結論
日進工具は、刃径6mm以下の超硬エンドミルをつくる専業メーカーだ。売上の約8割がこの一つの製品で、営業利益率は20%前後と高い。筆者の結論は 「やや割安」 である。理由は、事業の稼ぐ力と手元の現金を足した価値と、10年後の見込みを比べたことにある。
稼ぎの源は単純だ。金型や精密部品、電子部品、医療機器の加工現場では、細いエンドミルが削られて減るたびに買い替えられる。機械が止まらない限り、需要は途切れにくい。しかも工作機械のように一度に大きく売れる商品ではなく、波は工作機械より小さめだ。
もう一つの顔が、財務の厚さだ。自己資本比率は9割、純現金は時価総額の半分に迫る。ただ、この現金が利益を生まないために、ROEは15%台から8%台まで落ちてきた。筆者がいちばん気にしているのは、積み上がった現金が株主に戻るかどうかである。直近は自社株買いに動いたが、まだ実績は一期だけだ。
10年の見立ては、数量が実質で緩やかに伸び、価格は物価並みに上がり、利益率は今より少し下がる形を中心に置いた。中国の小径工具メーカーが価格を崩す筋書きも、確率は軽くない。会社予想の今期減益は慎重すぎるように見えるが、理由が開示から確かめられないため、予想には頼らなかった。
バリュー投資の観点から
筆者がまず見るのは、この事業を10年後も理解できるかだ。小径エンドミルは、削れて減る消耗品である。顧客の機械が動く限り売れ、使い慣れが乗り換えを防ぐ。事業の中身は分かりやすい。
資本の使い方は評価が割れる。利益率は高く、再投資の必要は小さい。つまりオーナー利益、株主が自由に使える利益が大きい。それなのに、長年それを現金のまま積んできた。ROEが15%台から8%台まで下がったのは、事業が弱ったからでなく、使い道を決めなかった結果だ。ようやく自社株買いに動いたことは、筆者には前向きに映る。続くかどうかが、この銘柄の最大の論点だと考える。
安全域は二重にある。純現金が厚く、悲観の筋書きでも現金が価値を下支えする。もう一つは、事業の稼ぐ力そのものが高いことだ。ただ、単一の製品に寄っている点と、中国勢の追い上げは、確信度を下げる材料になる。筆者は、この会社を「財務は安心、事業は狭く深い」と評する。
付け加えると、経営者の資本配分で見たい点は一つだけだ。現金を持つこと自体は悪くない。だが、使い道が無いなら株主に返す。その線引きを、この経営が今後どう引くかを見続けたい。
何で稼ぐ会社か
日進工具の商品は、刃径6mm以下の超硬エンドミルだ。エンドミルは、金属を回転させながら削る工具で、先端が細いほど複雑で精密な形を彫れる。取扱高の約8割がこの小径品で、残りは6mmを超えるエンドミルと、工具ケースなどのプラスチック成形品である。本社は東京・品川にあるが、工場と開発の拠点は宮城県の仙台近郊に集まっている。連結の従業員は364人と小さい。
最大の販売先は株式会社サカイで、売上の約15%を占める。使う側は、金型、半導体関連部品、光学・センサー部品、医療機器、航空・防衛部品など、微細な加工をする製造業の現場だ。最近は中華圏の光学・センサー向けが強く、防衛向けの難削材(硬くて削りにくい金属)の工具でも実績が積み上がっている。
商品は消耗品なので、機械が動く限り買い替え需要が出る。加えて、新製品を出す力が競争の中心になる。会社は開発の進め方をアジャイル型(まず出して反応を見る)に改め、年10型番の新製品を目標にしている。研究開発費は年4億円台で、売上の5%ほどだ。
事業の弱点は三つある。小径品への集中、仙台への生産・開発の集中、タングステンやコバルトといった原料の高騰だ。どれも大企業なら分散できるが、この規模の会社には避けにくい。
収益の形をもう少し具体的に言うと、工具は1本あたりの値段が小さい代わりに、顧客の工場で毎日減る。一つの加工ラインで使う本数が多く、注文は途切れずに続く。受注生産の機械と違い、納期のずれで売上が大きく動くことが少ない。製品の種類は多く、型番を増やすほど顧客の細かな要望を拾える。これが小さな会社の武器になっている。
優良さと弱いところ
堀、つまり他社がまねしにくい強みは、細く折れにくい工具をつくる設計と焼結の技術、そして加工現場に染みついた使い慣れにある。小径エンドミルは、同じ形でも材料の質と刃の研磨で寿命が何倍も変わる。現場が一度「この工具なら折れない」と覚えると、安い品への乗り換えは簡単でない。20%前後の営業利益率が長く続いてきたことが、その証拠だ。2015年3月期以降は、営業利益率が18%を割った年がない。
一方で、強みの幅は広くない。競合は国内大手の工具メーカー、超硬メーカー、そして中国の小径専業だ。中国では4mm以下の小径に特化した工具メーカーが育っており、汎用の領域では価格差が効いてくる。日進工具が守るのは、微細で精密な加工という狭い領域だ。筆者は、ここで価格決定力を持てるのは強いが、守り切れる範囲は少しずつ狭まると見ている。
資本効率は課題だ。利益率は高いのに、現金を抱えすぎてROEが8%台に落ちた。10年前は14%前後だった。自己資本比率が9割という安心感は、株主から見れば使われない資本でもある。経営は市場をスタンダードに移し、自社株買いも始めた。方向は正しいが、続けて実行するかが問われる。
人の面では、平均年齢が38歳台と若く、勤続も13年台と長い。労使関係は安定していると開示されている。小さな会社が技術を磨くには、現場の人が辞めないことが大切で、この点は評価できる。反対に、規模が小さい分、一つの失敗が全体に響きやすい。研究開発費を売上の5%ほど使い続けられるのは、利益率が高いからだ。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
切削工具の需要は、工作機械の稼働と製造業の生産量に連動する。ただ、工作機械の受注が大きく振れるのに比べ、工具は使えば減る消耗品なので、谷でも売上の落ち込みは浅い。それでも谷は浅くない。リーマン後の2010年3月期は売上が3割近く減り、営業利益率は6.8%まで落ちた。コロナ期の2021年3月期は売上が15%減だった。
需要の中身は変わりつつある。足元の追い風はAI・半導体関連の部品加工と、中華圏の光学・センサー向けだ。防衛向けの難削材加工も増えている。反対に、自動車は電動化で部品点数が減る方向で、エンジン部品向けの切削は先細りやすい。小径工具の需要が、自動車から電子・医療・防衛へ軸足を移す途中にある、と筆者は見る。
競合では、国内ではオーエスジーや三菱マテリアル、ユニオンツールが同じ領域で戦う。海外ではサンドビックなどの欧州勢が強い。中国の小径専業メーカーは価格で攻め、日本勢の汎用品を侵食しつつある。さらに、米国は関税の転嫁で値上げに動き、中国向けは販売に影響が出始め、欧州は厳しい。海外を細かく見ると、地域ごとに明暗がある。
世界のエンドミル市場は、調査会社の推計で年に数%から8%ほど伸びるとされる。ただしこれは名目で、材質を問わない数字だ。筆者は、小径超硬品の実質の伸びを年1〜2%とみる。物価の分は価格に入れて別に数える。
要するに、日進工具が立つ場所は、需要は広がるが競争も強まる領域だ。筆者は、強みのある微細加工の領域を守れる限り、数量は緩やかに伸びると見る。ただし、守れる範囲は徐々に狭まる。この見立てが、中立の置き方と、悲観の確率の重さにつながっている。
資本政策と M&A
還元は、安定した配当を軸に、足元では自社株買いを加えている。2026年3月期は配当に約7億円、自社株買いに約13億円を使い、合計は純利益の1.4倍になった。今期の配当は据え置く予定で、会社予想の利益に対する配当性向は9割に達する。
会社の方針は「業績に応じた還元を基本に、安定性と継続性を重視」という穏やかなものだ。数字のはっきりした目標は、確かめられる形では開示されていない。ただ、東証の市場区分をスタンダードに移し、資本効率の改善を理由に自己株式の取得を決めたことは、現金を戻す姿勢の表れだ、と筆者は見る。
投資は堅い。今期の設備投資は仙台工場や開発センターなどで約9.5億円を見込む。借金は無く、本業の稼ぎの範囲で賄える。M&Aの実績は目立たない。大型の買収で資本を壊す心配は小さいが、反対に、現金を寝かせる癖が戻る心配はある。
株主構成は、確認できる最新の資料からは把握できなかった。時価総額が小さく、自己資本比率が9割、純現金が時価総額の半分という姿は、買収する側から見れば手を出しやすい。10年のうちにTOBなど再編が起きる可能性は、筆者は小さくないと見ている。ただし、筋書きには織り込んでいない。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
小径エンドミルは、半導体、光学、医療、防衛といった成長の続く分野で使われる。微細な加工は、世界で需要が増える方向にある。日進工具は、その中でも難削材や微細形状に強く、国内大手よりも小回りの利く開発で新製品を出せる。年10型番という開発目標は、その武器を磨く宣言だ。
利益率は20%前後と、工具メーカーとして高い水準を保っている。しかも自己資本比率が9割、純現金が時価総額の半分で、財務の傷みはほぼ無い。直近は自社株買いを実施し、資本効率の改善に舵を切った。この姿勢が続けば、ROEは10%台に戻り、倍率も上がる。
第1四半期の営業利益は、通期の会社予想の6割に達した。増産による量産効果と原価の低減が効いたとされる。会社予想が慎重であるだけで、実力はもっと高い、と強気の見方は主張する。10年で見れば、中華圏と防衛向けの伸びが重なり、2018年3月期の営業利益率27.6%に近づく可能性がある。
加えて、小さな会社ほど資本政策の変化が株価に効く。純現金が時価総額の半分あるので、還元が少し増えるだけでも、一株あたりの価値が目に見えて動く。
慎重な見方
この会社の利益は、一つの商品に寄りすぎている。小径エンドミルが売上の8割を占める。中国の小径専業メーカーは、4mm以下の領域で首位を名乗るまでに育ち、価格の安さで日本勢を追う。汎用に近い品が先に侵食され、日進工具は一段と狭い高級品に追い込まれていく恐れがある。
今期の会社予想は、営業利益が4割減の見込みだ。第1四半期が好調だったのに通期を減益とするのは、下期の需要に不安を見ている可能性がある。自動車向けは電動化で先細り、欧州や中国向けは厳しい。足元の好調は、中華圏の光学・センサー向けという一部の波に支えられているだけかもしれない。
さらに、現金が戻るという前提そのものが危うい。10年前から、この会社は利益を現金にしたまま積んできた。自社株買いは一期だけの話で、方針としては数字で示されていない。戻らないなら、現金の半分は株主にとって使えない資産に近い。人件費と原料の高騰で、利益率は今より下がる方向に圧力がかかる。
最後に、会社予想の読み方がある。第1四半期の営業利益が通期予想の6割に達したのに、予想を据え置いたのなら、経営は下期の需要に自信を持っていないことになる。好調は一時的な可能性がある。
どちらに重みを置いたか
事業の質は高く、財務は強い。この二点は、強気の見方が正しい。一方で、単一の製品への依存と中国勢の価格攻勢は、慎重な見方が突く通りだ。筆者は、中立に今より少し低い利益率と緩やかな数量の伸びを置いた。確率は、楽観と悲観の両側に厚めに配った。
現金は戻る側に寄せた。直近の還元実績があり、市場区分の変更や自社株買いの決定という行動が伴うためだ。ただ、一期の実績に過ぎないので、確率で偏らせすぎてはいない。10年の本質価値は今の時価総額の1.2倍ほどで、結論はやや割安になった。現金の半分近くが時価総額に入っていることが、安全域の主役である。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 1,766 円416 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 636 円150 億円)。 今の値に割り戻すと 1,325 円312 億円、今との差 +68.2%、 期待の年率 +11.8%(資本コスト 7.2%)→ 割安
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 10% | 3,239 円763 億円 | 926 円218 億円 | +428.6% | +18.1% | 417 円98 億円 |
| やや楽観 | 22% | 2,583 円608 億円 | 807 円190 億円 | +330.2% | +15.7% | 746 円176 億円 |
| 中立 | 34% | 1,967 円463 億円 | 697 円164 億円 | +238.0% | +13.0% | 906 円213 億円 |
| やや悲観 | 22% | 775 円183 億円 | 476 円112 億円 | +58.7% | +4.7% | 275 円65 億円 |
| 悲観 | 12% | 289 円68 億円 | 204 円48 億円 | −37.5% | −4.6% | 59 円14 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,766 円416 億円 | 636 円150 億円 | +204.9% | +11.8% | 2,402 円566 億円 |
今の株価時価総額 788 円186 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.2% を下回るほど割高。
楽観 10% 微細加工の需要が10年続き、小径の堀が広がる 利益 32 億円 · PER 22.5 倍 · 株価時価総額 3,239 円763 億円
10年を通じて、半導体、光学、医療、防衛といった微細加工の需要が伸び続ける。日進工具は難削材や微細形状の新製品を年10型番のペースで出し、技術の差を保つ。中華圏でもシェアを取り、小径の数量は実質で4割以上増える。価格は物価の伸びをやや上回って通る。
利益率は、増産による量産効果と原価低減が定着し、2018年3月期の山に近い26%まで戻る。自社株買いと配当は利益の大半を戻し続け、現金は膨らまない。ROEは15%台に回復する。
中国の小径専業は汎用品で伸びるが、日進工具は高精度の領域に絞ることでその波を避ける。仙台への集中も、災害なく10年を終える。財務の強さが投資の余裕を生み、優良さが一段と増す筋書きだ。
10年後の姿を一言で言えば、小さいが世界で通じる微細加工の専業だ。
- 超硬小径エンドミル(刃径6mm以下):数量 111(世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準))× 価格 140(名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる))→ 売上 155 億円・営業利益 40 億円。実質1.45倍(年3.8%)・価格140。半導体・防衛・中華圏の光学向けが10年続く
- その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品):数量 14.0(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 140(名目の価格指数(今=100))→ 売上 20 億円・営業利益 3 億円。小径の顧客に品ぞろえを広げ実質1.2倍
- 工具ケースなどプラスチック成形品:数量 6.9(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 140(名目の価格指数(今=100))→ 売上 10 億円・営業利益 1 億円。工具ケースは自社需要に連動、実質横ばい
倍率:事業の純利益 30 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 27.9% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 17.6%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 22.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 22.5 倍 + 余った現金(戻り方込み)80 億円。全体の PER 22.47 倍、時価総額 763 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:半導体・防衛・光学の需要が10年とぎれず、同時に中国勢の侵食も小さい必要がある。連続して条件がそろう確度は低いため1割。
やや楽観 22% 数量は着実に伸び、利益率は高いまま保つ 利益 26 億円 · PER 21.5 倍 · 株価時価総額 2,583 円608 億円
小径エンドミルの数量は、実質で年2〜3%ずつ着実に伸びる。AI・半導体関連の部品加工と防衛向けの難削材が伸びを支え、自動車向けの減少を補う。価格は物価並みよりやや上で通る。
利益率は24%前後を保つ。人件費と原料の上昇は価格に転嫁でき、研究開発の厚みが新製品の売れ行きを支える。中国勢は汎用の領域を押さえるが、日進工具の守る領域は広くは削られない。
資本政策は、足元の自社株買いを延長する形で動く。配当性向は高めを保ち、自己資本はほぼ横ばいのまま利益だけが伸びる。ROEは13〜14%台に上がる。事業の質は今のまま保たれ、会社は普通に強い優良企業として10年を終える。
10年の終わりでも、利益の質は変わらず、財務の強さが下支えになる。
- 超硬小径エンドミル(刃径6mm以下):数量 99.3(世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準))× 価格 137(名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる))→ 売上 136 億円・営業利益 33 億円。実質1.3倍(年2.7%)・価格137
- その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品):数量 12.8(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 137(名目の価格指数(今=100))→ 売上 18 億円・営業利益 2 億円。実質1.1倍
- 工具ケースなどプラスチック成形品:数量 6.9(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 137(名目の価格指数(今=100))→ 売上 10 億円・営業利益 1 億円。実質横ばい
倍率:事業の純利益 25 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 23.0% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 15.1%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 21.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 21.5 倍 + 余った現金(戻り方込み)80 億円。全体の PER 21.48 倍、時価総額 608 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:小径の高精度品で堀が保たれ、数量が着実に伸びる見立て。事業の質と直近の増産効果から、楽観側にやや厚めに置く。
中立 34% 小径の専業として地位を保つが、利益率は今より少し緩む 利益 20 億円 · PER 20.1 倍 · 株価時価総額 1,967 円463 億円
小径エンドミルの数量は実質で年1.4%ほど伸びる。半導体・電子・医療・防衛の需要が、自動車の先細りを埋める。価格は物価並みで、実質では据え置きに近い。
利益率は21〜22%の水準に緩む。人件費と材料の上昇が続く一方、中国勢の存在が値上げの幅を抑える。研究開発費と設備の償却も重くなる。それでも、微細加工の領域での地位は守られる。
還元は純利益の95%ほどを続け、現金はほぼ横ばいに保たれる。自己資本は180億円台で、利益だけが伸びるため、ROEは11%前後へ上がる。仙台の拠点も大きな災害なく動く。事業は堅調で、財務は強い。ただし成長の主役ではなく、安定した専業メーカーとして10年を終える筋書きだ。
過度な期待も悲観も要らない、地味だが堅い姿である。
- 超硬小径エンドミル(刃径6mm以下):数量 87.8(世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準))× 価格 134(名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる))→ 売上 118 億円・営業利益 25 億円。実質1.15倍(年1.4%)・価格134(物価並み)。利益率は今の23%台から21.5%へ緩む
- その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品):数量 12.2(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 134(名目の価格指数(今=100))→ 売上 16 億円・営業利益 2 億円。実質1.05倍
- 工具ケースなどプラスチック成形品:数量 6.9(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 134(名目の価格指数(今=100))→ 売上 9 億円・営業利益 1 億円。実質横ばい
倍率:事業の純利益 19 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 18.0% が k 7.25% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 12.6%、10 年より先の名目の伸び g 3.7% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 20.1 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 20.1 倍 + 余った現金(戻り方込み)80 億円。全体の PER 20.08 倍、時価総額 463 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:数量は緩やかに伸び、価格は物価並み。利益率は人件費・原料の上昇と競争で今より少し緩む。もっとも起こりやすい形として3割台半ば。
やや悲観 22% 中国勢の価格攻勢で、数量も価格も伸びない10年 利益 11 億円 · PER 11.7 倍 · 株価時価総額 775 円183 億円
中国の小径専業が、4mm以下の汎用領域だけでなく中級品にも入り込み、日進工具の数量は実質で5%ほど縮む。価格は競争で物価の伸びに届かず、10年で1.28倍にとどまる。
利益率は15%まで落ちる。値上げが通らない一方で、人件費と原料の上昇は止まらない。新製品の投入で高級品の比率を高めるが、全体の流れは変えられない。自動車向けも先細り、電子・医療向けの伸びが十分に受け止めきれない。
会社は配当を維持しようとするが、自社株買いは細る。現金は食われ、余りは今の4分の3ほどに減る。事業は赤字にならず、堀の一部は残る。ただ、もう優良とは呼べない水準まで稼ぐ力が下がった、辛抱の10年になる。
財務の強さが救いだが、成長の物語は終わる。
- 超硬小径エンドミル(刃径6mm以下):数量 72.5(世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準))× 価格 128(名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる))→ 売上 93 億円・営業利益 14 億円。実質0.95倍。中国勢との競争で価格は物価に届かず128
- その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品):数量 11.1(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 128(名目の価格指数(今=100))→ 売上 14 億円・営業利益 1 億円。実質0.95倍
- 工具ケースなどプラスチック成形品:数量 6.6(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 128(名目の価格指数(今=100))→ 売上 8 億円・営業利益 0 億円。実質0.95倍
倍率:ROE 約6% が k 7.25% を下回り、ためた利益は額面未満の価値になるので PER は 1÷k = 11.8 倍まで。稼ぐ力の弱まった構造的な負けの筋書きで、そこから 2 割ほど割り引いて置いた。
確率:中国の小径専業が汎用の領域を取り、価格が物価に届かない形。単一製品の会社なので、起きる可能性は軽くない。
悲観 12% 微細加工でも中国勢に追いつかれ、稼ぐ力が細る 利益 2 億円 · PBR 0.4 倍 · 株価時価総額 289 円68 億円
中国勢が高精度の領域まで技術的に追いつき、日進工具の守ってきた微細加工の価格優位が崩れる。世界の工作機械の稼働が弱まる局面も重なり、数量は実質で3分の2に縮む。価格は競争で物価の伸びを大きく下回る。
利益率は5%まで落ち、本業は利益をほとんど出せなくなる。仙台の拠点が一つで動いているため、固定費の重さが利益を圧迫する。人件費の上昇も価格に転嫁できない。
手元の現金が、この会社の価値を下支えする。だが現金の使い道は少数株主に決められず、赤字や減損で半分近くが目減りする。配当も減らされる。財務は傷まないが、事業としての優良さは失われている。
筆者は、この筋書きの確率を低くは置けないと見ている。単一製品の会社は、崩れ方も速い。
- 超硬小径エンドミル(刃径6mm以下):数量 49.6(世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準))× 価格 110(名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる))→ 売上 55 億円・営業利益 3 億円。実質0.65倍・価格110。微細加工の領域まで中国勢に侵食され、利益率は5%に落ちる
- その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品):数量 8.7(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 110(名目の価格指数(今=100))→ 売上 10 億円・営業利益 0 億円。実質0.75倍
- 工具ケースなどプラスチック成形品:数量 5.9(当社の取り分(実質、億円・今の値段基準))× 価格 110(名目の価格指数(今=100))→ 売上 7 億円・営業利益 0 億円。実質0.85倍・赤字すれすれ
倍率:稼ぐ力はほぼ消えるので、純現金と売れる資産の税後を床にした。PBR はこの床を今の自己資本で割った値。
確率:高精度の領域まで中国勢が追いつき、単一製品の会社の稼ぐ力が細る形。10年では起こりうるが、検査の通常の下限の5%は超え、1割強に置く。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
超硬小径エンドミル(刃径6mm以下)
刃径6mm以下の超硬エンドミル。金型・精密部品・電子部品・医療・航空防衛向けの微細加工で使う消耗工具で、売上の約8割を占める。
| 数量世界の小径超硬エンドミル市場(実質)のうち当社の取り分(億円・今の値段基準) | 価格名目の価格指数(今=100。物価3%の分だけ上がる) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 76.4 | 100 | 76 | 18 |
| 10 年後 中立 | 87.8 | 134 | 118 | 25 |
取り方:有報の製品別売上(エンドミル6mm以下 76.35億円)を、世界の小径超硬エンドミル市場(実質で約1,500億円、世界のエンドミル約4,500億円×小径3割強と推定)での当社の取り分として置いた。シェアは約5%の推定。数量は実質、価格は物価の指数(今=100)で、rev_factor=0.01で億円に換算する。営業利益は全社の営業利益19.6億円を、規模と原価の違いから製品間で配分した推定(開示は単一セグメント)。
その他のエンドミル(刃径6mm超・特殊品)
刃径6mmを超えるエンドミルや特殊形状品。小径で築いた顧客への品ぞろえの広がりとして売る。
| 数量当社の取り分(実質、億円・今の値段基準) | 価格名目の価格指数(今=100) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 11.6 | 100 | 12 | 2 |
| 10 年後 中立 | 12.2 | 134 | 16 | 2 |
取り方:有報の6mm超エンドミル7.99億円とその他エンドミル3.65億円の合計11.64億円を当社の取り分として置いた。小径に比べ競合が多く、利益率は低めと推定した(12〜13%)。数量は実質、価格は物価の指数。
工具ケースなどプラスチック成形品
子会社の牧野工業(福島県白河市)が作る工具ケースが中心。自社の工具の梱包と外販が主で、事業としては小さい。
| 数量当社の取り分(実質、億円・今の値段基準) | 価格名目の価格指数(今=100) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 6.9 | 100 | 7 | 1 |
| 10 年後 中立 | 6.9 | 134 | 9 | 1 |
取り方:有報の『その他』6.94億円(工具ケースなどのプラスチック成形品。子会社の牧野工業が製造)。自社工具の梱包と外販で、利益率は1割ほどと推定。営業利益の配分は推定(開示は単一セグメント)。
リスクと懸念
単一製品への集中
売上の約8割が刃径6mm以下の超硬エンドミルだ。代替の素材や新しい加工法が出れば、会社全体が影響を受ける。有報でも小径切削工具への集中が事業のリスクとして挙げられている。
中国メーカーの価格攻勢
中国には4mm以下の小径に特化した工具メーカーが育っている。汎用に近い品から価格を崩され、日進工具は高級品の領域に追い込まれる恐れがある。中華圏向けの好調が、かえって競合の育成につながる点も気になる。
拠点の集中
生産と開発が宮城県の仙台近郊に集まっている。大きな地震や災害で工場が止まれば、代わりの拠点が乏しい。東日本大震災では1カ月で復旧した実績があるが、リスクそのものは残る。
原料の高騰
超硬の原料はタングステンとコバルトだ。どちらも産地が偏り、価格が急に動く。値上げを顧客に通せない局面では、利益率が直接削られる。
現金が戻らないリスク
純現金が時価総額の半分あるが、過去は積み上げる傾向が強かった。直近の自社株買いが一期で終われば、現金の価値の一部は株主に届かない。この点が最大の論点だと筆者は考える。
特定の販売先への依存
最大の販売先の株式会社サカイが売上の約15%を占める。流通の再編や取引条件の変更で、数量や価格が動く可能性がある。
今後の分かれ目
- 半導体・光学・防衛向けの需要が数年続き、第1四半期のような高い利益率が定着する
- 今期の会社予想は大きく上振れし、10年の利益率は楽観寄りの水準に近づく。
- 自社株買いを毎期続ける方針が数字で示される
- 現金が株主に戻る前提が強まり、余った現金の評価と倍率の両方が上がる。
- 中国の小径専業が、日本勢の主力である高精度品にまで価格を下げて入ってくる
- 数量と価格がともに崩れ、利益率は大きく下がる。悲観の筋書きに近づく。
- 仙台の拠点が災害などで長く止まる
- 出荷が止まり、顧客が他社の工具へ移る。取り戻すのに時間がかかる。
- 他社がTOBなどで再編を仕掛ける
- 現金と技術の価値が一度に評価される可能性がある。ただし筋書きには織り込んでいない。
- 自動車向けの切削が電動化で想定以上に縮む
- 電子・医療向けの伸びで補いきれなければ、数量の伸びは中立より低くなる。
見ておくもの
- 四半期の営業利益率と、会社予想の上方修正の有無
- 自社株買いと配当の方針(性向や金額の開示)
- 中華圏・米国向けの売上動向と、中国の小径専業の海外展開
- 新製品の型番数(年10型番の達成)と研究開発費
- 仙台工場と開発センターへの設備投資の進み方
倍率と資本コストの決め方
倍率は今の株価に寄せず、10年後の ROE と資本コスト 7.25%(基本 7.5% + 循環・値決め・寿命の +1.0%)から式で出した正当化 PER の約 8 割に置いた。今の株価は見ていない。数量は実質で小径の世界市場の伸びを年1〜2%とみて、価格は物価の 1.34 倍を基本にした。会社の今期予想(営業利益が4割減)は理由が確かめられないため出発点に使わなかった。純現金95億円のうち80億円を余りとして分け、利息の控除と戻り方 1.0 を掛けて足した。悲観は純現金の半分と売れる資産で床を置いた。新リース会計基準で本社賃借料が BS に載っても、今と同じ家賃を費用に入れる形で数字をそろえている。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.2→22.47 倍・やや楽観 PER 12.4→21.48 倍・中立 PER 11.8→20.08 倍・やや悲観 PER 9.3→11.71 倍)。
資本コスト 7.2% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。k = 基本 7.5% + quality +1.0% = 8.5%。単一製品への集中や中国勢の追い上げは、k に足さず筋書きと確率で表す。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 8.50% → 7.25%。