結論
北興化学工業は、稲作向けの農薬を主力に、半導体材料の原料などの精密化学品(ファインケミカル)を併せ持つメーカーである。2025 年 11 月期の売上は 491 億円、営業利益は 49 億円だった。売上の約 6 割が農薬、約 4 割が精密化学品である。
筆者の結論は「ほぼ適正」だ。時価総額 447 億円のうち、純現金が 122 億円ある。事業そのものは、資本コストにわずかに届かない稼ぎしか生まない。割安とも割高とも言い切れない。
決め手は 2 つある。1 つは資本の使い方だ。稼ぎのうち還元に回る分は 3 割弱で、残りは現金として積み上がってきた。最近になって総還元性向を 35〜45% に上げ、自社株買いも始めたが、その効き目はこれからだ。もう 1 つは事業の中身だ。水稲向けの農薬は人口とともに細る国内市場に頼る。ここを、自社開発の除草剤の海外登録と、半導体材料の増産が補えるかどうかが分かれ目になる。
10 年後の中立の見立ては、売上が約 680 億円、営業利益率が 10% 弱である。物価の上昇を価格に乗せ、数量は精密化学品の増産でわずかに伸びるが、国内農薬は横ばいにとどまる。
上振れの材料は、新しい除草剤の海外展開と半導体材料の拡大だ。下振れの材料は、特許切れ後の価格競争と、中国子会社の苦戦である。大株主に住友化学や農協系の全農が並ぶが、支配株主はおらず、買収や再編は確率を置いても中立の数字には入れていない。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、この会社は「安全だが退屈」である。事業は 10 年後も続く。農薬の需要は消えず、半導体向けの受託も続くからだ。
気になるのは、稼ぎの質だ。資本の稼ぎは資本コストをわずかに下回る水準にとどまる。経営が現金を貯め込む期間が長いほど、留保した利益の価値は額面を下回る。逆に、現金を事業か株主に戻せば、価値は上がる。
所有者として見ると、見るべきは 2 点である。1 つは資本の配り方だ。総還元性向を引き上げ、自社株買いも始めたのは前向きな一歩だ。ただし、水準が 45% の上限に達しても、残りの 55% は再び現金に溜まる。もう 1 つは、新工場と海外登録が、本当に資本コストを超える稼ぎを生むかだ。
堀は普通である。農薬の登録と販売網は参入の壁になるが、強い値決め力は無い。精密化学品は顧客に入り込んでいるが、中国の追い上げを受ける。
安全域は、悲観の筋書きでも純現金が支えてくれる点にある。ただし、現金は時価総額の 3 割弱にすぎず、事業が傷めば現金だけでは値段を守れない。
筆者の見立てでは、今の値段は中立の本質価値に近い。現金の積み上がりが続けば価値は目減りし、還元と成長投資が実を結べば上振れる。割安と呼べるほどの余裕は無い。
何で稼ぐ会社か
北興化学工業は、旧野村鉱業の有機合成の技術を受け継いだ会社である。看板は今も農薬と精密化学品の 2 本だ。2025 年 11 月期の売上のうち、農薬が 294 億円(約 59%)、精密化学品が約 36%、残りは繊維資材などである。
農薬は、稲作向けが中心だ。いもち病を抑える殺菌剤カスガマイシンは 1960 年代から売っており、世界 40 か国以上に出している。稲の苗箱に撒く薬や、田んぼの雑草を抑える薬も手がける。自社で見つけた除草剤イプフェンカルバゾンは 2013 年に水稲用で登録され、海外の登録国を 2026 年度までに 9 か国へ広げる計画だ。
国内では、農協系の全国農業協同組合連合会が大株主(3%)にも入る。農家に近い販売網は強みだが、価格を決める力は買い手側にも傾く。
精密化学品は、有機合成の技術を生かした受託型の事業である。半導体の回路を焼き付ける KrF レジスト向けの原料、医薬・農薬の中間体、有機触媒などを作る。中国・江蘇省に製造子会社を持つ。岡山工場には約 45 億円で新しい専用工場を建てており、2026 年 12 月の完成を予定する。KrF レジスト向け原料の生産能力はほぼ倍になる。
農薬の生産は北海道と新潟の 2 工場に集める方針で、固定費の軽くなる効果が利益率を支える。利益の中身は、農薬が営業利益の約 7 割、精密化学品が約 3 割と筆者は見ている。セグメントごとの営業利益は通期では開示が薄く、この割り振りは推定である。
優良さと弱いところ
筆者は、この会社の優良さを「中の上」と見る。突き抜けた強みは無いが、弱みも少ない。
まず農薬の堀、つまり他社がまねしにくい強みは、登録制度と、農家に近い販売網である。農薬は国ごとの登録に年数と費用がかかる。ただし国内の水稲市場は、住友化学、クミアイ化学、日本農薬などがひしめき、上位でも 1 割に届かない分散した市場だ。北興の国内シェアも 2014 年ごろで 6% 程度だった。値段を自分で決められる市場ではない。
自社開発の剤は光る。カスガマイシンは息の長い殺菌剤で、有機栽培にも使える。イプフェンカルバゾンは海外登録が増えれば、数量の伸びを生む。ただし、売上の柱が少数の剤に偏る点は弱みだ。
精密化学品は、顧客の工場の規格に入れてもらうと簡単には替えられない。KrF 世代は成熟した技術で、最先端ではない。だが車載、パワー、メモリー向けの需要は底堅い。中国の子会社は直近も利益の足を引っ張っており、ここは手間のかかる部分だ。
資本の効率は並である。資本の稼ぎ(ROE)は直近 8.4% で、過去 10 年の中央値は 8.9%。資本コストを少し下回る水準が長く続いてきた。自己資本比率は 68%、純現金は 122 億円と財務は強いが、その強さが稼ぎを薄める側にも働いている。
経営は堅実で、調べた範囲に不祥事の記録は無い。中期計画の 2026 年度目標(経常利益 55 億円)を 1 年早く超えた実績は、計画の信頼度を上げる。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
農薬の世界市場は、バイエル、シンジェンタ、コルテバなどの大手が寡占する。日本企業が戦うのは、その下の専業・準大手の層だ。需要は食料安全保障と気候変動で底堅いが、国内は別である。
国内の水稲は、人口減と食生活の変化で作付けが縮む。水稲用農薬の市場は、数量で見ると年 1% 前後のゆるやかな縮小と筆者は見る。一方、価格は物価並みに上がりにくい。農家の採算に余裕がなく、共同購入の場で値引きを求められやすいからだ。
縮む国内を補うのは 2 つの道である。1 つは海外の登録だ。イプフェンカルバゾンのような自社剤は、登録国が増えるたびに売り先が広がる。もう 1 つは受託型の精密化学品で、農薬とは景気の位相が異なる。
半導体向けの原料は、AI 投資の恩恵を受ける先端品とは違い、成熟した KrF 世代を相手にする。数量の伸びは年 1〜3% の実質で、先端品ほど高くない。ただし、需要の山谷も先端品ほど大きくない。
競合は日本国内では住友化学、クミアイ化学、日本農薬。精密化学品は、国内の中小の受託メーカーと中国メーカーである。中国の追い上げは、中位の汎用グレードで先に起きる。KrF 世代の原料も、10 年のうちには中国の国産化が進む可能性がある。
農薬の登録は、各国で規制が強まる流れにある。登録を維持する費用が上がると、小さな剤は切り捨てられる。強い剤を少数持つ会社には追い風と逆風が同居する。
資本政策と M&A
還元は着実に強まっている。10 期連続の増配を続け、2023 年には指標を配当性向から総還元性向に替え、水準も 35% から 45% へ引き上げた。2026 年 7 月には、上限 120 万株または 20 億円の自社株買いを決めた。期間は 2027 年 7 月までで、すでに取得の一部が株数に反映されている。
それでも、過去 5 年の実績は慎重に見る。総還元性向は 3 割台にとどまり、純現金は直近の 1 年で 35 億円積み上がった。今後はこの現金の使い道が焦点になる。
政策保有株、つまり持ち合いの株は、2030 年度までに純資産の 20% 未満へ縮める方針だ。2024 年度に一部を売り、約 2 億円の売却益を出した。縮小の途中にあるため、含み益を別の資産として数えると二重になる。
成長のための投資枠は 100 億円。岡山工場の新工場に約 45 億円を使い、残りの枠で M&A も含めた使い道を探る。買収で価値を壊した記録は調べた範囲に無い一方、大型の買収に踏み出した実績もない。
筆者は、純現金 122 億円のうち 60 億円ほどを事業に要らない余剰とみる。残りは運転資金、新工場の残りの設備投資、リースではなく自前の設備の更新に必要だからだ。株主優待は、確認できる範囲では実施されていない。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
国内の水稲農薬は縮むが、会社の稼ぎ口はそこだけではない。自社開発のイプフェンカルバゾンは、海外の登録国が 5 か国から 9 か国へ広がる途上にある。登録は一度通れば、何年も売れる資産になる。農薬の営業利益率は、生産を 2 工場に集めることで、さらに上がる余地がある。
精密化学品はもっと明快だ。岡山の新工場で KrF レジスト向け原料の生産能力は倍になる。成熟した世代の技術でも、車載・パワー・メモリーの需要は底堅く、顧客の工場に入った原料は簡単に替えられない。ここが営業利益率 12% 台に乗れば、全体の稼ぎは大きく変わる。
財務は盤石だ。純現金は 122 億円、自己資本比率は 68%。総還元性向を 45% まで上げ、自社株買いも始めた。経営が資本の効率に目を向けた今、ROE は 10% に近づく。中期計画の目標を 1 年早く超えた実績も、計画を上回る力の裏づけになる。
売上は 800 億円台、営業利益は 100 億円近く、という見方も無理筋ではない。さらに、住友化学や全農が株主に並ぶ構図は、事業提携や再編の芽にもなる。
慎重な見方
資本の稼ぎは、過去 10 年のどの年も資本コストと同じ水準かそれ以下だった。そこに今の強い決算を足しても、構造は変わらない。純現金 122 億円は強みに見えるが、実際には稼がない資産であり、資本コストを下回る寝かせ方が続いている。
国内の水稲農薬は、人口減と農家の高齢化で縮む。価格は共同購入で抑えられ、物価並みに上げにくい。特許が切れた剤はジェネリックに侵される。会社の柱は少数の剤に偏るため、1 本の剤の失速が全体に響く。
精密化学品も安泰ではない。KrF 世代は成熟した技術であり、中国のレジスト産業が育てば、原料の国産化が進む。岡山の新工場は、需要が見込めなければ固定費の重しになる。中国子会社は利益の足を引っ張る。
還元も 45% が上限で、55% は積み上がる。これでは ROE は上がらない。10 年後に営業利益 70 億円が精いっぱいで、倍率も資本コストなみ止まりだ。今の値段は、それをすでに織り込んでいる。
どちらに重みを置いたか
強気の言い分は、新工場と海外登録という具体的な材料を持つ。ただし、どちらも資本コストを超える稼ぎを生むかは不確かで、確率は中立の周りに厚く置いた。慎重な見方の「資本の稼ぎは長く資本コスト以下」は、実績の裏づけが強い。一方で、純現金が支える安全域と、還元の引き上げは前向きで、悲観を深く置く理由は弱い。
結果として、やや悲観の確率を、やや楽観よりわずかに多めにした。悲観は特許切れ、中国の国産化、新工場の稼働遅れが重なる筋書きで、1 割とした。
10 年後の 5 つの筋書き(2035/11 期)
確率で加重した株価時価総額 3,355 円848 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 863 円218 億円)。 今の値に割り戻すと 2,229 円563 億円、今との差 +29.4%、 期待の年率 +9.4%(資本コスト 7.5%)→ やや割安
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 8% | 5,864 円1,481 億円 | 1,199 円303 億円 | +310.2% | +15.2% | 565 円143 億円 |
| やや楽観 | 22% | 4,776 円1,207 億円 | 1,065 円269 億円 | +239.2% | +13.0% | 1,285 円325 億円 |
| 中立 | 38% | 3,781 円955 億円 | 938 円237 億円 | +174.1% | +10.6% | 1,793 円453 億円 |
| やや悲観 | 22% | 1,631 円412 億円 | 625 円158 億円 | +31.0% | +2.7% | 496 円125 億円 |
| 悲観 | 10% | 396 円100 億円 | 384 円97 億円 | −54.7% | −7.6% | 78 円20 億円 |
| 加重平均 | 100% | 3,355 円848 億円 | 863 円218 億円 | +144.9% | +9.4% | 4,218 円1,066 億円 |
今の株価時価総額 1,722 円435 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.5% を下回るほど割高。
楽観 8% 新工場と海外登録が同時に実る 利益 90 億円 · PER 16.1 倍 · 株価時価総額 5,864 円1,481 億円
イプフェンカルバゾンの海外登録は 9 か国を超え、売上の柱に育つ。農薬の数量は 1 割強伸び、価格も物価並みに上がる。生産を北海道と新潟に集めた固定費の軽さが効き、営業利益率は 13% に迫る。
精密化学品では、岡山の新工場がフル稼働し、KrF レジスト向け原料の出荷が 4 割以上増える。車載・パワー向けの需要が持ち、価格も物価並みに上がる。
全体の売上は 800 億円台、営業利益は 100 億円近くまで伸びる。純現金は新工場と海外展開に使われ、総還元性向は 45% を守る。資本の稼ぎは 10% に届き、資本コストを上回って評価される。
- 農薬(水稲向け中心):数量 7.8(北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円))× 価格 134.0%(価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立))→ 売上 441 億円・営業利益 57 億円。営業利益率 13.0%
- ファインケミカル(精密化学品):数量 4.4(対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円))× 価格 1.34(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 344 億円・営業利益 45 億円。営業利益率 13.0%
- その他(繊維資材など):数量 2.0(出荷量(10 億円相当の実質))× 価格 1.34(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 27 億円・営業利益 1 億円。営業利益率 4.0%
倍率:事業の純利益 89 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 10.8% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.1%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 16.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 16.1 倍 + 余った現金(戻り方込み)45 億円。全体の PER 16.07 倍、時価総額 1,481 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:新工場の稼働と海外登録の拡大が同時に実を結ぶ必要があり、会社の 29 年度計画(売上 520 億円)を大きく超える。計画を 1 年早く超えた実績はあるが、10 年続く保証は無く、1 割を切る確率に置いた。
やや楽観 22% 新工場が順調に立ち上がる 利益 75 億円 · PER 15.4 倍 · 株価時価総額 4,776 円1,207 億円
新工場は計画どおり立ち上がり、精密化学品の数量は 3 割増える。農薬は海外の登録が進み、国内の縮みを補って数量は 6% 増える。値上げは物価の 9 割以上を通す。
営業利益率は 11% 台まで上がる。売上は 750 億円ほど、営業利益は 80 億円強になる。総還元性向は 45% を保ち、資本の稼ぎは 9% 弱と資本コストをわずかに上回る。
この筋書きでは、国内農薬の縮みを海外と新剤が埋め、精密化学品が全体の利益を押し上げる。純現金の一部は新しい設備と登録に回り、現金の積み上がりも中立ほど進まない。
- 農薬(水稲向け中心):数量 7.4(北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円))× 価格 132.0%(価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立))→ 売上 411 億円・営業利益 50 億円。営業利益率 12.2%
- ファインケミカル(精密化学品):数量 3.9(対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円))× 価格 1.34(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 308 億円・営業利益 35 億円。営業利益率 11.5%
- その他(繊維資材など):数量 2.0(出荷量(10 億円相当の実質))× 価格 1.34(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 27 億円・営業利益 1 億円。営業利益率 4.0%
倍率:事業の純利益 74 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 9.8% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.6%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.4 倍 + 余った現金(戻り方込み)45 億円。全体の PER 15.36 倍、時価総額 1,187 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:新工場の稼働が順調に進み、イプフェンカルバゾンの登録国が計画どおり増える筋書き。中期計画の達成実績があり、上振れの現実的な姿として 2 割強を置いた。
中立 38% 国内は横ばい、精密化学品がゆるやかに伸びる 利益 61 億円 · PER 14.5 倍 · 株価時価総額 3,781 円955 億円
国内の水稲農薬は縮むが、海外の登録と他の作物向けの剤が補い、農薬の数量は 10 年でほぼ横ばいとなる。価格は物価の 9 割弱の上げにとどまる。
精密化学品は、新工場で KrF レジスト向け原料が増え、数量が 2 割弱伸びる。中国子会社は低採算のまま続く。営業利益率は農薬 11%、精密化学品 10% 弱で、全体では 10% を割る水準を保つ。
売上は 680 億円前後、営業利益は 67 億円になる。総還元性向は 45% を守るが、自己資本の積み上がりが速く、資本の稼ぎは 7% 台にとどまる。現金の積み上がりが、評価を抑える。
- 農薬(水稲向け中心):数量 7.0(北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円))× 価格 130.0%(価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立))→ 売上 382 億円・営業利益 43 億円。営業利益率 11.3%
- ファインケミカル(精密化学品):数量 3.5(対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円))× 価格 1.30(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 272 億円・営業利益 27 億円。営業利益率 9.8%
- その他(繊維資材など):数量 2.0(出荷量(10 億円相当の実質))× 価格 1.34(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 27 億円・営業利益 1 億円。営業利益率 4.0%
倍率:事業の純利益 60 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 8.7% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.1%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.5 倍 + 余った現金(戻り方込み)45 億円。全体の PER 14.48 倍、時価総額 916 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:国内農薬は横ばい、精密化学品はゆるやかに伸び、営業利益率は直近並みに保つ筋書き。10 年の収益の姿としていちばん起きやすく、4 割弱に置いた。
やや悲観 22% 価格競争と中国の追い上げで稼ぎが細る 利益 34 億円 · PER 9.0 倍 · 株価時価総額 1,631 円412 億円
国内の価格競争が強まり、農薬の数量は 1 割弱減る。価格は物価に 1 割近く届かない。ジェネリックの攻勢で主力剤の値が崩れ、営業利益率は 8% 台に落ちる。
精密化学品は、新工場の立ち上がりが遅れ、中国メーカーの追い上げで数量は横ばい、価格も物価に届かない。
売上は 560 億円ほど、営業利益は 39 億円まで減る。総還元性向は 40% に下がり、純現金はほぼそのまま残る。資本の稼ぎは 4% 台まで落ち、資本コストを大きく下回る。
この筋書きでは、国内の農家の採算が悪化して共同購入の値引き圧力が強まり、中国子会社の低採算も続く。純現金は残るが、事業が稼げない分、評価は純利益の倍率より低い水準にとどまる。
- 農薬(水稲向け中心):数量 6.4(北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円))× 価格 122.0%(価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立))→ 売上 330 億円・営業利益 28 億円。営業利益率 8.5%
- ファインケミカル(精密化学品):数量 3.0(対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円))× 価格 1.15(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 204 億円・営業利益 14 億円。営業利益率 7.0%
- その他(繊維資材など):数量 2.0(出荷量(10 億円相当の実質))× 価格 1.20(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 24 億円・営業利益 1 億円。営業利益率 3.0%
倍率:ROE は 4% 台で k 7.5% を大きく下回り、PER の上限は 1÷k の 12.5 倍に届かない。稼ぎが減り、利益の質も落ちるため、上限の 7 割強の 9.0 倍に置いた。
確率:国内の価格競争と中国メーカーの追い上げで、数量は縮み、価格も物価に届かない。過去 10 年の売上が年 1.5% しか伸びていない実績に近く、起きやすい下振れとして 2 割強。
悲観 10% 特許切れと国産化が重なり稼ぐ力を失う 利益 11 億円 · PBR 0.2 倍 · 株価時価総額 396 円100 億円
主力剤の特許切れとジェネリックで農薬の価格が崩れ、数量も 2 割弱減る。中国メーカーが KrF 世代の原料を国産化し、精密化学品の数量も 15% 減る。新工場は稼働率が上がらず、減損が出る。
営業利益は 14 億円ほどに縮み、利益率は 3% 台。総還元性向は 35% に下がり、配当は据え置き程度になる。
この筋書きでは稼ぐ力がほとんど残らず、評価を支えるのは 122 億円の純現金とわずかな事業価値だけである。
経営は新工場の償却と登録維持の費用を抱えたまま、事業の縮小か再編を迫られる。住友化学など大株主が関与する再編の余地はあるが、その価格は純現金に近い水準にとどまるだろう。
- 農薬(水稲向け中心):数量 5.7(北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円))× 価格 110.0%(価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立))→ 売上 265 億円・営業利益 12 億円。営業利益率 4.5%
- ファインケミカル(精密化学品):数量 2.6(対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円))× 価格 1.00(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 150 億円・営業利益 6 億円。営業利益率 4.0%
- その他(繊維資材など):数量 2.0(出荷量(10 億円相当の実質))× 価格 1.00(価格の指数(今を 1.0、名目))→ 売上 20 億円・営業利益 0 億円。営業利益率 0.0%
倍率:稼ぐ力は営業利益 14 億円で、純利益 11 億円を k 7.5% で割っても約 140 億円。純現金 122 億円のうち業務に要る分を除いた 100 億円を床として、今の自己資本に 0.19 倍を掛けた。
確率:特許切れ・中国の国産化・新工場の稼働遅れが重なり、構造的に稼ぐ力を失う筋書き。単一の剤への依存と、中国子会社の苦戦から起こりうるが、純現金の安全域があるため 1 割にとどめた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
農薬(水稲向け中心)
殺菌剤カスガマイシン、除草剤イプフェンカルバゾン、苗箱処理剤など。国内の農協系の流通と、海外の登録国向け。
| 数量北興が戦う農薬市場(国内約 3,300 億円+輸出先約 900 億円相当、実質・今の値段)× シェア約 7%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたりの市場規模・億円) | 価格価格の指数(今を 1.0、名目。物価 3% で 10 年 1.34 倍が中立) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/11 | 7.0 | 100.0% | 294 | 34 |
| 10 年後 中立 | 7.0 | 130.0% | 382 | 43 |
取り方:農薬の売上 294 億円(2025/11 期、決算資料)を、市場規模の推定 4,200 億円 × シェア約 7% で置いた。市場の大きさは国内約 3,300 億円(日本農薬の分析と同じ前提)に輸出先を足した推定。営業利益 34 億円はセグメント別が通期で薄いため、全体の営業利益 49 億円を農薬約 7 割・精密化学品約 3 割と割り振った推定。
ファインケミカル(精密化学品)
KrF レジスト向け原料、医薬・農薬の中間体、有機触媒。岡山工場と中国・江蘇省の子会社で製造。
| 数量対象市場(KrF 原料・医農薬中間体、実質・今の値段で約 5,900 億円の推定)× シェア約 3%(volume はシェアの %、rev_factor は 1% あたり 59 億円) | 価格価格の指数(今を 1.0、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/11 | 3.0 | 1.00 | 177 | 17 |
| 10 年後 中立 | 3.5 | 1.30 | 272 | 27 |
取り方:精密化学品の売上は全体の約 36% で約 177 億円。市場規模は開示が無く、受託型の中間体と KrF 原料の対象市場を推定し、シェア約 3% を置いた(推定)。営業利益 17 億円は中国子会社の減益を含む割り振りの推定。
その他(繊維資材など)
子会社が手がける再生繊維素材の販売など。小さい。
| 数量出荷量(10 億円相当の実質) | 価格価格の指数(今を 1.0、名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/11 | 2.0 | 1.00 | 20 | 1 |
| 10 年後 中立 | 2.0 | 1.34 | 27 | 1 |
取り方:売上全体 491 億円から農薬と精密化学品を引いた残りの約 20 億円。営業利益は薄利と推定して 0.8 億円。
リスクと懸念
国内水稲市場の縮小
水稲向けは売上の柱だが、人口減と農家の高齢化で作付けが縮む。農家の採算にも余裕がなく、共同購入の場で値引きを求められやすい。数量が年 1% 縮むだけで、10 年で約 1 割の売上が消える。
特許切れとジェネリック
主力のカスガマイシンは息の長い剤だが、特許期間はとうに過ぎ、価格競争から逃げられない。自社開発のイプフェンカルバゾンも、特許の期限はいずれ来る。新しい剤が育つ前に旧い剤が崩れる順になると、利益が落ちる。
少数の剤への依存
農薬は、数本の主力剤で売上の大半を稼ぐ。登録の更新や規制の強化で 1 本が止まるだけで、農薬全体の数量に響く。登録を維持する費用が上がる流れも、小さな会社には重い。
KrF 世代の置き換えと中国の国産化
精密化学品の稼ぎ頭は、成熟した KrF レジスト向けの原料だ。中国のレジスト産業が育てば、原料の国産化が進み、日本からの調達が減る。岡山の新工場(約 45 億円)が稼働率を上げられないと、固定費の重しになる。
中国子会社の低採算
江蘇省の製造子会社は、直近の決算でも減益で利益の足を引っ張った。現地の景気と競争の影響を受けやすい。立て直せなければ、精密化学品全体の利益率を押し下げる。
現金の積み上がり
純現金は 122 億円で、時価総額の 3 割弱にあたる。総還元性向を 35〜45% に上げたとはいえ、残りは積み上がる。使い道が定まらないと、留保した利益の価値が額面より目減りする。
買収が持ち込まれる可能性
住友化学(約 8%)や野村殖産(約 8%)が大株主に並ぶ。支配株主はいないが、再編や買収の動きが出れば、株価は上がりうる。逆に、割高な買収を自社が仕掛けると、価値を壊す。どちらも確率を読めない。
今後の分かれ目
- イプフェンカルバゾンの海外登録が 9 か国を超え、売上が計画を上回って立ち上がった
- 農薬の数量が国内の縮みを上回って伸び、楽観に近づく。利益率も固定費の軽さで上がる。
- 岡山の新工場が 2027 年に稼働率 8 割を超える
- 精密化学品の数量が計画どおり伸び、やや楽観の筋書きに寄る。逆に 5 割を割るなら、減損が出て下振れに寄る。
- 主力の殺菌剤に価格崩れが起き、農薬の営業利益率が 8% を割った
- やや悲観に寄る。数量が減ったまま価格が戻らなければ、悲観の確率が上がる。
- 純現金を使った大型の M&A が発表された
- 買収先の稼ぎが資本コストを超えるなら上振れ要因。割高に買えば、価値を壊す。買収額と稼ぎの見通しで判断が分かれる。
- 総還元性向が 50% を超える水準へ引き上げられた、または自社株買いが大幅に増えた
- 現金の積み上がりが止まり、資本の稼ぎが 9% に近づく。評価は中立から上へ動く。
- 中国メーカーが KrF 世代の原料を国産化し、国内レジストメーカーが調達先を替えた
- 精密化学品の数量が縮み、悲観の筋書きに近づく。
見ておくもの
- イプフェンカルバゾンの海外登録国の数(9 か国計画)と海外売上
- 岡山の新工場(2026 年 12 月完成予定)の稼働率と KrF 向け出荷
- 農薬の営業利益率(生産拠点の集約後)
- 中国子会社の損益
- 総還元性向と自社株買いの消化額、純現金の推移
- 政策保有株の売却額と、次期中期計画(2027〜2029 年度)の目標
倍率と資本コストの決め方
倍率は式から出した。RONIC は k 7.5% に残る割合 1/2 を掛けた超過分で、g は 4% 以下に置いた。ROE が k を下回る中立〜やや悲観は、ためた利益は額面未満の価値とみて 1÷k の 12.5 倍を上限にし、利益の質に応じて 7〜9 割に置いた。市場の PER・PBR は倍率の根拠にしていない。純現金は 60 億円を余剰として分け、戻り方 0.5 を掛けた。数量は市場規模×シェアの推定(根拠の薄い推定が含まれる)で、新リース会計基準による数字の形の変化は 10 年後も今と同じ形で揃えた。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.5→16.07 倍・やや楽観 PER 12.5→15.36 倍・中立 PER 11.5→14.48 倍)。
資本コスト 7.5% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。