられている。
財務は堅い。自己資本比率は 55%、純有利子負債は 96 億円で、利益の 1 年分に満たない。借金で身動きが取れなくなる心配は小さい。
経営の質で気になるのは、買収・出資の成績だ。インドとブラジルの子会社は再建の途上にある。反対に、欧州のインターアグロの買収は、環境規制が強まる欧州で、バイオスティミュラント(植物の力を引き出す資材)への入口として筋が通る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
世界の農薬市場は、およそ 750 億ドル(推定)の規模で、実質では年 2% 前後の伸びが続く。人口が増え、農地は増えにくいため、収量を守る薬の需要は底堅い。景気より天候や作物の価格で振れる。
上位はシンジェンタ、バイエル、コルテバ、BASF、FMC で、新薬の開発力と販売網で圧倒する。日本農薬のシェアは世界で 0.7% 程度にすぎない。大手の隙間で、作物と地域を絞って戦う立場だ。国内では住友化学、日産化学、石原産業、クミアイ化学などが同じ土俵にいる。
構造の変化は 2 つある。1 つは、特許切れの剤が安いジェネリックに置き換わる流れだ。世界の農薬の 7 割はすでにジェネリックと言われ、ブラジルとインドで価格が下がり続ける。もう 1 つは、環境規制の強化だ。欧州を中心に古い薬が禁止され、低毒性の新薬やバイオ資材の出番が増える。
2026 年は、乾燥で北米・欧州にダニが増え、殺ダニ剤が伸びた。ただし天候による山は長続きしない。10 年の見立ては、世界の数量が実質で緩やかに伸び、価格はジェネリックの重しで物価にやや届かない、というものだ。業界全体として「成熟した、堅いが儲けは薄い」領域にある。
資本政策と M&A
還元は厚くなっている。2026 年 3 月期の配当は前期の約 1.6 倍に増え、性向は約 39% になった。2027 年 3 月期も増配を予定し、性向は 40% の見込みだ。中計は累進配当と性向 40% を掲げる。2026 年 7 月には株主優待も新設した。
自社株買いの実績は確認できない。政策保有株は上場 12 銘柄で約 40 億円と小さく、方針は「合わなくなれば速やかに売る」。売却余地は限られる。
買収は、欧州のインターアグロ(2023 年)が代表だ。中計では国内の同業、海外の拠点、バイオ農薬・バイオスティミュラントの買収と、ベンチャーへの出資を検討する。国内の再編を主導する意向も示している。
資本政策の最大の論点は、ADEKA との関係だ。ADEKA は議決権の 51% を持つ。完全子会社化の TOB や、逆に持ち株の売却という動きが、10 年のうちに起きてもおかしくない。外部の推計でも、10 年以内の TOB・買収は 4 分の 1 ほどある。いずれも時期と価格は読めない。
もう 1 つは、海外子会社への追加投資だ。インドとブラジルが稼ぐ力を取り戻すまで、資金を食い続けるおそれがある。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
海外の農薬は 2026 年 3 月期に 84 億円増え、営業利益は 108 億円と中計の目標を 1 年早く超えた。北米と欧州は過去最高の売上で、スペシャリティ作物という、利幅の厚い領域に狙いを絞った戦略が当たっている。
新しい剤が次々と控える。ベンズピリモキサンはインドの稲で 2029 年にピーク 40 億円を狙う。新殺虫剤のシベンゾキサスルフィルは、日本と韓国で申請を終え、ピークで 30 億円超、将来は 50 億円超を見込む。2 剤だけで今の営業利益の 6 割に当たる売上が加わる。
フルベンジアミドはバイエル向けの原体販売が伸びている。自社で売らなくても、世界の大手が売ってくれる強みがある。欧州で買ったインターアグロは、規制が厳しくなる欧州で、バイオ資材の販路になる。
収益の改善はこれから本格化する。インド子会社は個人向け事業の見直しと費用の削減で再建が進み、ブラジルも高利益品の強化と調達費の削減で利益体質に変わる。配当は前期の約 1.6 倍に増え、性向 40% の約束で、株主還元の姿勢も変わった。
さらに、親会社 ADEKA による完全子会社化の可能性がある。上場子会社の整理が進む流れの中で、買い付けが起きれば、少数株主には上乗せ分が入る。10 年で見れば、売上は 2 倍強、利益は今の 2.5 倍が視野に入る。
慎重な見方
今の利益は、いくつかの追い風を含んでいる。ニチノーアメリカの補償金収入があり、春の需要の前倒しや、北米・欧州の乾燥による殺ダニ剤の特需もあった。これが毎年続くとは限らない。前期の純利益が 24 億円まで落ちたことを忘れてはいけない。
中南米とアジアは、2026 年 3 月期に減収だった。ブラジルではジェネリックの攻勢で価格が下がり、インドは減損を経て再建の途上にある。会社が最大の拡販先と位置づける中南米でこの状況なら、中計の海外 900 億円という目標は遠い。売上 1,200 億円の目標は、会社自身が「届かない」と認めている。
新薬の期待は大きいが、ベンズピリモキサンの 40 億円も、シベンゾキサスルフィルの 30 億円も、まだ「見込み」だ。登録が遅れたり、現地メーカーが似た成分を安く出したりすれば、計画は崩れる。主力のフルベンジアミドは、特許が切れている国で価格が下がる危険を抱える。
さらに、大手との差は広がっている。シンジェンタやバイエルは、研究費も販売網も桁が違う。小さな専業が、剤を育て続けられるとは限らない。ROE が資本コストをわずかに超える程度の会社に、高い倍率を払う理由はない。
親会社 ADEKA が TOB をかけるという期待も、確かではない。買い付け価格が低く抑えられる例のほうが多い。
どちらに重みを置いたか
強気の見方は、新薬と海外の勢いという「見える材料」を根拠にする。慎重な見方は、ジェネリックと一過性の利益という、毎年起きる下押しの力を根拠にする。どちらも事実にもとづくため、中立を軸に、上下をほぼ均等に置いた。
やや悲観と悲観を足して 35%、楽観とやや楽観を足して 31% とし、わずかに慎重側へ寄せた。理由は、ROE が資本コスト並みの会社に利益の質の高さまでは認められず、過去に海外子会社の減損が出た点も軽くないからだ。総合は今の時価総額とほぼ同じで、5 段階では「適正」になった。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 1,716 円1,344 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 483 円379 億円)。 今の値に割り戻すと 1,124 円880 億円、今との差 +6.1%、 期待の年率 +7.6%(資本コスト 8.0%)→ 適正
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 9% | 3,491 円2,734 億円 | 734 円575 億円 | +299.0% | +14.8% | 380 円298 億円 |
| やや楽観 | 22% | 2,534 円1,985 億円 | 618 円484 億円 | +197.6% | +11.5% | 693 円543 億円 |
| 中立 | 34% | 1,763 円1,381 億円 | 522 円409 億円 | +115.8% | +8.0% | 777 円609 億円 |
| やや悲観 | 23% | 826 円647 億円 | 361 円283 億円 | +12.1% | +1.1% | 273 円214 億円 |
| 悲観 | 12% | 456 円357 億円 | 172 円135 億円 | −40.6% | −5.1% | 75 円59 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,716 円1,344 億円 | 483 円379 億円 | +107.7% | +7.6% | 2,199 円1,723 億円 |
今の株価時価総額 1,059 円829 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 8.0% を下回るほど割高。
楽観 9% 新薬が育ち、海外の立て直しが成功する 利益 184 億円 · PER 14.9 倍 · 株価時価総額 3,491 円2,734 億円
ベンズピリモキサンとシベンゾキサスルフィルが予定どおり登録され、2 剤で売上が 100 億円近くに育つ。中南米とインドの子会社は黒字体質に戻り、インターアグロを足場にバイオ資材も伸びる。大手に原体を売る形が広がり、海外の数量は今の 1.75 倍、営業利益率は 12.5% に上がる。国内は他社品の販売が安定し、化学品も伸びる。親会社 ADEKA の完全子会社化など、再編の動きが出る可能性もある。10 年で売上は 2 倍強、利益は 2.5 倍になる、会社にとって最良の 10 年だ。鍵は登録のスピードだ。稲のウンカ向けの剤はインドで需要が大きく、ここが当たれば原体の現地生産が効いて原価も下がる。欧州ではバイオ資材の販売網が、新薬を運ぶ道にもなる。資本は研究と買収に回しながら、配当も毎年積み増す。
- 海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア):数量 9.2(世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル))× 価格 134.0%(値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る))→ 売上 1,843 億円・営業利益 230 億円。益率 12.5%
- 国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売):数量 3,300(国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む))× 価格 10.9%(日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目))→ 売上 359 億円・営業利益 47 億円。益率 13.0%
- 農薬以外の化学品・その他:数量 83.2(出荷の実質額(今の値段の億円))× 価格 1.34(値段の指数(今を 1 とする。名目))→ 売上 111 億円・営業利益 21 億円。益率 19.0%
倍率:事業の純利益 184 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 11.8% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.9%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.9 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.9 倍。全体の PER 14.9 倍、時価総額 2,734 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:新薬の連続成功・海外子会社の再建・大手への原体供給の拡大がすべてそろう必要があり、会社の今の力から見て起きにくい。ただし中計は 2030 年度に売上 1,500 億円超・営業利益 150 億円超を掲げており、上限としては現実味がある。
やや楽観 22% 新薬が一部で当たり、海外が着実に伸びる 利益 143 億円 · PER 13.9 倍 · 株価時価総額 2,534 円1,985 億円
重点 5 剤のうち 2〜3 剤が育ち、スペシャリティ作物向けの売上が伸びる。中南米はジェネリックの価格下落が止まらないが、高利益品への切り替えで利益率は保つ。インドは再建が進む。海外の数量は今の 1.5 倍強、営業利益率は 11.5% に上がる。国内は他社品の販売がしっかり支えとなる。会社が掲げる 10% の利益率と ROE 10% の目標に、時間をかけて近づく筋書きだ。還元は性向 45% 程度を保つ。海外の売上は 10 年で 2 倍弱になる。大手との競合は続くが、スペシャリティ作物という狭い領域では、日本農薬の剤が選ばれ続ける。研究費は年 60 億円を超える水準で続き、新しい剤の芽を絶やさない。
- 海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア):数量 8.0(世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル))× 価格 131.0%(値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る))→ 売上 1,565 億円・営業利益 180 億円。益率 11.5%
- 国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売):数量 3,201(国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む))× 価格 10.7%(日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目))→ 売上 343 億円・営業利益 41 億円。益率 12.0%
- 農薬以外の化学品・その他:数量 73.6(出荷の実質額(今の値段の億円))× 価格 1.34(値段の指数(今を 1 とする。名目))→ 売上 99 億円・営業利益 18 億円。益率 18.0%
倍率:事業の純利益 143 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 9.9% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.0%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 13.8 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 13.8 倍。全体の PER 13.85 倍、時価総額 1,985 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:足元の海外の勢い、重点剤の登録の進み、配当の増額という、見えている材料の延長線上にある。会社自身の中計の線に近く、確率は中立に次ぐ高さに置いた。
中立 34% 中立:海外が緩やかに伸び、利益率は 10% 弱で止まる 利益 110 億円 · PER 12.6 倍 · 株価時価総額 1,763 円1,381 億円
海外の数量は 10 年で 3 割強増える。世界の市場が実質で年 2% 前後伸び、新剤とインターアグロでシェアが少し上がる。一方で、中南米・インドのジェネリックに価格を押され、値段の伸びは物価の 3% に届かず、10 年で 1.28 倍にとどまる。国内は農家の減少で数量が 5% ほど減り、値上げで補う。営業利益率は 9.8% と今の水準を保つ。新剤の成功と、旧剤の価格下落が、ほぼ相殺する世界だ。ROE は 8% ほどで、資本コストをわずかに上回る。会社が掲げる 2030 年度の売上 1,500 億円・営業利益 150 億円という目標には、10 年かけてもわずかに届かない水準だ。化学品などその他の事業は小さく、全体への影響は限られる。借金は少なく、利払いの変化も利益をほとんど動かさない。
- 海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア):数量 7.1(世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル))× 価格 128.0%(値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る))→ 売上 1,358 億円・営業利益 136 億円。益率 10.0%
- 国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売):数量 3,135(国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む))× 価格 10.6%(日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目))→ 売上 331 億円・営業利益 38 億円。益率 11.5%
- 農薬以外の化学品・その他:数量 64.0(出荷の実質額(今の値段の億円))× 価格 1.34(値段の指数(今を 1 とする。名目))→ 売上 86 億円・営業利益 15 億円。益率 17.0%
倍率:事業の純利益 110 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 8.1% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.1%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 12.6 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 12.6 倍。全体の PER 12.59 倍、時価総額 1,381 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:新薬の期待と、特許切れの剤の価格下落が釣り合う中心の見方。業種ノートの「機能材・農薬は価格決定力があるが、ジェネリックの競争もある」とも整合する。
やや悲観 23% ジェネリックに価格を押され、新薬も遅れる 利益 63 億円 · PER 9.0 倍 · 株価時価総額 826 円647 億円
中南米とインドでジェネリックの価格下落が続き、主力のフルベンジアミドも特許切れの国で値下がりする。新剤の登録は遅れ、売上は計画の半分程度にとどまる。研究費の負担は変わらず、営業利益率は 7.4% に下がる。国内も農家の減少で数量が 1 割減る。海外子会社の再建は長引き、追加の資金を要する。配当は性向 40% を守るが、増える余地はなく、ROE は資本コストを下回る 5% 台に落ちる。中計の 2027 年 3 月期の目標を達成しても、その後の勢いが続かない。大手との差は縮まらず、スペシャリティ作物以外へ広げる余力も乏しい。海外子会社の整理で一時的な損失も出るが、会社が傾くほどではない。
- 海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア):数量 5.9(世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル))× 価格 118.0%(値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る))→ 売上 1,039 億円・営業利益 78 億円。益率 7.5%
- 国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売):数量 2,970(国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む))× 価格 9.9%(日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目))→ 売上 294 億円・営業利益 29 億円。益率 10.0%
- 農薬以外の化学品・その他:数量 57.6(出荷の実質額(今の値段の億円))× 価格 1.30(値段の指数(今を 1 とする。名目))→ 売上 75 億円・営業利益 11 億円。益率 14.0%
倍率:事業の ROE 5.1% が k 8.0% 以下なので、伸びても価値は増えず、正当化 PER は 1÷k = 12.5 倍が上限(ためた利益は額面未満)。ジェネリックに押され稼ぎが細るので、上限の約 7 割の 9.0 倍に置いた。
確率:ジェネリックの価格下落は、すでに会社自身が認める現実で、最も起きやすい下振れ。新薬の遅れも、農薬の登録の難しさから珍しくないため、中立の次に重い確率を置いた。
悲観 12% 特許が切れて収益の柱を失い、海外子会社で損を重ねる 利益 18 億円 · PBR 0.4 倍 · 株価時価総額 456 円357 億円
フルベンジアミドなど柱の剤が各国で特許切れとなり、ジェネリックに市場を奪われる。新剤は登録や販売が思うように進まず、穴を埋められない。インドとブラジルでは債権の貸倒れや減損が続く。営業利益率は 4% 程度まで落ち、研究費を削って延命するが、新薬の芽も細る。数量は今の 0.85 倍、値段も物価に遠く及ばない。株価は稼ぐ力ではなく、持っている資産の価値で値が付く。大手との差が広がり、もう優良な専業とは見られなくなる。配当は減り、親会社 ADEKA が支える形になるか、親会社に事業ごと取り込まれる。研究開発を絞れば、10 年後の剤の入れ替えも遅れ、立て直しはさらに難しくなる。それでも農薬の登録資産と国内の販売網という資産は残り、資産の価値が値段の下支えになる。
- 海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア):数量 4.5(世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル))× 価格 105.0%(値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る))→ 売上 702 億円・営業利益 28 億円。益率 4.0%
- 国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売):数量 2,805(国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む))× 価格 8.9%(日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目))→ 売上 251 億円・営業利益 15 億円。益率 6.0%
- 農薬以外の化学品・その他:数量 51.2(出荷の実質額(今の値段の億円))× 価格 1.20(値段の指数(今を 1 とする。名目))→ 売上 61 億円・営業利益 5 億円。益率 8.0%
倍率:売上減と減損で稼ぐ力は純利益 20 億円足らず(k 8.0% で割っても 250 億円程度)。稼ぐ力では値が付かないので、売れる資産の税後 360 億円(今の自己資本 851 億円の約 4 割)に置いた。
確率:単一の剤と海外子会社への依存が重い小さな専業で、特許の崖と現地の信用リスクが同時に来る筋書き。過去にインドで減損を出した実績もあり、無視できない確率を置いた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
海外農薬(北米・欧州・中南米・アジア)
自社開発の殺虫剤・殺菌剤・除草剤を、子会社網を通じて世界の農家へ売る。原体の外販(バイエル向けなど)も含む。
| 数量世界の作物保護市場(約 750 億ドル、実質)× 日本農薬のシェア(約 0.7%)= 実質の販売額(億ドル) | 価格値段の指数(今を 1 とする。名目で物価 3% が乗る) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 5.2 | 100.0% | 786 | 74 |
| 10 年後 中立 | 7.1 | 128.0% | 1,358 | 136 |
取り方:海外農薬の売上 776 億円(決算説明)に海外のその他を足して 786 億円と置き、150 円/ドルで割った約 5.2 億ドルを、市場 750 億ドル × シェア 0.7% と見た。営業利益は地域別の開示がなく、農薬全体の 106.7 億円のうち海外を約 74 億円と推定した。世界市場は実質で年 2% 前後伸び、新剤とインターアグロで日本農薬のシェアも少し伸びる。
国内農薬(自社剤+BASF・コルテバ品の販売)
国内の農協・流通向けの自社剤の販売と、BASF の果樹向け・コルテバの水稲向けなど他社品の販売。
| 数量国内農薬市場の実質規模(約 3,300 億円、今の値段。数量の変化は市場の縮小とシェアの動きを含む) | 価格日本農薬の取り分(シェア約 8.1% × 値段の指数。名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 3,300 | 8.1% | 268 | 33 |
| 10 年後 中立 | 3,135 | 10.6% | 331 | 38 |
取り方:国内農薬売上 255 億円(決算説明)に国内のその他農薬を足して 268 億円と置いた。国内市場の規模は約 3,300 億円と推定し、シェアは約 8%。農家の数が減るので数量は 10 年で 0.95 倍前後。営業利益は農薬全体から海外を引いた約 32.7 億円と推定した。
農薬以外の化学品・その他
木材用薬品などの化学品と、動物薬・医薬・賃貸などのその他。小さいが利益率は高い。
| 数量出荷の実質額(今の値段の億円) | 価格値段の指数(今を 1 とする。名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 64.0 | 1.00 | 64 | 12 |
| 10 年後 中立 | 64.0 | 1.34 | 86 | 15 |
取り方:有報のセグメント:化学品 41.7 億円(営業利益 7.7 億円)とその他 21.9 億円(同 4.3 億円)を合わせて 64 億円・12 億円とした。数量の開示はなく、売上を今の値段の実質額として置き、10 年は需要の横ばいと物価分の値上げで見る。
リスクと懸念
特許切れとジェネリックによる価格下落
フルベンジアミドなど主力の剤は、特許切れの国でジェネリックと競合する。中南米ではすでに農薬価格が下がり、会社も苦戦を認める。新剤で穴を埋め続けられなければ、売上も利益率も縮む。主力剤の売上は開示されていないため、実際の依存度が読みにくい点も不安材料だ。
新薬の登録・販売の遅れ
ベンズピリモキサンのピーク 40 億円、シベンゾキサスルフィルの 30 億円は、まだ見込みである。農薬は安全性の試験と各国の登録に年数がかかり、遅れや不許可で計画が崩れることがある。研究費は年 60 億円規模で、実らなければ丸ごと負担になる。
インド・ブラジル子会社の再建
ニチノーインディアは 2025 年 3 月期に減損を出し、個人向け事業の見直しで再建途上にある。シプカムニチノーブラジルも収益力の改善が課題だ。現地の債権と在庫を抱える事業で、追加の資金需要や損失が出るおそれがある。
今の利益に含まれる一過性・天候要因
2026 年 3 月期は、ニチノーアメリカの補償金収入、春の需要の前倒し、乾燥による殺ダニ剤の特需が利益を押し上げた。これらが毎年続くとは限らない。天候が逆に動けば、北米・欧州の売上は簡単に振れる。
親会社 ADEKA との関係と少数株主
ADEKA が議決権の 51% を持つ。完全子会社化の買い付けが起きれば上振れの材料だが、価格が低く抑えられるおそれもある。逆に、親会社の都合で資本配分が決まり、少数株主の利益が後回しになる心配もある。
大手との開発力の差と規制
シンジェンタ・バイエルなどは研究費も販売網も桁が違う。欧州などで規制が強まれば、古い剤の売上が消える。日本農薬は小さな専業で、大手に比べ剤の数が少ないため、1 剤の失敗の影響が大きい。
今後の分かれ目
- ベンズピリモキサンやシベンゾキサスルフィルの登録が遅れる、または売上計画が引き下げられたら
- 新薬の厚みが計画に届かないとみて、やや悲観側に確率を移す。逆に早期に登録が進めば、やや楽観側へ。
- ブラジル・インドの子会社の利益が黒字で定着したら
- 海外の利益率の改善をやや楽観の前提に近づけてよい。減損や追加増資が出たら、やや悲観・悲観の確率を上げる。
- 主力剤の特許切れが主要市場で進み、原体の外販が減ったら
- 数量・価格の両方が下がるため、悲観側の重みを増やす。
- ADEKA が完全子会社化の買い付けを発表したら
- 買い付け価格が本質価値を上回るかを確認する。価格が低ければ、少数株主として応じる理由は弱い。
- 中計 GGS の最終年度(2027 年 3 月期)に営業利益 108 億円の目標が達成され、次の中計で 2030 年度の 1,500 億円が維持されたら
- 会社の成長の線が現実に近づく。中立よりやや楽観寄りに置き直す。
- 欧州・米国で殺ダニ剤や特定の剤の特需が一巡し、増収が止まったら
- 足元の利益が一過性だったことになり、中立の売上の出発点を下げる。
見ておくもの
- シベンゾキサスルフィル・ベンズピリモキサンの登録の進み具合と売上の立ち上がり
- 海外子会社(インド・ブラジル)の黒字化・減損の有無
- ブラジルなど中南米の農薬価格と、日本農薬の海外農薬の売上
- 中計 GGS の最終年度(2027 年 3 月期)の達成度と次の中計
- ADEKA による持ち株の扱い(TOB・売却の動き)
- 配当性向 40% の維持と、自社株買いの有無
倍率と資本コストの決め方
海外農薬は市場 × シェア、国内も市場 × シェアで、数量は実質、価格は物価 3% 込みの指数で積んだ(海外は 10 年 1.28 倍とジェネリックの重しを反映)。資本コストは基本 7.5% に quality(寿命 +0.5)を足した 8.0%。倍率は正当化 PER を上限に、ROE が k をわずかに超える中立・やや楽観は 1÷k に一致する 12.5 倍、楽観は 9 割に置いた。今の株価・過去の PBR・同業の PER は倍率の根拠に使っていない。悲観は稼ぐ力ではなく売れる資産の税後から置いた。最後に今の時価総額と比べ、差は適正の範囲。リースは軽微(年 0.45 億円)で、形の変化の影響は小さい。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.4→14.9 倍・やや楽観 PER 12.5→13.85 倍・中立 PER 12.5→12.59 倍)。
資本コスト 8.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。