結論
ヒューマンテクノロジーズは、勤怠管理の「KING OF TIME」を軸に人事労務・給与計算まで扱うクラウド企業である。結論は「割高」だ。勤怠記録は会社が存続する限り必要だが、従業員一人ごとにソフト利用料を取れる構造まで十年先に残るとは限らない。今の時価総額約164億円に対し、五つの筋書きから考える価値には三割強の不足がある。
評価すべき堀ははっきりしている。2024年度の勤怠管理SaaS利用ID市場で約28%の首位に立ち、月次換算解約率は直近0.30%に収まる。OEM経由が課金IDの約46%を占め、外部サービス約240件との連携もある。勤怠データは給与と法令順守の根拠になるため、画面がAIに取って代わられても記録基盤そのものは残りやすい。
しかし、掲示料金は長く一人月300円のままで、値上げを通す力は証明されていない。2026年3月期の増収には打刻IDから登録IDへの課金変更も効いた。2027年3月期第1四半期はARR成長率が12.9%に鈍り、営業利益も小幅減益だった。今後の顧客獲得と値上げの両方に余地があると決めつけてはならない。
現預金だけでなく流動性の高い有価証券も厚く、財務破綻の可能性は小さい。その現金が株主に戻る割合と、2030年3月期に掲げ直した営業利益率30%の実現性が価値を分ける。強い記録基盤としての評価を残しながら、AIが作業画面とID課金を切り離す危険を真正面から織り込んだ。
バリュー投資の観点から
長く持つ株主として最初に問いたいのは、従業員の出勤記録が十年後も信頼の置ける形で残るかだ。答えは「残る」である。給与の支払い、労務監査、就業規則との照合には責任を負う主体と改ざんされにくい証跡が必要だ。この会社の価値は画面の使いやすさ以上に、その責任ある記録を日々預かっていることにある。
さらに、複数のOEM先のサービスに組み込まれ、低解約率を実現しているなら、再投資の見返りは高くなり得る。現状は人件費や外注費を掛けても二桁の営業利益率を稼ぎ、借金に依存していない。顧客獲得に必要な広告費が減り、同じ基盤の上に契約・給与のサービスを足せれば、オーナー利益は伸びる。
それでも支払う価格には安全域が必要だ。月額300円が二十年以上ほぼ動いていないことは、安さという強みと値上げ力の弱さを同時に示す。AIが勤怠の操作や事務の手間を限りなく安くしたとき、基礎データを保持する対価をどこまで守れるかは未証明である。
純現金を十分持つ点は救いになるが、配当は利益の三割程度で、残りは経営が使い道を決める。預かった資金を高い利回りで再投資するか、使い道がなければ返すかが問われる。良い事業であることと、今の時価総額で良い投資であることは別だ。ここでは後者を慎重に判断する。
何で稼ぐ会社か
稼ぎの柱は勤怠・人事給与のクラウド利用料である。2026年3月期の「KOT-SaaS」売上は67.09億円で全社の約89.5%を占める。全機能を初期費用なし、原則一人月300円で提供するが、実際の受取単価は月平均課金335.3万ID当たり約167円にとどまる。直販・販売店・OEMの卸売条件が異なるため、掲示価格を売上高にそのまま掛けてはいけない。
2026年6月末の課金IDは367万、課金企業は6.4万社だった。課金対象は打刻した人から登録された人へ2025年に変更されたため、過去のID伸長をすべて新規雇用やシェア獲得の成果とみなせない。会社は利用実績として同年7月に455万ID、7.5万社を公表しているが、これはOEM分を含む導入規模であり、財務に使う課金IDとは定義が違う。
月々の利用料が途切れにくい理由は、出退勤の記録が給与計算、36協定、変形労働時間制、有給休暇の管理につながるからだ。導入企業ごとの勤務規則と打刻端末を設定し、SmartHRやfreeeなど周辺の人事・給与サービスと連携する。自前の看板だけでなく、弥生、HRBrain、ミイダスなどの販売網やOEM先にも組み込まれ、相手の顧客基盤を通じて広がる。
残る約10.5%は打刻用のICカード機器、顔認証等の端末、有償サポート、海外向け給与関連サービスなどだ。海外ではタイの給与サービス、国内では電子契約と給与計算の業務受託に投資している。ただし、その他売上の端末台数と支援契約数は非開示であり、商品と人手の利益率も分かれていない。評価ではこれを本体SaaSと分け、端末・付帯契約に相当する取引件数と単価から幅を持って扱う。
優良さと弱いところ
勤怠データは毎日の業務で更新され、給与と労務監査の根拠として残る。会社が公表する月次換算解約率0.30%は年率換算約3.6%に相当し、非常に低い。加えて、課金IDの45.5%がOEMを通ることは、複数ブランドの裏側で共通基盤として使われている証拠である。低い解約率と共同利用の実績を合わせれば、記録の正本という強い堀を認めるだけの根拠がある。
ただし、この堀は価格を自由に上げられる堀ではない。料金は長年300円に据え置かれ、給与や労務の機能を追加しても基本料金には反映されてこなかった。OEMが広がるほど販売費を抑えられる半面、顧客接点を相手に握られ、実収単価の引き上げは難しくなる。法改正対応という手間を引き受けてこそ解約されにくいのであり、守りのための開発費は必要だ。
資本効率は高い。2026年3月期のROEは19%前後で、営業利益も前期から大きく増えた。だが前年末からの資本増加と利益増加だけで増分ROICを断定できない。期中に現金同等物を定期預金や公社債投信へ移したため、営業投資額を現金残高の差から直接計算すると誤る。設備の重さは小さく、研究開発・サポート・セキュリティが本当の再投資先である。
この高い資本収益率が十年後も続く条件は、正確な法定記録の管理者であり続けることだ。AIエージェントは勤怠集計の画面を不要にできても、監査可能な原記録や顧客ごとの就業規則まで容易に消せない。その差を収益に変えられるかを見なければならない。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
勤怠管理SaaSは、従業員の数とクラウド導入率で需要が決まる。富士キメラ総研の2024年度実績を引用した会社資料では、利用ID市場は約1,365万IDで、KING OF TIMEは28.2%、匿名の二位企業は18.3%、三位は11.0%だった。後続企業の社名と比率の対応は資料では開示されていないため、勝手に当てはめない。2025年度も首位を維持したが、同一基準の最新シェア数値は確認できない。
国内業務SaaSの広い市場は2025年に約1.5兆円、2026年に約1.7兆円という推計がある。ただし、これは給与・会計・各種業務アプリを含む数字で、勤怠管理だけの売上ではない。KING OF TIMEの獲得余地は、まだ紙やExcelを使う中小企業と、価格の高い他社製品からの切り替えにある。AKASHIや各種勤怠・人事給与システムとの競争と、SmartHR、freee、マネーフォワードなどとの接続・協業が入り交じる市場である。
十年の数量は、クラウド化の普及だけを伸ばしてはいけない。人口と国内雇用の減少に加え、AIエージェントが承認、集計、照会、転記を人の画面操作から切り離す。勤怠の真実の記録は残っても、利用人数に比例した席課金の一部を企業が削ろうとする可能性がある。2026年6月時点の有料ID増加とARR成長だけでは、2036年の契約人数を保証できない。
一方、日本の労働法は36協定、割増賃金、変形労働時間制などが複雑で、正確な証跡への需要を作る。会社が進める240の外部連携とOEM網は、AIが信頼できるデータへ接続する入口にもなり得る。だがAIによる新規サービスの売上や受注額は明示されておらず、AIを理由に数量が増える楽観論は採らない。価格についても物価が十年で約34%上がる前提に対し、中心の実収単価は約15%の上昇にとどめる。
資本政策と M&A
経営陣は2026年6月の事業計画で、2030年3月期に営業利益率30%程度を目指すと示した。従来の2028年3月期目標を二年延ばした点は重要だ。2027年3月期の具体的な会社予想は売上85.69億円、営業利益15.37億円、純利益11.13億円であり、AI関連1.6億円とセキュリティ関連1.3億円の戦略投資を織り込む。2030年の売上総額やROEについて、確認できる数値の約束はない。
配当性向は約30%を目途とし、2026年3月期実績も30.2%だった。2027年3月期も約30%の方針で、明示的な自社株買い金額や総還元性向の約束は確認できない。上場からの実績期間は短いが増配は続いたため、現金が戻る割合を極端に低く扱わない。ただし五割以上の利益を継続して配当してきた会社ではなく、余剰現金の株主価値化には四分の一の留保を見込む。
2026年8月には創業者の持分がニューホライズンに移り、保有割合は約49.5%となった。直近の開示でTOBやMBO、上場廃止を決めた事実は確認していない。資本配分では大型M&Aによる利益増加より自社開発と提携を優先してきた。電子契約、タイ事業、給与計算受託への新規投資はまだ収益性の検証段階で、買収や非公開化の憶測に価値を上乗せしない。
強気の見方と慎重な見方
強気の見方
勤怠管理は単なる作業画面ではなく、給与計算と法令順守の起点である。月次換算解約率が0.30%の水準にあり、富士キメラ総研の2024年度実績で利用IDシェア約28%を握る首位企業は、信用と実装経験を何年も積み上げてきた。複雑な変形労働制や36協定への対応を一から作り直す企業は少ない。AIが集計の手間をなくしても、正確な記録を長く保存する仕組みにはむしろ接続需要が残る。
OEMと連携網の厚さも見逃せない。弥生やHRBrain、ミイダスのように販売力を持つ相手へ裏側の基盤を提供する仕組みは、ソフト販売の顧客獲得費を抑える。約240のAPI連携先との接点は、新しいAIアプリが生まれても記録データの置き場として選ばれる余地を作る。競合が広告宣伝費を増やしてシェアを争う間に、同社は低い実収単価で広く流通する。
2030年の営業利益率30%という目標も無謀とは言い切れない。紙やExcelからの移行が続き、給与・労務機能の無償提供で顧客の満足度が高まり、開発とサポートにはAIを使って原価を抑えられる。既存設備を何倍も建て増す必要はなく、積み上がった現金はセキュリティ投資と株主還元の両方に使える。ただし、AI関連の外販収益を会社は金額で示していないので、数量をAIで増やす筋書きにはしない。
この道が開ければ、実収単価の改善と高利益率で、利用IDの伸びが止まってもオーナー利益は増やせる。経営陣が追加投資の規律を守り、適切な額を配当で戻すなら、長期の株主にとって十分魅力的な基幹ソフト会社となる。
慎重な見方
最も重い危険はAIエージェント代替である。勤怠そのものの記録は必要でも、承認画面、照会、集計、従業員向け操作画面をAIが代行すれば、一人につき毎月課金する慣行が崩れる。企業は「何人がソフトを操作したか」ではなく、記録を何件保存し、どの法令に対応したかで料金を払おうとする。競合がその方式へ先に移れば、既存の顧客も低解約率のまま契約単価を下げるよう交渉してくる。
値決め力の履歴も心許ない。法改正や新機能の追加を長く続けても掲示価格は一人300円だった。2025年の登録ID課金への変更は実質的な請求対象の拡大であって、同じサービスを値上げできた証拠ではない。OEMは課金IDの約46%を占めるが、強い販売パートナーを介するほど契約条件や顧客データへの主導権を譲りやすい。数量が伸びなくなった段階で価格を引き上げるのは、過去の数字からは期待しにくい。
足元でも2027年3月期第1四半期のARR成長率は12.9%に落ちた。前年の課金方式変更の反動を除いても新規獲得ペースが緩んだと会社は説明している。給与BPaaSや有償サポートは人の工数で稼ぐ部分を含み、ここもAIに置き換えられる。一方、セキュリティと法令更新の負担は利用人数の減少と同じ速度では下げられない。
2030年の利益率目標はすでに二年先送りされた。システム障害や個人情報漏えいが起きれば、法令順守を売る会社の信用は一気に失われる。多額の現金は損失を吸収できるが、少数株主はその使い道を直接決められない。強い製品を持っていても、席課金と価格競争の構造が変われば、十年後の利益は今よりずっと小さくなり得る。
どちらに重みを置いたか
勤怠データを預かる基盤と、画面を使う人数に応じた課金を切り分けるべきだ。前者は低解約率とOEMによる共同利用という二つの裏付けがあり、後者はAIに弱い。数量の縮小は中立の筋書きに既に入れ、確率で重ねて罰していない。ただし、実収単価の値上げ実績が乏しく、直近の新規獲得も減速したため、上側よりやや悲観・悲観側を厚くした。現金の厚さで倒産の尾は短いが、今の時価総額には十分な安全域がない。
10 年後の 5 つの筋書き(2036/03 期)
確率で加重した現株数換算の終価現在株主分の終価 1,979 円190 億円(+ 還元の換算額還元の合計 314 円30 億円)。 今の値に割り戻すと 1,154 円111 億円、今との差 −31.3%、 期待の年率 +3.4%(資本コスト 7.8%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の現株数換算の終価現在株主分の終価 | 還元の換算額還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・還元込み | 年率 | 確率 × (終価+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 11% | 3,814 円366 億円 | 500 円48 億円 | +156.8% | +10.7% | 475 円46 億円 |
| やや楽観 | 19% | 3,094 円297 億円 | 427 円41 億円 | +109.6% | +8.3% | 669 円64 億円 |
| 中立 | 30% | 2,377 円228 億円 | 354 円34 億円 | +62.6% | +5.4% | 819 円79 億円 |
| やや悲観 | 26% | 766 円73 億円 | 229 円22 億円 | −40.8% | −5.7% | 259 円25 億円 |
| 悲観 | 14% | 423 円41 億円 | 83 円8 億円 | −69.9% | −12.0% | 71 円7 億円 |
| 加重平均 | 100% | 1,979 円190 億円 | 314 円30 億円 | +36.5% | +3.4% | 2,293 円220 億円 |
今の株価時価総額 1,680 円161 億円(2026-11-02)から見たトータルリターン。各行の年率は還元・追加負担を期間の中間時点に置く仮定のIRRです。最下段は期待CFから計算したIRRで、各行のIRRの加重平均ではありません。実際の配当時期を観測した値ではありません。
楽観 11% 記録基盤と収益構造がともに強まる 利益 21 億円 · PER 14.3 倍 · 現株数換算の終価現在株主分の終価 3,814 円366 億円
勤怠記録を保存し、外部サービスがそこへ接続する業界基盤としてKING OF TIMEが使われ続ける。紙やExcelからクラウドへの移行で新規顧客は入るが、AIエージェントが使わなくなる画面席もあり、十年後の課金ID換算人数は今の年度平均とほぼ同じだ。国内のクラウド勤怠利用市場の中では、他社のシステムがAI対応のため共通APIを使い、同社の記録基盤との接続が進む。
一人月300円の公示価格に固執せず、付加価値サービスと契約条件の改善で受取単価が上がる。タイムレコーダーや有償支援は競争にさらされるが、物価高に対応して端末単価を改定し、海外給与と電子契約が利益に寄与する。2027年のAI・セキュリティ投資が回収期に入り、2030年の営業利益率30%に近づく。
規模の経済が働き、開発費・販売費を売上に比べ抑えられる。経営は採算の乏しい買収を避けて配当方針を維持し、余剰現金を守る。十年後も原記録の堀が狭まらず、持ち続けたい高収益の基幹サービスになる。
- KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS:数量 3,353(年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算))× 価格 0.03(千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる))→ 売上 89 億円・営業利益 30 億円。記録基盤を維持。ID1.00倍、単価1.32倍
- 打刻端末・有償支援・海外給与等:数量 14,000(有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件))× 価格 7.30(取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価))→ 売上 10 億円・営業利益 2 億円。端末・有償支援が維持され、価格改定も実施
倍率:事業ROE36.3%、k7.75%、超過ROEの2/3が残るRONIC26.8%、g_long1%。正当化PER=(1−0.01/0.268)/(0.0775−0.01)=14.26倍。余剰現金110億円の利息相当1.54億円を純利益から外し、株主に帰属する75%を足す。現金110億円は累計利益約160億円、配当48億円、事業再投資後の蓄積という上限側の想定。
確率:AIを新たな売上としてまだ計上しておらず、ID数の急増は前提としない。既存記録基盤の顧客維持、OEM契約条件の改善、開発・支援の生産性改善、そして2030年利益率目標の達成がそろう確率は低めだが現実的な上限である。
やや楽観 19% OEMを守りながら利益率を上げる 利益 17 億円 · PER 14.2 倍 · 現株数換算の終価現在株主分の終価 3,094 円297 億円
既存の大口OEM先が同社の勤怠エンジンを使い続け、労務規則と給与データを管理する責任の重さが価格競争を和らげる。紙管理の中小企業がクラウドへ移る一方、AIが日々の入力や照会を代行するため、課金ID換算人数は現在よりわずかに少ない。それでも他社のユーザーが移り、勤怠SaaS市場の上位の地位は保たれる。
有償の契約・支援機能が多少広がり、月当たり受取単価は物価に近い水準へ近づく。ただし創業以来の300円の掲示価格を一律に大幅値上げできるとは考えない。新規開発と外注費が売上に対して抑えられ、営業利益率は目標30%には届かなくても改善する。
大型M&Aで無理な多角化はせず、タイ向け給与サービスや電子契約も採算を確かめながら拡張する。自己資本と現金は着実に積み上がり、配当性向30%を守ることで、少数株主にも利益の一部が戻る。記録を預かる会社としての信用は保たれる。
- KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS:数量 3,286(年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算))× 価格 0.03(千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる))→ 売上 82 億円・営業利益 25 億円。低解約でID0.98倍、単価1.25倍
- 打刻端末・有償支援・海外給与等:数量 12,600(有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件))× 価格 7.02(取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価))→ 売上 9 億円・営業利益 1 億円。取引0.90倍、複合単価1.25倍
倍率:事業ROE32.7%、k7.75%、強い堀の残存率2/3でRONIC24.4%、g_long1%より正当化PER14.21倍。現金100億円の利息1.4億円を引いた純利益に掛け、現金価値は戻り方0.75とする。累計利益約136億円、配当41億円から必要投資を引いて現金を積む。
確率:新たなAI売上を仮定せず、既存顧客の低解約と現場の複雑な法対応が収益を守る。2030年までの戦略投資の一部が実り、ID数の縮みは小さいが価格は一部改善する場合である。
中立 30% 記録は残るが席課金と価格は伸び悩む 利益 13 億円 · PER 14.1 倍 · 現株数換算の終価現在株主分の終価 2,377 円228 億円
勤怠・労務の記録は給与計算と労働法制のために不可欠であり、KING OF TIMEは引き続き有力な基幹サービスである。顧客企業数が増える一方、従業員が画面を操作する席はAIに代わる。新規獲得と減る課金席がおおむね相殺し、十年後の課金ID換算人数は今より少し減る。2024年度のシェア首位から大きく脱落はしないが、独走的な拡大もない。
法令対応、給与連携、電子契約などが実収単価を支える。しかし基本料金を長年据え置いた会社である以上、年3%の物価高をすべて転嫁できるとは見ない。OEMの卸値引きも残り、実現単価の伸びは十年間で小幅となる。端末や人手で提供する支援はAIによる作業削減を受け、その他売上は今より細る。
社内業務の自動化で原価率を改善するが、守りのセキュリティ・法改正対応への投資も増える。利益率は現状より良いものの、2030年の目標を十年後の当たり前の利益率とは扱わない。増配方針を維持し、残余資金を現預金・流動有価証券に積むため、事業と金融資産を分けることが価値評価で大切になる。
- KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS:数量 3,085(年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算))× 価格 0.02(千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる))→ 売上 71 億円・営業利益 19 億円。記録の正本型でID0.92倍、単価1.15倍。AI代替を数量と価格に反映
- 打刻端末・有償支援・海外給与等:数量 9,800(有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件))× 価格 7.02(取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価))→ 売上 7 億円・営業利益 1 億円。人月支援のAI代替と端末需要を合わせ取引0.70倍、複合単価1.25倍
倍率:現金90億円の税後利息相当1.26億円を除いた事業純利益11.37億円、事業資本40.7億円でROE27.9%。k7.75%に超過分の2/3を残すRONIC21.2%、長期名目g1%からPER14.12倍の上限そのもの。現金90億円は累計利益約112億円、配当34億円、成長に必要な資本・投資を控除した保守的な積立額。
確率:低解約率・OEM網を評価する中心の見立てである。AIによる人数課金の縮みを既に数量0.92倍、実収単価上昇を1.15倍に組み込み、同じAIリスクを確率や寿命に重ねていない。
やや悲観 26% 課金席と卸単価が同時に押される 利益 4 億円 · PER 10.5 倍 · 現株数換算の終価現在株主分の終価 766 円73 億円
企業の勤怠記録は残るが、顧客はAIエージェントに入力・承認・集計を任せ、従業員の操作席ごとの契約を減らす。競合は記録保管とAPI接続をより安く提供し、KING OF TIMEは一部OEM契約を守っても、販売単価の交渉で譲歩する。課金ID換算人数は今の七割ほどまで縮み、現在の28%前後という勤怠SaaS首位の立場は弱まる。
国内で開発・サポートの固定費を抱え、法改正対応とセキュリティ費は利用人数ほど下げられない。有償サポートや給与受託の作業も自動化され、その他の取引は減少する。既存顧客を保つため大きな値上げは見送り、追加機能の開発が顧客単価へ十分転嫁されない。営業利益率は一桁へ近づく。
タイ事業や電子契約の採算が伸び悩み、買収ではなく自社開発の失敗費用が残る。配当は利益に合わせ縮めながら続けるものの、営業キャッシュフローの減少で現金の増え方も鈍る。倒産ではなく、良い製品を持ったまま利益率を失うという、長く持つ株主にとって現実的な悪い十年になる。
- KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS:数量 2,347(年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算))× 価格 0.02(千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる))→ 売上 49 億円・営業利益 7 億円。OEM交渉とAIでID0.70倍、単価1.04倍
- 打刻端末・有償支援・海外給与等:数量 7,700(有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件))× 価格 6.29(取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価))→ 売上 5 億円・営業利益 0 億円。人月型支援の代替で取引0.55倍
倍率:余剰現金60億円の利息0.84億円を控除した事業純利益2.71億円、事業ROE6.2%は資本コスト7.75%を下回る。伸びを価値に数えず、1/k=12.90倍以下の10.5倍で稼ぐ力を測る。余剰現金の75%を別途加算する。
確率:登録ID課金の一時効果がなくなった後に獲得鈍化が続き、OEM先の交渉力が高まる会社固有の危険を考える。AIの数量縮小は中立にも計上済みなので、ここでは競争と顧客喪失の上振れ被害を主に描いた。
悲観 14% 原記録の地位を失い、事業が赤字化 利益 −2 億円 · PBR 0.8 倍 · 現株数換算の終価現在株主分の終価 423 円41 億円
法定の勤怠記録は必要でも、その保管先がKING OF TIMEである必然性が失われる。AIを内蔵した給与・労務基盤が記録の保存と申請を一体で提供し、主要OEM先が別の裏側システムへ移る。顧客企業の解約とID削除が同時に進み、課金ID換算人数は約半分まで落ちる。価格競争にさらされ、掲示価格ではなく実現単価まで下がる。
労働法改正への対応費、クラウドの保守、セキュリティの人員を急に削れない。電子契約や海外給与も拡大投資を回収できず、営業赤字が定着する。利益率の悪化はソフト資産の評価損にもつながる。赤字だからという理由で過去の成長株としての高い評価を残すことはできない。
それでも流動性資産が厚く、借入金の返済に追われる会社ではない。経営は配当を縮小し、一部事業の撤退や外注契約整理を迫られる。企業価値は記録のブランドでなく、債務と撤退費用を払って残る換金可能資産に近づく。悲観では今後の稼ぐ力を床にせず、現金と処分可能資産から考える。
- KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS:数量 1,677(年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算))× 価格 0.02(千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる))→ 売上 32 億円・営業利益 1 億円。基盤の地位を失いID0.50倍、単価0.95倍
- 打刻端末・有償支援・海外給与等:数量 5,600(有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件))× 価格 5.61(取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価))→ 売上 3 億円・営業利益 0 億円。付帯取引0.40倍。端末の利益も毀損
倍率:営業赤字のためPERは使わない。十年後自己資本50.7億円にPBR0.80倍を掛けた40.56億円を上限寄りの回収価値とする。現在の換金可能資産の床36億円を下回らない。自己資本は起点52.7億円+十年の累計損益約15億円−配当8億円−ソフト資産等の減損約9億円=50.7億円。
確率:競合のAI記録・給与処理基盤への切り替えとOEM離反が重なり、シェア首位のブランドが崩れる複合事象である。財務は厚いため全面的な破綻までは見ないが、十年後の売上が半分近くへ縮む構造敗北に備える。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
KING OF TIMEの勤怠・人事給与SaaS
勤怠・給与・労務コンプライアンスの原記録を預かるクラウド基盤。AIリスク区分は低解約率とOEM共通基盤の証拠がそろう「記録の正本・規制対応型」だが、課金単位はIDである。
| 数量年度の月平均課金ID数(千ID、実質の人数換算) | 価格千課金ID・年当たり実現売上(億円。掲示月額300円とは異なる) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 3,353 | 0.02 | 67 | 15 |
| 10 年後 中立 | 3,085 | 0.02 | 71 | 19 |
取り方:会社の2026年6月事業計画p45に年度の月平均課金ID3,353千ID、連結KOT-SaaS売上6,709百万円と記載。67.09億÷335.3万ID÷12か月=月約167円/課金ID。公開定価300円との差はOEM・販売店等の実収差とみる。会社は事業区分別利益を開示しないので営業利益14.75億は本体SaaSの高粗利を前提にした推定であり、全社の13.70億へ本社費で調整する。2024年度の市場総量13,650千ID×シェア28.2%=約385万利用IDと、課金IDの定義は違う。AI代替型は記録の正本:月次換算解約率0.27~0.30%(年換算3.2~3.6%)、OEM比率45.5%、他社サービス連携240件を根拠とし、中立の数量0.92倍・実収価格1.15倍、十年後以降g1%。https://www.h-t.co.jp/2026062602.pdf
打刻端末・有償支援・海外給与等
打刻端末等の商品販売、有償サポート、タイ向け給与、電子契約関連など。端末は現場機器型、支援・BPaaSは人月型のAIリスクが混じるが内訳は非開示。
| 数量有償端末・付随サービスの年間取引換算件数(推計件) | 価格取引換算1件当たり売上(万円、混合の実現単価) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2026/03 | 14,000 | 5.61 | 8 | 1 |
| 10 年後 中立 | 9,800 | 7.02 | 7 | 1 |
取り方:会社の2026年3月期その他売上7.86億円を出発点とするが、端末台数・支援契約数は開示されない。課金企業6.1万社の約23%が年1件の端末購入・有償支援等を行うという明示的仮定から1.4万「取引換算件」とし、残差で混合単価を約5.6万円とした。これは実販売台数ではない。リコー公開の打刻機器価格はPC接続ICカード約4千円、専用端末約8~10万円など幅があり、混合単価の物差しとしてだけ用いた。https://www.ricoh.co.jp/products/items/king-of-time。営業利益の内訳も非開示のため0.75億円を仮置き。AI代替型は端末=現場の体、支援・BPaaS=人月工数。比率不明につき中立件数0.70倍・価格1.25倍とし、支援単独の利益が継続すると決めつけない。
リスクと懸念
AIエージェント代替と席課金の侵食
給与計算に必要な法定の勤怠原記録は残る。しかし操作画面、承認、集計、給与ソフトへの転記をAIが実行すれば、人数に比例する課金を顧客が受け入れなくなる可能性がある。記録の正本型として守れる部分を評価する一方、中立で課金ID換算数量を0.92倍とし、十年後の実収単価も物価上昇率に届かない想定とした。
長年据え置いた定価とOEMの卸単価
一人月300円を長く維持したことは獲得競争力の証拠だが、値上げの証拠ではない。課金IDの約46%がOEM先を通るため、自社ブランドの定価と実際の売上単価の差が大きい。2025年の請求対象拡大による増収を、持続的な値決め力と取り違えると、先の利益を過大評価する。
個人情報漏えい・勤怠データの改ざん
出退勤や給与に直結する情報を大量に預かり、約240の周辺サービスと接続する以上、情報漏えい、改ざん、接続先からの侵入は重大な危険となる。法定記録としての信用を失えば、新規受注だけでなく既存顧客の解約にも及ぶ。2027年3月期のセキュリティ投資1.3億円は利益の重しだが、削れない費用でもある。
売上成長の課金方法変更によるかさ上げ
2025年の打刻IDから登録IDへの課金対象変更は、新規獲得以外の増収を生んだ。2027年3月期第1四半期にはARR増加率が12.9%に鈍化した。会社は期初のID整理と新規顧客獲得の緩みを説明している。売上伸長の基礎体力を見るには課金方式変更の効果を除いた新規顧客数が要る。
2030年の収益性目標と新サービス投資
営業利益率30%の目標時期は2028年3月期から2030年3月期へ先送りされた。給与BPaaS、タイ展開、電子契約、SMPの収益規模や投資回収率は十分に開示されていない。とりわけ人手を使う受託・支援はAIによる価格下落にさらされるため、売上を得るための外注費とセキュリティ費用が先行する筋書きを残す。
創業者支配と現金の還元経路
2026年8月の持分移管後、ニューホライズンを通じた保有割合は約49.5%となった。現預金・流動有価証券は手厚いが、利益還元の明示的な目安は配当性向約30%にとどまり、自社株買いの数値約束はない。現金を大きな買収や採算不明の新事業へ使えば、帳簿の額どおりには少数株主の価値とならない。
今後の分かれ目
- 課金方式変更の反動が薄れた後も、新規課金社数とARRが再び二桁後半で増えたら
- AIによる席課金縮小を上回るシェア獲得が続く可能性が高まる。KOTの数量を中立からやや楽観側へ寄せ、OEM経由と直販の実収単価も併せて確認する。
- 法改正対応やデータ提供を独立の対価として販売し、具体的な契約金額が開示されたら
- ID操作画面に依存しない記録基盤の収益化が検証される。長期成長率と実収単価の耐久性を見直し、記録の正本型としての堀をさらに評価できる。
- 課金IDが二期連続で純減し、月次換算解約率が0.4%台へ上がったら
- 単なる期初のID整理ではなく、AI代替や競合移行が実際に始まったと判断する。やや悲観以下の重みを増やし、固定費を抱えた利益率の落ち込みを検証する。
- 2030年3月期に営業利益率30%へ近づかず、外注費やAI利用料だけが伸びたら
- 会社が想定する高い増分投資収益率は実現していない。営業利益率を下方修正し、現金を再投資するより株主還元へ回すべきと評価する。
- OEM先が自前のAI勤怠・給与基盤へ移行し、卸売の課金単価が下がったら
- 共同利用の強みが逆に取引先への依存として働く。KOTの数量と価格を同時に引き下げ、強い堀の前提と倍率を検証し直す。
- 保有する定期預金・流動有価証券の用途が明示され、配当性向引き上げや継続的な自社株買いが始まったら
- 余剰資金を株主へ戻す信頼度を上げる。事業の利益見通しと混同せず、現金の戻り方を0.75から1.0へ再評価する。
見ておくもの
- 課金ID数367万・課金社数6.4万(2026年6月末)からの四半期純増、登録IDへの課金変更の反動
- ARR72.5億円と前年同期比12.9%(2027年3月期1Q)からの回復または一段の減速
- 月次換算解約率0.30%の推移と、OEM比率45.5%および月次実現ARPU
- 2024年度の勤怠管理SaaS数量シェア28.2%に対する最新調査のシェアと市場全体のID数
- AIエージェントからのAPIによる勤怠記録参照・更新と、その課金方式および外販受注額
- 2030年3月期の営業利益率30%目標に向けた販促費・外注費・セキュリティ費の動向
- 現預金・定期預金・公社債投信の合計、配当性向30%と自社株買いの実行状況
倍率と資本コストの決め方
現在の株価や同業の市場PERを使って倍率を決めていない。売上は年度平均335.3万課金IDと月約167円の実収から出発し、物価上昇とAIによる人数・席課金縮小を分けた。中立の課金IDは0.92倍、単価は1.15倍で、過去の20%超の伸びを延長しない。資本コストは7.75%、十年後以降の名目成長は記録基盤に限定して1%、強い堀の超過収益残存率は3分の2とした。楽観から中立のPERは現金分を外した事業ROEから求めた正当化上限をそのまま使い、やや悲観は収益力、悲観は流動資産の換金可能額で測った。2027年以降の新リース基準による表示変更があっても、費用と純負債を同じ経済実態にそろえて比べる。
資本コスト 7.8% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。無リスク金利3%と株式リスクプレミアム4.5%の基本7.5%に、財務・値決め力を反映した質の調整+0.25%だけを足す。個別の情報漏えいや経営判断は確率と利益率で扱い、kには重ねない。