結論
長瀬産業は、1832 年創業の化学品専門商社である。樹脂や塗料原料から半導体材料、医薬・食品素材まで扱い、国内の独立系では稲畑産業と首位を争う。筆者の結論は、今の株価はやや割高で、安全域は厚くないというものだ。
稼ぐ力が上がったのは事実だ。営業利益は 5 年で 2 倍近くに増え、ROE も 5% 台から 8% 近くへ上がった。押し上げたのは、AI 半導体向けの変性エポキシ樹脂と中国向けの半導体材料、そして赤字取引の整理である。
ただ、利益の厚みは電子材料に偏る。売上の半分を占めるマテリアルは、自動車・塗料・OA の成熟需要で、数量の伸びは期待しにくい。米国の食品素材会社プリノバは売上の 2 割を占めるが、利益率は 3% 台と薄い。
会社は営業利益 500 億円以上、時価総額 1 兆円を掲げる。今の 2 倍である。届くのは、電子材料が実質で年 6% ほど伸び続ける場合に限られる。中立の筋書きでは ROE が 8〜10% で、資本コストをわずかに上回るだけだ。
10 年先は今の時価総額を1割ほど下回る水準になる。総合では本質価値が今の時価総額をやや下回るが、適正の範囲に収まる。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、この会社は「悪くない商社が、良い会社になりかけている途中」に見える。事業は創業から 190 年を超えて続き、財務は堅い。営業利益の 5 年の伸びは本物だ。
持ち主に残る利益で考えると、数字は見かけより小さい。商社は売上が増えるたびに運転資金が要り、製造は設備が要る。この 5 年で純利益の約 8 割を配当と自社株買いに回したが、同じ期間に純負債は増えた。利益がそのまま持ち主の手元に残る会社ではない。
堀は広がる途中にある。電子材料と医薬は、顧客の乗り換えが難しい。反対に、樹脂や塗料原料は、価格で選ばれやすい。10 年先も強いと言い切れるのは、全体の半分ほどだ。
安全域は厚くない。ROE は資本コストをわずかに上回る程度で、PBR は過去の 0.5〜0.8 倍から 1.2 倍へ上がった。成長を織り込んだ値段であり、利益が 1 割外れると評価は大きく動く。筆者は、強気の見方が全部当たって初めて割安になる銘柄だと見る。
何で稼ぐ会社か
稼ぎの源は、メーカーから化学品を仕入れて別のメーカーに売る商社機能だ。2026 年 3 月期の売上は約 9,700 億円で、2027 年 3 月期から 3 つの区分で開示する。マテリアルが約 4,900 億円、ライフサイエンスが約 3,100 億円、エレクトロニクスが約 1,700 億円である。
マテリアルは、樹脂、塗料・インキ原料、機能素材、自動車向け部品などを電機・自動車・日用品メーカーへ届ける。営業利益は約 214 億円で、全社の安定した土台だ。エレクトロニクスは、半導体・ディスプレイ・電池向けの材料で、営業利益は約 153 億円。利益率は 9% 近い。
ライフサイエンスは、医薬の原薬・添加剤、診断薬、化粧品原料、食品素材を扱う。米国のプリノバが売上の大半を占め、国内ではナガセヴィータが機能性糖質のトレハロースを作る。営業利益は約 86 億円で、のれんの償却費がこの数字を押し下げている。
この会社の特徴は、商社・製造・研究の 3 つの機能を併せ持つことだ。ナガセケムテックスが AI 半導体向けの変性エポキシ樹脂を作り、ナガセサークレアが高純度薬液を作る。診断薬は旭化成ファーマから買った事業だ。商社の仕入れ網と顧客の声を製造に生かし、利ざやの厚い自社製品を増やしている。
稼ぎ方は 2 つに分かれる。商社は仕入れと販売の差(口銭)で、製造子会社は作った製品の販売益で稼ぐ。売上総利益率は 19% 台、一般管理費は粗利益の 6 割強まで下げた。海外は北米・中国・アセアンが大きく、プリノバが北米の売上を支える。為替は 1 ドル 150 円で置くので、円安の追い風は織り込まない。
優良さと弱いところ
堀は中程度である。強みは、多くの取引先との長い付き合いと、用途を提案して在庫・物流・与信を引き受ける力だ。独立系で化学品商社の首位級にあり、メーカーが自前で持ちにくい機能を安く提供できる。
弱みは、売上総利益率が 19% 台で、営業利益率が 4% 台にとどまることだ。一般管理費が粗利益の 6 割を超え、固定費は重い。ROE は過去 10 年、一度も資本コストの 8% 台に届かなかった。
ここ数年は質が上がった。ROIC を軸に不採算の取引や事業から手を引き、北米のカラーフォーマー事業や中国のガラス基板加工から撤退した。売上総利益率は 1 年で 1 ポイント上がった。
経営は資本の使い方を改めつつある。持ち合い株の売却を進め、総還元性向 100% を掲げ、17 期連続の増配を見込む。一方で、政策保有株は純資産の 14% 近くあり、まだ重い。プリノバの買収は、受託製造の赤字とのれん償却で資本効率を長く押し下げた。
堀の深さは事業ごとに違う。ナガセケムテックスの樹脂は顧客の工程に組み込まれ、乗り換えに数年かかる。診断薬の酵素やトレハロースも、代替が効きにくい自社の技術だ。これに対し、塗料原料や汎用樹脂は価格で選ばれやすく、堀は浅い。深い堀を持つ事業は、利益の半分ほどである。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
追い風は電子材料、向かい風は国内の成熟需要という二極化である。化学品商社の市場は約 4.3 兆円で、ほぼ横ばいだ。一方、半導体材料は AI 向けの先端ロジックとメモリの投資に引っ張られ、実質で年 5〜8% の伸びが見込める。
マテリアルの顧客は自動車、塗料、OA である。EV の減速や建築用途の落ち込みで、数量は伸びない。国内は人口が減り、素材の使用量も細る。ここは価格を物価並みに上げながら、数量を保つ勝負になる。
構造の変化は 2 つある。1 つ目は石油化学の再編だ。中東情勢でナフサが揺れ、国内のクラッカーの統廃合も進む。原料調達を確保できる商社には、商権が集まる。2 つ目は中抜きの圧力だ。大手メーカーが直接調達に動けば、商社の口銭は削られる。
競合は稲畑産業と、総合商社の化学品部門である。上位 2 社で市場の 4 割超を占め、寡占に近い。ただし取扱品目ごとに専門商社が多数あり、メーカー側の価格決定力が強い品目も多い。景気の位置は、2025 年度が中東情勢による先取り需要で好調だった分、2026 年度は反動減の年になる。
もう 1 つの流れが、医薬と食品の外部調達だ。製薬の先発メーカーが原薬や添加剤の調達を外へ出し、ジェネリックの市場も広がる。診断薬・原薬・食品素材には追い風になる。一方、化粧品原料は、中国の消費の低迷と新興ブランドの台頭で、業界の構造が揺れている。
資本政策と M&A
資本政策は、増配・自社株買い・持ち合い株の売却を同時に進める形だ。2026 年 4 月に 1 株を 4 株へ分割し、2025 年度は自社株買いに 170 億円を使った。新しい中期経営計画は、総還元性向 100% と、3 年で 1 株利益 30% 増を掲げる。
成長投資は 3 年で約 1,000 億円。うち 700 億円は、封止材・高純度薬液・パイプ・フィルターなど、競争力のある自社製品の増強に回す。残りは新技術の仕込みで、バイオ研究所を米国に開いた。足りない資金は借入と持ち合い株の売却で補い、買収の余地も残す。
買い手としての実績は玉石混交だ。旭化成ファーマの診断薬事業、Sachem のアジア事業、ブラジルの食品商社は事業の幅を広げた。他方、プリノバは赤字の受託製造に長く悩まされた。買われる側としては、時価総額 5,000 億円と財務の堅さから、大型の TOB は起こりにくい。
10年の還元は、中計の総還元性向100%より薄い8割で置いた。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
AI 向けの投資は、まだ序盤にすぎない。ナガセケムテックスの変性エポキシ樹脂は、AI サーバー用の半導体パッケージに欠かせない材料で、需要は実質で年 2 桁の伸びが続く。中国は半導体の国産化を急ぎ、日本の商社を通す材料の需要も増えている。
商社が製造を持つ強みが出ている。顧客の課題を商社で拾い、研究で解き、自社工場で作る。この一貫した形は、単なる商社には作れない。エレクトロニクスの利益率は 9% 近くに達し、全社の営業利益率を引き上げる。
プリノバは、赤字だった受託製造が黒字に転じる。ライフサイエンスの営業利益は 86 億円から 110 億円へ伸び、のれん償却が終われば利益はさらに上がる。石油化学の再編で、原料調達に強い会社に商権が集まる流れも追い風だ。
資本の使い方も変わった。持ち合い株を売り、浮いた資金を成長と還元に回す。総還元性向 100% で 1 株利益は 3 年で 3 割伸びる。営業利益 500 億円、ROE 9%、時価総額 1 兆円という目標は、背伸びではなく通過点だ。
割安に見える理由もある。成長と資本効率の改善が同時に進む会社は多くない。1 株利益 3 割増の計画に、持ち合い株の売却と自社株買いが乗れば、市場が評価を改める余地は大きい。化学品商社は上位 2 社で寡占に近く、価格を守る力もある。
慎重な見方
今の営業利益には一時的な追い風が混じっている。2026 年 3 月期は、中東情勢による先取り需要があった。2027 年 3 月期の会社見通しの 450 億円にも、退職給付の数理差異による約 40 億円の益が入っている。これを除いた実力は 410 億円前後にとどまる。
利益の厚みは電子材料に偏る。AI 向けの変性エポキシ樹脂は特定の製品と顧客に頼り、中国向けは米中関係の悪化で一夜にして止まりうる。メモリ不足でスマホ向けはすでに減っている。
マテリアルは伸びない。自動車・塗料・OA は成熟し、国内は人口減で細る。プリノバは売上の 2 割を占めながら営業利益率は 3% 台で、のれん償却と減損の火種を抱える。
ROE は 8% 近くで、資本コストとほぼ同じだ。この水準なら、PBR は 1 倍前後が妥当で、今の 1.2 倍は成長の織り込みが先走っている。時価総額 1 兆円の目標は今の 2 倍で、実現には 3 年の中期計画を 2 回、続けて外さない必要がある。
経営計画の目標の置き方にも注意が要る。営業利益 500 億円は、足元の 447 億円から 12% の増加にすぎない。だが数理差異益を除くと、22% の増加が要る。時価総額 1 兆円を掲げるのは意気込みとして買える。ただ市場の期待が先に上がった今は、外したときの落差が大きい。
どちらに重みを置いたか
強気の見方は、電子材料の成長を正しく突いている。だが、その利益は全体の 3 分の 1 にとどまり、残りの成熟事業が足を引く。慎重な見方は、先取り需要と数理差異益で上げ底になった今の利益を、冷静に見ている。
勝つのは慎重な見方だが、わずかな差である。確率は中立を中心に置き、悲観の厚みを 13% とした。10 年は、中抜きや買収の失敗で優良さを失う筋書きを意識して、悲観を少し厚くした。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した株価時価総額 1,448 円5,914 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 769 円3,138 億円)。 今の値に割り戻すと 1,194 円4,875 億円、今との差 0.0%、 期待の年率 +6.4%(資本コスト 8.0%)→ 適正
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 9% | 2,668 円1.09 兆円 | 966 円3,945 億円 | +204.3% | +11.8% | 327 円1,336 億円 |
| やや楽観 | 22% | 2,053 円8,384 億円 | 869 円3,550 億円 | +144.7% | +9.4% | 643 円2,625 億円 |
| 中立 | 34% | 1,650 円6,736 億円 | 806 円3,293 億円 | +105.6% | +7.5% | 835 円3,410 億円 |
| やや悲観 | 22% | 681 円2,780 億円 | 673 円2,748 億円 | +13.3% | +1.3% | 298 円1,216 億円 |
| 悲観 | 13% | 353 円1,441 億円 | 523 円2,137 億円 | −26.6% | −3.0% | 114 円465 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,448 円5,914 億円 | 769 円3,138 億円 | +85.6% | +6.4% | 2,217 円9,052 億円 |
今の株価時価総額 1,195 円4,877 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 8.0% を下回るほど割高。
楽観 9% 素材メーカーに近い高収益の会社へ 利益 707 億円 · PER 15.4 倍 · 株価時価総額 2,668 円1.09 兆円
10 年後、長瀬産業は商社の殻を破り、素材メーカーに近い高収益の会社になっている。AI とデータセンター向けに半導体材料の需要が長く伸び、エレクトロニクスの数量は実質で 1.9 倍、営業利益率は 10% に達する。ナガセケムテックス・ナガセサークレアなど自社製造の比率が高まり、粗利益の 6 割以上を稼ぐ。ライフサイエンスはプリノバの食品素材とバイオ事業が育ち、利益率が 4% 台に上がる。持ち合い株を売り終え、買収は価値を壊さない規律で進める。営業利益は 1,000 億円近くになり、ROE は 13% 近くで、時価総額は 1 兆円を超える。この筋書きは、会社が自らの目標である時価総額 1 兆円を、実力で達成したときの姿である。
- マテリアル:数量 5,150(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 6,901 億円・営業利益 304 億円。市場 3.00 兆円 × シェア 17.2%、営業利益率 4.4%
- エレクトロニクス:数量 3,283(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 4,399 億円・営業利益 440 億円。市場 2.04 兆円 × シェア 16.1%、営業利益率 10.0%
- ライフサイエンス:数量 4,638(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 6,215 億円・営業利益 261 億円。市場 3.38 兆円 × シェア 13.7%、営業利益率 4.2%
倍率:事業の純利益 707 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 12.9% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 10.4%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 15.4 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 15.4 倍。全体の PER 15.41 倍、時価総額 10,895 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:電子材料が実質で年 6〜7% 伸び、プリノバも軌道に乗る強気の道。会社の「時価総額 1 兆円」に近い。確率は 1 割弱にとどめる。
やや楽観 22% 電子とライフが育ち ROE が 11% に 利益 579 億円 · PER 14.5 倍 · 株価時価総額 2,053 円8,384 億円
電子とライフという 2 本の成長軸が計画どおりに育つ筋書きだ。エレクトロニクスは数量が 1.65 倍になり、営業利益率は 9% 台を保つ。ライフサイエンスは医薬・食品の外部調達の流れに乗り、診断薬と食品素材が伸びる。マテリアルは国内の縮小を海外とフィルター・パイプなどの自社製品で補い、数量は横ばい。営業利益は 800 億円台となり、ROE は 11% に上がる。時価総額 1 兆円には届かないが、今の 1.6 倍ほどになる。利益の 6 割を電子とライフが稼ぐ構成に変わり、商社の薄利という印象は薄れていく。
- マテリアル:数量 4,905(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 6,573 億円・営業利益 276 億円。市場 2.94 兆円 × シェア 16.7%、営業利益率 4.2%
- エレクトロニクス:数量 2,851(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 3,821 億円・営業利益 352 億円。市場 1.80 兆円 × シェア 15.8%、営業利益率 9.2%
- ライフサイエンス:数量 4,174(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 5,593 億円・営業利益 207 億円。市場 3.12 兆円 × シェア 13.4%、営業利益率 3.7%
倍率:事業の純利益 579 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 11.0% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 9.5%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 14.5 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 14.5 倍。全体の PER 14.48 倍、時価総額 8,384 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:電子とライフが計画どおり育ち、マテリアルは横ばいを保つ。ROE は 11% 近くまで上がる筋書き。
中立 34% 着実に伸びるが、ROE は 10% 手前 利益 492 億円 · PER 13.7 倍 · 株価時価総額 1,650 円6,736 億円
電子材料が構造の追い風を受けて数量で 1.45 倍に伸び、エレクトロニクスの営業利益は 285 億円まで増える。マテリアルは数量が横ばいで、価格を物価並みに上げて利益を守る。ライフサイエンスは数量が 25% 伸び、プリノバの利益率は 4% 近くまで改善する。営業利益は 700 億円で、ROE は 10% 手前に上がるが、資本コストを大きくは超えない。商社の薄い利ざやという性格は残り、10 年後も普通の優良企業として評価される。持ち合い株は売り進み、還元は純利益の 8 割に落ち着く。それでも、会社が掲げる営業利益 500 億円は 3 年目にほぼ達成し、その後は物価と電子材料の伸びで利益が増える。堅実だが、驚きはない筋書きである。
- マテリアル:数量 4,905(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 6,573 億円・営業利益 263 億円。市場 2.91 兆円 × シェア 16.9%、営業利益率 4.0%
- エレクトロニクス:数量 2,506(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 3,358 億円・営業利益 285 億円。市場 1.62 兆円 × シェア 15.5%、営業利益率 8.5%
- ライフサイエンス:数量 3,865(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 5,179 億円・営業利益 171 億円。市場 3.00 兆円 × シェア 12.9%、営業利益率 3.3%
倍率:事業の純利益 492 億円(余った現金の利息を除く)・事業の ROE 9.7% が k 8.00% を上回る。残る割合 0.50(moat=normal)で RONIC 8.8%、10 年より先の名目の伸び g 4.0% から正当化 PER = (1−g÷RONIC)÷(k−g) = 13.7 倍の上限そのものに置き、事業の純利益 × 13.7 倍。全体の PER 13.69 倍、時価総額 6,736 億円(2026-10-22 機械で置き直した。手で上限から割り引かない:利益の質は moat と k で数え済み)。
確率:電子材料が年 3.8% 伸び、マテリアルは横ばい、ライフは年 2% 台で伸びる。ROE は 10% 手前。最も起こりやすい道。
やや悲観 22% 電子材料は伸びるが口銭が細る 利益 339 億円 · PER 8.2 倍 · 株価時価総額 681 円2,780 億円
電子材料の数量は伸びるが、顧客の半導体メーカーが調達を一元化し、商社の口銭が細る。中国の国産化で現地向けの材料も縮む。マテリアルは国内の人口減と自動車の構造変化で、数量が 1 割減る。プリノバは黒字を保つが、利益率は 3% 手前にとどまる。営業利益は 510 億円で、足元からほとんど増えない。ROE は 7% で資本コストを下回り、市場は PBR で 0.75 倍の評価を与える。持ち合い株を売って自社株買いに回し、ROE は少し改善する。しかし利益が伸びないため、評価の上昇にはつながらない。会社は買収で電子の技術を補おうとするが、価格が高く、収益に結びつかない。
- マテリアル:数量 4,415(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 5,915 億円・営業利益 207 億円。市場 2.70 兆円 × シェア 16.4%、営業利益率 3.5%
- エレクトロニクス:数量 1,987(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 2,663 億円・営業利益 192 億円。市場 1.32 兆円 × シェア 15.1%、営業利益率 7.2%
- ライフサイエンス:数量 3,339(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 4,475 億円・営業利益 125 億円。市場 2.62 兆円 × シェア 12.7%、営業利益率 2.8%
倍率:事業の純利益339億円・事業 ROE 7.0% は k 8% 以下なので、上限は 1÷k=11.8倍。ROEが資本コストを下回り、新しく投じる資本の稼ぎが資本コスト未満の筋書きのため。上限の約7割の8.2倍に置いた。
確率:電子材料の数量は伸びるが、メーカーの直接調達と中国の国産化で口銭が細る。マテリアルは国内の縮小が続く。起こりやすさは中立に近い。
悲観 13% 中抜きと買収の失敗で優良さを失う 利益 203 億円 · PER 7.1 倍 · 株価時価総額 353 円1,441 億円
メーカーによる直接調達が主流になり、商社を通す取引が構造的に減る。電子材料でも、中国の国産化で現地のシェアを失う。マテリアルの数量は 2 割減り、価格競争で口銭も 3% 台前半まで細る。プリノバは減損を出し、買収で得た資産の価値が下がる。持ち合い株の価格も下がり、自己資本が目減りする。営業利益は 340 億円で、今の 4 分の 3 にとどまる。もはや優良な商社とは見られず、PBR は 0.55 倍に評価が下がる。利益が細るなか、配当は据え置きとなり、増配の連続記録は途切れる。経営は不採算の整理に追われ、成長投資に回せる資金は細る。
- マテリアル:数量 3,924(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 5,258 億円・営業利益 158 億円。市場 2.55 兆円 × シェア 15.4%、営業利益率 3.0%
- エレクトロニクス:数量 1,642(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 2,200 億円・営業利益 121 億円。市場 1.26 兆円 × シェア 13.0%、営業利益率 5.5%
- ライフサイエンス:数量 2,783(取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア)× 価格 134.0%(値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍))→ 売上 3,729 億円・営業利益 82 億円。市場 2.38 兆円 × シェア 11.7%、営業利益率 2.2%
倍率:事業の純利益203億円・事業 ROE 4.2% は k 8% 以下なので、上限は 1÷k=11.8倍。構造的に負けて優良な商社ではなくなる筋書き。ROEが資本コストを大きく下回り、利益も薄いので上限の6割に置いた。上限の約6割の7.1倍に置いた。
確率:中抜きが進み、プリノバの減損や買収の失敗が重なる。もう優良ではなくなった会社の姿。10 年は何が起きてもおかしくないので 1 割強を置く。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
マテリアル
樹脂・塗料原料・機能素材・自動車向け部品などを電機・自動車・日用品メーカーへ届ける商社事業と、フィルター・パイプなどの自社製品。旧 機能素材・加工材料・モビリティを合わせた区分。
| 数量取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア | 価格値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 4,905 | 100.0% | 4,905 | 214 |
| 10 年後 中立 | 4,905 | 134.0% | 6,573 | 263 |
取り方:推定。取扱高 4,905 億円を、対象市場 約 3.0 兆円(実質)× シェア 16.4% に分けて置いた。市場は化学品商社市場(約 4.3 兆円)のうち樹脂・機能素材・自動車向けの部分。国内の自動車・OA は成熟し、実質ではほぼ横ばい。開示は金額だけで数量は無いので、市場とシェアの推定を使った。
エレクトロニクス
半導体・ディスプレイ・電池向けの材料と、ナガセケムテックスの変性エポキシ樹脂、封止材、高純度薬液、半導体実装受託。旧 電子・エネルギー。
| 数量取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア | 価格値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 1,728 | 100.0% | 1,728 | 153 |
| 10 年後 中立 | 2,506 | 134.0% | 3,358 | 285 |
取り方:推定。取扱高 1,728 億円を、対象市場 約 1.2 兆円(実質)× シェア 14.4% に分けて置いた。半導体材料は実質で年 5〜8% 伸びる一方、スマホ・ディスプレイ向けは横ばい。ナガセケムテックスの樹脂は商社経由でない分を含む。
ライフサイエンス
医薬の原薬・添加剤、診断薬、化粧品原料、食品素材(米国プリノバ、トレハロース)。旧 生活関連。
| 数量取扱高(億円・今の値段の実質)=対象市場 × シェア | 価格値段の指数(今 = 1.00。物価 3% で 3 年 1.09 倍・10 年 1.34 倍) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 3,092 | 100.0% | 3,092 | 86 |
| 10 年後 中立 | 3,865 | 134.0% | 5,179 | 171 |
取り方:推定。取扱高 3,092 億円を、対象市場 約 2.5 兆円(実質)× シェア 12.4% に分けて置いた。医薬・食品素材は先発の外部調達とジェネリックの拡大で堅調。プリノバの食品素材が売上の約 7 割を占め、国内は人口減で数量が細る。
リスクと懸念
電子材料への利益の集中と米中関係
エレクトロニクスは営業利益の 3 分の 1 を稼ぎ、AI 半導体向けの変性エポキシ樹脂と中国向けの半導体材料が柱になっている。特定の製品・顧客・地域に偏るため、米国の輸出規制や中国の国産化が進めば、利益が急に細る。メモリ不足でスマホ向けがすでに減っている点も要注意だ。
プリノバの収益力とのれんの重さ
プリノバは売上の 2 割を占めるが、営業利益率は 3% 台と薄い。年 27 億円前後ののれん等の償却が続き、受託製造の Nutrition 事業は赤字の縮小途上にある。黒字化が遅れれば、減損損失が出て自己資本を傷つける恐れがある。ブラジルの食品商社の買収も、同じ食品素材事業の中で成果を問われる。
商社の中抜き
メーカーが大口の顧客に直接売る動きは、長い目で見て商社の口銭を削る。電子材料のように専門性が高い分野でも、顧客が大きくなれば直接調達に切り替わる。商社・製造・研究を一体で提供し、乗り換えにくくできるかが分かれ目である。特に、取引先が大きく、年間の購入量が多い顧客ほど、直接取引へ移るリスクが高い。
先取り需要の反動と数理差異益の消失
2026 年 3 月期は中東情勢による先取り需要で上振れ、2027 年 3 月期の見通しには退職給付の数理差異益が約 40 億円入る。これらを除いた実力は 410 億円前後で、会社が掲げる 500 億円との距離は見かけより遠い。
中東情勢とナフサ価格の変動
中東情勢の影響は、ナフサと石油化学製品の価格を通じて表れる。樹脂・塗料原料の高騰や供給の混乱は、取扱数量と在庫の評価に響く。値上げを顧客へ転嫁できる間は利ざやを保てるが、需要が冷えると在庫評価損が出やすい。
成熟需要の縮小
マテリアルは売上の半分を占める。自動車・塗料・OA の国内需要は人口減とともに細り、EV の減速や建築用途の落ち込みも続く。数量の減りを物価並みの値上げだけで埋め続けられるかは、不透明である。電子・ライフへの配分替えが遅れれば、全社の伸びが鈍る。
負債の活用と持ち合い株の価格
新しい計画は、借入を増やして成長投資と総還元 100% を両立させる。金利が 3% 台に上がる世界では、利払いが利益を削る。持ち合い株は純資産の 14% 近くあり、株価の下落は自己資本を直接減らす。還元と投資を同時に厚くするほど、景気の谷での余裕は薄くなる。
今後の分かれ目
- エレクトロニクスの営業利益率が 10% を超え、AI 向けの樹脂の販売が数年続けて伸びたら
- 電子材料が会社全体の稼ぎ頭になり、楽観・やや楽観の確率を上げてよい。10% を超える利益率は、商社ではなく素材メーカーに近い収益構造に変わった証拠になる。
- 米国の輸出規制で中国向け半導体材料の売上が 2〜3 割落ちたら
- エレクトロニクスの利益が一気に細り、やや悲観の筋書きに近づく。ただし他地域の需要で一部は埋まるため、悲観まで下がるかは別の要因で決まる。
- プリノバの Nutrition 事業が 2027 年度に黒字化し、のれん償却後の営業利益率が 4% を超えたら
- ライフサイエンスの営業利益は計画の 110 億円を上回りうる。逆に黒字化が遅れ、減損が出れば、10 年のやや悲観・悲観の確率を上げる。
- 大手の化学メーカーが商社を通さない直接販売を広げたら
- マテリアルの口銭が縮み、利益率は 4% を割りうる。悲観の筋書き(構造的な負け)の確率を上げる材料である。
- 持ち合い株の売却が計画を上回り、自社株買いに回ったら
- ROE は押し上げられるが、利益そのものは変わらない。倍率が上がっても、本質価値の評価は変えない。
- 景気後退で自動車と電機の生産が 2 割以上落ちたら
- マテリアルの数量が落ち、営業利益は 3〜4 割減る。ただし財務は堅く、配当は維持できる見込みだ。PBR が 0.6 倍前後まで下がる局面は、価値を測り直す機会になる。
見ておくもの
- エレクトロニクスの営業利益率と、ナガセケムテックスの AI 半導体向け樹脂の販売動向
- プリノバの Nutrition 事業の黒字化の時期と、のれん償却後の営業利益
- Walk the Talk 2028 の進み具合(2027 年度の営業利益、数理差異益を除いた実力)
- 持ち合い株の売却額と、自社株買いの実施規模
- 米国の輸出規制と中国の半導体投資の動き
倍率と資本コストの決め方
倍率は、事業の ROE・資本コスト 8%・長期の成長率 4.5% から利益ベースの正当化 PER((1−g÷RONIC)÷(k−g))を出し、その 7〜9 割に置いた。今の PER 15 倍・PBR 1.17 倍には寄せていない。中立は ROE が資本コスト並みなので PBR は 1 倍前後に収まり、今の値段より低く出る。純現金ではなく純負債(約 1,270 億円)の会社なので、余った現金は立てていない。金利は純利益から 10 年で約 22 億円を引いた。セグメントの数量は、開示が金額だけなので「対象市場(実質)× シェア」の取扱高で置き、価格は物価の指数にした(そのため売上と数量が同じ値になる注意が出る)。新リース会計基準(2028/03 期から)は、今と同じ形(賃料を営業費用に入れた形)でそろえて置いた。 2026-10-22 の見直し(溜まる現金を事業の ROE から外す・k の目安を対称に・楽観〜中立は上限そのものに置く・ROE が k 以下は配り方から出す式)で、倍率を機械で置き直した(第 1 段より前 → 今:楽観 PER 13.5→15.41 倍・やや楽観 PER 12.5→14.48 倍・中立 PER 11.8→13.69 倍)。
資本コスト 8.0% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。基本 7.5% に quality を足した(決まり v2)。個別の事業リスクは筋書きと確率で表す。 2026-10-22 に循環と借金を過去の数字で付け直し、k は 8.50% → 8.00%。