結論
ワコムは、電子ペンとそれを使う板(ペンタブレット)の会社だ。稼ぎの7割は、スマホやノートPCのメーカーにペン入力の部品を納める事業から出る。残る3割は、プロのクリエイターに売る液晶タブレットなどの自社ブランド品だ。筆者の結論は、今の値段は事業の力を見ればほぼ妥当で、安全域は薄いというものだ。
最大の弱点は、納め先が少ないことだ。筆頭株主にサムスンの関連会社が名を連ね、製品の世代が替わるたびに受注が大きく動く。2026年7〜9月の部品事業は売上が2割落ちた。
もう一つの弱点は、自社ブランド品が中国勢の安売りに削られてきたことだ。ただ、構造改革で4期ぶりに黒字へ戻った。ここが伸びれば、利益は今の1.5倍近くまで届く。
財務は堅い。純現金が時価総額の1割を超え、そのうち使い道のない分は価値に足して見た。経営は、英国の投資ファンドから社長の解任を求められるほど揺れている。提案は否決されたが、資本の使い方への視線は厳しい。
10年の見立ては、部品事業が横ばい、ブランド品がゆっくり回復する筋だ。名目の利益はほぼ今の水準で、倍率も大きくは上がらない。一方で、顧客を失う筋の損失は深い。上振れは大きいが、下振れも大きい会社だ。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、ワコムは「いい事業の入口にいるが、持ち主になる安心感は薄い」会社だ。
事業の核は、ペンの書き味を電子で再現する技術だ。この技術に頼る会社は、特許の力で長く稼げる。直近の純利益95億円、ROE25%という数字は、その強さを映している。
一方で、10年先まで同じ稼ぎが続くかは、わからない部分が大きい。稼ぎの7割が少数の顧客に依存し、その顧客が自社で内製すれば、数字は一気に崩れる。バリュー投資家が避けるのは、まさにこの形だ。
資本の使い方も、満点とは言えない。自社株買いと配当で、利益を上回る額を返した年もある。評価できるが、その裏で純現金は2021年の260億円から143億円に減った。買収は、本業と離れた領域に小さく手を出し始めている。
筆者は、純現金のうち使い道のない分だけを価値に足し、残りの事業は、利益の質に見合った控えめな倍率で測った。結果は、今の値段にほぼ重なる。安全域と呼べる余裕は見当たらない。顧客の動きを読めるなら別だが、読めない以上、確信度は低く置くのが筋だ。
何で稼ぐ会社か
ワコムの事業は2つに分かれる。
テクノロジーソリューション事業は、電子ペンの技術を部品として売る商売だ。スマホ、タブレット、ノートPCのメーカーに、ペンの位置を読み取るセンサーとペン本体の技術を納める。売上は全社の7割、セグメント利益は9割に近い。サムスンの「Sペン」にワコムの技術が使われてきたことが知られており、顧客の数は少ない。
ブランド製品事業は、ワコムの名前で売る機器だ。ペンタブレット、液晶ペンタブレット、持ち運べるタブレットがあり、イラストレーター、デザイナー、漫画家が主な客になる。国内の店頭では長く9割を超えるシェアを持っていたが、中国のXPPenなどが安い価格で入り込み、いまは過半を維持するのがやっとの市場だ。
2026年3月期は、ブランド製品が売上327億円、利益20億円で黒字になった。前の年度に進めたコスト削減が効いた形だ。テクノロジーソリューションは円高と関税、メモリー価格の高騰によるOEM顧客の需要減で、足もとは苦しい。
会社は2026年3月期から2029年3月期の中期方針「Wacom Chapter 4」で、創作、学び、仕事、健康の4つの使い方に用途を広げる考えを示している。2026年3月には、電力・環境分野のITを手がけるリクロスエクスパンションを約17億円で買い、新しい事業を足し始めた。
優良さと弱いところ
ワコムの堀、つまり他社がまねしにくい強みは、ペンの書き味を支える特許と、長年の実績にある。筆圧を細かく読む技術は、プロの現場で信頼を得てきた。ただし、その堀は薄くなりつつある。
部品事業では、納め先のメーカーが価格を決める側にいる。サムスンのように大きな客は、ペンの調達先を替える力も持つ。ペン入力がスマホやノートPCの標準になるほど、部品としての単価は下がりやすい。
自社ブランド品では、プロが使うという名前が値段を支えている。それでも中国勢の平均単価は国内で2万円ほど安いとされ、価格差が客を奪ってきた。2026年5月の国内販売台数ランキングでは上位10機種のうち5機種をワコムが占めたが、残りにはXPPenも並ぶ。
資本の効率は高い。直近のROEは25%で、10年の中央値は15%だ。ただし、利益は景気と顧客の動きで大きく振れる。営業利益率は2023年3月期に1.8%まで落ち、2026年3月期は12.2%だった。自己資本比率は58%、純現金で財務の不安は小さい。
弱いのはガバナンスだ。社長と COO の関係者や取引を巡って株主が異議を唱え、議決権の賛成率も社長で6割台にとどまった。筆者は、資本コストを意識した投資の規律が、この会社でいちばん確かめにくい点だと考える。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
ワコムの市場は、同じ名前で括れない2つがある。
ペン入力部品の市場は、スマホ、タブレット、ノートPCの出荷台数に連動する。台数そのものは成熟しており、伸びるとすれば、ペンを使う機種が増える場合だ。教育向けのタブレットやペン対応ノートPCが増えれば追い風になるが、Appleが自社のペンを標準にしたように、メーカーが自社で作る流れもある。サムスン以外の中国メーカーがどこまでワコム方式のペンを採るかが、10年先の数量を左右する。
2026年は半導体メモリーの価格が急騰し、スマホやPCのメーカーが機種数や数量を絞る動きが出ている。ワコムの部品事業の足もとの減収も、この影響が一因だ。
プロ向けのペンタブレット市場は、世界で台数が横ばいから微増にとどまる。競合は、中国のXPPenとHuionに、ディスプレイ付きではWacomの上位機種を狙うメーカーが加わる。AIで絵を作る流れが広がると、手で描く人の数が減る心配がある一方、AIで描いた絵を整える手書き需要が残るという見方もある。
電気機器の中の同じ領域には、複合機のリコーやキヤノン、ITサービスのNECや富士通が並ぶが、ワコムはどれとも事業が違う。市場の伸びではなく、数少ない顧客の動きと中国勢との価格差で、業績の形が決まる会社だ。
資本政策と M&A
ワコムは、配当と自社株買いを組み合わせて株主に返してきた。前の中期方針では、自社株に200億円を振り向ける目標を掲げ、2025年2月にも25億円を上限とする自社株買いを加えた。2026年3月期の配当の割合は純利益の37%だった。2027年3月期の配当予想は、前の期より少し下がる。
資本の使い方に、株主が疑問を投げている。英国のアセット・バリュー・インベスターズ(AVI)は、2026年の総会で社長と COO の解任を求めた。理由は、東京支社の一角を社長の娘のダンス練習に使わせた件、COO が創業した赤字会社を約17億円で買った件、ブランド製品の不振だ。会社は、オフィスは正式な契約で対価をもらい、買収は社外取締役だけの委員会が3か月で7回審議したと反論した。提案は否決された。
AVIは議決権の13〜15%を持つ筆頭株主で、サムスンの関連会社も6%台を持つ。この株主構成では、買収されるにせよ守られるにせよ、動きが出やすい。M&Aは今後も、本業と離れた小さな買収が続く可能性がある。
10年の還元は、配当性向4割ほどの配当に自社株買いを足した形で、中立は純利益の合計の約84%に置いた。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
ペン入力は、スマホ、タブレット、ノートPCで広がる途中だ。教育向けの端末にペンが付く流れ、AIパソコンで手書きを使う流れが重なれば、ワコムの部品の出荷はいまより増える。サムスン以外の中国メーカーが、ワコムのペンの方式を採る例が増える余地も残っている。
自社ブランド品は、構造改革で4期ぶりに黒字へ戻り、2026年7〜9月期は売上が3割近く伸び、利益は倍になった。新製品が当たり、固定費が削られた今は、売上が増えた分だけ利益が残る形だ。中国勢の攻勢はあっても、プロの現場で使われる品質と書き味の評価は簡単に覆らない。
財務は純現金で、借金の負担がない。AVIが13%超を持つ筆頭株主になった以上、経営は資本の効率を無視できず、自社株買いと配当は手厚くなる。ROE25%の会社が、利益のほとんどを返し続けるなら、1株あたりの価値は伸びていく。さらに、新しい分野の買収が当たれば、部品とブランドの2本足に3本目が加わる。
慎重な見方
稼ぎの7割を握る部品事業は、少数の顧客に支えられている。サムスンの製品世代が替わるたびに受注が動き、2026年7〜9月は売上が2割落ちた。半導体メモリーの価格高騰でスマホやPCの出荷が絞られる局面では、ペン部品も数量が減る。顧客が自社でペンを作る、あるいは中国の安いメーカーに切り替えれば、数字は一気に崩れる。
自社ブランド品は、4期ぶりに黒字へ戻ったとはいえ、利益率は6%にすぎない。XPPenやHuionの価格は国内で2万円ほど安いとされ、値上げで収益を伸ばす余地はない。AIで絵を作る人が増えれば、手で描く人の数も減りうる。
経営の面では、社長の関係者に絡む疑念が議決権の賛成率に表れ、社長の賛成率は6割台だった。COOが創業した赤字会社を買った件のように、資本コストを意識しない投資が続くなら、稼いだ利益は価値に変わらない。この会社の利益は、景気と顧客の動き次第で大きく振れ、過去には営業利益率が1.8%まで落ちた。10年という長さで見れば、構造的に負ける筋の確率は低くない。
どちらに重みを置いたか
部品の事業が少数の顧客に依存する形は変わらず、中国勢の値下げ圧力も続くため、確率は慎重な見方にやや寄せた。上振れは、ペン対応の機種が増える筋と、ブランド品の黒字定着で、利益が今の1.5倍近くまで届く。下振れは、顧客の内製化で利益が半分以下になる筋で、深さは上振れの幅と同じ程度ある。
その結果、中立の価値は今の値段にほぼ重なり、加重平均では1割ほど下回る形になった。この水準は「適正」の端に近いが、純現金のうち余った分は足してもなお、安全域は薄い。確信度は低く、数字の前提が1つ違えば、割安にも割高にも振れる会社だ。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 1,170 円1,554 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 570 円758 億円)。 今の値に割り戻すと 881 円1,170 億円、今との差 +2.4%、 期待の年率 +7.3%(資本コスト 8.8%)→ 適正
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 8% | 2,934 円3,896 億円 | 979 円1,300 億円 | +355.0% | +16.4% | 313 円416 億円 |
| やや楽観 | 20% | 2,043 円2,713 億円 | 791 円1,050 億円 | +229.5% | +12.7% | 567 円753 億円 |
| 中立 | 33% | 1,323 円1,757 億円 | 640 円850 億円 | +128.2% | +8.6% | 648 円860 億円 |
| やや悲観 | 25% | 291 円386 億円 | 407 円540 億円 | −18.9% | −2.1% | 174 円232 億円 |
| 悲観 | 14% | 127 円168 億円 | 151 円200 億円 | −67.8% | −10.7% | 39 円52 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,170 円1,554 億円 | 570 円758 億円 | +102.4% | +7.3% | 1,741 円2,311 億円 |
今の株価時価総額 860 円1,142 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 8.8% を下回るほど割高。
楽観 8% ペン対応機が広がり、ブランド品も黒字が定着する 利益 219 億円 · PER 17.6 倍 · 株価時価総額 2,934 円3,896 億円
教育向けのタブレットと、AIパソコンでの手書き入力の流れがかみ合い、ペン対応機器が世界で大きく増える。サムスンに加え、中国やほかの地域のメーカーがワコム方式のペンを採用し、部品事業の供給台数が3割以上伸びる。
ブランド品は、構造改革の成果と新製品の当たりで固定費が回収され、利益率が14%まで改善する。教育と創作の用途にサービスを広げる中期方針が実り、ブランドの名前が部品の営業にも効いてくる。
資本の面では、AVIの圧力が経営の規律を高め、利益の大半を配当と自社株買いで返す。小さな買収は本業と近い分野に限られ、価値を壊さない。この筋では、利益は今の2倍を超え、ROEは30%台で推移する。
- テクノロジーソリューション:数量 54.0(ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定))× 価格 2,318(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 1,252 億円・営業利益 301 億円。供給台数が1.35倍、単価は物価より遅れて1.2倍。採用の広がりで稼働率が上がり利益率が改善。
- ブランド製品:数量 156(年間の販売台数(万台・推定))× 価格 36,855(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 575 億円・営業利益 81 億円。販売台数1.3倍、単価は中国勢の安値に押されて1.35倍。固定費の回収で利益率が上がる。
倍率:事業の純利益 218 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 39.4% が k 8.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 24.1%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 17.6 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 17.6 倍 + 余った現金(戻り方込み)70 億円。全体の PER 17.55 倍、時価総額 3,896 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:ペン入力の機種が中国メーカーにも広く採用され、ブランド品の利益率も2桁に乗るのは、複数の条件が同時にそろう筋のため8%にとどめた。
やや楽観 20% 部品が緩やかに伸び、ブランド品が回復する 利益 158 億円 · PER 16.8 倍 · 株価時価総額 2,043 円2,713 億円
ペン対応のタブレットとノートPCが少しずつ増え、部品の供給台数は15%ほど伸びる。ただし、納め先の値下げ要求は続き、単価は物価の伸びに届かない。
ブランド品は、液晶ペンタブレットの新製品が売れ、販売台数が1割増える。単価は中国勢の価格に引っ張られて物価ほどは上がらないが、構造改革で作った黒字体質が保たれ、利益率は11%台になる。
経営は、AVIの提案を受けて資本の効率を意識し、買収は小さな規模にとどまる。利益の多くを返し続け、純現金は今と同じ程度に保たれる。全体の利益は今の1.6倍ほどに届く。
新しい用途のうち、学びと創作の分野は育つが、全社の成長を引っ張る柱にまではならない。部品の顧客の偏りは残り、数字が大きく崩れる心配が消えたわけではない。
- テクノロジーソリューション:数量 46.0(ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定))× 価格 2,280(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 1,049 億円・営業利益 236 億円。供給台数1.15倍、単価1.18倍。顧客の値下げを一部吸収。
- ブランド製品:数量 132(年間の販売台数(万台・推定))× 価格 36,309(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 479 億円・営業利益 55 億円。販売台数1.1倍、単価1.33倍。新製品が売れ利益率が改善。
倍率:事業の純利益 157 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 31.2% が k 8.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 20.0%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 16.8 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 16.8 倍 + 余った現金(戻り方込み)70 億円。全体の PER 16.83 倍、時価総額 2,713 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:ペン入力の機種が増え、ブランド品が黒字を保つ筋は十分ありうるが、顧客の内製化と中国勢の安値という逆風も強く、20%とした。
中立 33% 部品は横ばい、ブランド品はゆっくり回復 利益 108 億円 · PER 15.8 倍 · 株価時価総額 1,323 円1,757 億円
部品事業は、ペン入力の機種が増える勢いと、顧客の内製化や値下げ要求が釣り合い、供給台数は今とほぼ同じだ。単価は物価に届かず、10年で1.15倍にとどまる。利益率は22%から20%台前半へ少し下がる。
ブランド品は、中国勢との価格差が続くなかで、台数は横ばいを保つ。構造改革の効果が残り、利益率は9%まで戻る。新製品の当たりに頼らず、プロの現場で使われ続けることで、地位を守る。
全社の費用は物価で増えるが、合理化で吸収し、全体の営業利益は今より1割ほど増える。AVIの圧力で配当と自社株買いは続くが、買収は小さく、本業の力を変えない。ROEは20%前後で推移する。
- テクノロジーソリューション:数量 40.0(ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定))× 価格 2,222(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 889 億円・営業利益 182 億円。供給台数は横ばい、単価は物価より遅れて1.15倍(顧客の値下げ要求と部品の進歩で)。
- ブランド製品:数量 120(年間の販売台数(万台・推定))× 価格 35,490(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 426 億円・営業利益 38 億円。販売台数は横ばい、単価は中国勢の安値で物価より遅れて1.30倍。利益率は黒字体質が定着して9%。
倍率:事業の純利益 107 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 23.1% が k 8.75% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 15.9%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.8 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.8 倍 + 余った現金(戻り方込み)70 億円。全体の PER 15.76 倍、時価総額 1,757 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:10年で見ると、部品の台数は動かず、単価は物価に届かないという、もっとも素直な筋を中心に置いた。2026年の足もとの減収と、ブランド品の黒字化が打ち消し合う形。
やや悲観 25% 顧客の内製化と中国勢の値下げで利益が半分以下に 利益 38 億円 · PER 9.0 倍 · 株価時価総額 291 円386 億円
サムスンを含む主要顧客が、ペンの調達を自社や別の安いメーカーに一部切り替え、ワコムの供給台数は2割減る。単価も、顧客の値下げ要求で物価の伸びを大きく下回る。
ブランド品は、XPPenなどの安い機種に客を奪われ、台数が15%減る。価格を守ろうとすれば台数が減り、台数を守ろうとすれば値下げするしかなく、利益率は4%まで下がる。
固定の研究開発費は削りにくく、利益は今の3分の1ほどまで落ちる。それでも純現金と、特許の使用料収入があるため、事業はすぐには傷まない。配当は減らして続け、自社株買いは止まる。
- テクノロジーソリューション:数量 32.0(ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定))× 価格 2,125(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 680 億円・営業利益 102 億円。供給台数が2割減、単価1.1倍。固定費が重く利益率が下がる。
- ブランド製品:数量 102(年間の販売台数(万台・推定))× 価格 32,760(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 334 億円・営業利益 13 億円。台数15%減、単価1.2倍にとどまる。ほぼ収支とんとん。
倍率:ROE7%は資本コスト8.75%に届かず、倍率の上限は1÷k=11.1倍。利益が先細りする筋なので、その約8割の水準を置いた。(2026-10-22 の式の直しで機械で置き直し、今は PER 9 倍・時価総額 386 億円。上の倍率は置き直す前の値)
確率:2026年7〜9月の部品事業の2割減収と、営業利益率が過去に1.8%まで落ちた実績を踏まえ、部品の台数減とブランド品の単価下落が同時に進む筋を25%とした。
悲観 14% ペンの内製化と安値攻勢で構造的に負ける 利益 6 億円 · PBR 0.5 倍 · 株価時価総額 127 円168 億円
主要顧客がペンの技術を自社で持ち、ワコムの供給台数は半分に減る。残る顧客からも大幅な値下げを求められ、単価は今より下がる。
ブランド品は、XPPenとHuionに機能と価格の両面で並ばれ、台数が4割減る。単価を維持できず、赤字が戻る。
研究開発の固定費と人員を削っても利益は出ず、2桁の減損を出す年もある。配当は最低限に絞られ、自社株買いは止まる。還元は、手元の現金と自社拠点・特許権の売却で払う分が出る。払った分だけ余った現金を減らし、この筋書きの余った現金は 0 とする(二重には数えない)。それでも純現金と売れる資産が残るため、会社が傷む前に、稼ぐ力ではなく手元の資産が株価を支える。
この筋では、買収で足した小さな事業も収益の柱にならず、のれんの減損が出る。経営は資本の使い方を問われ、AVIをはじめとする株主の圧力が一段と強まる。
- テクノロジーソリューション:数量 20.0(ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定))× 価格 1,835(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 367 億円・営業利益 29 億円。供給台数が半減、単価は今を下回る。
- ブランド製品:数量 72.0(年間の販売台数(万台・推定))× 価格 27,300(1台あたりの売上(円・名目))→ 売上 197 億円・営業利益 −4 億円。台数が4割減、単価は据え置き。赤字へ戻る。
倍率:稼ぐ力は細り、ROEは資本コストを大きく下回る。今の自己資本に掛ける形で、純現金と売れる資産の約170億円を下限の目安に、手元の資産が株価を支える水準を置いた。
確率:主要顧客が自社でペンを作り、ブランド品も中国勢にほぼ置き換わるという、構造的な負けの筋。顧客が少なく単一技術の会社で、起きる確率は10%を上回ると見て14%とした。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
テクノロジーソリューション
スマホ・タブレット・ノートPC のメーカーに電子ペンのセンサーとペンの技術を納める OEM 事業。
| 数量ペン入力機器向けの供給台数相当(百万台・推定) | 価格1台あたりの売上(円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 40.0 | 1,932 | 773 | 171 |
| 10 年後 中立 | 40.0 | 2,222 | 889 | 182 |
取り方:台数は開示されないので推定。世界のペン対応スマホ・タブレット・ノートPC のうちワコムの技術を使う機器を年4,000万台相当と置き、売上773億円から1台あたりの売上を逆算した。顧客ごとの比率は開示が無く、サムスンへの依存が大きいことだけが事業等のリスクに書かれている。 将来の価格は、顧客の年次の値下げ交渉と部品の技術進歩で物価より遅れる(中立で10年1.15倍)と見た。
ブランド製品
ペンタブレット・液晶ペンタブレット・持ち運びタブレットなど、ワコムの名前で売るクリエイター向け機器。
| 数量年間の販売台数(万台・推定) | 価格1台あたりの売上(円・名目) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 120 | 27,300 | 327 | 20 |
| 10 年後 中立 | 120 | 35,490 | 426 | 38 |
取り方:台数は開示されないので推定。売上327億円と、国内の平均単価(2021年時点で約3.2万円、BCN)や普及機から上位機までの構成を踏まえ、年約120万台、1台あたり約2.7万円と置いた。XPPenなどの攻勢で単価が上がらない前提を織り込んでいる。
リスクと懸念
主要顧客の内製化と製品世代の変化
稼ぎの7割は少数のスマホ・PC メーカー向けの部品で、サムスンへの依存は事業等のリスクにも書かれている。顧客が自社でペンを作れば、数量が一気に落ちる。2026年7〜9月の部品事業の2割減収は、その予兆と読むこともできる。
半導体メモリー価格の高騰
メモリーの価格が急騰し、スマホやPCのメーカーが機種数や出荷を絞る局面がある。ペン部品は完成品の出荷に連動するため、顧客の台数が減ればワコムの売上も減る。2027年にかけても高止まりが続くとの見方があり、数量の見通しを押し下げる。
中国メーカーの安値攻勢
XPPenやHuionは、国内でも平均単価が2万円ほど安いとされる。上位10機種に両社が入るほど台数を伸ばしており、ワコムが値上げで収益を伸ばす余地は乏しい。ブランド品の利益率が6%と低い現状では、価格を守ると台数を失う。
AIで絵を作る流れによる創作需要の変化
画像を生成するAIが広がると、プロのクリエイターの数や仕事の形が変わる。手で描く人が減れば、ブランド品の台数が細る。一方で、AIが出した絵を手で直す需要が残る見方もあるが、規模は読めない。
ガバナンスと資本の使い方
社長の関係者の取引、COOが創業した赤字会社の約17億円の買収などで、AVIの批判を受けた。株主提案は否決されたが、社長の賛成率は6割台にとどまり、資本コストを意識しない投資が続けば、利益が価値に変わらない。
円高と米国関税
テクノロジーソリューションは、円高と米国の関税の影響を受けた。売上の多くが海外向けで、円が強くなると円換算の利益が減る。この分析では為替を動かしていないが、実際には業績を揺らす要因になる。
今後の分かれ目
- サムスン以外の中国メーカーが、ワコム方式のペンを広く採用する
- 部品の供給台数が増え、顧客の偏りも薄まる。楽観の筋に近づく。
- 主要顧客がペンの調達を自社や安い別メーカーに切り替える
- 部品の数量と単価が同時に落ち、利益が大きく減る。構造的な負けの筋に近づく。
- ブランド品の利益率が2桁に乗り、2期以上続く
- 構造改革が一過性でなかったと確かめられ、やや楽観の確率が上がる。
- リクロスエクスパンションのような本業と離れた買収が続く
- 資本の使い方への不信が強まり、利益の価値が割り引かれる。
- AVIの提案を受けて、自社株買いや配当が大きく増える
- ROEが保たれ、1株あたりの価値は上がる。ただし利益そのものは増えないため、中立の筋の価値は大きく動かない。
- 半導体メモリーの価格が落ち着き、スマホ・PCの出荷が回復する
- 部品の減収が止まり、中立の筋の出発点が固まる。
見ておくもの
- テクノロジーソリューションの売上と、顧客の製品世代の動き
- ブランド製品の利益率(2桁に乗るか)
- サムスンを含む主要顧客の調達方針
- 国内のペンタブレット販売ランキングでのXPPenの順位
- AVIの保有比率と次の総合での提案
- 自社株買いと配当の方針(Chapter 4 の資本配分)
- 買収の追加と、その規模・分野
倍率と資本コストの決め方
セグメントごとに数量×価格で10年の利益を組み、その利益の質(顧客の偏り・中国勢との価格差)と資本コスト8.75%(基本7.5%+quality1.5%)から正当化PERを計算し、中立はその約8割に置いた。今の株価・PER・過去のPBRは倍率の根拠にしていない。悲観は、稼ぐ力ではなく純現金と売れる資産の下限で置いた。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.9→17.55 倍・やや楽観 PER 12.5→16.83 倍・中立 PER 11.6→15.76 倍)。
資本コスト 8.8% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% に quality +1.5%。純現金で借金の負担はなく、事業が傾いてはいないため上乗せ(extra)は置かない。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 9.00% → 8.75%。