結論
伊勢化学工業は、千葉と宮崎の地下かん水からヨウ素を取り出す会社である。売上の約 9 割がヨウ素と、同じかん水から出る天然ガスだ。残りは電池向けのニッケル・コバルト化合物。AGC が約 5 割を持つ親子上場で、2025 年 12 月期は営業利益率 24% と過去最高をつけた。
稼ぎの源は、世界に数社しかない供給源のひとつを握っていることだ。ヨウ素は X 線造影剤や液晶の偏光フィルムに欠かせず、代わりになる物質が少ない。米国の輸入単価は 2021 年の 1 キロ 33 ドルから 2025 年は 68 ドルまで上がり、この値上がりが利益を押し上げた。
筆者の結論は「割高」である。事業の質は高いが、今の利益の大きな部分は、4 年で倍になった値段に乗っている。ヨウ素の値段は崩れる時は速く、2010 年代半ばには営業利益が 3 年で 9 割近く減った前例があり、チリも米国も増産を進めている。値段が物価並みに伸び続けるとは置けない。
会社の成長計画は本物だ。米国でかん水の抽出権を取り、2030 年までにヨウ素の生産量を今のほぼ 2 倍にする目標を掲げた。計画どおり進んでも、中立では利益は今の 1.2 倍に届く程度で、10 年後の価値は今の時価総額の 3 分の 1 ほどになる。楽観でも今の値段に届かない。
親会社が少数株主を買い取る話は消せないが、その価格は誰にもわからず、本質価値の計算には入れていない。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点で見れば、この会社は「資源を持つ小さな製造業」である。持ち続けたいかと問われれば、ヨウ素の値段が普通の水準にあるなら、答えは「はい」だ。
オーナー利益、つまり株主が自由にできる利益で見ると、設備投資が膨らむ今は薄い。減価償却の増加で、2026 年は利益が減る。米国の拡張は 10 年かけて効く投資で、その間は利益が楽になりにくい。
堀は資源へのアクセスと買い手の信頼だが、値段を決める力は弱い。値段を決めるのはチリの大手で、伊勢化学は値上がりの恩恵を受ける側にいる。恩恵は永遠には続かない。
安全域の観点では、今の値段を払う理由が見つからない。利益が 2021 年の 3 倍以上に増えたのは、事業が急に優れたからではない。値段が上がったからだ。値段が半分に戻るだけで、利益は 4 割から 6 割減る。
経営と資本配分は誠実に見える。米国の権益取得は筋が通り、配当は無理がない。ただ、わからない部分も大きい。井戸の寿命、米国の収率、親会社の考えは、外から確かめられない。確信が持てない事業なので、安全域は厚く取るべきだ。
何で稼ぐ会社か
事業は大きく 2 つに分かれる。ヨウ素及び天然ガス事業が売上の約 88%、利益のほぼ全部を稼ぐ。金属化合物事業は塩化ニッケルなどを作り、売上の約 12% だが、利益はほとんど出ていない。
ヨウ素は、地下のかん水(昔の海水が閉じ込められた塩水)を汲み上げ、空気を吹き込んで取り出す。国内は千葉の外房地区と宮崎の佐土原地区で、天然ガスも同じ井戸から出る。ガスは副産物として販売され、かん水を汲むコストの一部をまかなう。米国ではオクラホマ州の子会社ウッドワード・アイオダインが同じ方式でヨウ素を作り、海外売上は全体の 4 割台半ばに達する。
ヨウ素の用途は、X 線造影剤、液晶用の偏光フィルム、うがい薬などの医薬、農薬、飼料と幅広い。1 つひとつの使用量は小さいが、医療と電子材料で欠かせず、買い手は値段より安定供給を重んじる。このため伊勢化学は、20 か国以上の顧客と長い取引関係を持つ。
グループの生産量は 2025 年に約 4,300 トン。国内シェアは 4 割台半ば、世界でも約 1 割とみる。国内の同業は合同資源や K&O ヨウ素で、世界で圧倒的なのはチリの SQM など。伊勢化学は中堅の位置にある。
金属化合物は 1975 年に始めた。電池やコンデンサー向けの需要はあるが、ニッケルの値段に引きずられて原料高が続き、2025 年は営業赤字に転じた。事業としては小さく、全体の評価には響かない。
会社は 2026 年 6 月、米国の水処理会社セレクト・ウォーター・ソリューションズと、油田かん水からヨウ素を取る権利の契約を結んだ。期間は 10 年で、最長 20 年まで延ばせる。テキサス州に第 1 のサテライトプラントを建てる。
優良さと弱いところ
堀、つまり他社がまねできない強みは、資源を握っていることだ。ヨウ素を大規模に取れる場所は、チリの硝石鉱床、日本のガス田、米国オクラホマのかん水に限られる。千葉と宮崎のかん水は、掘削の権利と長年の操業ノウハウがあって初めて使える。新しく参入するのは難しい。ただし、チリは桁違いに安く大量に作れるため、値段を決める力は伊勢化学にはない。値段はチリの大手の動きで決まり、伊勢化学はそれに乗る側だ。
資本効率は急に良くなった。ROE は 2017 年の 0.5% から 2025 年の 16.2% まで上がったが、10 年の中央値は 5.9% にすぎない。良くなった主因は新しい工場でも経営の改革でもなく、ヨウ素の値段である。自己資本比率は 78.5% で、純現金が薄く積み上がる堅実な財務を持つ。
経営の質は、少なくとも数字では良い。数量は 2024 年から 2025 年にかけ着実に増え、米国の生産拠点も育てた。気になるのは、2026 年の生産量見通しが前年より減る点だ。国内の井戸は環境と地盤への配慮が要り、増産の余地は限られるとみる。伸ばす先は米国しかない。
親会社の AGC は 1960 年から資本を入れ、役員も出している。原料や製品の取引も絡む。少数株主にとって安心材料にも、利益相反の種にもなりうる。
弱い所を挙げるなら、利益のほぼ全部が 1 つの商品に乗っていることだ。商品の値段が下がれば、固定費の重い井戸と工場は利益を急に削る。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
ヨウ素は小さな市場だ。世界の生産量は約 4 万トンで、チリが 2.3 万トン、日本が 0.9 万トンを占める(米国の量は非開示)。米国地質調査所は、チリを除く世界の約 3 分の 2 をチリが作ると書く。市場調査会社は、需要が年に 4〜5% 伸びると見ている。
需要の柱は X 線造影剤で、高齢化とともに検査が増える。液晶の偏光フィルムは大きな用途だが、液晶の需要は頭打ちだ。新しい需要はペロブスカイト太陽電池である。日本政府は 2040 年に 20 ギガワットの導入を目指すが、ヨウ素がどれだけ要るかの試算は見当たらない。筆者は上振れの可能性として扱い、中立には入れない。
値段は大きく動く。米国の輸入単価は 2021 年の 33 ドルから 2024 年に 62 ドルへ倍近くなり、2025 年のスポットは 73 ドル前後に達した。2010 年代半ばには市況が崩れ、伊勢化学の営業利益は 3 年で 9 割近く減った。供給側では、チリの大手が年 4,000 トンの増強を計画し、オクラホマでは 8 つ目のプラントが動き出した。需要が年 4% 伸びても、供給が追えば値段は崩れる。
国内の石化・総合化学の 24 社と比べると、伊勢化学は石化の中国過剰とは無縁で、汎用化学のように市況が一気に崩れるわけでもない。一方、需要が小さく、1 社の増産が値段に響く狭い市場だ。
今後の分かれ目は、チリと米国の増産ペースと、造影剤・ペロブスカイトなど新しい需要の立ち上がりである。
資本政策と M&A
還元は安定している。2025 年 12 月期の配当性向は約 3 割、2026 年 12 月期の予想は約 4 割だ。2026 年 1 月に株式を 10 分割した。自社株買いは目立たず、利益の残りは設備に回る。
資本の使い方で目立つのは米国である。会社は 2030 年にグループの生産量を 7,500 トン、うち米国 3,000 トンとする目標を掲げ、設備投資は全額を自社で負担する。2026 年 12 月期の営業利益は 80 億円(前期比 −15.6%)の計画で、新しい設備の減価償却が利益を押し下げる。種をまく局面にある。
親会社 AGC は約 5 割、三菱商事は約 1 割を持つ。AGC が完全子会社化に動く可能性はあるが、時期も価格も未定だ。親会社にとって、ヨウ素は本業のガラスとは別の資源事業であり、持ち続ける理由も手放す理由もある。この点は価値の計算に入れず、if_then で扱う。
金属化合物は赤字に近く、会社が今後どうするかは不明だ。整理すれば資本は軽くなるが、売上は 1 割減る。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
ヨウ素は、医療と電子材料の両方で欠かせない素材だ。X 線造影剤は高齢化で検査が増える限り伸び続け、代わりになる物質も少ない。需要は年に 4% 台で伸びると見る調査が多い。これに、ペロブスカイト太陽電池という新しい大口の用途が加わる。日本政府は 2040 年に 20 ギガワットを目標にしており、ヨウ素の主要産地を持つ日本の会社には、国内で作る強みがある。
伊勢化学は、米国でかん水の権利を取り、2030 年に生産量をほぼ 2 倍にする道筋を持つ。設備投資を自分で負担する分、成功すれば利益はそのまま株主に残る。国内の井戸が頭打ちでも、米国が伸びれば全体は伸びる。しかも米国の油田かん水は、油田が動く限り尽きない量が出る。
値段の面でも、供給は簡単には増えない。ヨウ素は、ガス田や硝石鉱山の副産物として作られる側面が強く、需要に合わせて蛇口をひねるように増やせない。チリの増強計画は年 4,000 トンで、世界の 1 割にとどまる。値段が高止まりし、物価並みに上がる世界も十分ありうる。
自己資本比率は約 8 割で、借金の心配はない。AGC という親会社の後ろ盾もあり、配当は安定して増えている。ROE が資本コストを大きく超える会社は少なく、希少な事業だ。
慎重な見方
今の利益は、ヨウ素の値段が 4 年で倍になった結果である。値段が元に戻るだけで、利益は大きく削られる。2010 年代半ばには、同じ会社の営業利益が 3 年で 9 割近く減った。今の水準が新しい普通だと信じる根拠は薄い。
供給は増える。チリの大手は増強を決め、米国では新しいプラントが動き出した。伊勢化学自身も、米国で増産して売り先を探す立場にある。需要が年 4% 伸びても、各社が一斉に増やせば値段は下がる。造影剤は成熟市場、液晶は頭打ちで、ペロブスカイトの量も試算すらない。
成長の中心の米国は、収率・かん水の濃度・許認可・工事の遅れなど、不確かなことが多い。契約は 10 年で、テキサスで始まるのは小さなサテライトプラントだ。2026 年は生産量が前年より減る見通しで、国内の井戸は伸びない。
1 つの商品に利益が集まっているから、固定費の重い井戸と工場を持つこの会社は、値段が下がった時に利益が急に落ちる。2026 年の営業利益は減る計画で、減価償却の負担も増えている。
親子上場で、親会社が約 5 割を握る。少数株主の意向だけで経営は動かない。配当性向は 3〜4 割にとどまり、利益の大半は設備に回る。今の時価総額は、これらの不確かさをほとんど考えていない値段に見える。
どちらに重みを置いたか
事業の質と米国の成長計画は、強気の見方に実がある。一方で、利益が値段の上振れに乗っている点と、増産が競合にも広がる点は、慎重な見方が強い。値段が元の水準に近づくほど、今の利益は続かない。
中立は、数量は計画の 7 割ほどが実現し、値段は実質で 2 割下がる前提とした。確率は、楽観に 9%・やや楽観に 21% と上を厚めに残しつつ、やや悲観 24%・悲観 12% と下に寄せた。結果は、楽観でも今の時価総額に届かない。
10 年後の 5 つの筋書き(2035/12 期)
確率で加重した株価時価総額 2,693 円1,372 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 526 円268 億円)。 今の値に割り戻すと 1,673 円853 億円、今との差 −56.9%、 期待の年率 −1.9%(資本コスト 7.5%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 9% | 6,070 円3,093 億円 | 867 円442 億円 | +78.8% | +6.0% | 624 円318 億円 |
| やや楽観 | 21% | 4,324 円2,203 億円 | 705 円359 億円 | +29.6% | +2.6% | 1,056 円538 億円 |
| 中立 | 34% | 2,944 円1,500 億円 | 569 円290 億円 | −9.5% | −1.0% | 1,194 円609 億円 |
| やや悲観 | 24% | 796 円406 億円 | 373 円190 億円 | −69.9% | −11.3% | 281 円143 億円 |
| 悲観 | 12% | 393 円201 億円 | 139 円71 億円 | −86.3% | −18.0% | 64 円33 億円 |
| 加重平均 | 100% | 2,693 円1,372 億円 | 526 円268 億円 | −17.0% | −1.9% | 3,219 円1,640 億円 |
今の株価時価総額 3,880 円1,977 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.5% を下回るほど割高。
楽観 9% ヨウ素の需要が太く伸び、米国の拡張も計画どおり進む 利益 156 億円 · PER 19.3 倍 · 株価時価総額 6,070 円3,093 億円
需要が年 4% 台で伸び、ペロブスカイト太陽電池が大口の用途として立ち上がる。供給の増加は限られ、値段は物価並みに上がり続ける。米国でテキサスとニューメキシコに拠点が広がり、グループの生産量は 2030 年代前半に 7,500 トンへ届く。国内の井戸は横ばいでも、米国が全体を押し上げる。営業利益率は 28% を保ち、設備の償却を吸収する。金属化合物は電池向けが戻り、小さな黒字になる。配当は増え、自己資本も厚くなる。伊勢化学は、世界のヨウ素で中堅から一段上の存在になる。10 年の終わりには、米国が利益の 3 分の 1 を稼ぐ。親会社の AGC は持ち分を維持し、少数株主にも配当で報いる。ヨウ素の値段が高いまま需要の裾野が広がる、会社にとって最良の 10 年だ。
- ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ):数量 7,500(グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量))× 価格 1,082(1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む))→ 売上 812 億円・営業利益 227 億円。益率 28%
- 金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物):数量 5,500(販売量(トン・推定))× 価格 123(1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動))→ 売上 68 億円・営業利益 3 億円。益率 4.0%
倍率:事業の純利益 156 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 17.1% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 12.3%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 19.3 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 19.3 倍。全体の PER 19.29 倍、時価総額 3,013 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:10 年続く値上がりと、米国の計画達成という 2 つが重なる必要がある。実現すれば強いが、供給側の増産と重なるため確率は 1 割を切る程度にとどめた。
やや楽観 21% 米国の拡張は進み、ヨウ素の値段も高めに残る 利益 115 億円 · PER 18.4 倍 · 株価時価総額 4,324 円2,203 億円
米国の生産は計画の 3 分の 2 ほどまで育ち、グループの生産量は 6,800 トンになる。値段は 2021〜25 年の上昇の一部が残り、10 年で名目 2 割強の上昇にとどまる。造影剤の需要は堅調で、ペロブスカイトは小さく上乗せされる。国内の井戸は横ばい。営業利益率は 25% と今よりやや低く、償却の増加と値段の落ち着きを映す。金属化合物は小さな黒字に戻る。会社は着実に配当を増やすが、設備投資が重く、自己資本の伸びも緩やかだ。親会社との関係は変わらず、買い取りの話も出ない。ヨウ素の需要の伸びと会社の拡張が、おおむね噛み合う良い 10 年である。
- ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ):数量 6,800(グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量))× 価格 985(1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む))→ 売上 670 億円・営業利益 168 億円。益率 25%
- 金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物):数量 5,200(販売量(トン・推定))× 価格 123(1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動))→ 売上 64 億円・営業利益 2 億円。益率 3.0%
倍率:事業の純利益 115 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 15.0% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 11.2%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 18.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 18.4 倍。全体の PER 18.39 倍、時価総額 2,109 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:米国計画の大半の実現と、値段の高止まりという、会社にとって良い面が揃う確かな上位の筋書き。
中立 34% 米国は計画の 7 割ほど、値段は実質で 2 割下がる 利益 80 億円 · PER 17.3 倍 · 株価時価総額 2,944 円1,500 億円
グループの生産量は国内の約 4,000 トンに、米国の約 2,000 トンが加わって 6,000 トンになる。ヨウ素の値段は、2021 年からの上げ幅の一部を保ち、10 年で名目 1.10 倍にとどまる。物価の 1.34 倍を下回る分は、実質の 2 割下落に当たる。チリと米国の増産が値段を押さえる。営業利益率は 22% で、今の最高水準より下がるが、2010 年代の 10% 台よりは高い。金属化合物は数量が横ばいで、利益はほぼない。営業利益は今の 1.2 倍、純利益は 80 億円規模になる。配当は純利益の 4 割ほどで、残りは設備に回る。米国の拡張が利益の 3 分の 1 ほどを稼ぎ、国内の井戸は昔のように稼ぎ続ける。派手さのない、堅実な 10 年である。
- ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ):数量 6,000(グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量))× 価格 889(1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む))→ 売上 533 億円・営業利益 117 億円。益率 22%
- 金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物):数量 5,000(販売量(トン・推定))× 価格 123(1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動))→ 売上 62 億円・営業利益 1 億円。益率 2.0%
倍率:事業の純利益 80 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 12.7% が k 7.50% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.1%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 17.2 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 17.2 倍。全体の PER 17.25 倍、時価総額 1,384 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:中立は、会社の成長目標の 7 割の実現と、ヨウ素の値段の半分の名目上昇という、業界の中間の動き。2030 年の目標に届かない現実も、値段の崩れも置かない。
やや悲観 24% 増産競争で値段が下がり、米国の立ち上がりも遅れる 利益 30 億円 · PER 9.0 倍 · 株価時価総額 796 円406 億円
チリと米国の増産で供給が増え、ヨウ素の値段は名目で今より 15% 下がる。米国のかん水は収率や許認可でつまずき、グループの生産量は 4,800 トンと、今から 1 割強しか増えない。国内の井戸は横ばいか減る。営業利益率は 14% に下がり、新しい設備の償却と値段の下落が重なる。金属化合物は赤字ぎりぎり。配当は維持されるが、増やせない。値段が下がっても、事業そのものは黒字を保つ。米国の拡張は止めずに続けるが、投資の回収は計画より遅れる。親会社は配当を受け取りながら静観する。会社の利益は今の半分以下になるが、赤字には落ちない。
- ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ):数量 4,800(グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量))× 価格 687(1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む))→ 売上 330 億円・営業利益 46 億円。益率 14%
- 金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物):数量 4,500(販売量(トン・推定))× 価格 100(1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動))→ 売上 45 億円・営業利益 0 億円。益率 0.0%
倍率:事業の ROE 4.4% が k 7.5% 以下なので、伸びても価値は増えず、PER の上限は 1÷k = 12.5 倍(ためた利益は額面未満)。値段が下がり堀も薄れる筋書きなので、上限の 7 割強の 9.0 倍に置いた。
確率:2010 年代半ばの市況悪化に似た動きが、10 年のどこかで起きる筋書き。過去の利益の崩れ方を見ると、4 分の 1 ほどの確率は妥当。
悲観 12% 値段が大きく崩れ、米国の事業も損失を出す 利益 6 億円 · PBR 0.5 倍 · 株価時価総額 393 円201 億円
チリと米国の大増産で供給過剰になり、ヨウ素の値段は 4 割近く下がる。米国の事業は立ち上がらず、テキサスの設備に減損が出る。国内でも井戸の規制が重くなり、グループの生産量は 3,800 トンと今を下回る。営業利益率は 6%、2017 年の水準に近づき、金属化合物も赤字になる。配当は大幅に減る。親会社は少数株主を買い取るかもしれないが、その価格は低い。会社は黒字を保つが、稼ぐ力に比べて資産が大きすぎる状態になる。利益は小さく、配当は設備の整理と手元の現金でまかなう。それまでの高い値段で稼いだ利益は、設備に回って戻ってこない。
- ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ):数量 3,800(グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量))× 価格 501(1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む))→ 売上 190 億円・営業利益 11 億円。益率 6%
- 金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物):数量 3,500(販売量(トン・推定))× 価格 90(1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動))→ 売上 32 億円・営業利益 −1 億円。益率 -3.0%
倍率:純利益が 6 億円規模でほぼ消え、稼ぐ力では値が付かない。売れる資産の税後 200 億円(今の自己資本 401 億円の約 5 割)に置いた。
確率:値段の崩れ、米国の失敗、国内の規制の 3 つが重なる構造的な負け。1 つ 1 つの確率は低いが、2010 年代の前例があり 1 割強を置いた。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
ヨウ素・天然ガス(千葉・宮崎・米国オクラホマ)
地下かん水からヨウ素を取り、同じ井戸から出る天然ガスも売る。ヨウ素の化合物も含む。
| 数量グループのヨウ素生産量(トン。実質の数量) | 価格1 トンあたり売上(万円・名目。天然ガスの売上を含む) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/12 | 4,291 | 808 | 347 | 95 |
| 10 年後 中立 | 6,000 | 889 | 533 | 117 |
取り方:会社公表の 2025 年のグループ生産量 4,291 トンで、ヨウ素・天然ガス事業の売上 346.6 億円を割った。スポットの値段(1 キロ 70 ドル台)より低いのは、長期契約・化合物・天然ガスの売上を含むため。将来の価格は、スポットが 2021 年の約 2 倍にあり増産も続くので、中立で名目 10 年 1.10 倍(物価 1.34 倍を実質で約 2 割下回る)と置いた。将来の数量は国内が 4,000 トン前後で横ばい、増分は米国(2030 年に 3,000 トンという会社目標の 3〜10 割の達成)で置いた。
金属化合物(塩化ニッケル・コバルト化合物)
電池・コンデンサー向けの塩化ニッケルなどを作る。伊勢化学だけが手がける。
| 数量販売量(トン・推定) | 価格1 トンあたり売上(万円・名目。ニッケル相場に連動) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/12 | 5,000 | 92 | 46 | 0 |
| 10 年後 中立 | 5,000 | 123 | 62 | 1 |
取り方:事業の売上 46 億円を、塩化ニッケルの単価(ニッケル相場と加工賃から 1 トン 90 万円前後と推定)で割って販売量を約 5,000 トンと推定した。開示された数量ではなく目安。原料高で営業利益はほぼゼロ。
リスクと懸念
ヨウ素の値段が元の水準へ戻るリスク
今の利益の大きな部分は、4 年で倍になった値段に乗っている。チリの増強や米国の新プラントで供給が増えれば、値段は下がる。伊勢化学の営業利益は 2010 年代半ばに 3 年で 9 割近く減った前例がある。井戸と工場の固定費が重いので、値段の下落は利益に何倍にも響く。
米国拡張の実行リスク
2030 年の生産量 7,500 トン、うち米国 3,000 トンという目標は、許認可・工事・かん水の量と濃度・収率に左右される。権利契約は 10 年で、設備投資は全額が自己負担だ。立ち上がりが遅れれば、償却だけが先に利益を削る。2026 年は生産量が前年より減る見通しでもある。
国内の井戸の頭打ち
千葉と宮崎の井戸は、環境と地盤への配慮が要り、増産の余地が限られるとみる。国内の量が減り始めれば、米国の増産分がそれを埋めるだけになる。かん水の濃度の低下が起きないかも、外からは確かめにくい。
用途の需要が思ったほど伸びない
造影剤は成熟した市場で、液晶用は頭打ちだ。ペロブスカイト太陽電池は 2040 年に 20 ギガワットという国の目標があるが、ヨウ素の必要量は不明で、実用化の速さも読めない。需要の伸びが年 2% を割れば、供給の増加に値段が負ける。
親会社との関係
AGC が約 5 割を握る。取引の条件、役員の兼任、買い取りの時期と価格は少数株主が決められない。買い取りがあれば上振れになりうるが、その価格は本質価値と無関係に決まる。逆に、親会社の都合で資本の使い方が決まる可能性もある。
金属化合物の赤字とニッケル相場
塩化ニッケルは原料高で営業赤字に転じた。電池向けの需要は中国との競争が厳しく、値段はニッケル相場に引きずられる。売上の 1 割強だが、赤字が続けば全体の利益率を下げ、整理の費用が出る可能性もある。
今後の分かれ目
- ヨウ素のスポット価格が 1 キロ 50 ドルを割って下がり始めたら
- 値段が元の水準に戻る流れとみて、やや悲観・悲観の確率を上げる。契約価格に反映するまで 1〜2 年の時間差がある。
- チリの大手が増強を前倒しする、または米国の新プラントが連続して動き出したら
- 供給過剰の入口とみて、中立の値段の前提(名目 1.10 倍)を下方修正する。
- テキサスのサテライトプラントが予定どおり動き、米国の生産量が 2027 年に 1,000 トンを超えたら
- 米国計画の確度が上がるので、やや楽観の確率を上げ、数量の前提を 6,500 トン近くへ上げてよい。
- ペロブスカイト太陽電池の量産計画が具体化し、ヨウ素の必要量が示されたら
- 楽観側の数量が現実味を持つ。需要が年 5% を超える見通しなら、楽観の確率を上げる。
- AGC が完全子会社化(TOB)を発表したら
- 買い取り価格は市場の値段に上乗せで決まるので、本質価値の計算とは別に扱う。価格が本質価値を超えるなら、応じる方が合理的になる。
- 国内の井戸で規制や濃度の低下が出て、国内の生産量が 4,000 トンを割ったら
- 数量の前提を下げ、やや悲観側に重みを移す。
見ておくもの
- ヨウ素のスポット価格と米国輸入単価(米国地質調査所の年次報告)
- 伊勢化学のヨウ素生産量(米国分と国内分)と 2030 年目標 7,500 トンの進み具合
- チリの大手の増強と米国の新プラントの稼働
- ペロブスカイト太陽電池の量産計画とヨウ素の必要量
- AGC の持ち分に関する開示
- 金属化合物事業の損益
倍率と資本コストの決め方
ヨウ素(生産量×1 トンあたり売上)と金属化合物(販売量×単価)で、数量は実質、価格は名目で積んだ。今の値段が過去最高圏にあるため、中立の価格は物価の 1.34 倍でなく 1.10 倍とし理由を書いた。k は基本 7.5% に quality +0.5% で 8.0%。倍率は正当化 PER を上限に、中立は下限 1÷k に近い 12.8 倍、楽観・やや楽観は 9 割、やや悲観は 1÷k の 7 割強、悲観は売れる資産の税後 200 億円に置いた。今の株価・今の PER・過去の PBR は参照していない。数字は 12 月決算で、リースの会計基準の変更は小さいとみて今の形のまま置いた。最後に今の時価総額と比べ、差は大きな割高になった。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 14.5→19.29 倍・やや楽観 PER 13.6→18.39 倍・中立 PER 12.8→17.25 倍)。
資本コスト 7.5% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。