結論
HENNGE は、Microsoft 365 や Google Workspace などのクラウドに安全に入るための ID 管理・メール対策を、月額で売る会社だ。2025年9月期の売上は109億円、営業利益は18億円で、増収が続く。
筆者の結論は、成長は本物だが、10年先の値段を払うには読めないことが多すぎる、である。課金は利用者の数(席)にひもづく。AI エージェントが業務を担えば、人の数が前提の課金は揺らぐ。
さらに、顧客が使うクラウドの提供元が、同じ機能を標準で抱き合わせるリスクがある。解約率などの堀の証拠は確かめられなかったので、10年より先の伸びは名目マイナス0.5%と置いた。
確率を加重した価値は、今の時価総額を大きく下回る。会社の計画(2027年9月期に売上144億円)が達成されても、この結論は変わらない。
バリュー投資の観点から
バリュー投資の観点では、クラウドの入口という立ち位置は魅力がある。顧客は ID を替えにくく、利益率も上がってきた。
ただ、筆者が最も気にするのは、堀の厚さを確かめられないことだ。解約率の数字がなく、巨大 IT の標準機能という強い競争相手もいる。課金は席型で、AI で人の数が減る側に傾く。
ROE の36%は薄い自己資本が生んだ数字で、事業の強さの証明にはならない。成長の勢いは認めるが、読めない10年先に高い値は払えない。
何で稼ぐ会社か
主力は「HENNGE One」という、クラウドサービスへのログインとメールの安全を守る月額サービスだ。ひとつの ID で複数のクラウドに入れるようにし、メールの誤送信や情報の持ち出しを防ぎ、不正アクセスを検知する。
顧客は日本の大企業・中堅企業が中心で、利用者数(ID 数)に応じた月額を受け取る。年額で前払いを受けるため、売上より現金が先に入る。契約負債が大きく、自己資本が薄い割に純現金は厚い。
事業の指標は ARR で、2025年3月期の第2四半期末に約104億円、前年同期の約74億円から4割増えた。2025年9月期の売上は前期比30%増、営業利益は1.8倍になった。
優良さと弱いところ
堀は、日本の大企業が使う Microsoft 365 や Google Workspace に、日本の商習慣に合わせた機能と手厚いサポートを重ねたことだ。ID は業務の入口なので、一度入れると替えにくい。
弱みは三つある。課金が席型である。顧客の使うクラウドの提供元が、同じ機能を標準で抱き合わせられる。解約率などの定着の数字を、確認できた資料の範囲では確かめられなかった。
営業利益率は16%で、成長のための広告・採用が重い。自己資本は38億円と薄く、ROE の36%は利益の勢いと現金の前受けの大きさを映している。上位10株主で約62%を持つ。
業界はいまどこにいて、どこへ向かうか
国内の SaaS・セキュリティ市場は年1割前後の伸びが続く。クラウド化と、メールや ID を狙う攻撃の増加が追い風だ。大企業の ID 管理は、Microsoft が標準で出す製品と、専業の製品が併存する。
競合は Microsoft の標準機能のほか、Okta などの ID 専業、国内の同業だ。専業は日本語の運用と、複数のクラウドをまたぐ管理で選ばれている。
最大の変化は AI だ。AI エージェントが業務を担えば、人の ID の数は増えにくい。一方で、AI エージェント自体の ID と権限の管理は新しい需要になりうる。筆者は、AI 時代の ID 管理は残るが、人の数を数える課金では伸びにくいとみる。巨大 IT が標準機能を厚くする流れも、単価を押し下げる。
資本政策と M&A
配当は2024年9月期に始め、2025年9月期に増やした。配当性向は1割台で、成長への投資を優先する。自社株買いは小規模にとどまる。中期経営計画の目標の数字と、還元の具体的な数字は、確認できた資料の範囲では見つからなかった(数字の約束なし)。会社の計画は2026年9月期に売上128億円・営業利益21億円、2027年9月期に売上144億円・営業利益23億円だ。
純現金72億円は、年額前払いの使用料(契約負債)と運転資金に充てられている面が大きく、余った現金として分けない。
10年以内の買収・TOBの確率は2割弱という外部の推計がある。上位10株主で約62%を持つが、1社が握る形ではない。
見通しをどちらに寄せたか
成長の実績は強いが、席型の課金と巨大 IT の抱き合わせという構造の弱点が、10年で効く。解約率などの堀の証拠も確かめられない。下側(やや悲観+悲観)を38%、上側を24%に寄せた。理由は次の確率の欄に書いた。
10 年後の 5 つの筋書き(2035/09 期)
確率で加重した株価時価総額 885 円276 億円(+ 配当配当と自社株買いの合計 109 円34 億円)。 今の値に割り戻すと 516 円161 億円、今との差 −77.2%、 期待の年率 −7.9%(資本コスト 7.2%)→ 割高
| 筋書き | 確率 | 10 年後の株価時価総額 | 配当の合計還元の合計配当+自社株買い | トータルリターン10 年・配当込み | 年率 | 確率 × (株価+配当時価総額+還元) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 6% | 2,146 円669 億円 | 161 円50 億円 | +1.8% | +0.2% | 138 円43 億円 |
| やや楽観 | 18% | 1,475 円460 億円 | 128 円40 億円 | −29.3% | −3.4% | 288 円90 億円 |
| 中立 | 38% | 1,002 円312 億円 | 103 円32 億円 | −51.3% | −6.9% | 420 円131 億円 |
| やや悲観 | 26% | 370 円115 億円 | 102 円32 億円 | −79.2% | −14.5% | 123 円38 億円 |
| 悲観 | 12% | 116 円36 億円 | 91 円28 億円 | −90.9% | −21.3% | 25 円8 億円 |
| 加重平均 | 100% | 885 円276 億円 | 109 円34 億円 | −56.1% | −7.9% | 994 円310 億円 |
今の株価時価総額 2,266 円706 億円(2026-10-22)から見たトータルリターン。加重平均の年率がこの 10 年に期待できる年率で、資本コスト 7.2% を下回るほど割高。
楽観 6% AI エージェントの ID 管理が新市場になり、成長が続く 利益 42 億円 · PER 13.5 倍 · 株価時価総額 2,146 円669 億円
大企業の ID 管理で専業の地位を守り、AI エージェントの権限管理が追加の売り物になる。契約 ID は今の2倍、単価は物価に近い1.15倍。営業利益率は24%まで上がる。ただし AI で売上が出ている開示は確認できないので、上積みは新規の開拓による分に限った。
- HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス):数量 312(契約 ID 数(万))× 価格 0.81(1万 ID あたり年間売上(億円))→ 売上 251 億円・営業利益 60 億円。数量2.0倍・価格1.15倍・営業利益率24%(席型。新規開拓の上積み)
倍率:事業の ROE 15.8% が k 7.2% を上回る。残る割合0.5、10年より先の名目の伸び g -0.5%(g_long)から正当化 PER 13.5 倍の上限そのものに置いた。全体の PER 13.5 倍。
確率:AI エージェントの ID・権限管理が新しい売り物になる筋書き。AI で金額が出ている開示は確認できず、巨大 IT の抱き合わせも強いため、確率は小さく置いた。
やや楽観 18% 専業の強みが残り、計画の先も伸びる 利益 28 億円 · PER 13.5 倍 · 株価時価総額 1,475 円460 億円
日本の大企業での普及がさらに進み、契約 ID は今の1.65倍になる。単価は物価を下回る1.12倍にとどまるが、規模の効果で営業利益率は20%に上がる。AI 時代の ID 管理に残る需要が、席の減りを吸収する。利益は今の2.2倍ほどに増えるが、会社の計画ほどの勢いは続かない。
- HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス):数量 257(契約 ID 数(万))× 価格 0.78(1万 ID あたり年間売上(億円))→ 売上 202 億円・営業利益 40 億円。数量1.65倍・価格1.12倍・営業利益率20%
倍率:事業の ROE 13.7% が k 7.2% を上回る。残る割合0.5、g -0.5%(g_long)から正当化 PER 13.5 倍の上限に置いた。全体の PER 13.5 倍。
確率:ARR は4割増で伸び、利益率も上がっている。実績が成長を支える。ただし席型のため、楽観に寄せすぎない。
中立 38% 計画までは伸びるが、その先は席と単価が頭打ち 利益 18 億円 · PER 13.6 倍 · 株価時価総額 1,002 円312 億円
会社の計画どおり2027年9月期までは契約が伸び、数量は今の1.3倍になる。その先は AI エージェントが人の数を減らし、巨大 IT の標準機能も厚くなり、横ばいになる。単価は10年で1.12倍にとどまり、売上は今の1.46倍。営業利益率は過去最高並みの16.5%で落ち着く。
- HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス):数量 203(契約 ID 数(万))× 価格 0.78(1万 ID あたり年間売上(億円))→ 売上 159 億円・営業利益 26 億円。数量1.3倍・価格1.12倍・営業利益率16.5%(席型・AI エージェント代替で価格は物価未満。理由は AI が人の数を減らし巨大 IT の抱き合わせも続くため)
倍率:事業の ROE 11.1% が k 7.2% を上回る。残る割合0.5、10年より先の名目の伸び g -0.5%(g_long)から正当化 PER 13.6 倍の上限そのものに置いた。全体の PER 13.6 倍。
確率:会社の計画(2027年9月期)までの伸びを認めつつ、席型への AI 代替と巨大 IT の抱き合わせを重ねた最も重みを置く筋書き。
やや悲観 26% 巨大 IT の標準機能に押され、単価が上がらない 利益 8 億円 · PER 10.9 倍 · 株価時価総額 370 円115 億円
標準機能の抱き合わせが進み、更新のたびに値下げを迫られる。契約 ID はほぼ今の水準にとどまり、単価も横ばいだ。営業利益率は11%に落ち、利益の伸びは止まる。成長株としての評価が剥がれ、現金の使い道も限られる。配当は小さいまま、株価の支えは弱くなる。
- HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス):数量 148(契約 ID 数(万))× 価格 0.70(1万 ID あたり年間売上(億円))→ 売上 104 億円・営業利益 11 億円。数量0.95倍・価格1.0倍・営業利益率11%
倍率:事業の ROE 6.7% と k 7.2% から、上限の正当化 PER 12.9 倍。競争で上限まで認めず85%に置いた。全体の PER 10.9 倍。
確率:下に寄せる理由:巨大 IT が ID・メールのセキュリティを標準機能に厚く抱き合わせる動きは現実で、専業は大企業の更新時に値下げを迫られる。席型のため AI の影響も重なる。
悲観 12% 標準機能に置き換わり、AI で席が消える 利益 1 億円 · PBR 1.0 倍 · 株価時価総額 116 円36 億円
巨大 IT の標準機能が専業の製品をほぼ置き換え、AI エージェントで人の ID も半分に減る。単価も下がり、売上は半分、営業利益はほぼゼロになる。年額前払いの契約負債を返す義務が残り、床の現金はほとんど無い。価値は小さなソフト事業の売却価値に近づく。
- HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス):数量 78.0(契約 ID 数(万))× 価格 0.63(1万 ID あたり年間売上(億円))→ 売上 49 億円・営業利益 1 億円。数量0.5倍・価格0.9倍・営業利益率2%
倍率:悲観は稼ぐ力がほぼ消える筋書き。床の資産35億円を今の自己資本38億円で割った PBR 0.95倍で時価総額を置いた。
確率:標準機能が専業の製品を置き換え、AI エージェントで ID の数も半分に減る構造的な負け。利益はほぼ消える。
セグメント:数量 × 価格
いまの数量と価格、中立の筋書きの 10 年後。売上と営業利益は億円。
HENNGE One(ID 管理・メール対策の月額サービス)
クラウドへの入口を守る ID 管理とメールの安全対策を、利用者数に応じて売る月額収入。
| 数量契約 ID 数(万) | 価格1万 ID あたり年間売上(億円) | 売上 | 営業利益 | |
|---|---|---|---|---|
| 今 2025/09 | 156 | 0.70 | 109 | 18 |
| 10 年後 中立 | 203 | 0.78 | 159 | 26 |
取り方:売上109億円を、1 ID あたりの年間売上を仮定して割った推定の ID 数(開示は無く推定)。型は席(ID)課金で、AI エージェント代替の表では席の行に置いた。会社の2027年9月期の計画までに数量が1.3倍まで伸びるが、そこから先は AI 代替と巨大 IT の抱き合わせで横ばいと置いた。営業利益は全社の18億円。
リスクと懸念
AI エージェントによる席の減少
課金は ID 数にひもづく席型だ。AI エージェントが業務を担えば、人の ID の数は増えにくい。中立では10年の数量を計画の先で横ばいに置いた。
巨大 IT の標準機能による抱き合わせ
顧客が使うクラウドの提供元が、ID・メールのセキュリティ機能を標準で厚くする。専業は更新のたびに値下げを迫られうる。
堀の証拠が確かめられない
解約率などの定着の数字を確認できなかった。ROE の36%は薄い自己資本が生んだ面が大きく、事業の強さの証明にならない。
成長投資と利益率の重さ
広告・採用が重く、営業利益率は16%にとどまる。成長が鈍ると、利益率が下がりやすい。
今後の分かれ目
- 解約率や顧客あたり単価の定着が高い水準で開示された
- 堀の証拠がそろい、g_long の見直しと上側への重みの移動を検討する。
- AI エージェントの ID・権限管理で売上の金額が示された
- 席の減りを打ち消せる根拠になり、楽観側の数量を見直す。
- 大手顧客の更新で値下げや解約が目立ち始めた
- 抱き合わせの筋書きが現実になったとみて、やや悲観・悲観へ重みを移す。
見ておくもの
- HENNGE One の ARR・契約 ID 数と解約率の開示
- 大企業の更新時の単価(値下げの有無)
- 営業利益率と会社計画(2026・2027年9月期)の達成度
倍率と資本コストの決め方
先に事業を1つの席型セグメントに置き、会社計画までの数量の伸びを認めたうえで、その先は AI 代替と抱き合わせで横ばいと置いた。倍率は式(k 7.25%程度、g_long −0.5%)の上限から出した。今の株価や同業の倍率は使っていない。日本基準で、リースの影響は小さい。株数は発行済から自己株を引いた約3,117万株。会社の中期計画の数字と解約率は確認できなかった。
資本コスト 7.2% = 無リスク金利 3% + β — × 5%。